10:業務としてのダンジョン探索
新宿ダンジョンが一部封鎖されてから数日後。
抗議の声が上がったためか、あるいは初期の拠点が完成したためか。ロジカルズは『安全基準を満たした区域のみ』という条件付きで、中層及び下層エリアの一般探索者への開放を再開した。
海斗と玲は、普段のルートを大きく迂回し、第四階層『結晶の洞窟』の端の方へと足を踏み入れていた。
そこで二人が目の当たりにしたのは、かつての『危険だが未知に溢れた迷宮』の姿ではなく、完全にシステム化された『工場』の光景だった。
「……信じられないわね。たった数日で、ダンジョンをここまで作り変えるなんて」
玲はARレンズ越しに見える光景に、驚愕の声を漏らした。
巨大な青い水晶が群生する洞窟の中央。そこには、仮設のプレハブ小屋や、魔法工学の粋を集めた自動防衛システムが等間隔で設置されていた。
そして何より異様なのは、モンスターへの対処法だ。
『――第3セクター、オークの群れがポップしました。誘導ドローン起動。自動迎撃タレット、照準固定。回収班はスタンバイ』
無機質なアナウンスが響き渡る。
かつて海斗が激闘を繰り広げたオークの狂戦士や、ホブゴブリンの群れが、空間の歪みから現れる。通常なら、モンスターたちは即座に襲いかかってくるはずだ。だがロジカルズの設置した特殊な魔力ジャマーによって行動を制限され、誘導ドローンの光に釣られて、迷路のように組まれたバリケードの中へと導かれていく。
そこは、完全に計算し尽くされた『キルゾーン (殺戮地帯) 」だった。
『撃て』
高台に陣取ったロジカルズの精鋭部隊が、冷徹な声と共に一斉にアサルトライフルのトリガーを引く。
魔法が付与された銃弾の雨がモンスターたちを一方的に蜂の巣にしていく。抵抗どころか悲鳴すら上げる暇もなく、モンスターたちは次々と光の粒子となって消滅し、後には大量の魔石や素材が残された。
『処理完了。回収班、急げ。次のポップまであと180秒だ』
防護服を着た作業員たちが、ベルトコンベアのような機材を使って、ドロップ品を手際よく回収していく。戦闘というよりは、まるで『養殖』と『収穫』を機械的に行う量産作業のようだった。
「……これが、奴らの言う『効率』か」
「ええ。私の『絶対演算』で見ても、あのシステムの無駄のなさは非の打ちどころがないわ」
海斗は腕を組み、忌々しそうにその光景を睨みつけている。
ロマンとは程遠い、流れ作業。それがこのダンジョンの中で行われていることに、彼は不快さを覚えずにはいられなかった。
そんな相棒を他所に、玲はタブレットに弾き出される数字を見つめながら冷静に分析する。
「人員の被害率は限りなくゼロ。弾薬費のコストダウン、そして魔石の回収効率は、私たちフリーの探索者が一日中走り回って稼ぐ量のおよそ数百倍。……資本主義的に見れば、あれは大正解よ。文句のつけようがない効率的なビジネスモデルだわ」
周囲を見渡せば、ロジカルズの恩恵にあずかろうとするフリーの探索者たちの姿もあった。
彼らはロジカルズの警備員の指示に大人しく従っている。キルゾーンから少し離れた『安全地帯』で、ロジカルズが意図的に撃ち漏らした、利益率の低い雑魚モンスターを処理している。荷物持ちの日雇いバイトとして雇われた探索者たちも、素材などを輸送するために方々を駆け回っていた。
ロジカルズの傘下に入れば、安全に確実に日銭が稼げる。
それが、今の新宿ダンジョンにおける弱者たちの生存戦略となっていた。
また、ロジカルズのルールに従わない者、少しでも彼らの『ライン』を乱すような独自の動きをする探索者は、警備員たちによって力ずくでエリアから叩き出されているのが見えた。
「血も涙もない、ただの作業場だ。あそこには、命を懸けて未知に挑む『冒険』の欠片もない」
海斗の拳が、ギリッと強く握りしめられる。
彼が求めているのは、計算された勝利ではない。絶望的な状況を打ち破る熱量と、胸躍るロマンだ。モンスターを単なる『資源の塊』として扱い、工場のラインのように処理するロジカルズのやり方は、海斗の美学を根底から否定するものだった。
「海斗、変な気は起こさないでよ。いくらアンタが強くても、あんな軍隊みたいな組織に正面から喧嘩を売っても勝てやしないわ。確実にミンチにされるわよ」
玲が釘を刺す。海斗のバカさ加減なら、「悪の組織をぶっ潰す!」と名乗りを上げて突撃しかねないからだ。
「……分かっているさ。俺はバカだが、無軌道な無法者じゃない」
海斗はゆっくりと拳を解き、深く息を吐き出した。
「他人のやり方を力で否定するのは、俺の美学に反する。奴らには奴らの『ルール』があるんだろう。……なら、俺たちはどうするべきか」
海斗は少しだけ思案するように顎に手を当て。
ニヤリと笑った。
「……そうだな。奴らの手が届かない、さらに奥深く。『まだ見ぬ領域』へと進むんだ」
「……は? さらに奥って、第五階層の先ってこと?」
「そうだ! ロジカルズの連中は、利益が出る安全な中層を独占して満足しているんだろう。なら俺たちは、奴らがマニュアル化できない未知の深層を目指す! 前人未到のエリアを踏破し、誰も見たことのない景色を見る。これぞまさに、冒険者の王道じゃないか!」
海斗の瞳に、再びロマンの炎が灯る。
対照的に、玲は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「アンタねえ……第五階層以降は、国営ギルドの調査隊ですら帰還率が50%を切るのよ? マップデータも不完全だし、出現するモンスターのレベルも桁違い。私たちの今の装備じゃ、ただの自殺行為よ」
「だからこそ、挑む価値がある! 誰も行かない道を行くからこそ、伝説になるんだろう!」
「その伝説になる前に、ポーション代と武器の修理代で破産するわよ!」
言い合いをしながらも、玲の口調にはいつもの呆れと同時に、ほんの少しの期待が混じっていた。
ロジカルズの徹底した効率システムを見せつけられた後だからこそ、海斗の無謀なロマンが、なぜか頼もしく感じてしまう自分がいるのだ。
「……まあ、確かにここでロジカルズのおこぼれを拾うのは、私のプライドが許さないわ。だけど、行くにしても無計画は絶対にダメ。徹底的な準備が必要よ」
玲はタブレットを閉じ、海斗の背中をポンと叩いた。
「今日は一旦、地上に帰るわよ。新しいルートの情報収集と、装備の再編成、それから……資金繰りの作戦会議よ。本気で深層を目指すなら、今の『大赤字体制』をどうにかしないとね」
「おう! 頼りにしてるぞ我が名軍師! 目指すは未踏破エリアの第一号だ!」
海斗は大きく頷き、ロジカルズの『工場』をもう一度だけ振り返った。
今はまだ、奴らの効率が世界を支配しているかもしれない。しかし、未知の深淵には、必ず人間の計算を超えた『ロマン』が眠っているはずだ。
二人は足並みを揃え、地上へ続くゲートに向かって歩き出した。
ロジカルズの冷たい機械音が響くダンジョンの中で、彼らの心だけは、次なる大冒険への高揚感で熱く燃え上がっていた。
-つづく-
次回、第11話。「奪われる狩場」。
不本意ながらも表面上、相手の筋は通っているから。
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