お褒めにあずかり、光栄の至り、だな
霊光石に照らし上げられる、夜の街。
人工のものとも自然のものとも言い難い不思議な光だ。
これを言葉で表現するとしたら……なるほど、幻想的と呼んでもいいかもしれない。
通りの左右に、数人ずつ固まっている兵士たち。連中は観客だ。
それらの視線を集める、道のど真ん中。尖った耳に美貌を備えたエルフ指揮官が立つ……っと、森人じゃなかったか。
共に出てきたフォースとアーネから離れて、俺だけが道の半ばに歩み出る。
「負けんなよ、リミットっ」
「たいちょガンバ!」
他人事だと思いやがって。背中からかかる無責任な声援にため息をつきながら、静かにこちらを待つ女の下へ。
「来たか」
待ちわびていたというように、シーヴが微笑む。
綺麗な笑みだ。周囲に溢れる光に照らされて、緑の長髪がその色を変えているのも、趣がある。
その手に、既に鞘から抜かれた剣が握られていなければ、ただ綺麗で、かつ平和な絵面のまま終わっていただろうに。
「……こっちとしては、無理に信用を勝ち取ろうって気もないんだがな」
通りの中央で向かい合ったところで、肩をすくめて見せる。
この流れの根本にあるものは既に分かっている。異界の傭兵、すなわちプレイヤー全体に対する、NPCが抱く不信感。
今この場においては、十数人の兵士から見る、俺たち三人というだけの構図だ。
だが、精霊殿の占拠が大々的に知れ渡れば、構図はそのままに、数は少なくとも数百倍に膨れ上がるだろうと予測される。
そうなれば、もう戦争だ。と、フォースはそれを恐れていた。
言わないが、仮にそうなったところで構わないと俺は思ったがな。
いっそ大々的にやり合って、結果勢力の意志が統一されるというのなら、アリだとも思ったくらいだ。
三つ巴や、対抗勢力が無数に存在する状況に比べれば、遥かにマシだろう。
「ふふ、気づいていたか。もちろん、これは必要なことなのだ。お前たちのためだけではなく、我々のためにもな。それに――」
軽く地面を蹴ったシーヴ。少し互いの距離が離れたところで、剣を握った腕が肩よりも上へ。
顔の真っ直ぐ水平に構えられ、こちらに切っ先を向ける剣。
剣を構えたシーヴの笑みが変質した。
「お前の力が気になっているというのは、本心だ。こんなにも、底が知れないと感じる相手は、初めてだ。嬉しいぞ、リミット」
「……そうか」
印象がガラリと変わったな。
美人の顔に、野性味を覆いかぶせたような表情。見開かれた目は、獲物を狙う肉食獣を思わせる。
戦闘狂。そんな言葉が頭を過る。初対面じゃわからなかったが、こういう手合いだったか。
ついさっき、フォースから聞いた話を思い出す。
かつての森の精霊殿の管理者は、腕試しが好きだった。やりすぎて、管理者をクビになった、と。
なんとも間の抜けた話だが、その力は本物だと、相対してよく判る。
森の妖精。森の精霊殿を守っていた、曰くエルフの上位種。
良い機会、か。考えようによっては、そうかもしれないな。無論、信頼や戦争回避の話じゃない。
両の掌の感触を確かめる。体は、だいぶこなれている――いずれ精霊に至る前に、確かめておくのも悪くない。
種族が森人のプレイヤーでは絶対に勝てないと言わしめた妖精種とやらの力を。
構える。無手だ。手持ちの武器は無い。
「傭兵、リミット。こちとら見ての通り、山人だ。そんな相手に全力で喧嘩を売ろうなんて、大人げないと知れよ、妖精種」
「ふふ――はははッ」
両の拳を構えつつ宣言すると、対抗するように、シーヴが獰猛な笑みで吠える。
「我が名はシーヴ! 森の妖精に属し、偉大なる木の精霊を奉る守り手なり! 戦場に種族は関係ない。そうだろう? 異界の傭兵よっ!」
それには同意だな。等しく死ぬのが戦場だ。
先手必勝――とは限らないが、こちらから駆け出す。彼我の距離はそう離れていない。
「無手で私に挑むか! 無謀だが、その意気や良し!」
そんな愚行に走るわけがない。名乗り上げたばかりだというのに、俺の種族を忘れてないか?
近づく勢いのまま、シーヴの顔めがけて、右の拳。殴りかかるように突き出す。
「っ!?」
それに剣を合わせようと刃を立てたところで、シーヴの顔に驚愕が張り付く。
気づいたか。勘がいいな。だが、間に合わんだろう。
手の中に、精霊の力の感触。それが、即座に膨れ上がる。
実演は初めてだが、失敗する気はしなかった。
金の粒子が煌めき、甲高い音が幻想的な夜の街に響き渡る。
手の中に、肉厚の刃を持つ剣がある。グラディエーターと呼ばれる剣。リーチは短いが、取り回しがしやすい。
金光を零しながら出現した剣の一撃を、シーヴは防いでいた。
あの一瞬で、立てた刃を戻して、こちらの剣をしっかりと受け止めている。
切っ先はシーヴの顔に迫ってこそいるが、防がれた今、敗北を突きつけるには程遠い。
腕が伸びていては、弾かれる。不本意ながら距離をつめた形で、刃と刃をせめぎ合わせる。
その向こう、シーヴの目が爛々と光を放っていた。
「このような奇襲をしかけてくるとはな」
「こういう戦い方は嫌いか」
「まさか。戦いに手段を問う必要はない。あるのは結果だけだ。勝利か敗北、どちらかのみのな」
見た目とは裏腹に、意外と柔軟な考え方だな。
反面、白黒はっきりとした結果を求める物言いは、らしい性格だと思える。
それにしても……尋常じゃない力だ。シーヴの全身が、薄い緑光に包まれている。
強化の性質、木属性か。相手の得意分野。押し勝つのは無理だ。
むしろ、こちらを押し切ることも容易いはずだが、シーヴは今少しお喋りをしたいらしい。
剣を拮抗させたまま、声をかけてくる。
「先の一撃は見事だったぞ、リミット。何人もの異界の傭兵と剣を交えたことがあるが、お前はやはり一味違う――まずなにより、私に対する攻撃に、微塵の容赦も躊躇も無かった点が素晴らしい」
まぁ、それを生業にしている人種だからな。
「お褒めにあずかり、光栄の至り、だな」
礼はしよう。片手武器であるグラディエーターに、無理やり添えていた左手を自由に。
左手から金の粒子が零れる。光の中から飛び出すようにして生まれ出でた槍が、至近距離からシーヴを狙う。
「――っふ!」
弾かれた。一息。こちらの剣とかみ合っていた状態から、強引に振り払うような一撃。
俺の体は大きく跳ね飛ばされ、握っていた剣も、飛び出した槍も、ともに砕かれて金の光をばら撒いた。
「ははっ、こんなに早く武器を生み出すか! 工房にこもって、丹念に武具を作るドワーフとは大違いだな!」
愉快そうに笑いやがって。何がこんなに早く、だ。あの近距離であっさりと反応して見せた奴が言う台詞じゃない。
ただ、こうして距離を開かせてくれたのは、好都合だな。
吹き飛んだ体を空中で立て直し、両足から着地する。靴裏が街路を削り、鈍い痛みを覚える中、意識は両手へ。
ようやく体が立ち止まった頃、準備は完了だ。
両手に武器を生み出しながら――そのまま投げる。
「むっ!」
投げつけた二本の剣が、シーヴの剣に防がれて砕け散る。
金色の粒子が舞った。まだまだだ。
「ははっ、はははははっ!」
剣を振るいながら、楽しくてたまらないといった様子で哄笑するシーヴ。
作っては投げつける武器が、次々に金色の光となって砕け散る。
剣。槍。斧。刀。武器の群れがことごとく、エーテルの塵へと返されていく。
もちろん、シーヴに武器を砕く遊びをさせるのが目的じゃない。
左手で武器の投てきを繰り返しつつ、右手に本命を生み出した。鎖鎌と呼ばれる武器だ。
「食らえ」
右手、左手。まとめて武器を投げる。シーヴに殺到する武器の群れ。その中心を奔るのは、鎖鎌の柄より伸びる分銅のついた鎖。
「ぬるいッ!」
まとった緑光を明滅させながら、シーヴが力強く剣を振る。武器は軒並み砕かれた。中心を突き進んでいた、ただ一つを除いて。
「製造の速度には目を瞠るが、私を仕留めるにはそれでも数が足りないな!!
「威勢が良いのは結構だが」
さすがに油断しすぎだ。鎖。弾かれはしたが、砕けてはいない。宙に舞う数多の金色を裂いて落ちてくる。
先端の分銅。シーヴが気がつき、視線が頭上に向かう。
迎撃せんと剣を構えたところで、俺は少し距離を詰めつつ、鎖を操作する。
直接傷つけることは狙わない動き。しかし狙い通りに、鎖がシーヴの片腕に、幾重にも巻きついた。
「ふむ、頑丈なのが混じっていたか」
シーヴは特に警戒や焦る様子もなく、剣を握ったままの右腕に巻き付いた鎖を、興味深そうに眺めている。
笑みも絶えていない。その笑みが、こちらを向いた。
「だが、これは悪手だぞ?」
「っ」
言いながら、自由なままの左腕が、俺たちを繋いでいる鎖を握り締めた。
尋常じゃない力に、鎖が軋んだ音を立てる。
強化。自らの体と鎖鎌に施してなお、引っ張り込まれてこちらの体が宙を舞いそうなほどの力だ。
やっぱり、互いに強化を施して力比べをしても、勝ち目はなさそうだな……今の段階においては。
「リミット! 自慢じゃないが、私は力比べで負けたことがない! 巨の神殿を守る地の妖精にすら勝ったのだからなっ!」
アルヴ指揮官殿が自慢げに叫んでいる。それがどれだけ凄いことなのか、いまいちピンと来ないが。
今この場においては、何の役にも立たないと教えてやろう。
手の中で練ったありったけのエーテルを用い、種族固有能力を発動する。
金色に輝き迸る。光は一瞬のうちに、俺とシーヴとの間に伸びる鎖を伝っていき――
「鍛冶鉱司」
伝った先で、光が弾けた。
鎖の先端、分銅の部分。火花のように飛び散る金属性のエーテルから生み出されるのは、無数の武器だ。
互いに互いを壊しながら、出来損ないのハリネズミのように生まれ出でた武器の群れは、間違いなく、間近のシーヴを巻き込んだ。
その証拠に、金色の粒子が舞った中空に、鮮やかな血の色が混じっている。
周囲で観客をしていた兵士たちの間にどよめきが走った。悲鳴のようにシーヴを呼ぶ声も。
心配しなくても、この程度で死ぬような手合いじゃないだろう。
そう断じた瞬間、証明するように、武器のハリネズミがまとめて打ち砕かれた。
手ごたえあった、というほどではないが、予想以上にダメージは無かったらしい。
バラバラに砕かれて金の粒子と化した武器の群れの中から、姿を現す女。
くくっていた緑髪は解け、頬や首筋、肩口にも薄く血が流れている。が、やはり思った以上にダメージが無い。あれを防いだのか。
目についたのは、見慣れない剣だ。柄や意匠、刃に至るまで、白を基調とした不思議な剣を手にしている。ついさっきまでは、あんな剣は持っていなかった。特別な武器であることは一目瞭然だな。
どこぞの猫耳少女といい、武器を隠す常套手段があるのだろうか。まさか、俺のようにその場で作ったとは言わないだろう。
「凄まじいな。手管と言い、容赦の無さといい……私が聖剣使いでなければ、死んでいたぞ」
責めるような物言いだというのに、口調は穏やかかつ喜んでいるような響きさえ宿している。
にしても、聖剣、か。予想だにしない単語の登場だ。その言葉を信じるならば、あの白い剣が聖剣とやらか?
……確かに、あれと打ち合うのは不味い。理屈は思いつかないが、勘が告げている。
これがゲームの中の勝負でなければ、即座に撤退を選択しているところだ。
さて、いくつか手はあるが、どうするか――考える刹那に、シーヴが恐ろしい速度で距離を詰めてくる。
まだまだやる気に満ち溢れているらしい。ため息を……吐く暇も与えてくれそうにない。
「リミット――!」
そんな楽しそうに呼ばれても困る。さっきの攻防で一息ついただろう?
もうこの辺りで手打ちにしてもいいと思うのだが、まだ続けるというのなら仕方ない。
白い刃が迫る。聖剣、ね。こんなところで遭遇したのも、何かの縁だ。せっかくなので、試してみたいことがある。
右手には、分銅付きの鎖を失った鎌だけが残っている。
シーヴの振るう聖剣を迎撃するためにそれを構えつつ、今一度、左手の中で金属性のエーテルを練り上げる。
直後、視界の端に鈍い鋼色が掠めた。
突っ込んでくるシーヴに負けず劣らずの速度で飛来したそれが、割り込むように俺たちの間へ。
今日何度目になるかわからない、金属のぶつかり合う音が、夜の街にこだまする。
砕ける音は続かない。
俺の右手の鎌を受け止めたのは、鋼色の浮遊する球体機械だ。ご丁寧に、その中心から伸びた銃身が、こちらに狙いを定めている。
顔色すら伺える距離に立つシーヴの剣も、その二本ともが、俺と同じように球体機械にぶつかり阻まれていた。
「そこまでだ。もう十分に、互いの力はわかったはずだろ。これ以上は、必要ねー」
刃を阻んだ張本人、フォースが俺たちのすぐ傍に立っている。
赤い瞳が、咎めるようにシーヴを見た。
「シーヴ、それを出すのはさすがにやりすぎだ」
「むぅ、確かに少し熱が入ってしまったのは認めるが……」
渋々と言った様子で、シーヴが剣をひく。ちょっと目を離した隙に、白い剣がその姿を消している。どういう原理なんだかな。
俺の手の中では、役目を終えた鎌が自壊して、金色の光となって消えていった。
「はぁ」
やれやれだ。紆余曲折あったが、これで面倒事が一つ片付いたと言っていいだろう。




