モルモット
レヴィアと別れたその足で、目的地を目指す。
エレイトは賑やかさに欠ける街だが、ともすれば静かに暮らしたい者にとっては良い街かもしれない。
最前線の街は人も物も集まるというメリットもあれば、迷宮が近く、危険と隣り合わせというデメリットが存在する。
静かに、そして安全に暮らしたい者は、もっと後ろの街に住むのだろう。
この世界の住人たるNPCは言うに及ばず、プレイヤーの中にも、戦いとは無縁の遊び方を求める層が一定数いる。
街は静かではあるが、広さとしてはロセウスとそう変わりはなさそうだ。住民や住居はそれなりの数に上る。
ただ、街の大半が住宅地のようで、ロセウスに比べると店が軒を並べているような通りそのものが少ない。主に傭兵が中心となって構築するマーケットも無いようだ。
探索範囲が限定されているのは助かった。
商店の並ぶ通りを覗いていったところ、目的の建物が見つかる。
銀の掘っ立て小屋。薄茶色の壁に、タイル張りの屋根。古めかしい造りをしてはいるが、しっかりとした店構え。飲食店らしい。
掘っ立て小屋という癖に、外観は普通の建物だ。銀要素も見当たらない。詐欺じゃないのか。
開け放たれたままの入り口から中へ入る。
丸テーブルに椅子が置かれた席が幾つか。しかし、客が座っているテーブルは一つだけだ。
正確には、客じゃないな。つまり、今この店に客はいない。
迷うことなく、そのテーブルに近づいていく。
椅子は四つ、そのうち三つには既に人が座っている。
右。二本の赤黒い角は鬼人の証。深緑色の和装をまとった灰髪の大男。テーブルに立てかけられた刀は、男の得物だろう。こちらに気づいたが、皮肉気な笑みを口元に浮かべ、鼻を鳴らすだけだった。
中央。側頭部に透きとおったヒレがついている、海人の若い女。水着のような服を着ている。暇そうに自分の青い髪をいじくっていたが、こちらに気づくと笑顔で手を振ってくる。その腰の後ろ辺りで、爬虫類の物に似た青い尻尾も揺れている。
左。奇怪な模様の仮面を被り、腕組みしたまま腰かけている、おそらくは男。紫の髪の隙間から覗く獣の耳の存在によって、獣人であると判る。仮面はゲーム外の仮想空間でもつけていたので、見慣れたものだ。恰好も相変わらず、灰色のコートやその内側は黒一色の服など、暗め。こちらに気づき、仮面を外すことなく目礼してくる。
三人だけか。予想以上に集まっていない。
そして、四つ目の席に、俺が座る。一同の顔を見回して、口を開いた。
「予定通り、とは言い難いが……こうして無事にゲーム内で会えて何よりだな。こんなナリだが、俺はリミットだ」
ログインする際のキャラクター名称は、事前に教え合っている。今の俺が普段とまるで違う姿……二足歩行する狼そのものでも、問題はない。
「で、この招集にはどんな意味がある、ロカ? 少なくとも、準備ができたってわけじゃなさそうだが」
俺から見て左に座る、仮面の獣人――ロカに聞く。
「予定通りどころじゃありませんねぇ、リミットさん」
やはり、男だった。落ち着いた響きの声が答え、仮面の下でしゃべりだす。
「急な招集については謝罪します。ですが、先に報告しておきますと、もうここにいる以上のメンバーは誰も来ませんよ」
「……どういうことだ」
今回ゲームにログインするにあたって、俺は一つの策を弄した。
記憶に無いとはいえ――いや、記憶を奪われるなんてイカれたシステムだからこそ、同じ轍を踏む気は無い。
故に、やはり揃えるべきは数だった。
今この場にいる三人もそうだが、金をばら撒いて、使えそうな連中を集めた。
仲良しこよしでゲームを遊ぶためじゃない。ゲーム内で活動を重ね、精霊に辿り着く方法を探るためだ。
組織――このゲームで言うギルドを作り、活動する。それが策の大方針だった。
集めた連中は当然、プロだ。少なくとも、ここにいる十倍を超える人数が集まっていたはずだが。
「時にリミットさん、あなたは今回ゲームにログインした時、どういう状況でしたか?」
ロカが、既に何かを確信しているような声音で尋ねてくる。情報収集はこいつの得意とするところだ。
俺がどういう状況下にあったかも既に知っているのかもしれない。
考えつつ、テーブルの全員に説明するように、俺は語る。
「ログインしたらいきなり迷宮の中だった。マナに体をやられて昏倒、目が覚めたら他のプレイヤーに助けられていた」
「かはっ」
素直に話すと、右の席から笑い声。鬼人の大男。外見は、角を除けばゲーム外と変わりない。こいつの場合は確か名前も同じだったはずだ。
「何かおかしかったか、オリクス」
「おー、リミット、だっけか、今は。話にゃ聞いてたが、おめぇ随分と管理AIに嫌われてんじゃねぇかよ」
愉快でたまらないといった様子で、テーブルに肘をつくオリクス。
その様子を、ちょうど俺の対面に腰かけた海人の女、アーネが笑顔で見ている。
ただ、目が笑っていない。その目がちらりとこちらを向いたので、黙って首を振った。
「あ? おい、衛生兵ごときがいっちょ前に殺気なんざ出してんじゃねーよ」
「自意識過剰? 別に出してませんけどー? でもそんなに死にたいなら、安楽死させてあげましょーかー?」
「はっ、上等だ」
アーネが何やら薬品が収まった瓶を取り出し、オリクスがテーブルに立てかけてあった刀を手に取る。
……現状、動ける味方がこいつらしか残っていないという事実に、先が思いやられる。
他に有用な奴は、いくらもいた。そいつらは、本当に来ないのか。
説明を求める意味を込めて、俺は二人を放置し、ロカへ視線を向けた。
「それで、ロカ。本当に――」
「あーん、たいちょ、つれない!」
「ぐっ」
「せっかく私が、たいちょのために不穏分子を処分しようと思ったのに!」
……テーブルを飛び越えて、飛びついてきたアーネに遮られた。
不穏分子という言葉を正確に読み解くとお前も含まれるわけだが……言わないでおこう。やかましいからな。
「それにしてもたいちょ……かわいい! 本当に犬じゃんっ! モフモフしてるぅ!」
「狼だろ……やめろ、耳に触るな」
頭に飛びついてきて、耳をいじくり回してくるアーネ。その背後で、海人の種族的特徴である、不思議な光沢のある尻尾が揺れている。それを引っ掴んでやろうとして……やめた。
レヴィアの赤い顔が頭をよぎる。またぞろ痴漢だの変態だのと罵倒されるのも癪だ。
諦めの境地でため息をついたところで、隣の席で椅子が音を立てた。
「かっ、付き合ってられねぇな」
立ち上がったオリクスが刀を担ぎ、当然のように店の出口へ歩いていく。
「オリクスさん、話はこれからですよ。今後のことについて――」
「うるせぇ。どの道こんな状況じゃ当初の作戦ってのは頓挫したんだろ? じゃあ、俺様は好きにやらせてもらうわなぁ」
「ロカさん、ほっときなよ。どーせこんな木偶の坊がいたところで、何の役にも立たないでしょーし」
「かはっ、尻軽女よりかは役に立つだろーがなぁ」
アーネが俺にしがみついたままうなり声のようなものを上げ、オリクスは小ばかにしたようにこちらを見やる。
ロカは言葉を収め、俺を見る。判断は委ねるってことか。
そういうことなら、聞くことだけ聞いたら、あとはもう好きにさせよう。
「オリクス、一度ログアウトはしたのか?」
「あ? あぁ、そこの仮面に言われて、必要なこととやらは一通りこなしたぜ」
一通りというと、ログアウトによる新規枠からの脱却、あとは傭兵協会への登録や占術師に会うところまでもか。
優秀だな。どうやってこの手の付けられない狂犬を誘導したのか、参考にしたいくらいだ。
「それなら、フレンド登録だけはしていけ。いざという時、連絡を取る手段があった方がいい」
実際は欠片も思ってはいないが、カードを取り出しながら言う。
卓上に取り出した俺の黒い傭兵認可証を一瞥はしたものの。
オリクスはテーブルに戻る素振りも見せず、唇をゆがめて踵を返した。
「おめぇとお友達なんざ真っ平だな。こいつぁ契約だろ? 必要な時が来たら、手は貸してやる――それまでは自由にさせろや」
まったく。予想通りの態度だ。咎めることでもないので、呼び止めることもない。
開け放たれたままの出入り口から、和装をまとった大柄な背中が消えていくのを、ただ見送った。
一つ席が空いたテーブル。アーネが口火を切った。
「なんなの、あいつ! やりたい放題か! たいちょ、お金払ってるんでしょ! いいの!?」
「あー……まぁ、あいつはああいう奴だ。ほっとけ」
憤慨しているアーネには悪いが、オリクスの行動を咎める気はない。
実のところを言うと、オリクスだけは集めた連中の中で、少しだけ立場が違う。
俺は、奴に金銭的な報酬は支払っていないからな。
アーネの怒りを逸らすように、今度はロカが声を上げた。
「彼は目立ちますから、いざ探すとなっても簡単でしょう。既に一部では名が知られていますからねぇ」
「……早速何をやらかした?」
スケジュール通りなら、奴がこのゲームにログインしたのは、ここ一週間のはずだ。
この短期間でよく名前が知れ渡るような行動を起こせるものだと、むしろ感心する。間違いなく悪名だろうと確信できるが。
ロカが仮面の下で苦笑したような雰囲気を醸し出しつつ、話し出す。
「彼が最初にログインした場所は、この街より遥か北方に位置する、ガシアという都市です。より正確に言えば、ガシアから更に北へ進んだ場所にある迷宮の目前でしたがねぇ」
通常、プレイヤーがログインするのは、ランダムな陸地のいずれかの街だ。それも、必ず占術師が滞在している街に限られる。
この時点で既に普通とは言い難い。が、続きがあるようなので、黙って促す。
「ガシアは北方における最前線の街として有名です。モンスターがしょっちゅう地上に出てきては攻めてくる危ない街ですねぇ。それに応じてか、血気盛んな傭兵が多く、迷宮攻略の企画が度々開催されているようです……オリクスさんがログインしたのは、ちょうど迷宮目前で傭兵とモンスターがやりあってる戦場の真っ只中でしたよ」
傭兵とモンスターが争う場の只中、か。そんな状況でも、俺よりかはマシだと思ってしまう。
「そこでオリクスさんは、即座に近くで戦っていた傭兵から武器を強奪し、何食わぬ顔でモンスターとの戦線に加わった、と聞いてますねぇ」
「あいつらしいな」
「バカでしょ」
こればかりはアーネに同意だ。それも含めて、あいつらしいと言えるが。
「それで大活躍した、ってわけでもないだろ?」
「ご明察。モンスターも相当数倒したことは間違いないですが、その後すぐに、武器を強奪された傭兵その他複数名と諍いになりましてねぇ……」
絵面が容易に浮かぶ。斬ったのはおそらく、モンスターだけじゃあるまい。
「じゃ、奴はもう賞金首か?」
「そこまでは至っていませんが……北方に出入りするのは止したほうがいいでしょうねぇ。いやはや、この街まで連れてくるのに苦労しました」
「世話をかけたな」
「いえいえ」
予想以上の悪行だ。奴の名が賞金首の一覧に載る日もそう遠くないだろう。
プレイヤー殺し。NPC殺し。その他ゲーム内における犯罪行為各種。
これらを重ねることで、プレイヤーはごく稀に、その首に賞金がかけられる。賞金目当ての、特にNPC傭兵から狙われがちになるそうだ。結構な金額らしく、金に困ったプレイヤーにも狙われることだろう。
それはともかく、オリクスのログイン時の状況は、俺がログインした際の状況に通じるものがある。
街にログインするはずのセオリーから外れている点に加え、ログインしたプレイヤーが、早速死んでもおかしくないという状況だ。
「気が付いたようですねぇ、リミットさん」
「精霊は、俺やあいつみたいな人種を殺したいってことか?」
「んん、正確ではないですが、近いでしょう。少なくとも、リミットさん個人が狙い撃ちにされているわけではない、ということですねぇ。私たちの考えるところを述べさせてもらえば、網のような物が張られていると考えています」
「網って、お魚でも捕るんです?」
未だ俺の頭に引っ付いたままのアーネが、のんきな声を上げる。ロカが愉快そうに笑い声を上げた。
「ええ、ええ、まさしくその通りなんですよ。そして、リミットさんが用意されたお魚さん方は、全て網に絡めとられてしまったわけなんですねぇ」
「笑いごとじゃねえぞ」
ようするに、呼び集めた人員のほとんどが、俺やオリクスのように訳の分からない環境に放り出され、既にロストしたってことだろう。やってくれる。クソ精霊が。
俺は運良く、オリクスは自力で乗り切った。
それとは別に、もう一つのケース。俺は頭の上へと声をかけた。
「アーネ、お前はログインした時どういう状況だったんだ?」
「えー? えーっと確か、ポーカスって街にログインしたよ? それで街を歩いてたら、ロカさんの仲間の人が来て、いろいろ案内してくれましたよね」
「占術師がいる街には、配下を散らばらせていましたからねぇ」
良い手だな。今回の件で集まった連中が、ゲーム内で迅速に合流できるように、ロカにはサポートを頼んでいた。
ロカは普段、情報屋を営んでいる。もとからその仕事の一環として、本人を筆頭に組織単位でこのゲームにログインしていた。人気のゲームの情報も自分たちにとっては立派な商品である、とのことだ。
仕事を依頼した時には、確かな自信を見せていた仮面の人物だが、今は少し肩を落としている。
「……もっとも、異変に気付いた時には遅きに失してましたがねぇ。断片的でしたが、集まった方々が次々に不自然なロストをしていると情報が入ってました。すぐに各占術師に接触して、なんとかメッセージを委託したんですが、無駄でしたねぇ」
「占術師に会う以前の問題だからな。だが、アーネに関しては聞く限り普通だ。ということは――」
「従来の仮想空間における、一定以上の戦闘能力を持つ者。網はそのような条件で絡まっている可能性が高いでしょうねぇ」
アーネは現役の軍属だが、ポジションは衛生兵だ。純粋な戦闘能力はそこまで高くない。
……集まった連中は、ロカやアーネ等の一部を除いて、原則は戦闘能力を重視して集めた。完全に裏目に出たな。
多少の困難程度なら踏みつけにして乗り越えてもおかしくないような奴ばかりだった。
それでも、オリクスのように自力で何とかできた奴が他にいないということは、精霊はよほど悪辣な罠にはめたんだろう。
こうなると、別のことが気になってくる。
「管理AI……精霊の干渉はこれで終わりだと思うか?」
「さて、どうでしょうねぇ……正直、最初の予想が外れてしまった今となっては、なんとも」
だろうな。
精霊の干渉。俺が一度このゲームでロストして頭を吹っ飛ばされる以前のことについて、フォースからある程度は聞いている。
集まった連中にも情報共有はした。が、仮に干渉があるとすれば、それは俺自身が狙い撃ちにされるものだと思っていた。
今回、ログインと同時に迷宮に放り出された件からも、そう思っていた。
まさか、ここまで大規模な網が張られていたとは……そして、それを潜り抜けた場合、相手はどう出るのか。
「リミットさんには、少しばかり注意を払っていただくとして……モルモットの観察も必要ですねぇ」
「モルモット?」
比喩表現だとは判ったが、何を指して言ったのか解らない。
頭の上から、アーネの声が降ってくる。
「ひょっとして、木偶の坊?」
「その通りです。オリクスさんも派手に暴れて、網を潜り抜けていますからねぇ。今後何らかの干渉があるかどうか、彼を観察しておくと判るかもしれません」
「なるほど、だから実験動物か」
そこまでは考えていなかったが、そうなると、奴を放逐したのは現状においてはベストな選択だったな。
「ロカ、奴の監視は任せていいか?」
「ええ、お任せください。変化があった場合には、報告いたしましょう」
「頼んだ。それと、ここから先は俺たちも別行動だ。可能な限り接触を避けて立ち回る」
「えっ?」
驚いたような声を上げたのはアーネだ。ロカは予想がついていたようで、応える声は静かなまま。
「承知しました」
「えっ、ロカさん? たいちょも、どういうこと? 作戦じゃギルド作るんじゃないの?」
「アーネさん、その作戦は予定していた人員のほとんどを失ってしまったことで頓挫してしまいました。現状、数えられる戦力は、リミットさんとアーネさん。それから私と配下の者たちのみですからねぇ。特に戦力面においてはかなり不安でしょう」
「もともと戦力重視で人員を集めたのは、このゲームの性質を考えたことと……万が一にも、管理AI側と戦いになることも想定してのことだ。だが、相手はどうやら、こちらを同じ土俵に立たせるつもりすらないらしい。ただでさえ戦力が覚束ない中、全員が一つところに固まるのが、危険だってのはわかるだろ?」
ここまで容赦なく仕掛けてくる手合いだ。
仮にこの先、俺やオリクスに何らかの干渉があった場合に、被害が当人たちだけに留まる保証はない。
ロカと、彼が抱える情報専門組織は特に貴重だ。彼らを失った場合、再起が限りなく難しくなる。
もっとも、手を出してくること自体は、むしろ望むところでもある。
精霊に接触する――その目的に対して、手段は未だ漠然としている。だが、相手の方から殴りかかってくるというのなら、その拳を掴みとる機会もあることだろう。
「こちらからは、連絡役を一人派遣して、リミットさんに同行させます。入手した情報も、その者を通してお渡ししましょう」
「それで頼む。そういうことだ。アーネ――」
「やっ!」
こちらが言おうとした言葉を遮るように、拒絶の言葉と共に、肌色が視界を覆い尽くす。
頭に引っ付いていたアーネが移動して、顔面に体を押し付けるようにしがみついているらしい。
話しづれぇ。
「私はたいちょと一緒に行く! だって、そのために来たんだし! ……たいちょとゲームするの、楽しみにしてたんだよ?」
遊びに来てるわけじゃない。
言おうとしたが……視線だけで見上げた時、こちらを見下ろすアーネと目が合った。
――随分と前の話だが、アーネとは同じ部隊で、戦争に参加していたことがある。こいつが俺のことを隊長なんて呼ぶのも、その名残だ。
もちろん、今は上司と部下でもなければ、同じ部隊でもない。
だが……俺を見るアーネの目は、あの頃と変わっていないように思えた。
そっと、犬鼻に押し付けられていた体を押す。
少し距離が開いた。ようやく口が開ける。
「とりあえずは、俺たちが所属するギルドを探すぞ。こうなったら、ゲーム内で利用できる組織を見つけるか、最悪まったく一から人を集めて作るしかない」
「! うん、がんばろーね、たいちょっ!」
「わかったから離れろ。あと、いい加減耳に触るな」
「えー、いいじゃん。だって、これ、ほんとかわいいっ」
再び首元に飛びついてきて、人の耳をいじくる小娘にため息が漏れる。
仏の顔も三度まで、だったか。次に耳を触られた時には、こちらも容赦しない。爬虫類の親戚みたいな尻尾をふん捕まえてやろうと誓う。
「ま、今後はそういうことだ。大分荒れたが、よろしく頼む」
「力を尽くしましょう」
椅子から立ち上がり、胸に片手を当てて慇懃に頭を下げるロカ。こちらもアーネを引っ付けたまま立ち上がる。
当然のように、ロカが金色のカードを差し出してきたので、こちらの黒いカードを触れさせる。
それを別れの挨拶に、店の出口へと向かった。
次に行くべきところは、もう決まってる。
「たいちょ、早速ギルド探しに行く? やっぱり強いとこがいいよねー」
「その前に、一つ寄るところがある」
「寄るところ? ……はっ、まさか……ね、ね、年齢制限エリアなところ!? や、やだ、隊長……見た目だけじゃなくて、心もワイルドになっちゃった!?」
「たわけ」
まともに相手にするのも馬鹿らしい。
銀の掘っ立て小屋を出て、通りを歩く――といっても、すぐに足は止まる。真隣だからな。
「あれ? ここってお隣? んー、なんかのお店っぽいね」
「らしいな」
聞いたところによれば店ではあるが、現在は特に営業しているわけでもないらしい。
看板には、読み取れない奇怪な文字。見るだけで頭の中に意味が入ってくる。歩く箱舟。
知る人なんていないだろう。電脳界の処刑人が有する、ゲーム内の拠点だ。
……この場合は、どちらが挑発しているのか。間違いなくロカの側だろう。
あいつも、サイバーポリスにはそれなりに目をつけられている癖して、割と良い度胸をしている。
そんなことを考えながら、俺は扉に手をかけた。




