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コスパ最悪な大剣バカ、「効率こそ正義」な現代ダンジョンでロマンを貫く  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第二章 ロマンと効率の衝突

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13/18

13:譲れないもの

「――どうかな、東雲玲くん。君の『絶対演算』の才能を底辺で腐らせるのは、人類にとっても大きな損失だと思わないか?」


 水晶の洞窟の薄暗がりの中、ロジカルズの小隊長・霧島はビジネススマイルを浮かべて玲に手を差し伸べていた。

 彼の背後には、最新装備に身を固めた警備員たちが静かに立ち並んでいる。彼らの組織の強大さと『正しさ』を無言で誇示している。


「私を……ヘッドハンティング?」


 玲はタブレットを胸に抱きしめたまま、困惑したように霧島と海斗を交互に見た。


「そうだ。我がロジカルズの情報戦略室は、君のような優秀なアナリストを喉から手が出るほど欲している。初任給は月額二百万、完全週休二日制、各種保険に労災完備。危険なダンジョンの前線に出る必要は一切ない。安全な本部のモニター越しに、部隊の最適化を計算するだけでいい」


 月額二百万。完全週休二日制。

 明日のスーパーの特売日を気にしながら、海斗が作る赤字と借金の返済に追われる日々。そんな玲にとって、それは夢のような……いや、現実離れした破格の条件だった。


 彼女のスキル『絶対演算』も、霧島の提案が『玲の人生における最適解 (勝率100%) 』であることを、冷徹な数字で表示し続けている。


「……でも、私は海斗とパーティを組んでるの。私だけが抜けるわけには……」

「もちろん分かっているとも。君は非常に情に厚い性格のようだからね」


 玲は躊躇いの言葉を口にする。

 誘いを掛けた霧島は焦らない。眼鏡を押し上げ、まるでチェスの次の一手を打つように、新たに言葉を紡いだ。


「ならば、こうしよう。君が我々の傘下に入るなら、特例として、そこの天城海斗くんも一緒に雇い入れてもいい」

「えっ?」

「な、なんだと?」


 思いもよらぬ提案。玲と海斗は同時に声を上げてしまった。

 霧島は海斗の方へ視線を向け、哀れむような目を向けた。


「天城くん。君のその『ロマン』とやらは、私にはまったく理解できないし、組織としては非常に迷惑なノイズだ。しかし、君の基礎的な身体能力や反射神経は、探索者として及第点以上のものがある。Cランクといっても、君の言う『ロマン』に意識を割り振っていてなお、それだけの依頼がこなせていると考えるなら、探索者としての君は有能なのだろう。……だから、ビジネスとして、妥協案を提示しよう」


 霧島は海斗の背負う大剣を指差した。


「その無駄な鉄くずを捨て、我々の支給する最新式の魔導アサルトライフルを持て。そして、我がロジカルズのマニュアル通りに、指定されたポイントで、指定された敵だけを撃て。名乗りも、派手な立ち回りも一切禁止だ」

「……俺に、ただ銃の引き金を引く機械になれと言うのか?」


 海斗の顔が怒りに険しくなる。

 対照的に、霧島は苦笑を浮かべながら首を振る。


「言葉を悪く受け取らないでくれたまえ。これは『効率的な分業』だ。君がマニュアル通りに動けば、今の十倍の給料を保証しよう。君自身も、借金まみれの生活から抜け出せるのだ。悪い話ではないだろう?」


 ロマンで腹は膨れるのか?

 霧島の言葉はそう言っているに等しい。


「それに、私は君の個人的な思想 (ロマン) まで否定するつもりはないよ。……仕事は仕事としてマニュアル通りにこなし、安定した給料を得る。そして、休日の余暇の時間を使って好きなだけ、安全な浅層で、自費で大剣を振り回して『冒険者ごっこ』を楽しめばいいじゃないか。我々ロジカルズは、社員の休日の趣味にまで口出しするようなブラック企業ではないからね」

「趣味……だと……?」


 海斗の声が、地鳴りのように低く沈んだ。

 彼の美学を、霧島は理解できない。それゆえに、少しの悪気もなく、海斗を煽るような言葉になってしまっている。海斗にしてみれば、玲が本命だとはいえ、とても自分を勧誘する言葉とは思えない。


 そんな海斗の怒りとは裏腹に、玲の頭脳は猛烈な勢いで回転していた。


(海斗も一緒に雇ってもらえる……? しかも安全な後方支援と、マニュアル化された戦闘で、収入が今の十倍……?)


 玲の『絶対演算』が、猛烈な勢いでシミュレーションを弾き出していく。


 借金は一年以内に完済できる。

 ボロアパートからセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越せる。

 毎日もやしのフルコースを食べる必要もない。


 そして何より――

 海斗が、命の危険にさらされる確率が劇的に下がる。


(ロジカルズのやり方は冷たいけど……でも、海斗が死なずに済むなら。休みの日に浅い階層で遊ぶくらいなら、私も付き合ってあげられるし……)


 玲自身、本質的には『効率と生存』を重んじるロジカルズ寄りの価値観を持っている。

 しかし同時に、海斗の無茶苦茶なロマンに振り回され、彼が奇跡を起こす瞬間を一番近くで見ることも「悪くない」と思ってしまっていた。


 霧島の提案は、その『安定した現実』と『安全なロマン』の良いとこ取り (妥協点) のように思えた。


「海斗……」


 玲は思わず、海斗の背中を見つめる。


(これでいいじゃない。意地を張る必要なんてない。私たちは十分頑張ったわ。これ以上、この冷たい世界でバカみたいに消耗していく必要は――)


 玲が「その話、受け――」と言いかけた。

 その瞬間。


「――断るッ!!」


 水晶の洞窟を震わせるほどの、海斗の一喝が響き渡った。

 玲はビクッと肩を震わせ。

 霧島の作り物のような笑顔がピシリと凍りつく。


「……天城くん。君は今、自分がどれほど破格の条件を蹴ったか理解しているのか?」

「あぁ。理解してるさ」


 霧島が冷たい声で問う。

 対して、海斗は笑みを浮かべていた。いや、笑みの形を取ってはいるが、醸し出されている雰囲気は狂暴なものになっている。


「お前は、俺たちに『首輪』をつけようとしているんだろう? 安定した餌を与える代わりに、牙を抜けと」


 海斗は一歩前に出る。その瞳には、かつてないほどの激しい怒りの炎が燃えたぎっていた。


「俺のロマンを『休日の趣味』だと? 冒険者ごっこだと? ふざけるな! 俺の人生は、俺の命は、常に舞台のど真ん中にあるんだ! 金のためにマニュアルに縛られ、他人の決めた安全な道を歩くくらいなら……俺は、明日死んだ方がマシだ!」


 海斗は吼えた。己の美学を、効率というデジタルな思考で生きる霧島に叩きつける。

 だが、その熱い想いも、霧島にはまったく響かない。


「バカな男だ。たかがダンジョン探索に、そこまで人生を懸ける意味などない」

「お前たちにとってはそうだろうな。だが! 俺にとっては違う! 俺は英雄になるんだ。誰かが計算して用意した『安全なルート』の先に、英雄の玉座なんてあるものか!」


 海斗は大剣の柄を強く握りしめ、霧島を真っ向から睨みつけた。


「俺は俺のやり方で、お前らのその薄っぺらいマニュアルを打ち砕いてやる。玲は渡さないし、お前らの傘下にも入らない!」


 海斗の放つ凄まじい覇気に、ロジカルズの警備員たちが思わず一歩後ずさる。彼の能力『ロマン・プロトコル』によるステータス上昇の余波が、実際の衝撃波となってロジカルズの面々を襲った。


「……海斗」


 玲は唖然として、その背中を見つめていた。彼女の頭の中の『絶対演算』は、「勝率0%」「完全な選択ミス」「今すぐロジカルズに土下座しろ」とけたたましいエラー音を鳴らし続けている。


 だが。玲の心の中のもう一人の彼女は、なぜか、とても晴れやかな気分になっていた。


(……あぁ、やっぱり。このバカは、こうでなくちゃ)


 打算も妥協も許さない、不器用で、コスパ最悪で、最高に面倒くさい幼馴染。それが天城海斗という男だ。もし彼が『休日の趣味』として安全圏で剣を振るうような男になってしまったら? それはもう、玲が背中を特等席で見てみたいと思った『天城海斗』ではない。


「霧島さん」


 玲は、落ち着きを取り戻した。

 そして一歩、足を踏み出し、霧島の前に立つ。


「申し出はとてもありがたいです。私のスキルをそこまで評価してくださったことも」


 でも、と、彼女は言葉を切り。

 改めて、顔を上げる。


「ディスプレイ越しにあれこれ指示するだけ、というのは私の性に合いません。実際に自分の目で見て、判断しないことには、自分の指示に確証が持てないので。仲間や同僚の命を左右するんですから、最後方の本部でふんぞり返って指示をだすだけじゃ、重さが足りません」


 なにより、貴方は前線で指示を出しているじゃないですか。


 玲は、霧島にそう言い、微笑んだ。


「……交渉決裂だな」


 霧島は静かに眼鏡を押し上げ、冷酷な目で海斗と玲を見据えた。


「君たちのその無駄な矜持が、いつまで持つか見物させてもらおう。……せいぜい、ダンジョンの暗がりに食われないことだね」


 霧島が指を鳴らすと、警備員たちが道を開けた。

 封鎖作業を進めていたであろう、下層へと続く階段。彼らは「行くなら行け」とばかりに、海斗たちを促した。


「……行くぞ」

「え、え? ちょっと、海斗!」


 海斗は堂々と胸を張り、玲の手を引いて、歩き出す。

 だが、彼が向かうのは階段ではない。

 大剣を抱え直し、踵を返して、来た道を戻り始めた。


「ちょっと! アンタ、いいの? 下の階は……」

「今の、こんな腹立たしい気持ちのまま挑みたくない。こんな状態でダンジョンを潜るのは、未知なるロマンに対して失礼だ」


 ロジカルズの封鎖線の前を立ち去っていく海斗と玲。

 玲は手を引かれるまま、進もうとしていた先に目を向ける。

 霧島と警備員たちも、第五層への階段前から離れようとしていた。


 海斗たちも、霧島も、強いて対立しようと思っているわけではない。

 ただ、互いに価値観から外れる相手の言動を受け入れられない。

 己の信じる理念のようなものが噛み合わないだけ。


 それがはっきりと分かった瞬間だった。



 -つづく-

ゆきむらです。御機嫌如何。

次話より第三章に入ります。

今書き進めていますので、少々お時間をいただきます。

次回更新は10月24日(土)の予定。

しばしお待ちください。


ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。

また、この作品以外にもいろいろと小説を投稿しています。

よろしければそちらもご覧ください。

応援のほど、よろしくお願いします。


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