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鍛冶鉱司

 頭を揺らされる振動と共に、意識が覚醒した。

 寝起きはいい方だ。でなければ、とうの昔にどこかの戦場で死んでいたことだろう。

 目覚めからおよそ二秒。脳髄を巡る感情は、驚きと、疑問と、少しの安堵。

 

 つまり。

 なぜ、俺はこうして無事でいる?

 

 視界いっぱいに広がる青空、息を深く吸い込むと、きれいな空気が肺を満たす。

 今際(いまわ)の際(きわ)の幻ではなさそうだ。息の詰まるような洞窟から、俺が脱出を果たした証拠に他ならない。

 

 意識が途切れる最後の瞬間。視界に収まっていたのは、俺が吐いた血が降りかかって妖しく光る、岩壁の照明だった。

 考えるまでもなく、誰かの手によって救い出されたことは間違いない。

 その正体は、すぐに判明した。

 

「気が付いたみたいね。気分はどう?」

 

 見上げる青空の傍らに、こちらを覗き込む人間が加わる。

 姿を見せたのは、ファンタジーな衣装に身を包んだ年若い少女だ。

 

 衣装というより、鎧といった方が正しいかもしれない。

 赤や黒に彩られた布地部分も多いが、人体の弱点部位は、しっかりと金属で覆われている造りだ。

 防御力よりも、機動性を重視した装備だと判る。

 まぁ、エーテルという謎エネルギーの力によって、武器や防具を材質に問わず強化できるらしいので、見た目にそぐわぬ性能を発揮する武装もあるとも聞くが……この辺りは実にゲームらしくある。

 

「覚えてる? あなた、迷宮の中で倒れていたのよ?」

 

 迷宮か。予想は間違っていなかったようだ。ログインから早々、いきなり人を迷宮に放り出すとは……やってくれる。

 そしてどうやらこの少女が、俺を救い出してくれた恩人であるらしい。

 

 その恩人に対して失礼な話だが、気になって仕方がない物が一つ。

 

 耳だ。

 少女には、明らかに普通の人間の物とは異なる耳が生えている。

 

 その位置は、栗色の髪の毛の合間、頭頂部に近く。

 形は、動物でいう猫の物に酷似している。

 髪の毛と同色の毛に覆われたそれが、少女の頭の動きに合わせて、震えるように動いている。

 

 電脳活動体(アバター)は原則、基本的な人体構造から乖離(かいり)することはない。

 違法な情報改竄を施せば可能と言えば可能だが、そうして人体のあるべき姿から逸脱するほどに、アバター自体の機能を著しく損なうことになる。

 まともな人間なら手を出さない。そんな真似をするのは、そうした趣味に生きる犯罪者くらいのものだ。

 

 だから、こういった特殊な容姿や身体的特徴というのは、ゲーム特有――つまりは遊戯専用活動体(キャラクターアバター)ならではの文化だ。

 

 ゲームに疎い俺にとっては見慣れない物であり、いざ間近にしてみると、なかなか新鮮味がある。

 

「大丈夫? まだ頭がぼうっとしているのかしら――」

 

 空の色とよく似た淡い水色の瞳が、こちらを覗き込む。

 その時、視界の片隅を何かが横切った。

 

 なんだ。

 体の調子は良好とはいえないが、それなりに動けることは感覚的にわかっていた。

 反射的に、その何かをつかみ取る。

 

 やわらかい。細い。これは、毛の感触か?

 それを視界の内に収めようと、手繰り寄せた瞬間、

 

「ひにゃあああああ!?」

 

 思考を叩き割る悲鳴が、眼前の少女から発せられる。

 一瞬にして真っ赤に染まった顔が視界から消え失せ、地面に何かが落ちたような音がする。

 捕まえていた物の感触も、少女の消失と共に手の中から失せていた。

 

「いつっ!?」

 

 少し遠くから、押し殺そうとして失敗した悲鳴のような声も聞こえ、続いて、断続的に頭に与えられていた微量の振動が治まる。

 合わせて、視界の中を流れていた空の動きも止まった。

 

 何かが起こったらしい。危険は感じないが、状況の把握はしておきたいな。

 いなくなってしまった少女を探すべく、俺も体を起こす。

 

「……なんだ、こりゃ」

 

 思わず声が出た。視線を奪われたのは、ついさっき何かを掴んでいた手。自分自身の右腕だ。

 茶色い。正確には、焦げ茶色。

 指先から腕全体に至るまで、余すことなく、焦げ茶色の毛に覆われていた。

 

 触ってみると、少し固めだが、間違いなく毛の感触。右手を触る左手も同様に毛むくじゃら。毛深いとかそういうレベルではなく、もはや動物の手足に近い。

 ただ、形だけは人間の物と言っていい。爪が少々発達しているが、指はきちんと五本あり、握ったり開いたり、問題なく動く。

 体そのものに対しての違和感は、驚くほど感じない。

 

 さすがにいきなり自分の腕が獣同然の物になっていたのは面食らったが、冷静になれば、学んだ知識から答えを導き出せた。

 

「そうか、俺の種族は――」

「ちょっと、あなたっ!」

 

 自分の種族に気づいたところで、すぐ近くから怒りを伴った声。

 見ると、ちょうど同じくらいの目線で、赤い顔でこちらを睨む少女の姿がある。

 どこに行ったかと思っていた、猫の耳を持つ少女だ。

 

 目線が同じなのが不思議に思えたが、軽く辺りを見やって納得する。

 俺は荷車のような物の上に座り込んだ状態であり、彼女は地面の上に仁王立ちしていた。

 さっきの音は、目の前の彼女が荷車から転落した音だったようだ。

 

「い、いきなり女の子のしっぽ握るとか! 常識ないわけ!? 変態! 痴漢!」

「しっぽ……?」

 

 顔を赤く染めた少女に罵倒を受ける。ひどい言われようだ。

 冤罪を主張したいが、それより耳慣れない単語が気になる。

 

 しっぽ、尻尾か……言われてみれば、確かにあるな。

 少女の腰の後ろ辺りから、髪色と同色の尻尾が伸びている。

 

 細長い尻尾は、耳と同様に猫の尻尾のようだった。

 

「っ」

 

 視線に気づいたようで、胸の前で抱くようにしていた尻尾が、背中へと隠された。

 確認しただけで、触ろうなんて思っちゃいない。

 言い分から察するに、先ほど俺が掴んだ謎の存在は、今の尻尾だったってことだ。

 

 ……戦場で助けられた相手に対して、礼をするどころか無礼な真似を重ねるのは、傭兵としては遺憾だ。

 こちらを睨む少女に向かって、素直に頭を下げた。


「悪かった。意識が朦朧としていてな。まさか尻尾だったとは」

 

 普通、人に尻尾なんてものは生えていないからな。誰が思い至るものか。

 自分がゲームの世界に降り立っていることを実感する。

 

「わ、分かればいいのよ。……っ、と」

 

 言いながら、身軽な動作で、少女が荷車の上に戻ってきた。

 戻ってきた少女が腰を下ろすと、それが合図であったかのように、荷車が揺れて進みだす。

 

 前方に視線をやると、四足の動物らしき存在が、荷車を引いているのが見えた。

 

 空は青く、道は遥か先へ続いている。

 左右には広々とした草原に、丘が連なっている。

 それ以外には何もない、長閑な風景だ。

 ゆったりとした速度で、俺と少女を乗せた荷車が道を進んでいく。

 

「……」

「……」

 

 互いに無言。聞こえるのは、荷車の車輪が道を踏む音ばかり。

 こちらは特に気まずい思いをしているわけではないが、あちらの方が何故か居心地悪そうにしている。

 時折、何かを言いたそうにチラチラと視線を向けてくるので、何を言い出すのかと待っているんだが。

 

 俺たちを乗せている荷車はそこまで大きなものじゃない。

 膝がぶつかり合うほどとは言わないが、向き合って座る距離は近い。

 

 意識のない俺が寝転がされていた時なんかは、さぞ狭苦しかっただろう。

 

 と、益体のないことを考えていても仕方がない。

 言うべきことはある。俺の方から、沈黙を破った。

 

「そういえば、助けてもらった礼をまだ言ってなかったな。改めて、礼を言わせてくれ」

「えっ、あ、うん……」

 

 俺が口を開くと、なんだか余計に居心地悪そうにしている。

 なぜだ?

 

 疑問に思う俺を他所に、少女がそっぽを向いて深呼吸していた。

 こちらに向き直った頃には、伺うような態度も鳴りを潜めている。

 

「どういたしまして。無事でよかったわ。でも、過度なお礼は不要よ。私にだって、メリットがあるから助けたんだし」

 

 メリット、ね。思い至る事柄はある。貢献度(スコア)、だったか。

 傭兵としてよく働くと貰えるポイントのようなもの。

 スコアの獲得方法は必ずしも、モンスターを倒すだけには限らない。そういったシステムだったと記憶している。

 

 そんなことを考えていると、こちらをじっと見つめたまま少女が尋ねてくる。

 

「あなた、山人(ドワーフ)、よね?」

「ああ、そうだ」

 

 彼女の言う通り。

 目覚めて早々対面して面食らった、毛むくじゃらの手……正確には手に限らず、今の俺は全身が毛に覆われている。

 顔に触れれば、普通の人間の頭とは大きく異なる形。突き出した鼻と裂けた口元。

 見た目には、服を着て二足歩行する狼と呼ぶのが相応しい。キャラクターに与えられた服は簡素なズボンに、上は何かの皮でできたベスト一枚ときた。野性味あふれるなんてもんじゃない。

 

 山人(ドワーフ)。キャラクターは十二種存在する人間種族の中から、ランダムで一つを選ばれメイキングされるという話は忘れていない。

 ただ、個人的には、外(・)れ(・)を引いたと思っている。山人(ドワーフ)が種族的として扱える属性は、"製造"を司る金属性だ。あいにく、俺に工芸や工作の趣味はない。

 

「そっちは獣人(セリアン)か」

 

 動物じみた耳や尻尾から当たりはついた。体の一部に動物の部位を発現させているのは、獣人(セリアン)の特徴だ。

 種族として扱える属性は、"被覆"を司る風属性。金属性よりも使い勝手は良さそうだ。羨ましい。

 

「ええ、そうよ。そうだ、名乗るのが遅れたわね」

 

 言われてみれば。

 名前も知らなかった少女が、笑みを浮かべて手を差し出してくる。

 

「レヴィアよ」

「リミットだ」

 

 こちらも名乗って、手を重ねる。

 ……傍から見れば、どこかの古代フィクションにでもありそうな絵面になってないか? 年若い少女と、大柄な野獣、もとい狼男のツーショット。

 

 その片割れたるレヴィアが、手を離すと同時に項垂れた。

 猫の耳もヘタっている様が、落ち込みようを体現していて、実に分かりやすい。

 

「それで、一つ謝らなきゃいけないんだけど……実は、あなた以外の人は誰も見つけられなかったの。だから、その、そっちのパーティメンバーとか……」

 

 言いづらくて、なかなか言えなかった。そんな雰囲気だ。居心地悪そうにしていた理由はこれか。

 パーティというのは、プレイヤーが複数人からなる徒党を組んだ際の部隊を指す。

 

 俺のことは助けることが出来たが、仲間は無理だった、ということだろう。

 だが、その心配は見当違いだ。それをきちんと伝えてやる。

 

「心配するな、もともと一人だった」

「えっ?」

「パーティは組んでない」

 

 なにせ、キャラクターが出来上がってログインしたばかりだからな。

 本当だったら、さっさとどこかの街でフォースと合流するはずだったんだが。

 

「それって、忘れてるってことはないわよね……?」

 

 レヴィアが疑いの眼差しをしつつ、恐る恐るといった様子で言ってくる。

 なるほど。そういう事態も考えられるか。

 確かに、仮に俺が新規プレイヤーだったとしたら、例え目の前でパーティメンバーがモンスターにやられたとしても、記憶には留めておけない。もっとも、その心配も無用だ。

 

「そっちも心配ない。プレイし出したのは今日からだが、俺は出戻りだ」

 

 その上で、いきなり迷宮に放り込まれたわけだが、それは黙っておこう。

 普通のゲームで、管理AIがプレイヤーに過度な干渉をしてくることなんてあり得ないらしいからな。

 説明したところで、不信感を抱かれるだけだろう。

 

「そうだったのね――……って、ちょっと待ちなさい。なのに、一人で迷宮に行ったっていうの!?」

 

 いきなりだ。レヴィアが叫び、勢いよく立ち上がったせいで、荷車が揺れる。

 そこまで広くない荷車だというのに、無茶をするとまた落ちるぞ。

 

 荷車を引いている四足動物が、抗議を上げるように鳴いている。

 猫のような鳴き声だ。が、レヴィアはお構いなしに立ったまま、俺を見下ろしてくる。

 

「出戻りって、一度ロストしてるカムバック組みということでしょう?」

 

 カムバック組みという呼称は初耳だが、頷き返す。

 復帰勢や出戻りという呼び方をするのは知っている。意味合いは同じだろう。

 俺のように、ロストしてからゲームに舞い戻り、新規枠から抜け出したプレイヤーを示す言葉だ。

 

「それなら、ロストすることの大変さはもう分かってるでしょ! なのに、パーティも組まないで迷宮に潜るなんて、もう一回ロストしたいって言っているようなものじゃない!」

「いや……」

 

 そんなつもりは毛頭ない。そもそも迷宮の中にいたのは俺のせいじゃない……。

 なんて言うわけにもいかない。

 にしても、凄い剣幕だ。レヴィアもいわゆるゲーマーと呼ばれる類の人間なんだろう。

 俺に説教をかますその熱意は、フォースが時折見せる態度と似たものを感じさせる。

 

 ため息を一つ吐いて座りなおしたレヴィアが、まだ言い足りないとばかりに言葉を重ねる。

 

「そもそも今日ゲームを始めたばかりで、どうしていきなりあんな迷宮に行ったの? それも、パーティーも組まずに! ただでさえ山人(ドワーフ)は種族柄戦闘向きじゃないんだから、パーティーは必須でしょ。わかってる?」

「お、おう……」

 

 ……勢いはフォース以上かもしれないな。

 矢継ぎ早に捲し立てられる言葉に、返答を差し挟む余地がない。

 

 一通り言葉を並べ立てて落ち着いたのか、一呼吸置いたレヴィアが尋ねてくる。

 

「それで、リミット。あなたって戦闘向きの属性を持っているの? 個人適正はなに?」

 

 キャラクターが種族ごとに扱える属性とは別に、キャラクター自身が扱える別の属性が存在する。

 前者を種族適正、後者をキャラクター適正や個人適正などと言うらしい。レヴィアが尋ねてきているのは、まさに後者の話だ。

 

 マズイな。俺はまだ自分の個人適正を把握していない。

 キャラクター自身の適正属性は、占術師という特別なNPCに会って教えてもらうことで、解放が行われる。

 今の俺は当然のことだが解放されていない。

 

 などと言おうものなら、何を言われることやら……適当な戦闘向きの属性を言って誤魔化そう。

 決断から実行までに迷いはない。

 

「木属性だ」

「えっ、ほんとにっ? 木属性持ちの山人(ドワーフ)!?」

 

 強化の性質を司る、木属性。適当といいつつ、願望が口に出た。

 それを言った途端、レヴィアが声を上げて、身を乗り出してくる。

 距離が近づいた水色の瞳が宿しているのは、大きな期待の色だ……適当に答えただけなのに、この反応とは。

 

 山人(ドワーフ)が木属性に適正があると、何か意味があるのか?

 事前調査の内容を顧みても、思い当たるような知識はない。

 レヴィアの反応からして、なにやら当たりを引いてしまったらしいことは確かだが。

 この場合は、外れか? どっちでもいい。

 

 話が発展しても困る。方針転換。

 

「悪い、嘘だ」

「え……う、そ?」

「……あぁ」

 

 と言っても、もはや正直に白状するぐらいしか思いつかなかった。

 俺の言葉に、レヴィアが茫然としたような表情になり――次の瞬間には、瞳が剣呑な色を宿した。

 

「だ、騙したのね!」

「悪かった。騙すつもりは無かった」

 

 ただ誤魔化したかっただけだ。

 

「う、ううぅぅ……まさかこんなところで、貴重な木属性ドワーフに会えたと思ったのに……」

 

 レヴィアが怒りを通り越して、なぜか落ち込み始めた。少し悪いことをしたような錯覚に陥る。

 

「ドワーフが木属性というのは、そんなに貴重なのか?」

 

 少しでも気を逸らすために声を上げると、じとっとした視線が返された。

 

「……なによ、知らないの? それよりもリミット、あなたの属性って結局なんなの?」

「まだ分からない」

 

 これ以上話がこじれても面倒だ。素直に白状するが、レヴィアは疑いの眼差しを緩めない。

 

「分からない? 分からないってなによっ。もしかして、教えたくないの?」

「そうじゃない。実はまだ、占術師に会えてない」

 

 会ってないんじゃなく、会えてない。ここは重要だ。決して俺に過失はない。はずだからな。

 しかし、レヴィアにとってはどうでもいい部分だったらしい。

 疑惑の表情が、呆れたものに変わる。実に表情豊かな少女だ。

 

「あなたねぇ……仮にもカムバック組みでしょ。キャラが出来たら、まず占術師! このゲームの基本じゃない。新規だって、知ってる人は知ってるわよ?」

「あいにくゲームは初心者でな」

「たしかに……今までの話で、あなたがゲームに疎いプレイヤーだってことはよーく分かったわ」

 

 正しい認識に至ってもらえたようで何よりだ。

 ふと、レヴィアが考え込むような表情を見せる。

 

「あれ……? もしかして、まだ占術師に会ってないってことは――?」

 

 その顔が、何かに気が付いたような表情へ変わり。

 視線が再び俺の方へ向いた時には、含みのある笑顔に変わっていた。

 

「リミット、あなたまだ占術師のところに行ってないのよね? よかったら、私が案内しようと思うのだけど?」

 

 直前の会話から考えて、レヴィアが求めていることは大体察した。

 

「助かるといえば助かるが、俺が木属性を引くかどうかは分からないぞ」

 

 確率で言えば、七分の一だ。そうそう都合良く行くと考えるには苦しい確率に思える。

 

「いいの。宝くじみたいなものだと思ってるから。それに、こうして知り合ったも何かの縁だし。先達プレイヤーとして初心者の面倒を見てあげるのは、ゲームの習わしでもあるのよ」

「そういうことなら、よろしく頼もう、先輩」

「ええ、先輩にまかせなさいっ」

 

 機嫌良さそうに猫の耳を動かして、レヴィアが笑う。

 メリットの計算だけじゃない、親切心も十分に感じられる。面倒見の良いタイプだな。

 

 上級者が、始めたばかりのプレイヤーを支援する。

 様々なゲームでよくある話だというのは、調べて知っている。

 まさか、自分がそうして導かれる身になるとは思いも寄らなかったが。

 

 情報収集という点から見て、十分にメリットのある話だ。固辞する理由もない。

 早速、活用するとしよう。気になっていた内容を、話題として持ち上げる。

 

「さっきの話に戻るが、木属性のドワーフを、どうしてそこまで重要視する?」

「まず前提の話なんだけど、山人(ドワーフ)の種族固有能力(オルテライズ)は知ってる?」

「ああ」

 

 属性や種族関連の知識は、一番最初に叩き込まれた知識だ。

 ゲームを進める上で――同時に、俺たちが仕事を進める上においても、覚えておくことが必須な知識だと、フォースも言っていた。

 

 だから、種族の名前を冠した、それぞれの種族固有能力(オルテライズ)についても全て憶えさせられている。

 

「鍛冶鉱司(ドワーフ)。武器や防具を造る能力だろ」

「正解。だけど、その種族固有能力(オルテライズ)は、そこから更に発展形があるの」

 

 発展形。能力の応用と言い換えてもいいかもしれない。そうした要素があるという話は、少しだけ知っている。

 だが、ドワーフの種族固有能力にそれがあるというのは、初耳だ。

 フォースも言っていなかったし、集めた情報の中にもそれらしき物があった記憶はない。

 こちらの考えを読んだように、レヴィアが付け加える。

 

「知らなくても無理ないわ。それが発見されたのって、本当につい最近の話だから」

「なるほどな」

 

 それを聞いて安心した。情報収集の網に穴があったわけじゃなかったようで何より。

 

 オンラインゲームのサーバーというのは、どこも外部との情報のやり取りが、大なり小なり制限されるものだ。

 その最たるものが、ネットワーク技能の制限にあたる。

 

 とりわけ、このゲームの情報統制はレベルが高い。

 ネットワーク技能がほぼほぼ制限されていて、電子郵便(メール)も通話(テレフォニー)も一切使えない。

 

 つまりゲームサーバーから、外部の仮想空間に情報が広まるまでには時間がかかる。おそらく、俺たちが事前調査をしている真っ最中か、その直後辺りに発見された要素なんだろう。

 

「それでね、その発展形を利用すると――プレイヤーの属性を宿した武具を作れるようになるの」

 

 とっておきの秘密を語るように、レヴィアが少し声を潜めて話す。

 別に誰かが聞いているわけでもあるまいに。

 ……あと残念ながら、いまいちピンと来ない。が、おそらく、凄いことなんだろう。

 

「それは、すごいな」

「適当に返事しない! その顔、ぜったいピンと来てないでしょ!」

 

 即座にバレた。鼻面に指を突き付けられる。

 狼そのものの顔から表情を読み取るのは、素直にすごいんじゃないかと思った。

 

 仕切り直し。

 

「まったく……じゃあ、一番わかりやすい木属性を例に出すわ。例えば、木属性の適正を持つ山人(ドワーフ)のプレイヤーが武器を造る。この武器にプレイヤーが持つ属性、つまり木属性の性質を武器に宿らせたとしたら、どんな武器ができると思う?」

 

 木属性の性質を持つ武器、か。

 木属性といえば、種族的には巨人(ギガール)と森人(エルフ)が該当する。

 前者は肉体の強化、後者は武装の強化を得意とし、それぞれの種族固有能力(オルテライズ)もそれに準じている。

 

 二種族以外でも、個人適正に木属性を持つプレイヤーは、似たようなことが出来るだろう。

 その属性が、プレイヤーではなく、武装自体に宿るとしたら……もしかしたら。

 

「木属性の適正がないプレイヤーでも、強(・)化(・)が施される武器、か」

「正解っ。実際はもっと汎用性が高いわ。自身の肉体を強化する防具なんて物も作れるって、すごい話題になったんだから!」

 

 それは確かに、汎用性が高い。

 ただ、予想するところでは、その効果はそこまで劇的なものじゃないだろう。

 

「さすがに、本職を上回る効果を生み出すような物じゃないんだろう?」

「そうね。餅は餅屋とも言うからね。もともと木属性に適正がある種族やプレイヤーのそれを超えるような物にはならないわ。でも、後方支援の担当者が武器を持って戦えるようになるだけでもぜんぜん違うし。迷宮攻略における全体の持久力向上にも繋がるわ」

 

 まったく強化が扱えないより、少しでも扱えれば有用なのは間違いないな。

 戦略的な観点で見た場合でも有効な技術だろう。

 

 さて。

 思わぬところから新しい情報の収穫があったことを喜びつつ、もともとの話の核心に触れる。

 

「それで、仮に俺が木属性だった場合、武器を作ってほしいという話でいいのか?」

「んー……」

 

 工作には自信があるとは言えないが、これはゲームだ。向いていないとはいえ、やればできないということもないだろう。

 そんな風に考えながら、レヴィアの望むメリットに当たりをつけて言ってみたが、反応は曖昧だ。

 また考え込むような顔になり、しかしすぐに笑顔に変わり、彼女は前方を見やりつつ、口を開く。

 

「その続きは、占術師と会って、結果が出てから話しましょう――ちょうど、見えてきたしね」

 

 見えてきた?

 前方に視線を向けるレヴィアに倣って、俺も前を向く。

 長閑な景色が、少しばかり変化していた。

 

 道が伸びているのは変わらないが、その先が、巨大な建造物らしき物にぶつかっている。

 端的に言えば、壁だ。

 灰色の岩を積み上げたような巨大な壁。

 ただただ横に広がる壁じゃない。左右に伸びたそれは大きく弧を描き、何かを囲っているように見える。

 

「あれは?」

「都市ロセウス。辺りに迷宮も多い、いわゆる最(・)前(・)線(・)の街よ。プレイヤーもかなり集まってるし、もちろん占術師もいるからねっ」

 

 レヴィアが楽し気に、街のことを話してくれる。

 あの壁は守りのための外壁で、町並みはその内側に広がっているらしい。

 遠目に映る外壁からも分かるが、かなり大きな都市のようだ。

 迷宮が近い街、ね。俺だったら迷わず引っ越しを選択するが。

 いや、それを殲滅して、領土を取り戻す。これは、そういうゲームだったな。

 

 それにしても、都市、か。

 このゲームで初めて、人里と呼べる場所に赴くのだと思うと、なんだか感慨深い物がある。

 

 きっと、いきなり迷宮に放り出されるなんて難事に遭ったから、そう感じるのだろう。

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