03:ロマンは金にならないけれど
新宿駅の西口ロータリー跡地にそびえ立つ、巨大なコンクリート造りの建造物。それが『関東探索者 (シーカー) ギルド・新宿支部』だ。
この世はまるで、ファンタジー作品そのものな、ダンジョンや魔物が実在する世界になっている。それであれば、ギルドと呼ばれる場所は、探索者たちが酒を酌み交わす酒場など、ロマンを感じさせる景色が広がっていると思うかもしれない。
だがそこには、まるで区役所の窓口か銀行のロビーのような、無機質な空間が広がっていた。
『二十三番の番号札でお待ちの方、第三窓口へどうぞ』
無機質な電子音声が響く。蛍光灯の白い光に照らされた待合席には、ジャージ姿や作業着、あるいはスマートな迷彩服に身を包んだ探索者たちが、スマホをいじりながら気怠そうに座っている。
「……おう、海斗。またそのデカい鉄くずを背負って帰ってきたのか?」
整理券の番号を待っていた天城海斗に、嫌味ったらしい声を掛けてきた男がいる。大手ギルドの下請けをしている中堅探索者だった。男の腰には、魔力を充填して放つ最新式の『小型魔導サブマシンガン』が吊るされている。
「鉄くずとは失礼だな。これは『断鋼剣 (だんこうけん) ・ドラゴンスレイヤー (仮) 』だ」
「仮ってなんだよ、仮って。相変わらず中二病拗らせてんなぁ。お前みたいなコスパ最悪のピエロが、まだ死なずにウロウロしてるなんて、世の中どうなってんだか」
男の言葉に、周囲の探索者たちもクスクスと陰湿な笑いを漏らす。
「あいつ、今日の下層エリアで、わざわざトラップの魔法陣のど真ん中に飛び込んでいったらしいぜ」
「マジかよ、ドローンで解除すればラクなのに」
「なんでも『窮地からの逆転劇こそが英雄の証明』とか叫んでたらしい」「うわぁ……イタ過ぎだろ。関わると赤字がうつるぞ」
嘲笑の的になっている海斗だったが、当の本人はまったく意に介そうとしない。涼しい顔で、背中の大剣を撫でている。
男たちの言う通り、海斗の今日の戦闘は、現代の探索者のセオリーから見れば『狂気』に近いものだった。
◇ ◇ ◇
――数時間前、新宿ダンジョン第三階層『腐食の沼地』。
海斗は、安全なルートをナビゲートしようとする相棒・玲の指示を無視し、あえてモンスターの巣窟である危険地帯へと足を踏み入れた。
『バカ海斗! そっちは毒のトラップが密集してるわよ! 回り道すれば安全なのに!』
「安全な道 (ルート) を歩くだけなら、それはただの遠足だ! 毒沼を越え、火を噴く罠を潜り抜けてこそ、物語は輝く!」
『アンタの物語のせいで、解毒ポーション代が毎回ポンポン飛んでいくんだけど!?』
インカム越しの玲の悲鳴をBGMに、海斗は沼地から現れた三匹の『マッド・リザードマン』と対峙した。
現代の探索者なら、自動迎撃タレットを設置して誘導するか、安全な高台からアサルトライフルで一方的に蜂の巣にして終わる相手だ。一発数十円の魔力弾を数十発撃ち込めば、安全かつタイパ良く処理できる。
だが、海斗は違った。
「さあ来い、泥まみれの戦士たちよ! この天城海斗が、お前たちの魂に直接語りかけてやる!」
海斗は大剣を構え、自ら毒の沼地に飛び込んだ。
泥を跳ね上げ、リザードマンの鋭い爪を紙一重で躱し、時にわざと軽いかすり傷を負うことで「ギリギリの死闘感 (ロマン) 」を演出する。
そして、三匹が同時に飛び掛かってきた絶体絶命の瞬間――。
「必殺! 飛竜昇天・泥波 (マッド・ウェーブ) 斬りィィィッ!!』
もちろん、そんな技名はない。
ただの、下から上への力任せの斬り上げである。
だが、その威力は目を見張るものだった。
大剣が泥沼ごとリザードマンたちを巻き上げ、圧倒的な力で三匹を同時に両断してみせる。毒と泥にまみれながらも、夕日 (ダンジョン内の疑似太陽) を背にポーズを決めた海斗。彼の雄姿は確かに美しいもので、その戦闘は間違いなく『魅せる』ものだった。
◇ ◇ ◇
「――ふっ。今日の俺も、最高に輝いていたな」
海斗は、成果を得たダンジョンでの戦闘を回想した。換金窓口の順番待ちの椅子で、彼は腕を組み、満足げに頷いた。傍らには、泥と毒の処理費用で大赤字になった玲が、死んだ魚のような目でうなだれている。
『六十八番の番号札でお待ちの方、第五窓口へどうぞ』
アナウンスが、海斗たちの順番を告げる。ふたりが窓口へ向かうと、事務的な制服を着た女性職員が、マニュアル通りの作り笑いを浮かべていた。
「本日の納品物ですね。確認いたします」
海斗がリュックから取り出したのは、マッド・リザードマンの魔石が三つと、無傷の尻尾が三本。
隣の窓口では、先ほど海斗をバカにした男が、大量のスライムの粘液とゴブリンの骨を納品していた。海斗が取り出した戦果を横目で見た男は、改めて嘲るような笑みを浮かべる。
男たちは安全な第一階層で、ドローンを使ってモンスターを一箇所に集め、アサルトライフルで一方的に処理する『掃討漁法』を行っている。彼らの装備は、弾薬費こそかかるものの、心身的な消耗リスクはほぼゼロ。怪我の治療費も武器の修理代もかからず、利益率は海斗の何倍も高い。これが、現代社会における『正解』の戦い方だった。
「……マッド・リザードマンの魔石、中純度のものが三点。尻尾が三点。現在の買取相場に基づきまして、合計で四万二千円となります。本日は相場が少し下がっておりますね。ギルド手数料を引かせていただき、手取りは三万七千円となります」
職員が手元の端末を操作し、無感情に金額を告げる。
「よしよし、上出来だ。ほら玲、お前の好きなスイーツでも買って帰ろうぜ」
「……解毒ポーションの消費が三本で六万円。大剣の泥抜きと研磨代で二万円。交通費と諸経費で五千円。……マイナス四万八千円。また借金が増えたわ。スイーツどころか、今夜はもやしのフルコースよ」
海斗はギルドカードにチャージされた金額を見てニカッと笑った。
御機嫌な海斗に比べて、相棒である玲は頭を抱えている。収支の釣り合わなさに頭が痛くなる。悲しいかな、彼女にとって、こんなことは日常茶飯事だった。
そのやり取りを見た周囲の探索者たちが、遠巻きからまた声を上げる。
「ほら見ろ、またあいつら赤字だぜ」
「命がけで泥まみれになって赤字とか、マジでコスパ最悪だな」
ヒソヒソと、それでいてしっかりと聞こえるような笑い声。
だが海斗にしてみれば、そんなものは雑音でしかなかった。彼の耳にも心にも、まったく入ってこない。
他人がどれだけ安全圏から銃を撃ち、効率よく稼ごうが、海斗にとっては知ったことではなかった。
銃爪を引くだけの作業に、魂を震わせるようなドラマはない。血と泥にまみれ、自分の倍以上もある怪物と正面からぶつかり合い、ギリギリのところで勝利をつかみ取る。それこそが、彼が求める『最高の冒険』なのだから。
「もやしのフルコースか。腕が鳴るな。よし、今日は中華風にアレンジして、最高の晩餐にしてやろう! スーパーのタイムセールが始まる前に帰るぞ、玲!」
「……ええ、そうね。アンタのその無駄なポジティブさだけは、評価してあげるわ」
海斗は周囲の嘲笑を心地よいBGM程度に聞き流しながら、堂々とした足取りでギルドの自動ドアを抜けた。
彼の頭の中はすでに、今夜の夕食をいかに「もやしでロマンチックに彩るか」という壮大なミッションで占められていた。
冷え切った効率至上主義の世界で、ただ一人熱を帯びた『バカ』の日常。それはどれだけ誹謗や悪態を受けても曲がることはない。天城海斗という『冒険者』のロマン至上主義は、今日も通常運転だった。
-つづく-
次回、第4話。「それでもロマンは人を救うのかも」。
心のときめきこそが、人生を彩るのだと。
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