↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン清掃員は今日も定時で帰りたい~呪いも瘴気も、だいたい落ちます~  作者: クレーンヒル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/8

第四話 新人研修は剣姫さん

翌朝。清掃課の狭い詰所に、とんでもない光景が広がっていた。

 

「本日より清掃課に配属になりました、アイリス・ローゼンハイトです。よろしくお願いします」

 

灰色の作業着。頭には三角巾。腰にはモップの代わりに、王家から賜った聖剣。

王国最強の剣姫が、清掃課の制服を着て、深々と頭を下げていた。

がしゃん、と音がした。グラム課長の湯呑みが、床で砕けた音だった。昨日の俺の予想は、見事に的中したわけだ。

 

「か、課長。湯呑み、片付けますね」

 

「……ノエル。わし、夢を見とるのかの」

 

「現実です。ギルドマスターの辞令も出てます」

 

課長は辞令を三回読み直し、天を仰ぎ、それから諦めたように俺の肩を叩いた。

 

「教育係は、お前じゃ」

 

「ですよね」

 

そういうわけで、新人研修が始まった。

場所はギルド裏手の訓練用ダンジョン、通称“練習穴”。新人冒険者が実戦の前に潜る、魔物もほとんど出ない浅い洞窟だ。床には、昨日の新人たちが流した魔物の血と、薄い瘴気の染みが点々と残っている。

 

「では、基本からいきます。この染み、どう落としますか」

 

「斬るわ」

 

「斬らないでください」

 

アイリスは真顔だった。冗談で言っていないところが、いちばん怖い。

 

「でも、昨日の骨竜も一刀で斬ったのよ。染みくらい……」

 

「床ごと割れます。修繕費は課の予算から出るので、俺の残業が増えます」

 

残業、という単語にアイリスの肩がぴくりと跳ねた。昨日の約束は、ちゃんと覚えているらしい。

俺はバケツの横にしゃがみこんで、モップを一本渡した。

 

「清掃の基本は三つです。汚れの種類を見る。時間を見る。こすらない」

 

「こすらないの? 汚れって、こすって落とすものじゃないの?」

 

「こすると、汚れが床の奥に押し込まれます。瘴気も同じです。表面だけ削っても、石の目に入り込んだ分が残って、三日後にはまた魔物が湧く。だから浮かせて、吸わせて、拭き取る」

 

アイリスは真剣な顔で頷き、モップを構えた。

剣の構えだった。

 

「あの、それ、上段の構えですよね」

 

「……つい」

 

最初の一時間で、彼女はモップの柄を二本折った。力加減が、根本的に人間離れしているのだ。

けれど、二時間目には一本も折らなくなった。三時間目には、俺が教えた“浮かせて待つ”間合いを、ほとんど完璧に掴んでいた。

剣の才能というのは、たぶん、こういうことなんだろう。相手を見て、呼吸を読んで、いちばんいい瞬間に動く。相手が魔物から汚れに変わっただけで、根っこは同じなのかもしれない。

 

「ノエル、見て。この染み、全部浮いた」

 

「……正直、驚きました。三年目の俺より筋がいいかもしれません」

 

「本当?」

 

アイリスは子どもみたいに顔を輝かせた。三角巾から、金色の髪がひと房こぼれている。

詰所に戻ると、ギルドマスターの使いが待っていた。

 

「清掃課ノエル・バーク殿、アイリス・ローゼンハイト殿。マスターがお呼びです」

 

マスターの執務室の机には、王国じゅうのダンジョンの地図が広げられていた。いくつもの迷宮に、赤い印がつけられている。

 

「各地のギルドから届いた、瘴気濃度の報告じゃ。ひと月前の三倍を超えておる迷宮が、すでに七つある」

 

マスターは、ひとつの印を指で叩いた。

 

「そして今朝、この街の灰の大迷宮・浅層五階でも、同じ異常が見つかった。ノエル君。君の目で、確かめてきてくれんか」

 

俺は地図を見つめた。赤い印は、ばらばらに散らばっているようで、どこか規則正しく並んでいた。

まるで、誰かが順番に汚して回っているみたいに。

 

「わかりました。……定時までに戻れる範囲で」

 

「もちろんじゃ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。