14:社会を回す歯車
「すごい規模だな」
「目の当たりにしても、ちょっと信じがたいわね……」
新宿ダンジョン第四階層『結晶の洞窟』の最奥部。そこは今、かつての神秘的な静寂を完全に失い、巨大な工場プラントのような光景に変貌していた。
ロジカルズの霧島と対峙して数日。この日の海斗と玲は、ロジカルズと鉢合わせしないようにダンジョン内を移動していた。そうしているうちに、ロジカルズが作業をしている現場を見下ろせる崖の上に流れ着く。
諍いはあったものの、二人は探索者のはしくれとして、ロジカルズの行動に興味がないわけではない。これ幸いとばかりに、彼らは工場プラントと化したダンジョンを観察することにした。
巨大な青い水晶の群生地を切り拓き、無数のケーブルと魔力増幅器が張り巡らされている。行き交うのは、漆黒のタクティカルスーツを着たロジカルズの正規社員たちと、彼らに雇われた下請けのフリー探索者たちだ。
海斗と玲は、崖の上の死角に身を潜めながらその様子を観察している。光学迷彩を施した玲のドローンが、彼らの効率的な仕事ぶりを映し出していた。
「これが噂の『人工ポップ誘発プロジェクト』か……」
玲がタブレットを見つめながら、なにかを畏怖するような声を漏らす。
「人工ポップ……? モンスターを自分たちで作るってことか?」
「少し違うわ。ダンジョンの深部にある『魔力溜まり』に人為的に干渉して、ダンジョン核 (コア) を刺激するの。そうすれば、本来なら数年に一度しか現れないような『レアモンスター』を、強制的に出現させることができる」
玲の『絶対演算』のモニター。そこには、眼下のプラントに集積されていく異常な魔力量が、赤いグラフとなって表示されていた。
「第五階層付近のレアモンスターから取れる魔石は、純度が段違いよ。……ロジカルズは、ダンジョンのシステムそのものをハッキングして、利益を極限まで絞り取るつもりなのね」
眼下のプラントでは、小隊長である霧島が、タブレットを片手に部隊へ的確な指示を飛ばしていた。
「――第3セクター、魔力圧の調整を急げ。誘導路の防護シールドは出力80%を維持。ポップと同時に一斉掃射。ターゲットの生命活動停止を確認後、回収班は30秒以内に魔石を確保しろ」
霧島の声には、一糸の乱れも、感情の揺らぎもなかった。
彼の周囲にいるロジカルズの正規社員たちもまた、単なる『銭ゲバ』の集団には見えなかった。彼らの目つきは真剣そのものであり、魔法工学の深い知識に基づき、完璧な連携で機材を操作している。
なぜ、彼らがこれほどまでに効率と安全にこだわるのか。それには確固たる理由があった。
「いいか、諸君」
霧島が部下たちに語りかける声が、指向性マイクを通して玲のタブレットにも届く。
「我々の親会社であるエネルギー企業は、すでに新宿区のインフラの半分をこの魔石エネルギーに依存させている。我々がここで高純度の魔石を安定供給しなければ、地上の病院の電力は止まり、生命維持装置が切れ、交通網は麻痺する。我々の徹底した効率化と安全管理は、単なる金儲けではない。現代日本を支える『社会インフラ』そのものだ。プロフェッショナルとして、一切の無駄と感傷を排し、任務を遂行しろ」
「はっ!」
社員たちから力強い声が帰ってきた。
彼らには、「自分たちが社会を回している」という強烈な責任感と矜持があった。彼らの索敵能力、判断力、そして魔法工学兵器を扱う技術は、間違いなく超一流。フリーの探索者とは一線を画す『本物の実力者』たちだった。
その姿を見つめる海斗は、腕を組みながら低く唸る。
「……確かに、凄い練度だ。あいつら一人一人が、一騎当千の兵 (つわもの) と言っていい。だが、その力を『作業』にしか使わないなんて、あまりにも悲しいな」
「アンタねぇ……。彼らは誇りを持って仕事をしてるのよ。アンタの『ロマン』より、よっぽど社会の役に立ってるわ」
玲は呆れたようにツッコミを入れる。だが彼女自身も、ロジカルズの完璧を追及するシステムには一抹の恐ろしさを感じていた。
一方、ロジカルズの強固な防衛ラインの後方。――いわゆる『安全地帯』では、まったく質の違う連中がたむろしている。
ロジカルズに下請けとして雇われた、フリーの探索者たちだ。彼らはロジカルズの正規社員が撃ち漏らした雑魚モンスターを処理したり、荷物を運んだりする『雑用』のために集められた者たちである。
「おい、見たかよ今日の魔石の先物相場。ロジカルズのプロジェクト発表で爆上がりだぜ。俺、空売り仕掛けといて大正解だったわ」
「マジかよ、さすが! つーか、ここでロジカルズの傘下にいれば、弾薬代も支給されるし、安全に日当が出るからな。マジで濡れ手で粟だわ」
彼らは休憩用の仮設テントで寝転がりながら、スマホの画面をスワイプし、下品な笑い声を上げていた。
彼らからは、霧島たちのような『社会を支える矜持』など微塵も感じられない。ただ「大企業の後ろ盾があれば安全に儲かる」という打算だけで群がっている、にわかデイトレーダーのようなメンタリティだ。
「そういやさ、この前ゲート前で霧島さんに噛み付いてた、大剣のバカいたじゃん」
「あぁ、あの痛い中二病な。まだあんな旧世代の武器振り回して、ロマンがどうとか言ってるアホだろ?」
「あいつ、マジで頭悪いよな。わざわざ危険な目に遭って、大赤字出してさ。リスク管理もできねえバカは、そのうち野垂れ死ぬのがオチだ。俺たちみたいに、賢く、安全に、効率よく稼ぐのが今の時代の『正義』ってもんよ」
彼らは、自分がロジカルズという巨大な安全地帯 (セーフティネット) に守られているからこそ、強気な発言ができているに過ぎない。そのことに考えが及ぶことなく、自分が安全な立場にいながら自己責任や効率性を声高に叫び、泥臭く戦う者を冷笑していた。
「……聞いてるこっちが恥ずかしくなるような小物っぷりね」
玲が吐き捨てるように言う。逆に、馬鹿にされている本人である海斗の方が、苦笑いしながら彼女を諫めていた。
「ロジカルズの連中はまだ信念があるから理解できるけど、あの下請けの連中はただ他人の威光を借りてイキってるだけじゃない」
「まぁ、怒るな玲。虎の威を借る狐ってやつさ。彼らもまた、この息苦しい世界で生き残るための手段を選んだだけだろう」
海斗はまったく怒る様子を見せない。むしろ憐れむような目を、下請けたちに向けている。
「だが、あの連中は致命的な勘違いをしている。……ここは安全な場所なんかじゃない。人間の計算式なんかが通用しない、狂った『ダンジョン』の中なんだってことを忘れてるな」
海斗の視線の先で、ロジカルズのプラントが一段と激しい駆動音を上げ始めた。
『――魔力圧、臨界点に到達! コアへの干渉パルス、発射します!』
霧島の部下が叫び、カウントダウンが始まった。
そして、不可視の波紋が巨大な機械から放たれる。
それはダンジョンの深淵へと吸い込まれていった。
「……始まるわね。ロジカルズの『効率の極致』が」
玲がタブレットを握りしめ、数値を凝視する。
人間側が意図を持ってダンジョンに干渉する行為。
実現すれば確かに、人間社会にもたらすエネルギー源の確保方法として革新的なものになるだろう。
(でも……)
海斗が言っていた、「ダンジョンでは人間の計算式なんて通用しない」という言葉。それが玲の頭の中で反芻される。
嫌な予感がする。
ロジカルな思考を信条とする彼女らしからぬ、オカルトめいた感情が胸の内で渦巻く。なぜそんなものがこみ上げてくるのか、玲はうまく言葉に出来ずにいた。
この時、彼女はもちろん、人々はまだ知らなかった。
ダンジョンを生み出した上位存在 (システム) にとって、この極限の効率化が最も忌むべき『ルール違反』であるということを。
効率を計算し尽くした完璧な歯車。
それが自らの重みで砕け散る瞬間が、すぐそこまで迫っていた。
-つづく-
次回、第15話。「アクシデントと契約書」。
お前たちが常日頃から言っている、自己責任というやつさ。
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