↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/23

ねずみ退治

 外に出ると、空は夜へと移り変わっていた。

 しかし、街の照明技術は優秀らしい。道のあちこちに備えられた街灯の中で、光る石が輝きを放っている。

 むしろ、空が赤かった時のほうが、暗いと思えるほどだ。

 

 ところで、アーネの姿が見当たらなかった。飽きてどこかに行ったか?

 

 と、俺たちが出てきたのを見計らったかのように、隣の建物から人が出てくる。

 青髪の女。背中が大きく開いた、水着のような衣装を身に着けた海人(シービショップ)。アーネで間違いない。

 隣の建物は、ロカが煽りで用意したとしか思えない拠点、銀の掘っ立て小屋だ。暇を持て余して、また邪魔しに行ったんだろう。まだロカがいたのかもしれない。

 

 アーネは最初からこちらに気づいていたようで、笑顔を浮かべて歩いてくる

 その姿を前にして、俺の一歩前にいたフォースが、目に見えて体を強張らせていた。

 

「ちっ!」

「え?」

 

 眼前の背中から鋭い舌打ち。少し離れた位置で立ち止まったアーネが、呆けたような声を上げる。

 フォースが跳ねるように前に出たかと思うと、金色の粒子が、辺り一面にばら撒かれた。

 出どころはフォースの両手。粒子は瞬く間にいくつかの塊を作り、金色を失っていく。変色先は鋼色。生まれ出た形は、地を進む立方体と、宙に浮く球体。見るのは初めてだが、話には聞いていた。フォースの能力で運用される機械群。

 まずい。

 

「フォ――」

「下がれ、リミット! 敵だっ!」

 

 違う。言おうとした言葉が、折り重なった銃撃音によってかき消された。

 街灯が砕け散り、路上に無数の弾痕が刻まれ、土煙が巻き上がる。機械群による機銃掃射は、射線上の物をことごとく破壊していき――身を伏せるように動いたアーネが飲み込まれ、出てきた建物である銀の掘っ立て小屋も含まれた。

 

 火事が発生したかのように、夜の空に立ち上る煙。

 無残な姿になった建材が路上に散らばる……派手にやったな、おい。

 

 裏通りとはいえ、街中でこんな真似をして、大丈夫なのか?

 街は大抵、現地人の指導者が治めている。そこで犯罪が発生した場合、街ごとに抱えている軍の兵士が捕らえに来るとか。

 これが逃走や重罪に及んで賞金首になると、代わりに傭兵がやってくる。

 

 ……逃げたほうがよさそうだな。

 アーネは……派手な土煙で姿が見えない。が、助かったとは思えない。

 運が悪かったな。これが実際の戦場でなかったのは、幸運だったと言えるが。

 未だ警戒態勢を解かないフォースの背中に呼びかける。

 

「こんな街中で、さすがにまずいんじゃないのか」

「心配ねーよ。この辺りにあるのは、プレイヤーが経営していた店ばかりだからな。最前線が移った今となっては、ほとんど人なんていやしない」

 

 だから怪しげな連中が根城にしやすいんだろうな、とパートナー殿が笑う。俺たちも立派に、その怪しげな連中と同列に並んでいる気がするのは気のせいか?

 しかし、そうと断じたからこそ建物ごと破壊したのか。ロカは……あの目ざとい男なら、たぶん逃げおおせているだろう。

 それにしたって、いきなり街中で躊躇なく破壊活動に踏み切れるあたり、やはりこの女も立派な電脳界の処刑人(サイバーポリス)だ。

 

「それでも、誰も来ないってことはさすがにないだろ」

「そーだな。衛兵が見に来るくらいはありそうだし。ずらかるか」

 

 物言いが完全に犯罪者と変わりない。サイバーポリスは仮想世界の治安組織というだけで、別に正義の味方じゃない。

 このゲーム好きなパートナーはむしろ、これでマシな人格をしているほうだ。

 

「あーあ、ひどいな、たいちょってば。可愛い部下が死んじゃったかもしれないのに、薄情だなー」

 

 だが、場を離れようとした時、どこからともなく間延びした声が響き渡った。

 

「っ! どこだ!」

 

 アーネの声。反応したフォースが、じりじりと慎重に動きつつ、辺りを見回す。

 が、破壊の痕跡が著しい周辺に、声の持ち主の姿は見当たらない。煙に紛れているのか?

 そもそも、明らかに銃撃に飲み込まれていたように見えたが、あれをやり過ごしたのか。

 

 どうやって、というのが気になるが……ん、これは、水か?

 いつの間にか、足元に水が流れてきている。それなりの量だ。

 フォースが派手にやったせいで、下水機構を破壊でもしたのか。

 

 違うな。この水、妙な気配が――思い至った瞬間、水から手(・)が(・)飛(・)び(・)出(・)し(・)た(・)。

 

「ばぁっ」

「リミット!」

 

 手に続き、剽軽な声と共に全身が飛び出す。

 フォースが気づいて振り返った時には、水から出現したアーネが、俺の体に張り付いていた。

 即座に背中に回られ、首元にはナイフが突きつけられている。まぁ、殺意なんて欠片も無かったので、一切抵抗しなかったが。

 青い粒子が、かすかに漂っている。水属性のエーテル……なるほど、海人(シービショップ)の種族固有能力(オルテライズ)か。アーネもゲームにログインしてまだ間もないはずだが、既に能力をよく使いこなしているようだ。

 

「動かないで。動いたら、この犬さんの命がどうなるか……わかるよね?」

「くっ」

 

 機械群の銃口がこちらへと向くものの、フォースは悔しそうな表情を浮かべ、撃たない。

 ここで撃たない辺り、やはりマシな感性をしていると言わざるを得ない。

 

 撃たれても困るが。こんなおふざけでロストなんてしていられない。

 

「遊びはその辺にしろ」

「やぁん、たいちょ、つれないー」

 

 首元に突き付けられたナイフを、手首を返して取り上げる。

 そのままアーネの腕を引っ張り、肩越しに体の前に引きずり下ろした。アーネも抵抗しない。

 今度はこちらが背後をとり、抱きかかえたような状態になる。

 

「いいぞリミット! そのまま捕まえてろ!」

「よせ。物騒な物はしまえ」

 

 取り出した拳銃を手に駆け寄ってくるフォースを手で制する。

 ……こんなところで味方同士潰し合ってる暇なんてないってのに。どいつもこいつもなんでこんなに好戦的なんだ?

 

「こいつは敵じゃない。むしろ味方だ」

「なぁっ、ど、どーいうことだよっ!」

 

 どういうこともなにも、言った通りだ……が、さすがにいきなりは無理があったか。

 フォースは信じられないといった様子で、アーネに指を突き付けつつ、食って掛かってくる。

 

「こいつのこと、知らないとは言わせねーぞ! 見ろ、"洗い熊"だぞ!」

「そうだな」

 

 ああ。フォースが即座に仕掛けた理由はそれか。洗い熊。アーネの異名を知っていたからこそだ。

 アーネももれなく、ゲームに侵入した不審者どもと同列に見なされたらしい。

 ……俺が呼んだということは、やはり黙っておいたほうがいいな。

 

「その呼び方あんまし好きじゃないなー。もっとかわいい動物がいい。犬とか! たいちょとお揃いになるしっ」

「はぁ? 抜かしてんじゃねーぞ! むしろアライグマに失礼に思えよ!」

「なっ! ちょっと、それどういう意味!?」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合う女二人。こうして揃って顔を合わせて、初めて分かる事実が一つ。

 この二人、どうやら相性が良くない。

 まさか、俺が仲裁役なんてものになるとは思わなかった。とはいえ、やらなければ話が進みそうもない。

 

「むぎぅ」

 

 まずは抱えたままのアーネの口を手で塞ぎ、黙らせる。そして、言葉を向けるのはフォースだ。

 

「フォース、ゲーム内じゃ外のことは言いっこなし、じゃなかったか?」

「うっ……」

 

 勉強会の折、オンラインゲームについて学んでいた時に、フォースが言っていた台詞をそのまま返してやる。

 オンラインゲームにおける暗黙のルール、だったか。バツが悪そうな顔で、フォースは口を噤んだ。

 好機だ。言葉を重ねる。

 

「こいつとはもともと外で顔見知りだ。ゲーム内で会ったのは偶(・)然(・)だが、こちらの事情を知った上で、協力を申し出てくれた」

「えっ、知り合いだったのか」

「ああ」

「…………そーか」

 

 妙に神妙な顔で、フォースが黙り込んだ。偶然という言葉をきちんと強調したが、怪しかったか?

 それとも、サイバーポリスの視点から見て、"洗い熊"と繋がりがあることを問題視したか?

 

 アーネと知り合う切っ掛けになった戦場は、例によって要請をうけて赴いた仕事の一つだ。

 マシーン野郎は知っていることでもあるし、何も問題は無いだろう。

 

 フォースがはっとしたような表情になって尋ねてくる。

 

「……まさか、お前を助けたプレイヤーって、こいつのことか? あたしたちは、こいつのギルドに――?」

「違う。だが、さっき言ったギルドに、一緒に加入することにはなるだろうな」

「け、結局一緒ってことじゃねーかよ……」

 

 味方であることは保証したが、フォースはイマイチ信じれきれないみたいだな。同じギルドに所属することすら難色を示すとは。

 とはいえ、予定に変更はない。とりあえず話はついたとして、アーネを解放する。

 地面に降り立ったアーネは、フォースに向けてひらひらと手を振った。

 

「ま、そういうことだから。よろしくーフォースちゃん」

「……リミットが言うなら、仕方ねー。ただ、妙な真似しやがったら、すぐにハチの巣にしてやるからな」

「あははー、こわーい。そっちこそ、何か飲むときは気を付けたほうがいいよー。あ、水辺にもご用心ね」

「ははっ、そーかい。ご丁寧にどーも」

 

 気やすいやり取りを交わす女二人。終いには二人仲良く握手するに至った。

 

 よし。問題ないな。例え、互いに逆の手には物騒な物が握られていたとしても、知った事じゃない。

 片や黒光りする拳銃、片や毒々しい色の液体が収まった瓶。俺の知ったことじゃない。

 そういえば、女二人の諍いに気をとられたている場合じゃない。もっと、何か別に気にしなくちゃならないことがあったはずだが……。

 

 そうだ。

 

「っ。二人とも、じゃれ合いはもういい。早くこの場を――」

「これはまた、随分と酷い有様だな」

 

 離れた方がいい。言おうとしたが、遅かった。

 響き渡った声は、この場に新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れてしまったことの証に他ならない。

 

 振り返ると、街路を歩み進んできただろう、十数名の人間。

 種族的に特記するような特徴を持たないノーマルさは、現状プレイヤーには確認されていない人間種。

 純人(ヒューマン)。すなわち現地人だ。

 

 現れた一団は、全員が一様に武装している。規格を統一して作られている金属製の鎧を着こみ、槍や剣を携えている。間違いなく、このエレイトの街の兵士だろう。

 

「さて、これは一体どういう状況なのか、事情を聞かせてもらおうか」

 

 声を発したのは、集団の中より進み出て、先頭に立った人物。一人だけ、統一されていない造りの鎧。白い服の上に着こんだそれは、他の兵士たちが身に着けているものより上等に見える。先頭に立って声を張り上げていることからも、指揮官だろう。

 

 目立つ理由はそれだけじゃない。

 女だ。深緑の長い髪をひとくくりにした美人。加えて、彼女だけ純人(ヒューマン)じゃない。

 細長く尖った耳は、森人(エルフ)のものだ。ということは、この女だけがプレイヤーということになるのか。

 NPCたちに混じっているところを見ると……役割模倣(ロールプレイ)か?

 下手なNPCよりよほど相手にするのが面倒なのが出てきたな……。

 

 さて、どうするか。

 こちら三人。辺りは、倒壊した店舗に、あちこち破壊されている街路。

 何をどう言い訳したら、この状況を切り抜けられるだろうか。

 

「あっ。おい、シーヴ! あたしだ!」

「むっ。そこにいるのは、フォースか?」

 

 素早く考えを巡らそうとしたところで、フォースが俺の後ろより躍り出た。

 このエルフ指揮官と知り合いなのか。これは、僥倖(ぎょうこう)だな。

 これで、わざわざ下手な言い訳なんか考えなくて良くなっただろう。

 

「なるほど、お前か。この凄まじい破壊の所業。フォース、お前の能力なら納得がいったぞ」

「え、えぇ!? い、いや、その、確かにやったのはあたしだけど……これは、その……」

「やはりか。ならば、事情は後だ。全員ひとまず捕らえさせてもらうとしよう」

 

 ……なんてこった。

 エルフ指揮官が、前に出たフォースを鋭い視線で見据え、腰に下げていた剣を抜き放った。

 抜き身の刃が、無事な街灯の明かりを受けて、白く輝く。

 フォースはしどろもどろに自白しやがるし、状況が一層悪くなったぞ。

 

「あははっ、使えないちんちくりんだねー」

 

 アーネが声を潜めてこちらに体を寄せてくる。

 笑顔だが、目は笑っていない。手元には液体の収められた瓶が握られ、ちらりと見上げてくる。

 

 首を振った。まだ早い。

 俺は前に出たフォースに歩み寄った。

 

「フォース。もしここで捕まったらどうなる」

「ど、どうだろ……罰金とかかな。あるいはただで労働依頼を一定数こなすとか……さすがに傭兵認可の取り消しはないと思うけど」

 自信なさげだな。傭兵認可を取り消された場合のプレイヤーの立ち位置は気になるが、自分で試そうとは思わない。

 タダ働きも御免だ。ただただ時間をとられるだけの作業に付き合う暇はない。

 

「何とか上手い言い訳でこの場を収めろ」

「なんとかって」

「無理だったら――仕方ないな。気は進まないが、こいつらには退(・)場(・)してもらう」

「っ」

 

 フォースが弾かれたように見上げてくる。俺は黙って見つめ返した。

 見下ろす赤い瞳に宿っているのは、困惑と焦燥。目は逸らさない。こちらは本気だ。

 

 それが伝わったのだろう。ゆっくりとこちらに歩み寄ってきていたエルフ指揮官に対し、フォースもまた一歩踏み出した。

 

「シーヴ」

「なんだ、フォース。何事か相談を交わしていたみたいだが、良い言い訳でも思いついたか? 話は詰め所でゆっくりと聞いてやる」

 

 取り付く島もないな。エルフ指揮官が片手をあげるのに合わせて、背後に追従していた兵士たちが動く。

 隊列を崩すことなく、しかし道幅を埋めるように展開する。逃がしてくれる気はなさそうだ。

 もっとも、こちらも逃げる気はない。場が収まらないのであれば、然るべき対応を済まし、あとは隠(・)蔽(・)するだけだ。

 もう夜だからな、いろいろと都合がいい。

 

「シーヴ、聞いてくれ。あたしたちがここに居たのには、理由がある」

「ああ、聞いてやるとも。詰め所でな」

 

 距離は大分縮まっている。

 

「あ、あたしたちがここに居たのは……」

 

 どもった。声を上げたはいいが、思いついてはいなさそうだ。

 こちらも密かに動く。俺は一歩下がり、後ろ手に、アーネに合図を出す準備。

 

 それにしても、このエルフ指揮官――距離が近づいたことでよくわかったが、結構な使い手だ。

 他の兵士連中はともかく、この指揮官を黙らせるのは、ちょっと骨が折れそうだな。

 

 シーヴという名前らしいエルフ指揮官は、既にフォースの目の前。

 籠手に覆われた手が、黒髪の少女を捕えようと伸びたところで。

 

「……ね、ねずみ退治だっ!」

 

 フォースがバッと顔を上げて、叫んだ。

 

「――ネズミ退治、だと?」

 

 エルフ指揮官が、冷たい声を吐く。

 背後から、アーネが噴き出した音が聞こえる。笑い事じゃねえぞ。

 

 とんだ言い訳だ。ネズミ退治で街をこんな風に破壊する馬鹿がどこにいる?

 そうか……俺たちはそんな馬鹿だと思われかけているのか。その事実に、きっとフォースの背中を眺める俺の視線も、さぞ冷たくなっているだろう。

 

 終わりだ。アーネに合図を送るべく、手を動かす。距離は近い。アーネに依頼するのは攪乱。

 指揮官は、俺が仕留める――行動に移そうとした間際。

 

 エルフ指揮官が片手を上げた。じりじりと距離を縮めていた兵士集団が、揃って足を止めた。なんだ?

 

「なるほど……そう来たか。これは、より詳しい話を聞かなきゃならないな。詰め所はまずいか……フォースと、そちらの二人も。捕らえると言ったのは撤回しよう。ただ、場所を変えて、詳しい話を聞かせてほしい」

 

 何が起こった?

 俺たちに向けられる指揮官の目は真剣ではあったが、先ほどまでの犯罪者を見るような色は失せている。

 ネズミ退治が、そんなに重要なことだったのか。街を破壊しても許されるほどに?

 

 そんな馬鹿な。フォースも迷子のような表情で、こちらを振り返っている。

 お前が言い訳したんだ。ネズミ退治について、しっかりと語ってやるといい。

 

 そんな意志を込めて、俺は深く頷き返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。