聖剣
エーテル・テイル・オンラインは、傭兵になってモンスターと世界を取り合うゲームだ。
より正確に言えば、時が経つほどに広がる迷宮を叩き潰し、逆に人の生存域を広げるのが目的となる。
妖精種に言わせると、世界を取り戻す戦い。主要な大陸や島国は、数えて九つ。
正式サービスが始まって、およそ半年。
海はその全てをモンスターに掌握され、陸地は推定六割を奪われ、空を飛行する手段は未だ無い。
海を隔てた陸地間で連携を謀るにも至らず、同じ陸地の中でさえ、迷宮の浸食によって飛び地が生まれうる。
厳しい戦いが続いている。が、劣勢ではあっても、局地的な勝利によって領土が拡張されることはあるらしい。
最前線の更新。近場の迷宮を滅ぼし尽くした場合、広がった領土に新しい街が作られる。
出来上がった街が都市ロセウスであり、都市エレイトはロセウスが作られる以前の最前線の街だった。
そんな話を、ロセウスを発つ前に、レヴィアから聞いていた。
件の都市エレイトに、俺はやって来た……なんとか、辿り着いた。
外観は、ロセウスと似たり寄ったり。
高い外壁に設けられた門をくぐったところで、力が抜け、思わず地面に膝をついた。
不覚にも、予想以上に消耗していたらしい。
「えーっと……大丈夫?」
後から街門を抜けてきたレヴィアが、声をかけてくる。
いつまでも情けない姿を見せているのも体裁が悪い。例によって、門のすぐ傍の詰め所には傭兵が詰めているようで、遠巻きに何人かがこちらを見ているしな。
立ち上がりつつ、振り返った。
レヴィアは……一人か。猫耳少女の傍には、見た所誰もいない。具体的には、角があって、牛の顔をしている奴だ。
「牛野郎はどうした」
「次の仕事に行くからって。ロセウスに戻るみたい」
舌打ちしそうになる。あと十発くらいは殴っておきたかった。
代わりに、空を見上げる。夕暮れが、空を赤く染めている。
「早く着いたのはありがたいが……」
「評判通りだったでしょ?」
「…………ああ」
素直に頷くのは躊躇われるな。評判通りとは言っても、半分は悪評で間違いない。
猫車だと丸一日。馬車ならば半日をきる程度。
……今しがた乗ってきた牛車で大体二、三時間が、ロセウスとエレイト間の距離だ。
もう二度と、牛車だけは使わないがな。
速度、料金、そして乗り心地の悪さ。全てにおいてナンバーワンの謳い文句に恥じない、最低の乗り心地だった。
筋骨隆々の牛頭の大男が引く俥は、揺れるわ跳ねるわ転がるわ……。
ただでさえ、あまり乗り物というやつが得意じゃない。俥が跳ね上がって、何らかのパーツが目の前を舞う度に、この程度の距離だったら、自分で走ったほうがマシだったんじゃないかと何度も考えた。
牛野郎……俥を引く牛の妖精とやらも、何度となく叩きのめしたくなった。
並みの傭兵では振り落とされると評判らしい。悪評まっしぐらだ。
終いには、エレイトの街壁が見えた時点で、ハンマー投げよろしく乗っていた俥ごと投げ飛ばされ、城壁に叩きつけられそうにもなった。
確かに、早く到着できた。だが、そういう問題じゃない。
あの時ばかりは、レヴィアから剣を奪って、容赦なく斬りかかった。すぐにレヴィアに剣を奪い返されたが。
無駄に疲れた。こういうのを徒労と言うんだろうな。
「どうした」
ふと、レヴィアが青い目でじっとこちらを見上げている。
観察するような瞳だが、口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
「リミット、強いのね。牛の妖精って妖精の中でもかなり強いって評判なのよ?」
「そうなのか」
俺が一方的に追い詰めているように見えたんだろう。慌てて止めに入ってきたからな。
あの妖精は確かに強かった。徒手空拳で、強化を施したこちらの剣を捌くほどに。
ただ、あの身のこなしは、本来は武器を手に取って戦う者の動きを思わせた。得物を持たない状態では、十全には程遠い。
まぁ、こちらも本気で斬り殺すつもりはなかった。結果、数発ほど殴りつけただけだ。レヴィアが止めなければ、あと十発は殴れていただろうに。
レヴィアは、その辺りの機微は感じ取れなかったらしい。少しだけ眦を吊り上げて、説教のような内容を口にする。
「でも駄目よ、妖精種を殺すなんて……NPCは、プレイヤーと違って、死んじゃったらそれまでなんだからね」
「そうだったな、気を付けよう」
「うん、よろしい」
聞き覚えのある内容は、フォースも再三口にしていた。
上位のプレイヤーほど、この世界のNPC……人間と遜色ない現地人に対して、入れ込む傾向があるように思える。仮想に転がっている情報でも語られていたことだ。
言いたいことは分かる。
俺とて、あそこまで人間と変わりない反応や感情を示す存在を、従来の無機質なノンプレイヤーキャラクターと同列に扱うとはいかない。
テルオンのNPCには、魂が宿っている。仮想の情報で、たまに目にした言葉だ。
常識では考えられないが、頭から否定する気もない。何らかの理屈が……それも想像もつかないような理屈が存在するのは間違いないだろう。実際にゲームの中でNPCと話して、俺でもそう思えるぐらいだ。
――だからと言って、手にかけられないかと言えば、話は別だが。
そもそも、俺は傭兵なのだから。今更、殺しを躊躇するような人格でもない。もしもそれが必要な時は、躊躇うこともないだろう。
と、言ったところで。
現状では、そんな血なまぐさいことにはなりそうもないがな。
浮かんでいた考えを消し去りつつ、レヴィアに改めて礼を言う。
「紆余曲折あったが、こうして無事にエレイトに来られた。助かったよ」
「ふふっ、どういたしまして」
少し照れたように、しかし誇らしげに胸を張るレヴィア。
ロセウスで協会や占術師の館への案内だけでなく、さらに別の街まで導いてくれた。初心者を助けるのが習わしと言っていた、上位プレイヤーに恥じない姿だ。
レヴィアに助けられなければ、俺は早々にゲームオーバーとなり、ロストしていたことだろう。
それを考えると……藪蛇になるかもしれないが、聞いておかないときまりが悪いことがある。
「金はもちろん次に会った時に返すが、一つ気になることがある」
「お金は別にいいけど、なに?」
良くはない。猫車の時もそうだったが、ここに来るまでに乗ってきた牛車も、料金はレヴィアが持ってくれている。
なぜなら、俺は無一文だったからだ。ゲームを始めて間もないので当然と言えば当然。
金は借りたつもりでいるので、ギルドの件を話す時にでも返せればと思っている。
今口にするのは、それとは別の話。俺も忘れかけていた話だが。
「お前の望み通り、俺は木属性だった。何か、俺にしてほしいことがあったんじゃないのか」
「あー……それね」
最初に俺が木属性だと嘘をついたとき、レヴィアは何か目的があるようなことを口にしていた。
占術師の館では当の本人が暴走したため、結局うやむやのままだった話だ。
属性を明かす前に勧誘をかけてきたことから、ギルドへの加入とは明らかに別件だと判る。
木属性の山人にこそ、用がある話のはずだ。
俺の問いかけにいくらか迷うような素振りを見せていたが、やがて話す気になったらしく、こちらを見上げながら口を開く。
「リミットは、聖剣ってあると思う?」
「聖剣……? いや」
聖なる剣と書いて、聖剣。ファンタジーな世界観を持つ物語やゲームであれば、登場も珍しくないアイテムだと聞いている。
が、少なくともこのゲームに関する情報においては、その名を見たことも聞いたこともない。
「私は見たことがあるわ」
「このゲームでか」
「ええ。たぶん知っているのはクローズドの時にいた一部の人だけだし、聖剣なんて呼んでるのはそれこそ私だけだと思うけど……でも、私はこのゲームで、あの剣に出会ったの」
朗々と語るレヴィアの目は、憧れを宿している。剣技を見た時から薄々分かっていたが、剣が好きなんだろうな。
猫耳がぴくぴくと機嫌良さそうに動き、尻尾もくねっている。
表現はまったく違うが、よく似ている。すなわち銃器のことを語るどこぞのパートナー殿と同じ雰囲気。
聖剣、なんて大層な名前をつけるほどには、その武器に惚れ込んでいるらしい。そういう目だ。
俺の視線に我に返ったのか、頬を赤くして、一つ咳払いする。
「リミット、私はあなたの恩人です。そうよね?」
「……まぁ、そうだな」
唐突だな。面と向かって言われると微妙な響きだが、間違ってはいない。
「だったら……ここまで話したんだから、もう予想はついているだろうけど、一つお願いを聞いてほしいの」
ここまで聞いたのだから、予想はとうについている――やはり、藪蛇だったな。
とはいえ、今更耳を塞ぐつもりもない。頷き返すと、レヴィアが続きを話す。
「私に、剣を造って。無理難題を押し付ける気はないわ……それこそ、聖剣を作れ、なんて言わない。でも、あなたが造れる最高傑作を、私に造ってほしいの。山人の力を使って、ね」
例の能力の応用か。
山人のプレイヤーが持つ適正属性を、製造する武具に宿らせる、種族固有能力。
まだ、まったくドワーフの能力を試していないので、すぐにはできないだろう。レヴィアも今すぐ造れとは言うまい。
ただ、それ以上に、大きな問題が横たわっている。
「工作には自信がないぞ」
「あなたが造れる最高傑作でいいの。それで十分よ」
楽しそうに片目を瞑って、レヴィアがのたまう。
俺にできる、ね。ゲームもろくにやったこともなければ、外で工作やら何やらをまともにやったこともない。
それでいて、物作りを生業とするような種族になるというのは、一種の罰ゲームじゃないだろうか。これも精霊の陰謀かもしれない。
とはいえ。
あわやロストするところを助けられた恩に対するものと考えれば、妥当であるのかもしれないとは思う。
……助けられたなら、恩はきちんと返すべきだ。仮に、傭兵が戦場で助けられたならば、必ずそうするだろう。
ここが戦場ではないとしても、俺が傭兵であることは変わらないのだから。
「あまり期待はするなよ。ギルドの件の話をする時にでも、持っていけたら持っていく」
「約束よっ」
嬉しそうに笑うレヴィアを前に、フォースに相談すべき案件を、脳内のメモに追加した。




