12:対極にある信念
「最高の冒険、か。本当に君は、前時代のアニメか何かの住人みたいだ」
「……」
時代錯誤と言われる大剣を手に、海斗は霧島を睨みつける。
その剣呑な視線を受けても、霧島の表情は一切揺るがなかった。彼は仕立ての良いスーツの袖口を軽く直し、溜め息混じりに首を横に振る。
「天城海斗。君の探索者としての経歴は、ギルドの端末にすべて記録されているよ。ギルド登録から五年。ランクは万年Cクラス。これまでにこなした依頼の数は数え切れないが、そのほとんどが『赤字』か、辛うじてトントン。なぜかといえば、君が毎回毎回、必要のない人助けや、無駄な大立ち回りを演じて経費を食いつぶすからだ」
霧島の言葉は、冷たく、そして正確だった。
「先月の『赤色スライム討伐依頼』。君はわざわざスライムの酸をその身に受けて、『痛みを知ることで敵を理解する!』などと叫んだそうだな。結果、特注の防護服が溶けて十万円の損害」
海斗にも覚えがある。依頼達成後に彼は、玲に説教させられた。
「二ヶ月前の『地下水脈の探索』では、水没トラップに巻き込まれた別パーティーを助けるために、自分の酸素ボンベを投げ渡して気絶した。……美談に聞こえるかもしれないが、君の救助のためにギルドのレスキュー隊が出動し、多額の税金と人員が割かれた」
「……」
海斗は黙って霧島を睨み返している。だがその背後で、玲が胃をさすりながら「うぅっ……」と呻き声を上げていた。すべて事実だからだ。
「君の言う『ロマン』は、結局のところただの自己満足に過ぎない。君が非効率な真似をするたびに、誰かが尻ぬぐいをしている。その帳尻を合わせる人間のことなはどう考えているのかね? 君の『ロマン』ゆえの行動によって、実際に、社会全体の利益が損なわれているのだよ」
霧島は眼鏡の奥の瞳を細め、自身の胸の『L』のエンブレムを軽く叩いた。
「我々ロジカルズの理念は『最大多数の最大幸福』だ。例えば、私が小隊長として指揮した先週の『第三階層・魔獣の巣掃討作戦』。我々は二日間で五百体の魔獣を、一人も負傷者を出すことなくシステム的に処理した。これにより得られた魔石は、新宿区全体の五日分の電力を賄うことができる。その上で、参加した作業員全員に十分なボーナスが支払われた」
次いで彼は、海斗が背負う大剣を指差す。
「もし我々の代わりに、君がその大剣で『冒険』をしていたらどうなる? 君は一騎打ちにこだわり、名乗りを上げ、何日もかけて泥臭く戦うだろう。君自身は満足かもしれない。だが、その間に新宿の電力は逼迫し、多くの人々が生活の不便を強いられる。君を雇ったギルドも大赤字だ」
「……」
「どちらが悪という話ではない。ただ、現代社会において、君の『ロマン』は『害』になりかねないのだよ。誰も得をしない、無駄なノイズだ」
霧島の言葉は、完璧な論理 (ロジック) で構築されていた。
彼は決して、私怨や悪意で海斗を排除しようとしているわけではない。資本主義という巨大なシステムの一部として、『効率と安全』こそが正義であると信じて疑わないのだ。
その冷徹なまでの正論の前に、フリーの探索者たちなら誰もが反論できずに立ち去るだろう。
だが、海斗は違った。
「――ふっ。ははははは!」
海斗は突然、大口を開けて高らかに笑い出した。
思わぬ反応に、霧島の眉がピクリと動く。
「……何がおかしい」
「いや、すまない。お前の話が、あまりにも『退屈』過ぎてな」
海斗は笑いを収め、背にした大剣を引き抜いた。そして大きく掲げてみせる。
「お前の言うことは正しいよ、霧島。社会の歯車としては完璧だ。誰も怪我をせず、誰も損をせず、計算通りに資源が手に入る。……だがな、そんな『結果が分かっている作業』のどこに、心を震わせる感動がある?」
「感動だと? 我々は仕事をしているのだ。遊びではない」
「仕事だからこそだ! 人間はパン (資源) だけで生きているわけじゃない。あの時、俺が助けた別パーティの奴らは、今でも俺を『恩人』と呼んで酒を奢ってくれる。俺がスライムと泥臭く戦った姿を見て、『自分ももう一度頑張ってみよう』って前を向いた初心者だっていた」
海斗は一歩前に踏み出し、霧島を真っ直ぐに指差した。
「お前らのやり方は、確かに多くの人を養っている。だが、誰の心にも『火』をつけない。お前らが処理した五百体の魔獣のことは、次の日には誰も覚えていないだろう。だが、俺が命を懸けて大剣を振るった『最高の物語』は、誰かの記憶に永遠に刻まれる!」
胸を張って、自分の美学がもたらすものを言ってのける海斗。
だが、霧島の心には届かない。
「……度し難いな。やはり君とは言葉が通じないようだ」
霧島は深く溜め息を吐き、海斗から視線を外した。
彼にとって、数字に表れない『感動』や『記憶』など、計算式に組み込む価値すらないものだった。
「君のようなバカを相手にするのは、時間の無駄だ。だが――」
霧島は視線を横にスライドさせる。その目は、海斗の背後で息を潜めている相棒を捉えた。
「――そこの君。東雲玲くん。君は別だ」
「……え?」
突然名前を呼ばれ、玲はビクッと肩を揺らした。
霧島の目は、海斗に向けた冷たい視線とは打って変わったものになっていた。品定めをするような、それでいて高い評価を含んだ目を向けている。
「君の持つ固有スキル『絶対演算 (システム・アナライズ) 』。その処理能力と、状況判断の的確さは、我々ロジカルズの情報部門でも高く評価されている。事実、この大赤字男が今日までダンジョンで死なずに済んでいるのは、君の完璧なバックアップと資金繰りのおかげだろう?」
「それは……まあ、そうだけど」
「君自身も、彼の非効率さに嫌気が差しているはずだ。君の頭脳なら、この男と一緒にいることがどれほど人生において『コスパが悪い』か、誰よりも理解しているだろう?」
「っ……」
図星を突かれ、玲は言葉に詰まってしまう。そんなことは彼女自身、誰よりも、何度となく、感じていることだった。
霧島はゆっくりと、玲に向かって手を差し伸べる。
「東雲玲くん。我がロジカルズの『情報戦略室』に来ないか?」
「なっ……!?」
海斗が驚いて振り返る。
想像だにしなかった言葉だった。海斗はもちろん、声を掛けられた玲自身が、この上なく驚愕の表情を見せている。
「待遇は現在の十倍……いや、二十倍を約束しよう。安全な本部のエアコンが効いた部屋で、君のスキルを存分に振るってほしい。我々と共に、このダンジョンを完全にシステム化し、人類に絶対的な利益をもたらす手伝いをしてくれないか?」
ダンジョンという薄暗い地下空間で、資本主義の申し子であるエリート小隊長が、その能力をこの上なく評価したうえで、誘いかける。
彼の言葉は悪魔のように甘く、そして抗いがたい『正解』を提示していた。それは明日の家賃にも困るフリーランスの玲にとって、あまりにも魅力的すぎる提案だった。
「私が……ロジカルズに?」
玲はタブレットを抱きしめたまま、震える声でつぶやく。
霧島の差し出した手と、海斗の背中。
二つのまったく異なる『正義』の間で、玲の心は揺れ動いた。
-つづく-
次回、第13話。「譲れないもの」。
それぞれが胸の内に持つ、人の心を動かす『なにか』とは。
ブックマークや評価、感想などいただけると嬉しいです。
また、この作品以外にもいろいろと小説を投稿しています。
よろしければそちらもご覧ください。
応援のほど、よろしくお願いします。




