04:それでもロマンは人を救うのかも
「さあ行こうか、玲! 今日も未知なる驚異が、俺たちという英雄の訪れを待っている!」
朝の新宿ダンジョン・メインゲート。出勤ラッシュのサラリーマンのように、機能的な迷彩服や作業着姿の探索者たちが列をなしてゲートへ吸い込まれていく。
そんな中に、天城海斗の芝居がかった声は異様に響き渡った。背中には相変わらず、身の丈に合わない巨大な大剣。その上、今日はどこで拾ってきたのか、ボロボロの赤いマントまで羽織っている。
「……海斗、お願いだからそのマント外して。ただでさえ目立つんだから。それに、今日の目標は第二階層の『ゴブリン集落』よ。未知なる驚異なんてないわ。アプリの混雑状況だと、すでに大手ギルドの業者が入り込んでるから、私たちは残飯整理みたいなものよ」
やる気満々な海斗の背後で、東雲玲は大きなため息をつきながらタブレット端末を操作した。
周囲の探索者たちからは、案の定、冷たい視線が向けられる。
「またあの痛いバカか」
「関わるとペースが乱れるから離れようぜ」
そういった忌避の目を露骨に向けてくる。
だが、海斗はそんな視線など意に介さず、マントをバサリと翻した。
「残飯整理だと? バカを言え。俺たちが足を踏み入れた瞬間、そこはただの作業場から『冒険の舞台』へと変わるのだ! 他人の目など気にするな。ギャラリーが多いほど、英雄の剣は冴え渡るというものだ!」
「はいはい、分かったから。とにかく今日は、無駄な動きはしないでね。昨日の赤字のせいで、今月の家賃が本当にギリギリなんだから」
玲の小言をBGMに、海斗は上機嫌でゲートの光の膜へと飛び込んでいった。
その後ろ姿を見ながら、玲はふと、我ながら不思議に思う。
なぜ、この『コスパ最悪のバカ』とコンビを組み続けているのだろうか。
そんなことを思うのは今に限ったことではない。何度となく頭の中をよぎってきたことだった。幼馴染みだから、というだけでは処理しきれない何かが、彼女の中に存在している。
玲自身は、現代のダンジョン社会における『正解』を誰よりも理解している。探索者に求められるものは、ロマンではなく堅実さであると。
彼女の固有スキル『絶対演算 (システム・アナライズ) 』は、視界に入るあらゆる事象を数値化し、最適解を導き出す能力だ。敵の弱点、罠の解除確率、ドロップ品のリアルタイム相場、はては「このまま海斗と組み続けた場合の破産確率」まで。すべてが彼女の脳内に冷酷な数字として提示される。
もし玲が、このスキルを武器にダンジョン系大手企業の面接を受ければ、間違いなく最高待遇で迎え入れられるだろう。冷暖房完備の後方テントで、モニター越しに部隊に指示を出すだけで、毎月タワマンに住めるだけの給料が振り込まれる。
効率と実利。
それがこの世界のルールである。
玲の考え方も、本質的にはそちら側だ。
けれど。彼女は今日も、この大赤字確定の男の背中を追いかけている。
「――対象、ホブゴブリン三体。距離十メートル。海斗、右から回り込んで各個撃破して!」
「断る! 正面から堂々と打ち破ってこそ、敵への礼儀というものだ!」
「だからアンタの装甲修理代が嵩むのよ! バカ海斗!」
いつものように怒鳴り合いながら、それでも玲の指は正確にタブレットを叩き、海斗の死角をフォローするドローンを操作する。
(ああ、本当に効率が悪い)
玲は内心で毒づきながら、いら立ちを募らせる。
それでも、前衛で大剣を振り回す海斗の姿から目を離せない。
彼の戦い方は、いつ見ても『無駄』だらけだ。
わざわざ敵の攻撃を受け止め、いちいち必殺技の名前を叫び、倒した後は必ず決めポーズをとる。
(でも、このバカの背中を見ていると……。時々計算が狂うのよね)
玲の脳裏に、五年前の記憶がフラッシュバックする。
◇ ◇ ◇
世界に突如としてダンジョンが現れた日。
街中にファンタジー系のゲーム出てくるようなモンスターたちが現れた。新宿の街路を闊歩するそれらに、大人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
そんな中、十五歳だった玲はパニックに陥り、逃げ込んだ路地裏でゴブリンの群れに囲まれてしまった。
極限の恐怖の中で、彼女は能力を覚醒させる。
それが、『絶対演算』。
だが得たばかりのその能力が弾き出したのは、【自身の生存確率:0%】という、絶望の数字だった。
誰も助けに来ない。
誰もが自分の命を最優先にして逃げていく。
それが現実であり、正解だった。
だが、そこに、折れた標識を握りしめた海斗が現れたのだ。
『見よ! 邪悪なる魔獣よ! 我こそは――!』
震える足。
引きつった顔。
彼だって死ぬほど怖かったはずだ。
玲のスキルは、海斗の生存確率も『0%』だと示していた。
しかし、彼がその時代錯誤な名乗りを上げ、決して折れない心でゴブリンに立ち向かった瞬間――。玲の視界の『0%』という数字が、ノイズと共に砕け散ったのだ。
後になって分かったことだが、海斗は極めて特殊な固有スキルを覚醒させていた。
本人は「カッコいいから」という理由だけでやっているが、「名乗りを上げる」「弱きを助ける」「強敵に正面から挑む」といった行動は、海斗の能力を発動させるキーになる。彼のスキル『叙事詩的浪漫 (エピック・ロマン) 』を発動させるための条件 (プロトコル) なのだ。
普通に考えれば、それらは余りにも非効率なもの。言葉も通じない怪物たちを前にしてする行動ではない。だが『叙事詩的浪漫 (エピック・ロマン) 』は、自分に重いハンデ (枷) を課せば課すほど強力なものになる。ハンデを乗り越えた瞬間に、システムは彼に爆発的なステータス補正を与えるのだ。
◇ ◇ ◇
(……この男のバカみたいな信念は、時として、私の『絶対』の計算すら覆してしまう)
効率や数字だけで世界が回っているなら、玲はあの日に死んでいた。
世の中が『効率重視』を謳い、海斗のことを『コスパ最悪』と嗤う。
だが、玲は考えてしまう。
本当に絶望的な状況に陥った時、最後に頼りになるのは、計算ずくの銃弾ではなく、このバカが振り回す「ロマン」なのではないかと。
「おおおおおッ! 必殺、紅蓮大車輪 (ぐれんだいしゃりん) っっっ!!」
ドゴォォォォン! という轟音と共に、海斗の大剣がホブゴブリン三体をまとめて吹き飛ばした。派手に見えるが、実のところただの横薙ぎである。それでも多大な威力を発揮してみせるのは、『叙事詩的浪漫 (エピック・ロマン) 』が発動している証明でもあった。
「ふっ……。見たか玲。今日の俺も、完璧な立ち回りだっただろう?」 「……ええ。完璧に『装甲の関節部』がイカれた立ち回りね。修理代、また嵩むわよ」
タブレットを見つめながら、玲は冷たい声で言い放つ。
「なんだと!? おかしいな。今回は極力、マントが汚れないように気をつけたんだが……」
「マントなんてどうでもいいのよ! アンタがその重い剣を振り回すたびに、装甲に負荷がかかってるの! ……はぁ。まぁいいわ。ドロップした魔石の純度は悪くない。今日の夕飯は、もやしに豚肉を追加してあげる」
「おお! さすが我が軍師! 恩に着るぞ!」
無邪気に喜ぶ海斗の笑顔を見て、玲は小さく溜め息を吐き。
そして、誰にも見えないようにわずかに微笑んだ。
(私がこのバカを見捨てられないのは……たぶん、この『どうしようもない熱さ』に、私自身が救われているからなんだろうな)
世の中は、効率と実利に支配された冷たい世界になってしまった。
けれど、『コスパ最悪の英雄』の後ろ、この特等席だけはまだ、ワクワクするような熱を感じさせてくれる。
「ほら、次行くわよ! 今度は罠に突っ込まないでよ!」
「任せておけ! この天城海斗の辞書に、後退の文字はない!」
「前進して罠を踏み抜くバカの辞書なんて燃やしてしまえ!」
冷たいダンジョンの空気に、二人の騒がしいやり取りが響き渡る。
効率の奴隷となった同業者たちの嘲笑を背に受けながらも、彼らの足取りは、どこまでも軽やかで、そして――ロマンに満ちていた。
-つづく-
次回、第5話。「見捨てられたSOS」。
損得が、普遍の価値観とは限らない。
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