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コスパ最悪な大剣バカ、「効率こそ正義」な現代ダンジョンでロマンを貫く  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第三章 イレギュラー

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15:アクシデントと契約書

 新宿ダンジョン第四階層、地面を見下ろせる断崖部分。身を隠せる場所で、海斗と玲は眼下で忙しなく働く人たちの様子を窺っていた。


 玲のタブレットに表示されたホログラムは、ロジカルズの人工ポップ誘発プロジェクトの進捗状況をリアルタイムで示している。魔力圧は着実に上昇し、いよいよ臨界点に近づこうとしていた。


「……そろそろね。計画通りなら、あと十分ほどでレアモンスターがポップするはずだわ」


 玲は目を細め、眼下に広がるプラントを見つめた。

 ロジカルズの正規社員たちは、静かに、しかし確実な動きで各自の持ち場につき、最終チェックを行っている。彼らの表情に、一切の不安や迷いはない。彼らが信じる『効率』という神は、常に彼らに勝利をもたらしてきたのだから。


 その一方で、後方の安全地帯でたむろしている下請けの探索者たちは、期待と興奮でざわめいていた。


「マジかよ、今日中にレア素材出るってよ」

「相場、さらに爆上がりじゃねえか!」

「これで借金返せるぜ!」

「ロジカルズ様々だな!」


 その様子は、ロジカルズの正規社員たちとは真反対の欲まみれなもの。彼らはスマホの画面を眺めながら、自分たちの懐に入るであろう金のことしか考えていない。


「はっ。なんだか生気が感じられないな。ダンジョン攻略はもっと、こう……胸の奥が熱くなるものだろう」

「アンタのその熱量こそ、なにかのエネルギーに変えられないのかしらね」


 海斗は腕を組みながら、つまらなさそうに吐き捨てた。玲はそれをいつものことだとばかりに、冷たく返しながら状況確認に務めている。

 そんな中、タブレットの数値に一点の違和感を覚えた。


「――あれ?」


 彼女の『絶対演算 (システム・アナライズ) 』が捉えたもの。それはロジカルズのプラントから伸びる魔力圧の数値グラフが、突然、不規則なノイズを帯び始めたことだった。

 そして、ダンジョン全体の魔力流を示す広域マップが、これまで見たこともないような奇妙な歪みを見せている。


「……計算が合わない」


 玲は思わず声に出していた。探索者用アプリ『D-NAVI (ディーナビ) 』やギルドの公式情報から得られる、過去のダンジョン活動データ。それらと照合しても、この不規則な乱れは一切説明がつかない。


「なんだ? どうした、玲」

「変よ、海斗」


 海斗が玲の様子に気づき、声を掛ける。玲が導き出すデータの正確性は、彼自身が誰よりも理解している。


「ロジカルズの魔力干渉の影響だけじゃない。ダンジョン全体の魔力流が、何かの『システムエラー』を起こしてるみたいに不安定になってる。まるで、ダンジョンそのものが、彼らのやり方に『怒っている』みたいに」


 玲の指が、ホログラムの広域マップを指差す。

 示されているのは、赤く点滅するノイズ。その発生源は、ロジカルズのプラントを起点とし、ダンジョン全体へと急速に広がっていっていた。


【警告:システムエラー発生。原因不明。】

【警告:魔力流異常増大。予測不能。】

【警告:危険度レベル、急上昇。】


 玲の『絶対演算』が、けたたましいアラート音を鳴らし始める。


 ほぼ同時に、眼下で働くロジカルズの面々も異常を感知していた。


「――霧島小隊長! ダンジョン全体に異常な魔力反応を検知! 想定の五倍です!」


 プラントから、ロジカルズの部下たちの焦りの声が響き渡った。

 冷静沈着だった彼らの表情に、初めて動揺の色が浮かび上がる。

 霧島は一瞬、眉をひそめた。

 だがすぐに冷静さを取り戻す。


「落ち着け! 想定外のイレギュラーだとしても、我々のマニュアルに沿って対処すれば問題ない。システムエラーの数値分析を急げ! プロジェクトは続行する!」


 突然のアクシデントに、ロジカルズの精鋭たちは動揺する。だがすぐに霧島の命令に従い、それぞれの持ち場でデータ分析や魔力制御の調整に取り掛かった。彼らは、常に自分たちの『マニュアル』と『計算』が正しかったと自負している。今回も自分たちの技術でこのエラーを乗り越えられる。そう信じていた。


 しかし、後方の下請け探索者たちはそうではなかった。


「な、なんだよ、これ!」

「マジかよ、なんだかヤバくねえか!?」

「システムエラーってなんだよ! こんなの聞いてねえぞ!」


 彼らはロジカルズの面々とは対照的に、哀れなほどうろたえていた。自分たちがこれまで築いてきた『安全な稼ぎ方』という前提が崩れ去ることに、激しい恐怖を覚えている。


「……海斗」


 そんな様子を崖上から見下ろしつつ、玲はタブレットの情報をスワイプする。ロジカルズと下請け探索者の間に交わされている『業務委託契約書』の電子ファイルを呼び出した。

 そこには、小さな文字で明確に記載された条項があった。


『第十四条:非常事態 (大規模スタンピード、ダンジョン崩壊等の予期せぬ事態) が発生した場合、甲 (ロジカルズ) は乙 (業務委託探索者) の生命・身体の安全よりも、組織全体の利益、社員の安全、および社会インフラ維持を最優先する権限を有する』


 予期せぬ出来事が、今、目の前で起こっている。

 玲は顔を上げ、海斗の目を見つめた。


「あの時、霧島が言っていた言葉……思い出したわ」

「……負け犬の遠吠え、か」


 ロジカルズの霧島と対峙した時、海斗たちが言われた言葉。海斗はそれを思い出し、嫌悪感をにじませながらつぶやく。

 しかし、玲が気に掛けているのは、それとは別のところにあった。


「違う。もっと根本的なことよ」

「根本的?」

「そう。彼らが言ってた『社会インフラ』としての責任。あれは嘘じゃなかった」


 玲は、震える声で告げた。


「もし、本当に何かが起きて、彼らの『計算』を超えた状況になったら……。霧島はためらいなく、あの下請けの探索者たちを見捨てるわ。契約書通りに。全体の利益と安全を守るために、あの連中を切り捨てる」

「……っ!」


 海斗の顔から、血の気が引いていく。

 彼は確かに、効率至上主義の彼らに反発していた。だがまさか、本当の意味で「命を切り捨てる」判断を下すとは思っていなかったのだ。


 自分たちがこれまで軽蔑してきた、自己責任だの効率性だのとイキっていた下請け探索者たち。しかし、彼らがまさに今、その『自己責任』という名の刃で切り捨てられようとしている。


 玲の『絶対演算』は、ダンジョンの異常な魔力変動を捉え続け、けたたましい警告音を鳴らしている。それは、ダンジョンという舞台が、ロジカルズの効率という脚本に激しく反発しているかのようにも思えた。



 -つづく-

次回、第16話。「崩壊 (スタンピード) の始まり」。

地獄の釜の蓋が、開く。


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