落ち着け
無事に己の適正属性を知り、部屋を出た俺を風切る音が出迎えた。
耳に馴染みのあるそれは、なにがしかの武器を振るう音に間違いない。
エントランスを進むと、正体はすぐに判った。案の定、レヴィアだ。
双剣。猫耳少女が服の裾を翻し、広いホールを跳ねまわりながら、二本の直剣を振るっている。
一人だ。誰かと戦っているわけじゃない。が、明確な仮想敵を見据えて剣を振っていることは分かった。
だいぶ大きな相手のようだな。十中八九モンスターだろう。
性格を表したかのような、勢いのある剣捌きだ。
二本の剣は、どちらも防御を顧みていない。苛烈な攻撃を重ねることで、相手に守勢を強制する。
その上で更に手数を増やし、むしろ固めさせた守りの隙をこそ狙っていく形。
一通り仮想敵をメッタ切りにして満足したのか、ホールのちょうど中央辺りに戻ってきたレヴィアが動きを止める。
近づいていくと、耳と尻尾を揺らしつつ、楽し気な顔がこちらを向いた。
「終わったのね」
「ああ」
そのまま並んで、どちらともなく出入口へと歩き出す。
「わかったぞ。俺の属性は――」
「待って」
歩きながら話そうとしたところで、遮られた。なんだ?
ちょうど、出入口の前。玄関の扉を背にして、レヴィアが言う。
「属性目当てとか思われたくないから。先に言わせてほしいの」
「なんの話だ?」
まったく話が見えない。
置いてけぼりな俺を他所に、レヴィアが一つ深呼吸し、意を決したように口を開く。
「リミット、私のギルドに入らない?」
予想外の申し出だな。ギルド、か。またの名を、傭兵団。プレイヤーやNPC問わず、傭兵団に所属している傭兵は多い。
そもそも、このゲームは単身で攻略を推し進められるような造りにはなっていない。
モンスターは強く、その巣窟たる迷宮は悪辣だ。
攻略には個人の武も重要ではあるが、何よりも求められるのは数。
それも、多彩な属性を持つ傭兵を揃えることが要求される。
というのが、うちのパートナー殿からの受け売り。
戦いでは数が物を言う。この理屈はよく理解できるが、その戦場が迷宮というフィールドになった場合、どうだろうか。
俺としては、突出してイカれた強さを持つプレイヤーが少数精鋭を組めば、案外どうにかなるんじゃないかと思うのだが、それは甘い考えだとか。もとより、そこまで突出したプレイヤーがまだまだ少ないという事情もあるみたいだがな。
と、傭兵団もといギルドに所属する必要性は、それなりに理解している。
それを踏まえて、答えさせてもらうならば。
「悪いが、一旦返事を保留させてもらえるか?」
「保留? お断りじゃなくて?」
俺の返答が意外だったらしい。レヴィアが目を瞬かせながら聞き返してくる。
「実はこのゲームは一人で始めたわけじゃない。もう先にプレイしてる……仲間がいる」
思わずパートナーと言いそうになった。変な勘繰りを受けないよう、無難な呼び方を瞬時に選択する。
仲間。微妙な表現になったが、間違いじゃあるまい。
「そっか、友達がいるのね。もしかして、その人のギルドに入るかもしれないとか?」
「そういうわけでもない。そいつも無所属だからな。ただ、どこかのギルドに入るって話は元々してた。で、そのギルドも、これから二人で探すことになってる。だから、今ここで俺の一存で決めるのはちょっとって話だ」
これは嘘じゃない。フォースとは、元よりそういう方針を打ち合わせてある。
ゲーム内での活動方針や目的は、可能な限りすり合わせてきた。抜かりはない。
今ここで計算が狂っている部分があるとすれば、今だ合流できていないことくらいだ。おかげで全てが狂っているとも言える。精霊め。
「そういうことなら、二人そろってうちに入ってくれる可能性もあるってことよね!」
「まぁな。ちなみに、そっちのギルドは、どれぐらいの規模を誇ってる?」
「うっ……」
聞いた途端、それまでピンと張っていた猫耳がへたり、尻尾が力なく垂れ下がった。
「じ、実は……まだ、正式に協会には申請していなくてね……」
「……まさか、これから作るって話だったのか?」
「うぅ」
それも話振りからするに、レヴィアが主導、つまり団長を務めるのか?
フォースと話し合った時、加入するギルドについて、俺たちの間でいくつか条件というか指標を設けている。
……新興傭兵団か。選択肢にないわけでもないが、メリットとデメリット、どちらもそれなりだ。
果たして、俺たちの目的に沿うものなのか。
「人は揃ってるの! リミットが加わってくれたら、ちょうど九人になるんだからっ!」
こちらの微妙な内心に気づいたのか、言い淀んでいたレヴィアが慌てたように言葉を返してきた。
俺を含んでってことは、今は人数不足で申請ができないってことだろ……それを揃ってるとは言わない。
協会に所属する傭兵を、代表者含め九人揃えることで初めて、傭兵団の結成を届け出ることが認められる。
人間種も、妖精種も、協会所属の傭兵であれば等しく一人に数えられる。
既に集まっている残りのメンバー全員が、レヴィアと同等の傭兵であるならば一考の余地はある、ぐらいか。
とは言っても、結局のところ、この話は俺が一人で決めることでもない。
「……どちらにせよ、決めるのはこっちの仲間と相談してからだ」
「約束だからね!」
話がまとまったな。
しかし、なんだって俺のようなゲームを始めたばかりのプレイヤーを誘うのかと思えば、まさかの人数不足ときたものだ。
レヴィアには申し訳ないが、この勧誘の保留については正直なところ腹案――こちらにとっては、キープという意味合いが強い。
大本命は、既に用意が進んでいるはずだ。そちらが滞りなく進むのであれば、レヴィアのギルドに入るという選択肢は消えてなくなるだろう。
気になるのは、妙なタイミングで伝言メモが渡されてきたことだけだが。ズボンのポケットに手を入れると、渡されたメモ紙が触れる。
「そういえば、リミット。その、あなたの属性は結局なんだったの?」
「ああ、そうだったな」
レヴィアがそわそわとした態度で聞いてきたので、考え事を放棄する。
そんな話もしていたな。もとはと言えば、レヴィアが遮ったところから、教えるタイミングを逸していた。
属性目当て、という言葉の意味も、今ならわかる。魅力的な属性を持っているから誘っているわけではない、と表明したかったのだろう。
律儀なことだな。実際はただの人数不足だが。
さて、どうせなら実演してみせてやりたい。それには、手ごろな武器なんかがあるとやりやすい。
目に留まったのは、レヴィアの腰元。
剣帯に吊るされた鞘に収まった二本の剣。一体、どこから来た武器なのやら。
俺が占術師の部屋に入る時までは、確かに持っていなかったものだ。あるいは、そう見えていただけか。
まぁ、考察は今はいい。武器を貸してもらえれば。
「その剣、一本貸してもらえるか」
「これ? はい、どうぞ」
人に触れさせないほど大事な武器、とかではなかったようで良かった。
あっさりと鞘ごと渡された剣を、抜き放つ。よく手入れされているのは、レヴィアが振り回しているのを見た時から知っていた。
思えば、ゲーム内の能力なんてものを使うのは初めてだ――ロストする前がどうだったかは知らないが、ただ不思議と、上手くいかないとは思えなかった。
片手で掲げた剣に、力を込める。
「――――」
エーテル。ゲームキャラクターの体が持つ謎のエネルギーが、奥底で脈動する。
言葉はいらない。意思の力で命じれば、それは驚くほど素直に望んだ形へと変わり、流れていく。
やっぱりだ。ネットワーク技能より、よっぽど簡単。効果は、すぐに発現する。
「あっ……!」
レヴィアが堪らずといったように声を上げた。掲げる剣の全体が、緑の光に覆われている。
紛れもない、木属性の強化の証。
「見ての通りだ。俺は木属性らしいな」
使ってみて思ったが、これは実に面白い属性だ。
強化、と一言に表しても、その効果のほどはもっと細分化することが出来ると思わせる。
使い手によって、枝分かれするのかもしれない。それは強化という言葉に、どんな意志を抱くのかによって変わってくるだろう。
「ん?」
属性の力を見せたが、レヴィアの反応が鈍いな。
あれだけ木属性ドワーフがどうのと言っていた割には――
「リミットッ!」
「っ」
いきなりだ。レヴィアが叫び、飛びついてきた。
不意をつかれた上に、予想以上の速度。加えて、両手が剣と鞘で埋まっていたこともあって、さらに反応が遅れる。まさか叩きつけるわけにもいかなかった。
互いのキャラクターアバターの身長差は大きい。首に飛びついてきたレヴィアの体は、完全に宙ぶらりん。
が、素早く俺の体をよじ登り、こちらを覗き込んでくる。青い瞳が、爛々とした輝きを放っていた。
「木属性ドワーフっ! ほんものっ、ほんものよね!?」
「落ち着け」
反応が鈍いなんて、勘違いだった。ただの時間差か。
組みついてくるレヴィアを引きはが……はがせない。
するりとこちらの手を掻い潜っては、首に食いつくようにしがみついてくる。
「リミット、私のギルドに入らない?」
「その話は片付いたばかりだ。あと、耳に触るな。囁くな」
今更だが、俺の方も耳が頭についている。犬っぽい耳だ……どう足掻いても、山人は服を着て二足歩行する狼だからな。
レヴィアのことを猫耳娘だなんて笑えない。そんな猫耳小娘は、こちらの捕縛の手を器用に躱し、なかなか捕まらない。
「とにかく、まず離れろ」
「まったくです。そして、落ち着きと共に、慎み深さも養っていただきたいものです」
俺たちしかいなかったエントランスに、第三者の声が響いた。
いつの間にか、長い銀髪のメイドがすぐ傍に立っている。
アイス。この館の主人の護衛であり、見ての通り召使いでもある、奉仕の妖精。
どこから現れた……なんていうのは愚問か。この屋敷は、この女のテリトリーだ。
名前にぴったりな氷のような瞳が、俺たち二人を睥睨する。
「レヴィア、ここは偉大なる占術師であるファト様のお屋敷。決して出会い茶屋でも連込み宿でもありません。そういった行為をお望みであれば、どうぞ色町の方へ――」
「な、なにいってるの! そんなんじゃないわよ!」
言い方には果てしなく問題があるが、レヴィアが離れてくれたのは助かった。
第三者の登場で我に返ったらしい。床へ飛び下りて、ばつの悪い顔でこちらを見上げてくる。
「あの、ごめんなさい、リミット……木属性って聞いて、つい我を忘れてしまったわ」
「ああ……――気にするな」
そう容易く自我を手放されても困るが。
幸いなことに、ゲームのこととなると目の色を変える人種には慣れている。
……慣れてしまっている。どこぞのパートナー殿のせい……いや、おかげで冷静に対応できた。
ただ、これを幸いと言っていいのかは疑問でしかないが。
アイスが注目を集めるように、手のひらを叩いた。
「とにかく、いつまでも玄関口で遊んでいるのはお止めください。もう用はお済でしょう」
さっさと出てけということか。言われずとも、そうしたい。
思わず話し込んでいたが、こんな怪物の巣穴のようなところに長居などしたくないからな。
「あはは……アイスもごめんなさい。じゃあ、私たちは行くわね」
レヴィアが苦笑を浮かべつつ、扉を開いて逃げるように出て行く。
俺もその後に続こうとして――突如、背後で無視できないほどの戦意が膨れ上がった。
「……止めろって言ったはずだ」
半身を向ける。握ったままだった剣の切っ先は、怪物のごとき銀髪のメイド女へ。
緑光をまとった剣を向けられても、アイスは涼しい顔を崩さない。
「動じませんね。やはり思った通りです」
「何がだ」
思わせぶりな台詞は、自分の主人を真似た物言いだろうか。
正直、欠片も興味がない。この面倒な威圧を止めてさえくれれば、すぐにでも開いた扉から出て行くところだ。
微笑を浮かべたアイスが放つ威が、徐々に治まっていく。一体何がしたかったのやら。
「次会った時のために、貴方と戦う許可を、ファト様から頂いておきます」
じゃあ安心だな。二度と会うことはないのだから。
ようやく無視できるレベルにまで下がった戦意に背を向けて、怪物の住む屋敷から出ることに成功する。
外は良い天気だ。清々しい気分に浸っていたところ、背中から声が飛んでくる。
「傭兵リミット。もしも、精霊様を求めるのであれば――迷宮を攻略しなさい。あの方は、力ある者をこそ、求めているのだから――」
その言葉は、さすがに無視できなかった。
振り返る――扉が一人で閉まって、音を立てた。佇んでいたアイスの表情は窺えなかった。
……なぜ、知っている? そもそも、何を知っている?
情報が洩れる余地なんて、どこにも無いはずだ。それこそ、俺の頭を切り開いて尋問でもしない限りには。
もう一度屋敷に踏み込んで、問いただすか? ……あのメイド女相手に力ずくというのは、今は難しい。
「迷宮攻略、か」
しかし、新しい情報を手に入れたといえば、手に入れた。これが確実な情報だとすれば収穫だが。
迷宮を攻略する。このゲームにおける大目標だが、フォースとの打ち合わせではさほど重視していなかった。あくまで、必要があれば取り掛かるという話でしかなかった要素だ。
もしかしたら、必要になるかもしれないのか。
「どうしたの? アイスと何か話してた?」
先に外に出ていたレヴィアが寄って来る。借りていた剣を鞘に収めて返しつつ、答える。
「大したことじゃない。とっとと迷宮攻略に行ってこいって言われただけだ」
「ああ。そうね、妖精種の子たちは、特にそこに拘るから。私の友達の子にも、国や故郷を取り戻すって、張り切ってる子が何人もいるわ」
国か。物語やフィクションで頻繁に登場する概念だから、広く知れ渡ってはいるが、実際の俺たちには無縁の代物だな。
故郷はともかく、自国がどうのと言われても、実感などというものは欠片も沸かない。もちろん、共感も。
「リミットはこれからどうするの? あ、さっき言ってた友達と合流だっけ」
「まぁな」
予定は狂っている。先方はもう待っていることだろう。そのためにも、まずは移動だ。
「だったら、フレンド登録しておきましょうよ。ギルドの件もあるし、しておかないと連絡を取る手段がないでしょ?」
「そうだな」
レヴィアがカードを取り出すのに合わせて、俺もカードを用意する。念じると、銀光をまとって、手のひらに黒いカードが現れた。
フレンド登録はギルドカードを利用したシステムだ。カードを振れ合わせ、フレンドと認めた相手を自分のカードに記録する。
カードを使う都合上、協会に登録しないと利用できないものだ。
劇的に便利な機能ではなく、名前や種族、傭兵としての階級、ゲーム内の住居の所在が分かる程度。
プレイヤー間では生存確認リストなどと揶揄されることもある。ロストしたフレンドがリストから消えることからそう呼ばれるようだ。
レヴィアが持つ蒼く透き通ったカードと、俺の黒いカードが触れ合う。
「よし、登録完了。私の家は書いてある通りだから。もしも来るときには、手紙とかくれると嬉しいわ」
「わかった」
レヴィア。階級は蒼、か。蒼の階級は現状確認されている階級において、上から二番目に数えられる階級だったはずだ。
奇しくも、うちのパートナー殿と同じ階級でもある。やはり、上位プレイヤーで間違いなかったな。あの剣技を見れば納得もできる。
偶然とはいえ、早々に上位プレイヤーと縁を結べたのは、収穫としてはなかなかのものだろう。
フォースに良い手土産が出来た。合流が遅れた分は、それでチャラにしてもらうとしよう。
そういえば、これほど上位のプレイヤーだったら、もしかしたら知っているだろうか。
街で情報を集めながら行こうかとも思っていたが、時間がかからないに越したことはない。
「レヴィア、一つ聞きたいことがあるんだが、いいか」
「ん、なに?」
移動をしようにも、場所を知らなければ、できないからな。
「エレイトっていう都市への行き方を、知っていたら教えてくれ」




