リミット
エントランスとは名ばかりの、真っ白な空間だった。
サーバーの玄関口と言えば、そのサーバーの宣伝にも使われる看板に等しい。
それが、ここまで無味乾燥しているのも珍しい。
白い空間の彼方。
見据える先に、巨大な灰色の門が聳え立っている。
その向こう側が、件のオンラインゲームの世界が広がっている電脳領域だ。
この場所にも一度来たことがあるはずだが、その記憶は失われているため、特に想起されるものはない。
大規模オンラインゲーム、エーテル・テイル・オンライン。
幻想型ロールプレイング。よく使われる略称はテルテル、テルオン等。
正式サービスが始まる前のテストプレイ期間で、かなりのプレイヤーが接続した実績を残し、話題を集めたゲームだ。
現在は、正式なサービス開始から半年あまりが経過している。
プレイヤーの接続数は依然として好調を維持し、今最も勢いのあるオンラインゲームと謳われている。
以上。
調べた限り、表向き語られている情報だ。
今なお驚くほど多くの人間がプレイしているゲームなわけだが。
俺の感覚からすれば、どうしてこんなゲームが人気を博しているのか、理解の及ばないシステムが実装されている。
プレイヤーは傭兵として世界に降りたち、モンスターと呼ばれる怪物をその巣窟ごと殲滅し、奪われた領土を取り戻すというのが、主なゲーム内容だ。
ただし、モンスターに殺されてゲームオーバーになった場合、遊戯用活動体のすべてと、ゲーム内で蓄積した記憶までも失うことが判明している。
オンラインゲーム制作の条約に対して、真っ向から喧嘩を売っているとしか言いようがないシステムだが、大多数のプレイヤーには刺激的な要素として好感触を得ているとか。狂っている。
奪われるのが、記憶だけでは済まない奴もいるというのに。
「準備は万端みたいだな」
扉を遠巻きにしていたところ、すぐ傍らで声が上がる。
どちらかと言えば地味目なスタジアムジャンパーを羽織り、ショートパンツに、黒髪を覆うニット帽。
ショッピング専用のサーバーにでも出向けば、そこらを歩いていそうな格好の女……いや、少女と形容した方が正しい人物が、俺の隣に並ぶ。
こんなナリだが、この少女は立派な電脳界の処刑人の一人であり、これから仕事を共にするパートナー殿でもある。
「む。おい。その顔は、何か失礼な事を考えている顔だな」
「気のせいだ」
勘のいいパートナー殿の赤い瞳が、こちらをにらむように見上げてくる。
パートナー殿――フォースの視線から逃れるように、俺は目を逸らす。
自然と視界は真正面、そびえる灰色の門へと戻った。
俺が記憶の一部を失い……自身の名を認識出来なくなって、およそ半月経つ。
準備は整った。
今日この日、俺は再びあの門を超え、ゲームサーバーにプレイヤーとして侵入する。
「リミット」
今となっては、すっかり耳慣れてしまった名前を呼ばれる。
再度、フォースの方へ向き直ると、真剣な瞳と視線が絡む。
事前調査で顔を突き合せた折にも、幾度か覗かせた真剣な表情で、フォースが言葉を紡ぐ。
「助けられたあたしが言えたことじゃないのは分かってるけどさ……今度こそ、死ぬなよ」
「重々承知だ」
記憶を吹っ飛ばされる以前、初めてプレイヤーとしてゲームサーバーに降り立った際も、俺はこのフォースと行動を共にしたらしい。
フォース曰く、彼女を庇って、俺は死んだ。
自分のことだけに、なるほどとは思ったものだ。別に、我が身を盾として他人を助けるような善人というわけじゃない。
フォースは件のゲームでプレイヤーとして長く活躍している。
そのフォースが死亡して、キャラクターデータやゲームの記憶を喪失することは、当時ログインしたばかりの俺に比べて、損失の度合いが違う。
いわば、状況において取捨選択をしただけだ。
その時の俺には、データの喪失関連の知識は無かったはずだが、実際にゲームの世界に降り立った中で、何かを感じ取ったのかもしれない。
まぁ、今となっては丸ごと何もかも憶えていないので、推測に過ぎないが。
「行くか」
益体もない思考を打ち切って、歩き出す。
隣を歩くフォースは真剣な表情を既に引っ込め、悪戯げに笑っている。
「おう。やっと勉強の成果を見せるときが来たな。……忘れてないよな? いろいろと、ちゃんと、覚えているよな?」
「……わかってる」
念を押すパートナー殿は笑顔のままだったが、その雰囲気は鬼教官もかくやだ。
脳裏を過るのは、事前調査と銘打った、実質勉強会。ゲームに明るいフォース主導によるもの。
膨大な資料。高笑いする教官……もといフォース。
通信負荷により出動するサイバーポリス。バグるチカ。
……。
忘れていいこともあるだろう。ああ、忘れよう。
全て終わったことだ。
「じゃ、あたしは一足先にログインしてる。待ってるぞ、リミット」
言うが早いか、フォースの姿が白い空間に溶けて消えた。
そうして一人になりながら、灰色の門へと進む。
徐々に近づく巨大な門を前に、これからの段取りを脳内でまとめておく。
マシーン野郎との交渉の結果、俺は引き続き、ゲームで死者が出たという事象……つまり、デスゲームの調査という名目で、ゲームにログオンすることになっている。
もっとも、それは名目上だけの話だ。
報酬自体は既に受け取ったもの以外に支払われることはない。
サイバーポリスが知りえない情報を掴んだ場合にはボーナスを支払う、などと言っていたが、あの言い様では特に期待もされていないだろう。
俺自身も、そんな調査のために奔走する気は更々ない。
しかし、調査という点でみれば、やることはそう変わりないのかもしれない。
精霊を探し出す。それこそが、このゲームにおける俺の第一目標だ。
「接続」
門にたどり着き、ゲームの世界への接続を試みる。
見上げる先に、半透明の巨大ウィンドウが立ち上がった。
『おー、ちょりーっす。エーテル・テイル・オンラインの世界へよく来たなー』
字幕の表示と共に、音声が流れる。……なんともやる気のない、若い女の声だ。
次の瞬間には、声の通りの姿が映し出されていた。
赤い髪を指先に絡ませ、髪と同色の光彩の瞳を細めて、眠たそうにこちらを見る少女の姿。
一見して生身の人間のような表情と所作だが、これが人工知能であるということは既に学んでいる。
こうして目の当たりにしても、易々と納得はし難い話だが、テルオンというゲームは、その点においても普通じゃないらしい。
どうしてこんなゲームが、許されているのか。
そもそも、どこからそれだけのリソースを確保しているのか。
と、それらは今考えるべき話じゃない。
脇道に逸れかけた思考を戻して、俺は声を上げた。
「今日から新規でプレイするつもりでいる。早速キャラクターメイキングに移りたい」
『そーかそーか。じゃ、凄腕ナビゲーターのセーラちゃんが案内してやるぞー。門に触りなー』
態度と口調からはとても敏腕とは思えないが、考えたら負けというやつだろう。
指示に従って手を伸ばすと、門に光の筋が迸る。
【接続処理完了。エーテル・テイル・オンラインの世界へアクセスします】
同時に、無機質な音声が響き渡る。今度のは間違いなく業務用AIの音声だった。
門が輝きを放ち、光の軌跡が視界を駆けまわる。
サーバー間の移動は一瞬のこと。
目の前にそびえていた白い門は既に、影も形もなく、俺が立つのはこじんまりとした一室の中心だった。
「ここは――」
こういうのは、なんと表現したらいいんだろうな。
懐古的。
骨董的。
どちらも違う。言うなれば。
「幻想的、か」
口にしてみると、しっくりくる表現だった……が、同時に奇妙な感覚を味わう。
木目の目立つ壁や天井。同じく木造の棚には、色とりどりの液体が収められた瓶が並ぶ。薬のような匂いからして、何らかの薬品なのだろう。
他にも、用途の分からない物体の瓶詰や木箱が幾つも見て取れる。無理やり区分するなら、雑貨店ということになるだろうが。
「……」
見回すそれらが、どうにも見覚えがあるような気がしてならない。
記憶を失う前、キャラクターメイキングで同じ場所を訪れていても不思議は無いが……記憶を消されておきながら、既視感のような物を感じるというのが不思議な話だ。
「おーい、なにボサッとしてんのー。こっちこっちー」
聞き覚えのある間延びした声は、正面から。
そちらを向けば、店員らしき人物がいるカウンターが目に映る。
つい先ほど顔を合わせたばかりの人物だ。
赤い髪の、自称敏腕ナビゲーター――セーラがいた。
装いこそ、ファンタジーの住人らしいエプロンドレスを身にまとっているが……実にやる気なさそうにカウンターに突っ伏している。こちらに向かってひらひらと振られる手にも力がない。
この姿を見て、敏腕と称する人間がいたら、きっと眼球か脳髄のどちらかが、深刻なバグに侵されていることだろう。
「おー、待ってたぞー。……えーっと、あれ?」
カウンターに歩み寄った俺を見上げる少女の視線が、何か不思議な物を見るような色を宿す。
「名前、なんだったっけ」
「リミットだ」
「おー、そうだったそうだった。リミット、登録かんりょー」
ゲームはまず、ゲーム内で活動する遊戯専用活動体の名前を決めるところから始まる。予習通りだ。
「じゃ、さっそくキャラクターメイキングー……の前に」
独特のテンポで言葉を切ったセーラが、眠たげな目でこちらを見上げている。
「初めてテルオンをプレイする人には、いろいろ説明してるけどー、聞く?」
「結構だ」
ゲームの基本的な知識は、既に頭に入っている。
忘れてはいけないこともある。忘れた、なんて言ったら、それこそあのパートナー殿に何と言われることやら。
もう勉強会はコリゴリだ。
それよりも。
「んんー?」
説明を断った俺を、殊更に不思議な物を見るような目で見上げてくるナビゲーター嬢がいる。
そんな穴が開くほど見られても、反応に困る。というより、キャラクターメイキングを進めてほしいんだが。
「なんだ?」
「リミット、もしかして帰ってきた感じかー?」
帰ってきた。ナビゲーターのその物言いは、予習済みだ。
同時に、ナビゲーター相手に、嘘をついても無意味だとも。
「そうだな。まったく覚えちゃいないが、俺は一度、このゲームでロストしたらしい」
「覚えてないのは当然だぞー。でも、そっかー……帰ってきて、くれたんだな」
面食らった。
机に片頬を押し付けたままのセーラ。その目から、一筋の涙が零れ落ちた。
セーラが泣き笑いのような表情で続ける。
「帰ってきてくれたのはうれしいぞー。でも、もう死んだら駄目なんだからなー」
「……ああ、わかってる」
どこぞのパートナー殿のようなことを言う。
口調は違えど、似たような物言いだったせいか、思いのほか素直な言葉が口をついた。
仕切り直すように、目をこすりつつ、セーラが机の上から体を起こす。
「それじゃ、新規にするような説明は何もいらないってことだよなー。こうして帰ってきてくれたってことは、それなりに勉強もしてきたんだろー?」
「まぁ、な」
勉強という言葉に、一瞬背筋が震え、何か嫌な出来事を思い出しそうになったが、踏みとどまった。
大丈夫だ、問題ない。
脳裏を過った災厄の記憶を振り払うように、声を出す。
「確認するが、俺はもう、新規プレイヤーって枠にはならないんだよな?」
「うん、そーだぞ」
よし、フォースから聞いた通りだ。
新しくゲームを始め、ゲーム内で所定の手順を踏んでログアウトに至るまでのプレイヤーは、新規という枠に数えられる。
このゲームは、不可解なほどにこの新規枠のプレイヤーが嫌いのようで、大小様々な制約を与え、嫌がらせを敢行してくる。
代表的なのは、ゲームオーバー時におけるデータ消失関連の記憶を、ログインと同時に制限されることだ。
一度ログアウトを経験し、ゲーム内に舞い戻ることで、新規枠から脱却する。
そこでようやく、それらの情報を情報として認識できるようになるという。
ただ、これには抜け道も存在する。今の俺が該当するように。
一度ロストし、再びプレイヤーとして舞い戻ることでも、新規枠に数えられなくなる。
プレイヤーの間では、カムバックボーナスなどと呼ばれているらしい。どこがボーナスだ。
ともあれ、外部で集積した情報が制限される心配は無くなった。
まずは一手、精霊に近づいたと言えるだろう。
「説明がいらないなら、あとはもうあそこから行っていいぞー」
セーラが俺の背後を指さして言う。
振り返ると、二つに別たれた雑貨店の出入り口がある。
「テルオンの世界に行くなら、右。玄関口へ戻るのなら、左なー」
「そうか」
名ばかりのキャラクターメイキングはあっという間だったな。
このままゲーム世界に入れば、電脳活動体は遊戯専用活動体に変換される。
ゲーム世界が定める十二の人間種族のうち一つに属し、九つの属性と呼ばれる力から、二つの得意属性を持つというキャラクター。
予習に抜かりはない。俺は迷わず、右の扉に向かって歩み進む。
「リミット」
木造の扉に手をかけようとしたところで、背後から、やる気なさげなナビゲーター嬢の声がする。
振り返ると、意外にもしっかりとした様子で立っているセーラが、こちらを見つめていた。
「戻ってきてくれたのは、うれしい。でも、覚えておけ……お前がなーんにも憶えていないのと一緒で、お前がかつて手を取り合った仲間も、救った人々も……誰もお前のことは憶えてはいないんだ」
その話か。その話も既に学習済みだが、ありがたい忠告として受け取っておくつもりで、頷く。
もっとも、たかが数時間程度でロストしたらしい俺に、セーラの言うような関係を築いた相手はいなかっただろうが。
プレイヤーはロストすることにより、ゲーム内の記憶を失う。
同時に、ロストしたプレイヤーは、ゲーム内のあらゆるNPCと、新規プレイヤーの記憶から、その存在を忘れ去られる。
ロストしたプレイヤーが、仲を深めていたNPCにあっさりと忘れ去られる光景は、酷く切ないものを感じると、プレイヤー間で話題らしい。
一体このシステムにどんな意味があるのか、謎でしかない。
個人的な推察を述べれば、精霊とやらの嫌がらせだと思っている。
あるいは。
「失くした絆を求めて帰ってくる、か」
それは事前調査の最中、資料の片隅に見かけた言葉。
ゲームオーバーになったプレイヤーは、ゲーム内で集積した記憶を失う。
覚えていないのに、懐かしく思うわけもなければ、戻りたいなんて思うはずもない。
むしろ、危険なゲームという認識に至って、敬遠したっておかしくないだろう。
にも拘わらず、情報喪失を経験したプレイヤーの多くが、再びプレイヤーとしてこのゲームに舞い戻ることが確認されている。
先の言葉は、その現象に対する考察の一説だ。
このご時世に、随分と非科学的なことを言うものだと笑ったものだが……。
理由は違えど、こうして舞い戻ってくることになった俺は、それを笑える立場ではないだろうな。
「大丈夫だ、リミット。追い求めれば、きっと絆は取り戻せるぞ」
独り言のつもりだったが、セーラが耳ざとく俺の言葉に反応した。
妙に確信したような言い方が気になるな。
そういえば、そんな噂があるという話を、どこかで見聞きしたような気がする。
まさか。
「もしかして、ゲーム内には失った記憶を取り戻す手立てがあるのか? それだけじゃないな――忘れられた方の記憶も、か」
「えっ? あぁっ」
しまった、とでも言うように、セーラが己の口元を手で押さえる。
……その挙措は逆効果だろう。下手を踏んだと相手に知らしめるようなものだ。
ブラフの情報を流しつつ、下手を踏んだように見せかける演技、ということも考えられるが、そこまでされたらもう騙される方が悪い。
まぁ、このナビゲーター嬢の様子からして、そういったことはなさそうだが。
「良いことを聞いた。世話になったな」
「まっ、リミットっ」
こちらに手を伸ばすセーラを尻目に、扉を開き、向こう側に飛び込む。
いざ、エーテル・テイル・オンラインの世界へ。
思わぬところで、有益な情報を入手できた。セーラのあの反応からして、一般的に出回っている情報でない可能性も高い。
精霊に辿り着くための直接的な情報にはならなそうだが。
しかし、こうした情報を積み重ね、このゲームのシステムや設計思想を知ることで、正体に迫る足掛かりにはなるかもしれない。
我ながら、幸先の良いスタートだ。
【認証完了。キャラクター名:リミット。ワールドに没入を開始します】
【座標指定完了。ワールドへの没入処理を終了。ようこそ、エーテル・テイル・オンラインへ】
立て続けに響く、業務用AIの無機質な音声。
通信の状態も良好のようで、通信待機領域に送られることもなく、俺はゲームの世界へ足を踏み入れることになった。
最初に味わったのは、足が確かな大地を踏みしめる感覚。
少し擦ると、靴の裏に大きめの石のようなものを踏む感触が伝わる。
随分とゴツゴツとした感触の地面だ。
新しいキャラクターデータでログインした際は、占術師という特別なNPCがいるいずれかの街にログインすることになっている。
そう聞いていたんだが……地面の感触からして、まるで荒野にでも降り立ったかのように思えてくる。
そして、なにより。
「……夜、か?」
疑問が口をついて出る程に、暗い。
目の前に自身の手を翳しても、それを視認できないほどの暗闇だ。
妙だな。
街中は多くのプレイヤーがいて、更にそれ以上のNPCが活動している。
たとえ夜でも、動いている人間は多く、街の明かりが絶やされることはない。
事前調査の際に、ゲーム上のそんな風景を撮影した画像も見た覚えがある。
だというのに、この暗さは、いったいどうしたことだ。
「……っ」
嫌な予感がする。
周囲の様子をより探るべく、辺りを見回すが暗闇が続くばかり……――いや。
遥か先、まるで小さな星の光のような明かりを一つだけ、捉えた。
決して、強い輝きを放っているわけではない光。
しかし、揺らぐ様子もなく、ただただ光を発している。
人工の明かりかどうかは定かじゃないが、どの道、この暗闇の中をいつまでもじっとしているわけにはいかない。
……嫌な予感は増していき、同調するように、体が不調を訴えている。
重い体を引きずるようにして闇の中を進み、思っていた以上の時間がかかりつつも、光源の下に辿り着いた。
彼方に輝く星のようだった光は、もはやすぐ眼前にある。
ぼんやりとした光の正体は、見たままを述べれば、石だった。
光を放つ石だ。事前学習の中にあった情報を、頭の中で引っ張り出す。
名を、霊光石。ファンタジーな世界観設定の象徴とも言えるアイテムだ。
キャラクターやNPCが操る、エーテルという名の謎エネルギー。
この石は、そのエーテルを吸収し、それを糧として発光する性質を持っている。
街灯やランプなど、照明器具といえば大抵この石が使われている物になる。
俺の目の前にある石も、壁面に打ち込まれた杭から垂れ下がるガラス瓶の中に収められている。簡易照明だ。
付け加えれば、この石は、迷宮攻略の必需品の一つでもある。
モンスターの巣窟たる迷宮は、当然のように人様を迎え入れるような造りにはなっていない。
地下に広がる迷宮を探索し、切り開くとなれば、設置する明かりが必要となり、そこでこの霊光石が活躍する。
――そう。迷宮攻略の際には、こんな風に簡易照明を作って、各所に設置する。
プレイヤーはそれを道標として利用したり、時には、その場に臨時の拠点を作り上げるという。
「……くそ」
舌打ちと共に、毒づく。
薄ぼんやりとした光に照らされる周囲は、どう言いつくろっても街なんて呼べはしない。
どこぞの洞窟のような景観だが、頭痛と吐き気をもたらしてくる独特の空気から、この場を何と呼ぶかはすぐに察しが付いた。
迷宮。
モンスターを生み出し、人類の領域を犯す、怪物の巣穴。
「こ、ほ」
察しがついたところで、体が限界を迎えた。
吐き出した血が、光を放つ照明に、赤い模様を飾る。
魔力。猛毒と言い換えてもいい、迷宮に満ちているらしい、こちらも謎エネルギーだ。
対策を講じずに迷宮に踏み入れば、体は破壊され、やがて死に至る。
今の、俺のように。
だが、ログインしていきなり迷宮の中に放り出されるとは、さすがに想定外だ。
これも、精霊とやらの仕業なのか。
そんな思考が、この日の俺の、最期の記憶。




