道理で妙に嫌われてるわけだ
まず、ログアウトすることからして容易ではない。出回るテルオンの情報の中で、有名な話の一つだ。
ゲームの性質に合わせて、システム的にログアウト制限がされているゲームは少なくない。
方法や場所が限定されていたり、戦闘中などは不可能であったりといったものだ。
このゲームはそういった数ある事例の中でも、取り分け厳しい制限が設けられている。
ゲーム内に、精霊殿と飛ばれる場所が存在する。そこには、占術師のように特別なNPCが待ち構えており、彼らに依頼することでログアウトをさせてもらうというシステムだ。
あるいは、そのNPCから専用のアイテムを貰うことで、精霊殿から離れた場所でもログアウトが可能になる。ただ、あまり離れすぎると効果を発揮しないらしいが。
このシステムの厄介なところは他にもある。精錬殿が、プレイヤー扮する十二の人間種、その種族ごとに用意されているところだ。
仮にドワーフやシービショップ、グレムリンがログアウトをしようとした場合、別々の精霊殿を目指さなければならない。新規のプレイヤーだったとしたら、自らの種族が向かうべき精霊殿を探すところから始まる。
それぞれの精錬殿で待つNPCは、曰く上位種。プレイヤーが扮する十二の人間種の、上位互換のような妖精種だ。原型種族なんて呼ばれ方もする。世界観設定的に、プレイヤーの種族は彼らが元になった、とそんな話だった気がするな。
そのうちの一体。海の精霊殿と呼ばれる場所で、海人たちを待ち構えているのが、海の妖精。
ゼノフィスと名乗った目の前の童女は、本人の自称するところを信じるならば、そんな存在ということになる。
側頭部で動く透明なヒレに、ローブの裾からは尾びれがついた青い尻尾が覗いている。
確かに、海人であるアーネと、特徴自体は似通っているな。
「……ほんとに、セイレーンなんだよな?」
一同、再び元の机の席についたところで、話し合いが再開された。
フォースが恐る恐る尋ねると、ゼノフィスが肯定する。
「無論じゃ」
「なんでこんなところにいる? 海の精霊殿の管理者が交代したなんて話は聞いてねーぞ」
交代? そんなシステムがあるのか。初耳だな。一体どんな意味があるのかはわからないが。
「その通り。妾は未だ管理者の座を譲り渡してはおらぬ。だが……」
言いよどんだゼノフィスは、同時に自嘲するように軽く笑った。
「精霊殿殿自体は明け渡す結果になってしまったのう」
「どういうことだ? モンスターでも攻めてきたってのか?」
口にしたフォース自身、信じていないような口調だ。
ゼノフィスは目を閉じ、口も閉じてそれ以上語らなくなった。引き継ぐように、隣のエルフ指揮官シーヴが口を開く。
「モンスターではない。精霊殿に攻め入り、今も占拠を続けているのは……お前たちと同じ、異界の傭兵の一団だ」
空気が軋んだ。そんな錯覚。
話し合いには加わらず、しかし耳をそばだてるように俺たちを遠巻きにしている兵士たち。そこから向けられる視線の圧が増したような気がする。
「うそだ……あ、ありえねーだろ……」
「ねえ、フォースちゃん、それってなんかやばいの?」
茫然と呟くフォースにアーネが尋ねる。シーヴが口にした言葉の意味がよく解らなかったらしい。
瞳孔が開かれたフォースの目が、音を立てそうな勢いでアーネを見据えた。
「ゲームが詰む可能性がある。精霊殿はプレイヤーの行き来を司る施設だ。そこのNPCを敵に回すってことは、すなわちその種族は正常なログインとログアウトが出来なくなる。わかるだろ。ログインしたが最後、ログアウトをさせてもらえないんだよ。ははっ、ログアウト不可のゲームとか、どこのフィクションだよって。まさか、こーなった時のための、死亡イコールキャラクターロストなのか? さすがに極端すぎだろ。な、そう思うよな。大体精霊殿は横の繋がりもあるし、現地人にとっては信仰の対象にさえなってるんだ。プレイヤー全体がNPCから白い目で見られるようになったらどーすんだ。下手したらNPCバーサスプレイヤーって構図の大戦争が起こるぞ。迷宮攻略どころじゃないっての。しかも――」
「わかーった! よーくわかったから、フォースちゃん! もういいよ、もういいってっ!」
ぶつぶつと言葉を吐き出すフォースを、アーネが恐怖した様子でなだめる……俺の陰に隠れながら。お前ら、俺を挟んで会話するな。
フォースはまだ一人でぼそぼそ言っている。
使い物にならなくなったパートナー殿の代わりとして、ため息交じりに話を引き継いだ。
「道理で妙に嫌われてるわけだ」
「無論、我々も異界の者たちが一枚岩でないことは重々承知だ……だが、理屈はともかく、感情面で納得できない者は決して少なくない」
シーヴが苦虫を噛み潰したような表情で、周囲にたむろする兵士たちを見回す。
目を逸らす者、無表情を貫く者、それでもなおこちらを睨む者。反応は様々だ。
個人的には、無理して納得する必要もないだろうと思うがな。
――戦争がしたければすればいい。別に、珍しい物でもあるまいに。
そんな俺とは違って、エルフ指揮官殿は穏健派らしい。軋轢が広がらないうちに、事態どうにかしようという意志が、苦悩を隠せていない表情からよく判る。
「精霊殿が占拠されて、およそ二週間ほどになる。今はまだ、それほど大きな騒ぎにはなっていないが、知れ渡るのは時間の問題だろう」
「だろうな」
二週間か。外ではそんな情報は見なかったし、ログインしてからも耳にしてはいない。
少なくとも、プレイヤー間にはあまり知れ渡っていないらしいな。あるいは、既に話が広まらないように手を打っているのか。
と考えたところで、正直どうでもいい……いや、無関係、とも言い切れないか。海人と言えば、アーネがそうだ。
アーネがログアウトする場合に、その方法が制限されているのは少し面倒だ。まさか、フォースが口走ったように、ロストさせるなんていう力技を実行するわけにもいかない。ゲーム内の記憶まで飛ぶからな。割に合わなすぎる。
何とかする必要はあるだろうが、優先度が高い事案かと言えば、そうでもないな。アーネも仕事をするつもりでここに来ている。
少なくとも今日明日にログアウトするようなことはないだろう。
「奴らは精霊殿の占拠に留まらず、あちこちに姿を見せている。この街にもだ。何かを探っているようだと報告を受け、私も動いていたのだが……さすがはフォースだな。いち早く異変を察知して、敵の動向を突き止め、更にネズミ退治にまで乗り出していたとは――友でありながら、一時疑いの眼差しを向けたことを謝らせてくれ……私自身、自分で思っていた以上に、疑心に駆られていたようだ」
「…………えっ。あ、う、うん。大丈夫だぞ、うん」
ネズミ退治。ここでその話に繋がるのか。ネズミは言葉通りじゃなく、密偵のことだったみたいだな。
フォースの適当な言い訳が、まさかこんな勘違いを生むとは。
シーヴは瞑目して、微かに頭を下げている。呼びかけられたおかげで、パートナー殿の虚ろだった目に光が戻ってきた。
……が、話はまるで聞いていなかったらしく、代わりに助けを求めるような視線がこちらに向けられる。
とにかく、これまでの話で、おおよその筋は掴めたな。
歩く箱舟を出るときに、フォースが口にしていた話とも重なる部分がある。
最近になって姿を現したという、妙な連中。その一部はおそらく、精霊殿を占拠した連中だ。
この街にも姿を現している、か。拠点なんかも既にあるのかもな。そこそこの連中が組織立って動いていることが判る。
精霊殿に攻め入った目的は定かじゃないが、何かしら目に留まる要素があったんだろう。
きっと、俺たちとそう変わらない立場の連中だ。断じて、まっとうにゲームで遊んでいるような連中じゃない。
ふと、それまで黙って置物のようになっていたゼノフィスが、ようやく目を開き、口も開いた。
「シーヴがこれほどまでに認める傭兵は初めてじゃ。工の民、フォースと言ったかの。それにそちらの山の民に、愛すべき海の民よ。どうか、精霊殿を取り戻すのに、力を貸してはくれんかの?」
「やるぞっ!」
…………なんだと?
誰よりも早く、力強く机を叩く音と合わさった叫び声が、俺の右隣から上げられた。
……聞き間違いであって欲しかったが、残念ながら俺の願いは叶わない。
そこには身を乗り出して、闘志を燃やすパートナー殿がいる。
「今から行こう、すぐ行こう! 善は急げ、戦は神速! 大丈夫だ、んなろぐでなしの百や二百! ここにいる面子ならまとめて相手できる――」
「た、頼もしいのう。いや、力を貸してくれるのは助かるが、しかし……」
「お、落ち着け、フォース。敵は手練れで、それも結構な数を確認している。こちらも戦力を揃えなくては――」
たじたじになっている向かいの二人に、血気盛んなフォース。
なんだかんだと話が進んでしまいそうだが、無論、そんなことをさせるわけにはいかない。
「おい、フォース」
「ひぎゅい?!」
椅子の上で身を乗り出している小娘の腰元から伸びる黒い尻尾。それを握り締めると、形容しがたい声が上がった。
なんて声出しやがる。
顔を真っ赤にしたフォースが、噛みつかんばかりの勢いで振り返ってくる。
「な、てめ、っ、リミットっ! 女の尻尾握るとかっ、ど、どういう神経してんだよ!」
知るか。普通の女に尻尾なんか生えていないんだから判るはずもない。
違う。そんなことはどうでもいい。
尻尾を離す代わりに、肩を掴んで体を寄せた。
「りみっ!?」
「安請け合いしてんじゃねえ。こっちの目的を忘れたのか」
声を低く、囁く。そうだ、こっちにはこっちの目的と行動指針がある。油を売ってる場合じゃない。
俺の言葉を受けて、パートナー殿も真面目な顔になった。
「……待てよ、リミット。あたしも考えなしに言ったわけじゃーないんだぞ」
いや、考えなしだろ。やるっつったときの反応の速さを見ればわかる。
脊髄反射で口にしておいて、何を言うか。せめて脳髄を介してから言え。
猜疑心に満ちた視線をくれてやるが、構わずフォースは話し続ける。
「連中がやっていることは、ゲームが詰む可能性が高い行為だ。で、だ。実際にゲームが詰んだらどーなる? お前の目的である、精霊に辿り着くってのは、おそらくゲームを進めないと叶わないもんだとあたしは見てる。なら、連中は邪魔だ。そーだろ?」
「……まぁな」
言っていることは、筋が通っている。同意すると、これ幸いとばかりに、瞳を輝かせたフォースが畳みかけてくる。
「だよなっ。それに情報収集って意味でも、無駄にはならないぞ。連中は、このゲームの技術やなんかかんやが狙いで間違いない。そんな連中が精霊殿に目をつけたってことは、そこには何かがあったってことだ。精霊って名前もついてるしなっ。もしかしたら、精霊に辿り着く近道の情報がある可能性も――」
「わかった、わかった……どうせ大した寄り道じゃない。早いとこ済ませるぞ」
「よしっ」
何がよし、だ……面倒になって了承したが、本当に良かったのか?
言っていることこそ間違いではなかったが、フォースの本音は、ゲームが進められなくなるのが許せない、というところにあるのが見え見えだ。このパートナー殿は、純粋にこのゲームのプレイヤーでもあるからな。
意気揚々と、向かいの二人と話を進め始めたフォースの姿に、ため息が出る。
……まぁいい。せいぜいとっとと終わらせるとしよう。
相手は人間だ――幸い、と言っていいかはわからないが。
モンスターなんて訳のわからない存在と戦うより、きっとよほどやりやすいに違いない。
「……ねぇ良かったの、たいちょ?」
左隣の席で、おとなしくしていたアーネが、今更のように服の裾をひいてくる。
見下ろすと……なんとも表現に困る表情が、こちらを見上げている。
「……ま、フォースの言っていることは、間違いでもないしな。どの道邪魔になったら退場願わなきゃならない連中だ。なら、遅いか早いかの話でしかない。なにより――」
見上げてくるアーネを、視線で見下ろしながら、告げる。
「多数決って話なら、この場合二対一になるからな」
「っ」
アーネが驚いたように顔を伏せた。無表情を装いつつ、ほっとしたような顔を。
そう、アーネは積極的に反対に回らなかった。平素なら、俺の側に回っていてもおかしくないというのに。
顔を見て、判った。この流れになったことに、アーネはほっとしている。
もともと、心根の優しい奴だ。ゼノフィスに絆されていても不思議じゃない――ただ、ゼノフィスが姿を現した時に見せた妙な態度からして、それだけじゃないとは思うがな。
「頼もしい戦力が加わってくれたことに感謝する。……と言いたいところだが、一つ懸念もある」
考え事を遮るように、そんな台詞が耳に届く。
ほとんど話を聞いてなかったが、エルフ指揮官の目がこちらを向いたのには、さすがに気が付いた。
「懸念ってのは、俺たちのことか?」
「ああ、そうだ」
はっきりとこちらを見据えて言い切ったシーヴ。ゼノフィスは……何やら面白い見世物を見るような顔だな。
「フォースの力はよく知っている。疑うべくもない。そのフォースと行動を共にしていたのだ。リミットとアーネも、優秀な傭兵であることは間違いないだろう。アーネは見た所、味方の支援や攪乱、絡め手に通じていそうだな」
「んー、まぁ、そんな感じ?」
照れたように笑うアーネに微笑み返したシーヴが、表情を一転、俺を見る。
「そして、リミット、お前は――なんだ?」
漠然とした問いかけだ。なんだ、と問われても。
「分からない。不思議な感覚だ。お前からは……奇妙なほどに得体の知れない気配を感じる。まるで、森の中で底なし沼に出遭ってしまったような感覚だ」
「ほほっ、言い得て妙じゃの」
シーヴが口にした訳の分からない例えに、ゼノフィスが同意する。まるでわからん。
アーネは困ったようにこちらを見上げ、フォースに至っては目を瞑って腕を組み、何事か考えている。
擁護くらいしてほしいんだが。
「単刀直入に尋ねよう、リミット。お前は、いったい何ができる?」
「何ができる、ね。まぁ、武器を振り回すくらいはできるんじゃないか?」
今回の一件。フォースがやる気なら、正直俺自身は何もしなくてもいいんじゃないだろうか、と思ってる。
むしろ留守番でも良い気さえする。それを言うと、パートナー殿がごねる可能性があるので、言わないが。
とりあえず適当に答えて――失敗を悟った。
シーヴの表情。その言葉を待っていた、と言わんばかりに笑っている。
「ほう、ならば剣も使えるということだな? では、せっかくだ。その力、少し試させてもらうとしよう」
これ見よがしに、腰に提げた剣を鳴らすエルフ指揮官……やっぱりか。くそ、面倒な手合いだ。
さて、どう躱したものか――
「いいぞ、シーヴ」
なぜか。
唐突に、黙り込んでいたフォースが片目を開いて、話し出した。
「リミットの実力を疑ってるなら、戦ってみりゃいい。驚くなよ?」
「ふふ、そうこなくてはな。異界の傭兵は確かに優秀な者が多いが、武器の打ち合いで私と渡り合える者となると、どうにも少なくてな」
……人が面倒を避けようと頭を回していたところ、勝手に話を進めやがる相棒がいる。
あまりに頼もしくて涙が出そうだ。
相手がいないとというのは、このエルフ指揮官が抜きんでているだけだろう。
相対して、会話し、今まさに戦意を向けられているから、よくわかる。
「さあ、表に出ろ」
まるでショッピングに行くぞとでも言うように、物騒な発言をしたエルフ指揮官が立ち上がる。
外へと向かうエルフ指揮官に、楽し気な様子のゼノフィスが続く。たむろしていた兵士たちも、続々と。
血の気が多い奴らだな。
「……はぁ」
「良い機会だな、リミット。存分に力を示してやればいい。ただ、判ってるとは思うが、シーヴも相当強いぞ?」
こいつ……誰のせいでこうなったと思ってやがるんだ?
胡乱な目を向けると、フォースが苦笑する。
「そんな面倒そうな顔するなよ。分かってるだろ? シーヴも本気でお前の力を疑ってるわけじゃーない。ただ、あたしたちが協力し合うに値する相手だって、判りやすく周囲に見せつける必要がある」
「だろうな」
感情面で納得しない連中とやらを、判りやすく納得させるための、いわばパフォーマンスの一環。
こちらがそこまで付き合ってやる義理なんてないんだが、乗りかかった船ってやつか。
「そうだ、リミット。お前は一つ勘違いしてるみたいだから、教えておくぞ」
「勘違い?」
「お前は、あいつを森人だと思ってるだろ? 違うぞ。シーヴはプレイヤーじゃない」
「そうなのか?」
今更NPCだったところで、大した驚きはない。強いて言うなら、殺さないように気を遣う、といったところか。
が、そんな俺の思考を見抜いたような台詞を、フォースが口にする。
「手加減なんか必要ないぞ。むしろ本気で行け。いいか? シーヴはただの妖精種じゃない」
「どういう意味だ」
「なんでセイレーンであるゼノフィスが一緒にいたのかは、すぐに腑に落ちた。シーヴは管理者の役目こそ交代してるけど、海の妖精と同格の種族だからな……あいつの種族は、森の妖精だよ」




