ねずみ退治
外に出ると、空は夜へと移り変わっていた。
しかし、街の照明技術は優秀らしい。道のあちこちに備えられた街灯の中で、光る石が輝きを放っている。
むしろ、空が赤かった時のほうが、暗いと思えるほどだ。
ところで、アーネの姿が見当たらなかった。飽きてどこかに行ったか?
と、俺たちが出てきたのを見計らったかのように、隣の建物から人が出てくる。
青髪の女。背中が大きく開いた、水着のような衣装を身に着けた海人。アーネで間違いない。
隣の建物は、ロカが煽りで用意したとしか思えない拠点、銀の掘っ立て小屋だ。暇を持て余して、また邪魔しに行ったんだろう。まだロカがいたのかもしれない。
アーネは最初からこちらに気づいていたようで、笑顔を浮かべて歩いてくる
その姿を前にして、俺の一歩前にいたフォースが、目に見えて体を強張らせていた。
「ちっ!」
「え?」
眼前の背中から鋭い舌打ち。少し離れた位置で立ち止まったアーネが、呆けたような声を上げる。
フォースが跳ねるように前に出たかと思うと、金色の粒子が、辺り一面にばら撒かれた。
出どころはフォースの両手。粒子は瞬く間にいくつかの塊を作り、金色を失っていく。変色先は鋼色。生まれ出た形は、地を進む立方体と、宙に浮く球体。見るのは初めてだが、話には聞いていた。フォースの能力で運用される機械群。
まずい。
「フォ――」
「下がれ、リミット! 敵だっ!」
違う。言おうとした言葉が、折り重なった銃撃音によってかき消された。
街灯が砕け散り、路上に無数の弾痕が刻まれ、土煙が巻き上がる。機械群による機銃掃射は、射線上の物をことごとく破壊していき――身を伏せるように動いたアーネが飲み込まれ、出てきた建物である銀の掘っ立て小屋も含まれた。
火事が発生したかのように、夜の空に立ち上る煙。
無残な姿になった建材が路上に散らばる……派手にやったな、おい。
裏通りとはいえ、街中でこんな真似をして、大丈夫なのか?
街は大抵、現地人の指導者が治めている。そこで犯罪が発生した場合、街ごとに抱えている軍の兵士が捕らえに来るとか。
これが逃走や重罪に及んで賞金首になると、代わりに傭兵がやってくる。
……逃げたほうがよさそうだな。
アーネは……派手な土煙で姿が見えない。が、助かったとは思えない。
運が悪かったな。これが実際の戦場でなかったのは、幸運だったと言えるが。
未だ警戒態勢を解かないフォースの背中に呼びかける。
「こんな街中で、さすがにまずいんじゃないのか」
「心配ねーよ。この辺りにあるのは、プレイヤーが経営していた店ばかりだからな。最前線が移った今となっては、ほとんど人なんていやしない」
だから怪しげな連中が根城にしやすいんだろうな、とパートナー殿が笑う。俺たちも立派に、その怪しげな連中と同列に並んでいる気がするのは気のせいか?
しかし、そうと断じたからこそ建物ごと破壊したのか。ロカは……あの目ざとい男なら、たぶん逃げおおせているだろう。
それにしたって、いきなり街中で躊躇なく破壊活動に踏み切れるあたり、やはりこの女も立派な電脳界の処刑人だ。
「それでも、誰も来ないってことはさすがにないだろ」
「そーだな。衛兵が見に来るくらいはありそうだし。ずらかるか」
物言いが完全に犯罪者と変わりない。サイバーポリスは仮想世界の治安組織というだけで、別に正義の味方じゃない。
このゲーム好きなパートナーはむしろ、これでマシな人格をしているほうだ。
「あーあ、ひどいな、たいちょってば。可愛い部下が死んじゃったかもしれないのに、薄情だなー」
だが、場を離れようとした時、どこからともなく間延びした声が響き渡った。
「っ! どこだ!」
アーネの声。反応したフォースが、じりじりと慎重に動きつつ、辺りを見回す。
が、破壊の痕跡が著しい周辺に、声の持ち主の姿は見当たらない。煙に紛れているのか?
そもそも、明らかに銃撃に飲み込まれていたように見えたが、あれをやり過ごしたのか。
どうやって、というのが気になるが……ん、これは、水か?
いつの間にか、足元に水が流れてきている。それなりの量だ。
フォースが派手にやったせいで、下水機構を破壊でもしたのか。
違うな。この水、妙な気配が――思い至った瞬間、水から手が飛び出した。
「ばぁっ」
「リミット!」
手に続き、剽軽な声と共に全身が飛び出す。
フォースが気づいて振り返った時には、水から出現したアーネが、俺の体に張り付いていた。
即座に背中に回られ、首元にはナイフが突きつけられている。まぁ、殺意なんて欠片も無かったので、一切抵抗しなかったが。
青い粒子が、かすかに漂っている。水属性のエーテル……なるほど、海人の種族固有能力か。アーネもゲームにログインしてまだ間もないはずだが、既に能力をよく使いこなしているようだ。
「動かないで。動いたら、この犬さんの命がどうなるか……わかるよね?」
「くっ」
機械群の銃口がこちらへと向くものの、フォースは悔しそうな表情を浮かべ、撃たない。
ここで撃たない辺り、やはりマシな感性をしていると言わざるを得ない。
撃たれても困るが。こんなおふざけでロストなんてしていられない。
「遊びはその辺にしろ」
「やぁん、たいちょ、つれないー」
首元に突き付けられたナイフを、手首を返して取り上げる。
そのままアーネの腕を引っ張り、肩越しに体の前に引きずり下ろした。アーネも抵抗しない。
今度はこちらが背後をとり、抱きかかえたような状態になる。
「いいぞリミット! そのまま捕まえてろ!」
「よせ。物騒な物はしまえ」
取り出した拳銃を手に駆け寄ってくるフォースを手で制する。
……こんなところで味方同士潰し合ってる暇なんてないってのに。どいつもこいつもなんでこんなに好戦的なんだ?
「こいつは敵じゃない。むしろ味方だ」
「なぁっ、ど、どーいうことだよっ!」
どういうこともなにも、言った通りだ……が、さすがにいきなりは無理があったか。
フォースは信じられないといった様子で、アーネに指を突き付けつつ、食って掛かってくる。
「こいつのこと、知らないとは言わせねーぞ! 見ろ、"洗い熊"だぞ!」
「そうだな」
ああ。フォースが即座に仕掛けた理由はそれか。洗い熊。アーネの異名を知っていたからこそだ。
アーネももれなく、ゲームに侵入した不審者どもと同列に見なされたらしい。
……俺が呼んだということは、やはり黙っておいたほうがいいな。
「その呼び方あんまし好きじゃないなー。もっとかわいい動物がいい。犬とか! たいちょとお揃いになるしっ」
「はぁ? 抜かしてんじゃねーぞ! むしろアライグマに失礼に思えよ!」
「なっ! ちょっと、それどういう意味!?」
ぎゃあぎゃあと言い合う女二人。こうして揃って顔を合わせて、初めて分かる事実が一つ。
この二人、どうやら相性が良くない。
まさか、俺が仲裁役なんてものになるとは思わなかった。とはいえ、やらなければ話が進みそうもない。
「むぎぅ」
まずは抱えたままのアーネの口を手で塞ぎ、黙らせる。そして、言葉を向けるのはフォースだ。
「フォース、ゲーム内じゃ外のことは言いっこなし、じゃなかったか?」
「うっ……」
勉強会の折、オンラインゲームについて学んでいた時に、フォースが言っていた台詞をそのまま返してやる。
オンラインゲームにおける暗黙のルール、だったか。バツが悪そうな顔で、フォースは口を噤んだ。
好機だ。言葉を重ねる。
「こいつとはもともと外で顔見知りだ。ゲーム内で会ったのは偶然だが、こちらの事情を知った上で、協力を申し出てくれた」
「えっ、知り合いだったのか」
「ああ」
「…………そーか」
妙に神妙な顔で、フォースが黙り込んだ。偶然という言葉をきちんと強調したが、怪しかったか?
それとも、サイバーポリスの視点から見て、"洗い熊"と繋がりがあることを問題視したか?
アーネと知り合う切っ掛けになった戦場は、例によって要請をうけて赴いた仕事の一つだ。
マシーン野郎は知っていることでもあるし、何も問題は無いだろう。
フォースがはっとしたような表情になって尋ねてくる。
「……まさか、お前を助けたプレイヤーって、こいつのことか? あたしたちは、こいつのギルドに――?」
「違う。だが、さっき言ったギルドに、一緒に加入することにはなるだろうな」
「け、結局一緒ってことじゃねーかよ……」
味方であることは保証したが、フォースはイマイチ信じれきれないみたいだな。同じギルドに所属することすら難色を示すとは。
とはいえ、予定に変更はない。とりあえず話はついたとして、アーネを解放する。
地面に降り立ったアーネは、フォースに向けてひらひらと手を振った。
「ま、そういうことだから。よろしくーフォースちゃん」
「……リミットが言うなら、仕方ねー。ただ、妙な真似しやがったら、すぐにハチの巣にしてやるからな」
「あははー、こわーい。そっちこそ、何か飲むときは気を付けたほうがいいよー。あ、水辺にもご用心ね」
「ははっ、そーかい。ご丁寧にどーも」
気やすいやり取りを交わす女二人。終いには二人仲良く握手するに至った。
よし。問題ないな。例え、互いに逆の手には物騒な物が握られていたとしても、知った事じゃない。
片や黒光りする拳銃、片や毒々しい色の液体が収まった瓶。俺の知ったことじゃない。
そういえば、女二人の諍いに気をとられたている場合じゃない。もっと、何か別に気にしなくちゃならないことがあったはずだが……。
そうだ。
「っ。二人とも、じゃれ合いはもういい。早くこの場を――」
「これはまた、随分と酷い有様だな」
離れた方がいい。言おうとしたが、遅かった。
響き渡った声は、この場に新たな闖入者が現れてしまったことの証に他ならない。
振り返ると、街路を歩み進んできただろう、十数名の人間。
種族的に特記するような特徴を持たないノーマルさは、現状プレイヤーには確認されていない人間種。
純人。すなわち現地人だ。
現れた一団は、全員が一様に武装している。規格を統一して作られている金属製の鎧を着こみ、槍や剣を携えている。間違いなく、このエレイトの街の兵士だろう。
「さて、これは一体どういう状況なのか、事情を聞かせてもらおうか」
声を発したのは、集団の中より進み出て、先頭に立った人物。一人だけ、統一されていない造りの鎧。白い服の上に着こんだそれは、他の兵士たちが身に着けているものより上等に見える。先頭に立って声を張り上げていることからも、指揮官だろう。
目立つ理由はそれだけじゃない。
女だ。深緑の長い髪をひとくくりにした美人。加えて、彼女だけ純人じゃない。
細長く尖った耳は、森人のものだ。ということは、この女だけがプレイヤーということになるのか。
NPCたちに混じっているところを見ると……役割模倣か?
下手なNPCよりよほど相手にするのが面倒なのが出てきたな……。
さて、どうするか。
こちら三人。辺りは、倒壊した店舗に、あちこち破壊されている街路。
何をどう言い訳したら、この状況を切り抜けられるだろうか。
「あっ。おい、シーヴ! あたしだ!」
「むっ。そこにいるのは、フォースか?」
素早く考えを巡らそうとしたところで、フォースが俺の後ろより躍り出た。
このエルフ指揮官と知り合いなのか。これは、僥倖だな。
これで、わざわざ下手な言い訳なんか考えなくて良くなっただろう。
「なるほど、お前か。この凄まじい破壊の所業。フォース、お前の能力なら納得がいったぞ」
「え、えぇ!? い、いや、その、確かにやったのはあたしだけど……これは、その……」
「やはりか。ならば、事情は後だ。全員ひとまず捕らえさせてもらうとしよう」
……なんてこった。
エルフ指揮官が、前に出たフォースを鋭い視線で見据え、腰に下げていた剣を抜き放った。
抜き身の刃が、無事な街灯の明かりを受けて、白く輝く。
フォースはしどろもどろに自白しやがるし、状況が一層悪くなったぞ。
「あははっ、使えないちんちくりんだねー」
アーネが声を潜めてこちらに体を寄せてくる。
笑顔だが、目は笑っていない。手元には液体の収められた瓶が握られ、ちらりと見上げてくる。
首を振った。まだ早い。
俺は前に出たフォースに歩み寄った。
「フォース。もしここで捕まったらどうなる」
「ど、どうだろ……罰金とかかな。あるいはただで労働依頼を一定数こなすとか……さすがに傭兵認可の取り消しはないと思うけど」
自信なさげだな。傭兵認可を取り消された場合のプレイヤーの立ち位置は気になるが、自分で試そうとは思わない。
タダ働きも御免だ。ただただ時間をとられるだけの作業に付き合う暇はない。
「何とか上手い言い訳でこの場を収めろ」
「なんとかって」
「無理だったら――仕方ないな。気は進まないが、こいつらには退場してもらう」
「っ」
フォースが弾かれたように見上げてくる。俺は黙って見つめ返した。
見下ろす赤い瞳に宿っているのは、困惑と焦燥。目は逸らさない。こちらは本気だ。
それが伝わったのだろう。ゆっくりとこちらに歩み寄ってきていたエルフ指揮官に対し、フォースもまた一歩踏み出した。
「シーヴ」
「なんだ、フォース。何事か相談を交わしていたみたいだが、良い言い訳でも思いついたか? 話は詰め所でゆっくりと聞いてやる」
取り付く島もないな。エルフ指揮官が片手をあげるのに合わせて、背後に追従していた兵士たちが動く。
隊列を崩すことなく、しかし道幅を埋めるように展開する。逃がしてくれる気はなさそうだ。
もっとも、こちらも逃げる気はない。場が収まらないのであれば、然るべき対応を済まし、あとは隠蔽するだけだ。
もう夜だからな、いろいろと都合がいい。
「シーヴ、聞いてくれ。あたしたちがここに居たのには、理由がある」
「ああ、聞いてやるとも。詰め所でな」
距離は大分縮まっている。
「あ、あたしたちがここに居たのは……」
どもった。声を上げたはいいが、思いついてはいなさそうだ。
こちらも密かに動く。俺は一歩下がり、後ろ手に、アーネに合図を出す準備。
それにしても、このエルフ指揮官――距離が近づいたことでよくわかったが、結構な使い手だ。
他の兵士連中はともかく、この指揮官を黙らせるのは、ちょっと骨が折れそうだな。
シーヴという名前らしいエルフ指揮官は、既にフォースの目の前。
籠手に覆われた手が、黒髪の少女を捕えようと伸びたところで。
「……ね、ねずみ退治だっ!」
フォースがバッと顔を上げて、叫んだ。
「――ネズミ退治、だと?」
エルフ指揮官が、冷たい声を吐く。
背後から、アーネが噴き出した音が聞こえる。笑い事じゃねえぞ。
とんだ言い訳だ。ネズミ退治で街をこんな風に破壊する馬鹿がどこにいる?
そうか……俺たちはそんな馬鹿だと思われかけているのか。その事実に、きっとフォースの背中を眺める俺の視線も、さぞ冷たくなっているだろう。
終わりだ。アーネに合図を送るべく、手を動かす。距離は近い。アーネに依頼するのは攪乱。
指揮官は、俺が仕留める――行動に移そうとした間際。
エルフ指揮官が片手を上げた。じりじりと距離を縮めていた兵士集団が、揃って足を止めた。なんだ?
「なるほど……そう来たか。これは、より詳しい話を聞かなきゃならないな。詰め所はまずいか……フォースと、そちらの二人も。捕らえると言ったのは撤回しよう。ただ、場所を変えて、詳しい話を聞かせてほしい」
何が起こった?
俺たちに向けられる指揮官の目は真剣ではあったが、先ほどまでの犯罪者を見るような色は失せている。
ネズミ退治が、そんなに重要なことだったのか。街を破壊しても許されるほどに?
そんな馬鹿な。フォースも迷子のような表情で、こちらを振り返っている。
お前が言い訳したんだ。ネズミ退治について、しっかりと語ってやるといい。
そんな意志を込めて、俺は深く頷き返した。




