歩く箱舟
エーテル・テイル・オンラインのテストプレイが開始された頃。
早期から電脳界の処刑人はゲームの存在を認識し、注視していたらしい。
故に、ゲームが始まって間もなく。調査のために、フォースを始めとした人員を一定数、ゲーム内に送り込んでいた。もちろん、表向きは普通のプレイヤーとして。
プレイヤーを装い潜入を果たした人員同士が、ゲーム内で自然に接触を可能とするために、傭兵団を結成。拠点となる建物も各地に用意した。
歩く箱舟。ギルドの名称でもあり、同時に屋号でもある。サービスの初期から展開されている、プレイヤーによるチェーン店という認識で、それなりに名が知られていたようだ。平素は店舗として機能させていたこれらは、まさに連中の隠れ蓑だった。
もっとも、人員のほとんどが撤退して以降、店舗としての機能は停止。この建物を使う人間は、今となってはたった一人しかいない。
フォースとの打ち合わせは、至極単純だ。
俺がゲーム内のどこにログインするかはわからないが、まずは各地に存在するこの店を目指す。
どの店にも、闇属性を利用した通信機モドキがあるらしく、店舗間の連絡を可能とする。それを使っていずれかの店で待機しているパートナー殿と連絡をとる、という流れだ。
そのつもりだったんだが。
「――……え?」
店内。客はゼロ。テーブルはどこも空いているというのに、わざわざ壁際一人掛けの席に座っている少女がいた。
飲み物の入ったグラスをちょうど口元に運びかけたところで、入ってきた俺に気づいたのだろう。
目を見開いて、こちらを凝視している。
黒髪の間から覗く巻き角。密偵とでも呼べそうな身軽な恰好に、黒い尻尾。聞いていた通り、工人だ。
それ以外は特に変わりない。一目でフォースと分かった。
「な……まさか、リミット、か?」
「ああ」
自信なさ気に尋ねてくるのに頷き返す。そういえば、今の俺は狼の顔だったな。一目には俺だとは判らない――山人はハズレだと思っていたが、これは意外なメリットがあったか。
「ははっ、すごい偶然だな、おい! 狙ってたわけじゃなくって、たまたまこの店にいただけなんだけどさ」
確かに。たまたま入った店で鉢合わせるとは、結構な偶然だ。だが、わざわざ連絡をとって合流という手間が省けたな。良い偶然だ。
軽快に席を立ったフォースが、こちらに歩み寄って来た。近くでまじまじと見上げてくる、赤い瞳。
「にしても、山人、かぁ。悪くないけど……金属性はあまりお前に向いてなさそうだなー」
「俺もそう思うよ」
「だよな。となると、個人適正の属性に期待したいところだな。あっ、もしかしてもう占術師のところには行ったのか? 随分時間がかかったみたいだし」
ゲームにログインして、ほぼ丸一日といったところか。俺が問題なくどこかの街にログインできていれば、半日とかからずに連絡を取るところまではこぎ着ける予定だった。
今後もこうしたイレギュラーが発生しうることは、情報共有しておくべきだろう。
「いろいろあってな。手短に話すから聞いてくれ」
「それはいいけど……なんで手短?」
首を傾げるフォースを、再び席につくように誘う。
引っ付いていたアーネを引きはがして、表に捨ててきたからな。
中で連絡をとるだけと言ってしまったし、あまり待たせると踏み込んできかねない。手短に済ませる必要がある。
「まずログインした時の話だが、いきなり迷宮の中だった」
「っ……マジかよ」
揃って卓についたところで話を始めると、最初の話で早速、フォースが驚いた表情を浮かべた。
「迷宮ってのは想像以上に厄介な場所だな。放り出されて数分ぐらいだったか……喀血して、そのまま意識を失った。で、目が覚めたら、他のプレイヤーに助け出されてた」
「迷宮はマナが満ちてるからな……でも、助けがあったのか。良かったな……」
身を乗り出して聞いていたフォースが、ほっとしたように息をついた。その表情がすぐに疑問を伴ったものに変わる。
「だけど、なんでそんなことになった? ……いや、でも、まさか」
「十中八九、精霊の仕業だと思ってるが」
記憶を飛ばされる前――一度目のログインで、俺は精霊に目をつけられたと聞いている。
管理AIと同一存在と見られるこいつは、これまでの経緯から考えて、よほど大人げない存在のようだ。
「さすがにおかしーぞ」
フォースが首を振って俺の言葉を否定する。
「普通のゲームで、管理AIがそこまで干渉するはずがねーんだ。それも、一個人のプレイヤーに対して。そりゃ、不正をしたら、強制的にサーバーからログアウトさせられたり、ログイン自体が制限されることはあるけど。でも、大体お前が目をつけられていたのは、ロストする前の話だ。今回は何もおかしなことはしてないのに、それもわざわざゲーム内で死ぬように操作するなんて……」
まるで嫌がらせだ、とでも言いたいんだろう。事実、嫌がらせだと俺は思ってるがな。
精霊ってのは、大人げない上に性格が悪いに違いない。
ただ、ロカと話した網の件もある。少なくとも、俺が狙い撃ちにされているわけじゃない。情報の出どころを話せないので、この件はフォースには話せないが。
網を潜り抜けた今後がどうなるかはわからない。それを確かめるためにも、俺が狙い撃ちにされていると思われるのは都合がいい。
「このゲームは、普通じゃないんだろ?」
代わりに用意した台詞を言うと、フォースはむっつりと口をつぐんだ。
そう、結局話はそこに落ち着く。他ならぬサイバーポリスが認めている。このゲームは普通じゃない。既存のゲームの常識にとらわれて進めば、間違いなく足を掬われる。
フォースも分かっているからか、反論はなかった。
これも幸いと言っていいかは疑問だが、俺はフォースと違って、そこまで普通のゲームとやらを知らない。
悪く言えば経験が浅く、良く言えば先入観が無い、といったところか。
もっとも、このゲームは従来の仮想空間における制限から鑑みても異常という他ない。そのことを常に念頭に置いておく必要があるだろう。
「とにかく、今後も何かちょっかいや面倒があるかもしれないってことだな」
「あまり考えたくないけど、可能性はゼロじゃないか……じゃー、ギルドの件はどうする?」
「方針は変わりない。使えそうなギルドに入る。なければ、人を集めるところからだな」
「そうか……そうだよな」
パートナー殿はあまり乗り気じゃないみたいだな。考えていることは分かる。
爆弾持ちが道連れを探しているようなものだからな。一般のプレイヤーを巻き込みたくないんだろう。
そうならないため……というわけではないが、当初の予定では当面ギルドを探すフリをし、折を見て俺が集めた連中で構成されたギルドを持ち出すはずだった。
良いギルドを見つけた、とでも嘯いて加入する予定だったのだ。
俺が様々な連中を雇ったことは言っていない……が、フォースも馬鹿じゃない。面子が面子なだけに、その時点である程度は俺のやったことが露見しただろう。そこはシラを切りとおすつもりだった。
今となっては、こんな思考の全てが詮無い話だ。
しかし奇妙なことに、この件にも、代わりの話が用意されている。
「実は、さっきの話で俺を助け出してくれたプレイヤーだが、そいつからギルドに誘われてる」
「えっ、そーなのか?」
「ああ。なかなか上等なプレイヤーでな。一応そこに加入しようと思っているが、どうする」
レヴィアのギルドだ。ギルドを探す手間が省ける反面……あの小娘には若干の不安もある。何せ誘われた理由が人数不足ときたものだ。
まぁ、その点にメリットが無いわけでもない。駄目なら駄目で、他所へ移ることもできるわけだしな。
問題は、フォースがどうするか、だ。
サポートと銘打って、フォースはここにいる。が、厳密なことを言えば……これはもはや仕事でもなんでもない。
俺に追随しなければならない理由はどこにもない。
「リミットはそこに入るつもりなんだろ? だったら、あたしも入るよ」
ギルドの規模だとか、相手のプレイヤーの素性だとか。諸々あるはずが、何も聞かれない。
どころか、フォースは特に悩む様子もなく、薄く笑みを浮かべて答えた。
予想通りの答えではあったが。
「責任を感じているようなら、気にする必要はないぞ」
言ってやると、向かいの席で目が見開かれる。
俺が最初にこのゲームにログインして、ロストする切っ掛けになったのはフォースを庇ったからだ、と。
本人からそう聞いた。現状、ほとんどの人員が撤退した中、フォースだけがこのゲームに留まっている理由も、無関係じゃない。
再度俺のサポートに名乗りを上げ、任務の継続を直談判しにきた、と。マシーン野郎からは、そう聞いている。
「……記憶、とられたんだろ?」
急に、フォースが身を乗り出して、俺の顔に手を伸ばしてきた。
殺意も戦意もない。避ける必要のない小さな手は、今は狼の物になっている顔に添えられた。
赤い瞳が、こちらの目を覗き込むように見つめてくる。強い意志の宿った瞳。
「放っておけるわけねーだろ。ただでさえヤバイゲームだってのに、お前、まだまだゲームのこと全然知らないしさ」
「そりゃ、お前に比べたらな」
「だから、あたしが手助けしてやるさ。精霊に会うんだろ? それとも、あたしの助けはいらないか?」
どうしてそこまでする。言おうとして、言葉が出なかった。
息を呑む。意思を宿した瞳が、有無を言わせない圧力のようなものをまとって、こちらを見つめている。
それが悪意によるものであったのならば、あるいはねじ伏せて、足蹴にし、踏み越えていただろう。
だが、俺を見つめるフォースの目にあるのは、疑うことを許されないような……何かの感情だ。
それは、信頼のようであり、忠誠に似ていて、献身に近い、何かだ。
それは……決して、踏みつけにできない何かだと思わせられる。
俺よりも年下の少女のようにしか見えなくても、やはりこの女も、電脳界の処刑人だ。
それもまた再認識させられる。結果、俺は代わりの台詞を用意することしかできなかった。
「……いいや、大いに助かるさ」
「ならよし!」
大きく笑顔を浮かべたフォースが、向かいの椅子に戻り、すぐに立ち上がる。
「そのプレイヤーとは、フレンド登録してるんだろ? 善は急げだ。早速訪ねてみよーぜ」
「わかった。場所は、都市ロセウスだ」
そういえば、もう外は薄暗い。夜になりかけといったところだ。
訪ねても、レヴィアはいないかもしれない……いや、いるか? 大体のゲームにおいて、上位のプレイヤーほどログアウトとは縁遠いと聞いたことがある。
ロセウスまでは馬車だと半日近くかかる。今から馬車を手配したとして、ロセウスに着くころには夜も更けている。ログインしていも寝ている可能性が高いな。
「今から馬車に乗れたとしても、着くころには夜になっているだろ。訪ねるのは明日になりそうだな」
「あっ、それなら良い方法があるぞ。馬車よりも早い牛車っていうのがあって――」
「絶対に乗らねえ。いいか。牛車だけは絶対に、無し、だ」
「お、おう。ど、どうした?」
フォースが愚かな選択を口にする前に、防ぐことに成功した。
あれに乗ったことがあるのか? まさか、乗ったことがある上で、良い方法なんて言い出したわけないだろうな……。
そもそも牛車は二人乗りが上限だったはずだ。幸いなことに、アーネも含めると俺たちは三人、結局は乗れない――……忘れていた。
アーネのことも説明しなきゃならないのか。
「待て、フォース」
「ん?」
今まさに軽い足取りで、店の出口へと向かいかけていた背中を呼び止めた。
呼び止めてはみたものの、とっさに上手い言い訳が思いつかない。
もともと、ここでフォースとこんな風に鉢合わせたことが予想外だった。なんて間の悪い偶然だ。
「リミット……その顔、もしかしてお前も気づいてたのか?」
「…………あ?」
なぜか、フォースが真剣な表情で、こちらに向き直った。
何の話だ。というより、どの顔だ。今は狼の頭だっていうのに、いったいどこから表情なんてものを読み取っているのか、不思議で仕方がない。レヴィアも当たり前のようにやっていたが、ゲーマーというやつは、そういった技能も磨かれるんだろうか。
「やっぱり、気づいてたか。ま、あれだけ話題になっちゃったから、仕方ないかもしれないけど」
「なんの話だ」
再び近寄ってきて、しかもなぜか声を潜めるパートナー殿に、俺はまったく付いていけてない。
フォースはそんな俺の様子に気づくことなく、話を続けている。
「妙なやつらが姿を見せ始めてるんだ。……電脳界の処刑人が、このゲームの管理AIに返り討ちにあったって話は、もうどうやっても隠せてないからな。目ざとい奴は、このゲームのシステムを狙って、いち早くログインしてるみたいだ」
初耳だ。が、考えてみれば、不思議な話じゃない。
仮想空間上において無敵と名高い電脳界の処刑人を、返り討ちにする力を持ったシステム。
喉から手が出るほどに欲しがる連中はごまんといる。
ゲームにログインするにあたっての狙いは、内部からの解析か。あるいはシステム自体の掌握や乗っ取り、データの盗掘が目的の線もある。
単純に外で暴れだした連中より、面倒で厄介な連中だ。
そんな奴らがゲーム内に侵入し出した……事態がより一層面倒な方向へ進んでいるの感じる。
……だからと言って、ここで放り出して、ログアウトしようという気にはならないが。
ため息交じりに、俺は口にする。
「状況によっては、連中とぶつかることもありうるわけだな」
「ああ。実はこの街に来たのも、とんでもない奴を見かけて、それを追ってきたんだ。……この近くで見失っちゃったんだけどな」
「とんでもない奴?」
よほどの有名人か。フォースがそう言うということは、間違いなく相当な手合いだ。
「殺し屋だよ。殺し屋オリクス。なんだって殺し屋なんかがゲームにログインしてるかはわからないけど……間違いなく碌な目的じゃないのは確かだ。まだこの街にいる可能性が高いから、気を付けたほうがいい」
――何も聞かなかったことにしよう。
俺はただ、黙って頷いた。
話を終えて、満足したように出口へ向かうフォースの背中を、見送る。
結局、アーネのことを上手く説明する言い訳を、思いつかなかったな。




