↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/23

お褒めにあずかり、光栄の至り、だな

 霊光石に照らし上げられる、夜の街。

 人工のものとも自然のものとも言い難い不思議な光だ。

 これを言葉で表現するとしたら……なるほど、幻想的と呼んでもいいかもしれない。

 

 通りの左右に、数人ずつ固まっている兵士たち。連中は観客だ。

 それらの視線を集める、道のど真ん中。尖った耳に美貌を備えたエルフ指揮官が立つ……っと、森人(エルフ)じゃなかったか。

 

 共に出てきたフォースとアーネから離れて、俺だけが道の半ばに歩み出る。


「負けんなよ、リミットっ」

「たいちょガンバ!」


 他人事だと思いやがって。背中からかかる無責任な声援にため息をつきながら、静かにこちらを待つ女の下へ。

 

「来たか」

 

 待ちわびていたというように、シーヴが微笑む。

 綺麗な笑みだ。周囲に溢れる光に照らされて、緑の長髪がその色を変えているのも、趣がある。

 その手に、既に鞘から抜かれた剣が握られていなければ、ただ綺麗で、かつ平和な絵面のまま終わっていただろうに。

 

「……こっちとしては、無理に信用を勝ち取ろうって気もないんだがな」

 

 通りの中央で向かい合ったところで、肩をすくめて見せる。

 この流れの根本にあるものは既に分かっている。異界の傭兵、すなわちプレイヤー全体に対する、NPCが抱く不信感。

 今この場においては、十数人の兵士から見る、俺たち三人というだけの構図だ。

 だが、精霊殿の占拠が大々的に知れ渡れば、構図はそのままに、数は少なくとも数百倍に膨れ上がるだろうと予測される。

 

 そうなれば、もう戦争だ。と、フォースはそれを恐れていた。

 言わないが、仮にそうなったところで構わないと俺は思ったがな。

 

 いっそ大々的にやり合って、結果勢力の意志が統一されるというのなら、アリだとも思ったくらいだ。

 三つ巴や、対抗勢力が無数に存在する状況に比べれば、遥かにマシだろう。

 

「ふふ、気づいていたか。もちろん、これは必要なことなのだ。お前たちのためだけではなく、我々のためにもな。それに――」

 

 軽く地面を蹴ったシーヴ。少し互いの距離が離れたところで、剣を握った腕が肩よりも上へ。

 顔の真っ直ぐ水平に構えられ、こちらに切っ先を向ける剣。

 剣を構えたシーヴの笑みが変質した。

 

「お前の力が気になっているというのは、本心だ。こんなにも、底が知れないと感じる相手は、初めてだ。嬉しいぞ、リミット」

「……そうか」

 

 印象がガラリと変わったな。

 美人の顔に、野性味を覆いかぶせたような表情。見開かれた目は、獲物を狙う肉食獣を思わせる。

 

 戦闘狂。そんな言葉が頭を過る。初対面じゃわからなかったが、こういう手合いだったか。

 ついさっき、フォースから聞いた話を思い出す。

 かつての森の精霊殿の管理者は、腕試しが好きだった。やりすぎて、管理者をクビになった、と。

 

 なんとも間の抜けた話だが、その力は本物だと、相対してよく判る。

 

 森の妖精(アルヴ)。森の精霊殿を守っていた、曰くエルフの上位種。

 良い機会、か。考えようによっては、そうかもしれないな。無論、信頼や戦争回避の話じゃない。

 

 両の掌の感触を確かめる。体は、だいぶこなれている――いずれ精霊に至る前に、確かめておくのも悪くない。

 種族が森人(エルフ)のプレイヤーでは絶対に勝てないと言わしめた妖精種とやらの力を。

 

 構える。無手だ。手持ちの武器は無い。

 

「傭兵、リミット。こちとら見ての通り、山人(ドワーフ)だ。そんな相手に全力で喧嘩を売ろうなんて、大人げないと知れよ、妖精種」

「ふふ――はははッ」

 

 両の拳を構えつつ宣言すると、対抗するように、シーヴが獰猛な笑みで吠える。

 

「我が名はシーヴ! 森の妖精(アルヴ)に属し、偉大なる木の精霊を奉る守り手なり! 戦場に種族は関係ない。そうだろう? 異界の傭兵よっ!」

 

 それには同意だな。等しく死ぬのが戦場だ。

 先手必勝――とは限らないが、こちらから駆け出す。彼我の距離はそう離れていない。

 

「無手で私に挑むか! 無謀だが、その意気や良し!」

 

 そんな愚行に走るわけがない。名乗り上げたばかりだというのに、俺の種族を忘れてないか?

 近づく勢いのまま、シーヴの顔めがけて、右の拳。殴りかかるように突き出す。

 

「っ!?」

 

 それに剣を合わせようと刃を立てたところで、シーヴの顔に驚愕が張り付く。

 気づいたか。勘がいいな。だが、間に合わんだろう。

 手の中に、精霊の力(エーテル)の感触。それが、即座に膨れ上がる。

 実演は初めてだが、失敗する気はしなかった。

 

 金の粒子が煌めき、甲高い音が幻想的な夜の街に響き渡る。

 

 手の中に、肉厚の刃を持つ剣がある。グラディエーターと呼ばれる剣。リーチは短いが、取り回しがしやすい。

 金光を零しながら出現した剣の一撃を、シーヴは防いでいた。

 あの一瞬で、立てた刃を戻して、こちらの剣をしっかりと受け止めている。

 切っ先はシーヴの顔に迫ってこそいるが、防がれた今、敗北を突きつけるには程遠い。

 

 腕が伸びていては、弾かれる。不本意ながら距離をつめた形で、刃と刃をせめぎ合わせる。

 その向こう、シーヴの目が爛々と光を放っていた。

 

「このような奇襲をしかけてくるとはな」

「こういう戦い方は嫌いか」

「まさか。戦いに手段を問う必要はない。あるのは結果だけだ。勝利か敗北、どちらかのみのな」

 

 見た目とは裏腹に、意外と柔軟な考え方だな。

 反面、白黒はっきりとした結果を求める物言いは、らしい性格だと思える。

 

 それにしても……尋常じゃない力だ。シーヴの全身が、薄い緑光に包まれている。

 強化の性質、木属性か。相手の得意分野。押し勝つのは無理だ。

 むしろ、こちらを押し切ることも容易いはずだが、シーヴは今少しお喋りをしたいらしい。

 剣を拮抗させたまま、声をかけてくる。

 

「先の一撃は見事だったぞ、リミット。何人もの異界の傭兵と剣を交えたことがあるが、お前はやはり一味違う――まずなにより、私に対する攻撃に、微塵の容赦も躊躇も無かった点が素晴らしい」

 

 まぁ、それを生業にしている人種だからな。

 

「お褒めにあずかり、光栄の至り、だな」

 

 礼はしよう。片手武器であるグラディエーターに、無理やり添えていた左手を自由に。

 左手から金の粒子が零れる。光の中から飛び出すようにして生まれ出でた槍が、至近距離からシーヴを狙う。

 

「――っふ!」

 

 弾かれた。一息。こちらの剣とかみ合っていた状態から、強引に振り払うような一撃。

 俺の体は大きく跳ね飛ばされ、握っていた剣も、飛び出した槍も、ともに砕かれて金の光をばら撒いた。

 

「ははっ、こんなに早く武器を生み出すか! 工房にこもって、丹念に武具を作るドワーフとは大違いだな!」

 

 愉快そうに笑いやがって。何がこんなに早く、だ。あの近距離であっさりと反応して見せた奴が言う台詞じゃない。

 ただ、こうして距離を開かせてくれたのは、好都合だな。

 

 吹き飛んだ体を空中で立て直し、両足から着地する。靴裏が街路を削り、鈍い痛みを覚える中、意識は両手へ。

 

 ようやく体が立ち止まった頃、準備は完了だ。

 両手に武器を生み出しながら――そのまま投げる。

 

「むっ!」

 

 投げつけた二本の剣が、シーヴの剣に防がれて砕け散る。

 金色の粒子が舞った。まだまだだ。

 

「ははっ、はははははっ!」

 

 剣を振るいながら、楽しくてたまらないといった様子で哄笑(こうしょう)するシーヴ。

 作っては投げつける武器が、次々に金色の光となって砕け散る。

 

 剣。槍。斧。刀。武器の群れがことごとく、エーテルの塵へと返されていく。

 もちろん、シーヴに武器を砕く遊びをさせるのが目的じゃない。

 左手で武器の投てきを繰り返しつつ、右手に本命を生み出した。鎖鎌と呼ばれる武器だ。

 

「食らえ」

 

 右手、左手。まとめて武器を投げる。シーヴに殺到する武器の群れ。その中心を奔るのは、鎖鎌の柄より伸びる分銅のついた鎖。


「ぬるいッ!」

 

 まとった緑光を明滅させながら、シーヴが力強く剣を振る。武器は軒並み砕かれた。中心を突き進んでいた、ただ一つを除いて。

 

「製造の速度には目を瞠るが、私を仕留めるにはそれでも数が足りないな!!

「威勢が良いのは結構だが」

 

 さすがに油断しすぎだ。鎖。弾かれはしたが、砕けてはいない。宙に舞う数多の金色を裂いて落ちてくる。

 先端の分銅。シーヴが気がつき、視線が頭上に向かう。

 

 迎撃せんと剣を構えたところで、俺は少し距離を詰めつつ、鎖を操作する。

 直接傷つけることは狙わない動き。しかし狙い通りに、鎖がシーヴの片腕に、幾重にも巻きついた。


「ふむ、頑丈なのが混じっていたか」

 

 シーヴは特に警戒や焦る様子もなく、剣を握ったままの右腕に巻き付いた鎖を、興味深そうに眺めている。

 笑みも絶えていない。その笑みが、こちらを向いた。

 

「だが、これは悪手だぞ?」

「っ」

 

 言いながら、自由なままの左腕が、俺たちを繋いでいる鎖を握り締めた。

 尋常じゃない力に、鎖が軋んだ音を立てる。

 強化。自らの体と鎖鎌に施してなお、引っ張り込まれてこちらの体が宙を舞いそうなほどの力だ。

 

 やっぱり、互いに強化を施して力比べをしても、勝ち目はなさそうだな……今の段階においては。

 

「リミット! 自慢じゃないが、私は力比べで負けたことがない! 巨の神殿を守る地の妖精(ジャイアント)にすら勝ったのだからなっ!」

 

 アルヴ指揮官殿が自慢げに叫んでいる。それがどれだけ凄いことなのか、いまいちピンと来ないが。

 今この場においては、何の役にも立たないと教えてやろう。

 

 手の中で練ったありったけのエーテルを用い、種族固有能力(オルテライズ)を発動する。

 金色に輝き迸る。光は一瞬のうちに、俺とシーヴとの間に伸びる鎖を伝っていき――

 

「鍛冶鉱司(ドワーフ)」

 

 伝った先で、光が弾けた。

 鎖の先端、分銅の部分。火花のように飛び散る金属性のエーテルから生み出されるのは、無数の武器だ。

 互いに互いを壊しながら、出来損ないのハリネズミのように生まれ出でた武器の群れは、間違いなく、間近のシーヴを巻き込んだ。 

 その証拠に、金色の粒子が舞った中空に、鮮やかな血の色が混じっている。

 

 周囲で観客をしていた兵士たちの間にどよめきが走った。悲鳴のようにシーヴを呼ぶ声も。

 心配しなくても、この程度で死ぬような手合いじゃないだろう。

 

 そう断じた瞬間、証明するように、武器のハリネズミがまとめて打ち砕かれた。

 

 手ごたえあった、というほどではないが、予想以上にダメージは無かったらしい。

 バラバラに砕かれて金の粒子と化した武器の群れの中から、姿を現す女。

 

 くくっていた緑髪は解け、頬や首筋、肩口にも薄く血が流れている。が、やはり思った以上にダメージが無い。あれを防いだのか。

 

 目についたのは、見慣れない剣だ。柄や意匠、刃に至るまで、白を基調とした不思議な剣を手にしている。ついさっきまでは、あんな剣は持っていなかった。特別な武器であることは一目瞭然だな。

 どこぞの猫耳少女といい、武器を隠す常套手段があるのだろうか。まさか、俺のようにその場で作ったとは言わないだろう。

 

「凄まじいな。手管と言い、容赦の無さといい……私が聖剣使いでなければ、死んでいたぞ」

 

 責めるような物言いだというのに、口調は穏やかかつ喜んでいるような響きさえ宿している。

 にしても、聖剣、か。予想だにしない単語の登場だ。その言葉を信じるならば、あの白い剣が聖剣とやらか?

 

 ……確かに、あれと打ち合うのは不味い。理屈は思いつかないが、勘が告げている。

 これがゲームの中の勝負でなければ、即座に撤退を選択しているところだ。

 

 さて、いくつか手はあるが、どうするか――考える刹那に、シーヴが恐ろしい速度で距離を詰めてくる。

 まだまだやる気に満ち溢れているらしい。ため息を……吐く暇も与えてくれそうにない。

 

「リミット――!」

 

 そんな楽しそうに呼ばれても困る。さっきの攻防で一息ついただろう?

 もうこの辺りで手打ちにしてもいいと思うのだが、まだ続けるというのなら仕方ない。

 白い刃が迫る。聖剣、ね。こんなところで遭遇したのも、何かの縁だ。せっかくなので、試してみたいことがある。

 

 右手には、分銅付きの鎖を失った鎌だけが残っている。

 シーヴの振るう聖剣を迎撃するためにそれを構えつつ、今一度、左手の中で金属性のエーテルを練り上げる。

 

 直後、視界の端に鈍い鋼色が掠めた。

 突っ込んでくるシーヴに負けず劣らずの速度で飛来したそれが、割り込むように俺たちの間へ。

 

 今日何度目になるかわからない、金属のぶつかり合う音が、夜の街にこだまする。

 砕ける音は続かない。

 

 俺の右手の鎌を受け止めたのは、鋼色の浮遊する球体機械だ。ご丁寧に、その中心から伸びた銃身が、こちらに狙いを定めている。

 顔色すら伺える距離に立つシーヴの剣も、その二本ともが、俺と同じように球体機械にぶつかり阻まれていた。

 

「そこまでだ。もう十分に、互いの力はわかったはずだろ。これ以上は、必要ねー」

 

 刃を阻んだ張本人、フォースが俺たちのすぐ傍に立っている。

 赤い瞳が、咎めるようにシーヴを見た。

 

「シーヴ、それを出すのはさすがにやりすぎだ」

「むぅ、確かに少し熱が入ってしまったのは認めるが……」

 

 渋々と言った様子で、シーヴが剣をひく。ちょっと目を離した隙に、白い剣がその姿を消している。どういう原理なんだかな。

 俺の手の中では、役目を終えた鎌が自壊して、金色の光となって消えていった。

 

「はぁ」

 

 やれやれだ。紆余曲折あったが、これで面倒事が一つ片付いたと言っていいだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。