第十話 大司教からの招待状
勝負から三日後。清掃課の詰所は、かつてない忙しさに包まれていた。
「ノエル、また依頼書よ。今度は北の鉱山迷宮から」
「そこに積んでおいてください。……もう机が見えませんね」
“モップ一本で大聖堂に勝った清掃課”の噂は、三日で王都中に広まっていた。各地のギルドから、清掃の依頼と、見学の申し込みと、なぜか弟子入り志願の手紙が山のように届いている。
グラム課長は嬉しい悲鳴を上げながら、元職員のおばあちゃんたちを正式に再雇用する書類を書いていた。ギルドマスターが本当に王宮から予算を引っぱってきてくれたのだ。
そんな中、一通だけ、明らかに毛色の違う封書が混じっていた。
真っ白な羊皮紙。金の封蝋。押されている紋章は、翼を広げた鳩と十字――その上に、小さな金の冠。
「……大司教の印章じゃ」
グラム課長の声が、低くなった。
封を切ると、流麗な文字が並んでいた。
――ギルド清掃課、ノエル・バーク殿。
――先日の勝負、まことに見事であった。我が部下ベルトランの不始末については、大聖堂として深くお詫び申し上げる。
――ついては、貴殿の腕を見込んで、ひとつ依頼がある。大聖堂地下の聖遺物庫に、長年の汚れが溜まっている。どうか清めてはもらえまいか。
――大司教グレゴール・ヴァイスハルト
読み終えたとたん、アイリスが手紙を机に叩きつけた。
「罠に決まってるわ」
「でしょうね」
俺があっさり頷くと、アイリスは拍子抜けしたように目を瞬かせた。
そこへ、詰所の扉が叩かれた。入ってきたのは、ギルドマスターのオルトス様だった。その顔は、いつになく険しい。
「ちょうどよい。二人とも聞いてくれ。《金獅子の牙》のレオンハルトが、昨夜ようやく口を割った」
マスターは椅子に腰を下ろし、ゆっくりと話しはじめた。
四十二階の遠征の前夜。レオンハルトたちは、大聖堂の大司教から直々に“祝福の聖水”を授けられていたのだという。ボス部屋に撒けば、ボスの力を弱められる、と。
「ところが、撒いたとたんに骨竜は暴れ狂い、最後に《深淵の黒泥》を吐いた。……その聖水の正体は、濃縮した瘴気じゃった」
アイリスの顔から、血の気が引いた。
「じゃあ、あの呪いは……」
「最初から、お前さんを狙ったものだった可能性が高い。そして呪いを受けたあと、大司教の使いがこう伝えたそうじゃ。“あれは大聖堂でも解けぬ。置いていけ”とな」
詰所が、しんと静まり返った。
アイリスは、膝の上で拳を握りしめていた。その指が、白くなるほど強く。
「……私、ひと月前から、王宮の頼みで迷宮の瘴気の異常を調べてたの。各地の報告書を集めて、大聖堂の浄化記録と照らし合わせて。数字が、合わなかった。浄化した量より、ずっと多い瘴気が、どこかに消えてた」
「それに気づかれたから、消されかけた、と」
俺が言うと、アイリスは小さく頷いた。
俺は、もう一度手紙を見下ろした。
大聖堂地下の聖遺物庫。長年の汚れ。どうか清めてはもらえまいか。
「行きます」
「ノエル!?」
「罠なのはわかってます。でも、汚れの根っこが大聖堂の地下にあるなら、そこを掃除しない限り、迷宮はまた汚される。表面だけ拭いても、三日後には元通りです」
アイリスはしばらく俺を睨んでいたが、やがて大きく息をついて、聖剣を腰に差し直した。
「わかったわ。でも、私も行く。今度は置いていかれる側じゃなくて、斬る側としてね」
グラム課長が、引き出しの奥から古びた鉄の鍵を取り出して、俺の手に握らせた。
「三十年前、大氾濫のときに一度だけ使った、王都の地下水路の合鍵じゃ。大聖堂の地下は、水路で迷宮とつながっとる。……何かあったら、水の流れを思い出せ、ノエル」
「瘴気は、水と同じ、ですね」
課長は、黙って頷いた。




