15-48 集結する人類最高戦力
真王たちによる世界規模の通信妨害によって、アークの各都市を繋ぐ転移門は、遠距離転移ができない状況になっていた。しかし設計者であるアデルの手にかかれば、妨害を無効化して、首都ローベリアの首都転移門を使用可能にすることは容易だった。
その転移門を使って、世界中から大勢の戦士たちが、決戦の地へ集結してくる。
士気高揚の効果を狙ってのことだろう。エルガー・フォン・エレンディアのはからいによって、エレンディア城へ続くメインストリートでは、遠方から来訪してきた者たちが、大々的な軍事パレードを行っていた。
勇ましく行進する戦士たちと、通りに出て、それを応援する市民たち。その様子はマスメディアによって、アーク全土へ放映されている。それを見れば、さらなる勇士たちが集まってくるだろう。人類と真王との最終決戦に向け、最後の砦となるローベリアは、まさに兵士や武器の配備を着実に進めているところだ。
「明後日にでも人類が滅びるかもしれねえってのに、呑気にパレードとはな。やれやれ、人間たちは緊張感ってのに欠けるぜ」
パレードのルート上にある凱旋門。
その見張り台から行進を見下ろし、獣人のジェイドは皮肉っぽく言った。
手すりに寄りかかり、頬杖をついている。
その隣りで苦笑いを浮かべているのは、機人のリーゼである。
「それでも、戦意高揚は重要なことだしね。負ける、負けるって思い込みながら戦うよりも。勝てるかもしれない。生き残れるかもしれないって思いながら、多くの人たちが戦わないと。きっと勝てる戦も勝てないよ」
「別に否定しちゃいねえさ。それよか”英傑枠”ってので集まってきた連中、本当に使えるのか?」
少なからず疑念を感じているのは、リーゼも同じだった。
神妙な顔つきで応える。
「英傑……たった1人で戦局を変えることができると言われる、飛び抜けた戦闘能力を誇る戦士。設計者に対抗できる、ケイや剣聖たちと同格の戦闘能力を持っている人たちだって話だね。来てくれた人たちの名前は、どれも聞いたことがある有名人たちだけど……どうかな。少なくとも、私たちよりは強いはずだと思うから、マイナスではないと思うけど」
「俺たちよりゃ役に立つってことかよ。言ってて、なんかムカつくな」
「あはは。まあまあ」
ジェイドは嘆息混じりで続けた。
「敵側の強者は、真王と残りの設計者たちを足しただけでも、最低10人いやがる。なのに今の人類軍で、このバケモノどもに対抗できそうなのは……アマミヤ。アルテミア。剣聖。勇者。魔帝の5人くらいだ。その戦力差を埋めるために、アーク全土に声がけして、英傑とやらを呼び込んでる。何人か集まりはしたが、アマミヤくらいに強いなんてのは、このアーク広しと言っても、そうそういねえだろ。期待できるもんなのかね」
「噂をすれば、ちらほら顔が見えてきたね」
リーゼが指差す先。
パレードの列の向こうに、複数のオープンカーが、ゆっくりと走っているのが見える。
いずれの車両の後部座席にも、ただならぬ雰囲気の者たちが座っていた。
最初に見えたのは、目つきの鋭い、不穏な雰囲気の大男だ。
黒髪の、濃い髭面。毛皮の鎧を身に纏った、山賊の頭目といった貫禄だ。
毛深い両腕を組み、血走った眼差しで周囲を睨んでいる。
愛想も何もない、人間でありながら、まるで獣人のような雄々しさだ。
「専門家協会で、名誉怪物狩りの称号を持つSランク会員。ターバイン・カーグラス。通称、豪腕」
「豪腕?」
「刃物も銃器も使わない。素手だけを武器にした戦闘スタイル。徒手空拳だけで、異常存在と渡り合えるらしいよ。高名な武闘家で、身1つで数え切れない怪物を退治してきたとか。過去に勇者クリスが、異常繁殖した異常存在の大群を片付けた事件が有名だけど、あの人はもっと昔から、もっと多くの事件を、たった1人で解決してきたらしいの。いくつもの異常存在の大群を片付けてきた実績がある」
「なんだか、話だけ聞いてると、勇者の野郎よりも強そうな武勲じゃねえか?」
「どうかな。勇者クリスは新人。あっちはベテラン。そういうキャリアの差はあると思うけど、実力の差は、まだちょっとわからないね」
「まあ、悪くはなさそうじゃねえか。お、また新顔だな。あっちの連中はどうなんだ?」
豪腕ターバインが、ふてぶてしく座っている車両の後方。
後続のオープンカーに乗っている2人組について、ジェイドは、リーゼへ尋ねた。
1人は男。もう1人は女。
いずれもロゴス聖団の教服を着ている。
修道士。修道女であろうことは、見てとれた。
男の方は、異様な姿だ。聖団服から露出した肌は全て、包帯で覆われている。司祭がかぶる筒状の帽子によって頭髪も隠れ、顔にはガスマスクをかぶっていた。骨格や体型から男だとわかるだけで、特徴も何も、見てわからない。まるでミイラ男のような格好だ。
女の方も、異様な雰囲気だ。長い金髪をアップでまとめており、ルージュをひいた唇に、小さな笑みを作っている。モデル顔、グラマラスなモデル体型。スリットスカートをはいて、足を組んでいるため、妖美な脚線美が覗いている。聖職者とは思えない、露出の多い装いをしている。
「……あの2人は、たぶん、かなりの危険人物だよ」
「たぶん危険人物?」
険しい表情をするリーゼは、冷や汗を浮かべて続ける。
「昔から、話だけは聞いていたけれど、実在している証拠は何もなかった。ロゴス聖団の最高権威である七星。その直下で、秘密作戦を執り行う、狂信的な特殊部隊がいるって噂。聖団に所属する魔術の使い手は、聖人と呼ばれているけれど。その中でも選りすぐりの最高戦力は、公式には存在しない”執行官”と呼ばれていて、その人たちだけを集めて、聖団の暗部を担っているって話。その部隊名は通称――――“第13番司書室”。この人類の窮地を見て、聖団があの2人を、そこから派遣してきたらしいよ」
「へっ。聖団の暗部を担っているってのは、ずいぶんと血なまぐせえ話じゃねえか。あそこは帝国社会で中立を宣言して、どこの企業国にも与さないなんて、調子の良いことをほざいていやがったが、それを実現するためには、相応の”暴力”があったはずだろうからなあ」
「アルテミアが率いるベルセリア帝国に対して、ロゴス聖団は追い込まれていたけれど……。もしもケイが戦争を止めていなかったら、今頃は表舞台の戦場に出て、アルテミアと戦っていたかもしれないね」
「どんだけ強くても、アルテミアみてえな企業国王が相手じゃ、無敵バリアに阻まれて勝ち目なんざなかっただろうよ。それさえなけりゃ、勝負になるかもしれねえ実力者ってか? 先のラーグリフ戦みたいに、アデルが敵軍のバリアを無力化してくれるってんなら、設計者にも対抗できるかもな。剣聖が、敵将を1匹、ぶっ殺したみてえに」
「きっと聖団も、そう考えての派遣なんだろうね。人類文明の存続を賭けた戦いに送り込んできてるんだから、それに相応しい実力を持っているんだと思う。おそらく、ナンバー1と、ナンバー2だね」
「見た目からは、そんな風には見えねえけどな。どっちがナンバー1なんだか」
リーゼは、さらなる後続車両を指差して言った。
「あの人も、戦力として期待できそうな経歴だよ」
今度はリーゼから促されて、ジェイドは視線を転じる。
さらなる後続車に、ただならぬ雰囲気の男が座っている。
黒いスーツを着た、白髪の老人。鞘に収まった日本刀を、大事そうに抱きかかえており、俯き加減で座席に深く腰掛けている。しわを刻んだ手足はか細く、今にも折れてしまいそうだ。見るからに脆い存在だというのに、そこから放たれるのは強者の気配だ。
「……なんだ、あの爺さんは。今にも寿命がきちまいそうなアレが、英傑だってのか?」
「アークで有名な剣術流派といえば、剣聖サイラス・シュバルツが起こしたシュバルツ流。アレって、各地の流派を、剣聖が打ち倒して吸収していくことで生まれた大流派なんだけど。過去に剣聖と引き分けて、吸収されなかった田舎流派があるんだよ。それが神宮一刀流。あのお爺さんは、その師範、神宮ミカド。道場破りにきた剣聖を、撃退したことのある剣術家らしいの」
「ほお。あのバケモノ同然の剣聖野郎を追い払ったってか。まあ、俺だってそれくらいのことはやったことあるけどな」
「変に対抗しないの。それは、ケイやジェシカ、私たちが協力しての辛勝だったでしょ? あのお爺さんは、たった1人で。しかも本気になった剣聖を相手に撃退したんだから、ただものじゃないよ」
「あんな、風でも吹いたら飛びそうな、棒っきれみたいな爺さんが、剣聖と互角にやり合えるなんざ、信じられねえなあ。お手並み拝見ってところか」
他にも何人かの強者たちが、パレード車に乗って通過するのを見送る。
リーゼとジェイドは、互いに苦々しい表情の顔を向けた。
「……さてと。さっきの4人を含めて、これで人類側の英傑は9人。真王側の設計者も9人だから、1対1ができるくらいには、戦力拡充ができたってことか?」
「さっきの人たちには及ばなくても、それに近しい実力者も、そこそこ集まってきているから。意外とこっちの英傑の方が、敵将よりも多いかも。数では負けても、単体戦力だけなら、人類軍の方が有利……かな?」
「なら、勝算ありって考えても良いと思うか?」
「……」
「……」
その問いに応えられず、両者は黙り込んでしまう。
いかに強い者たちが集まったところで、いまだ勝利の確証を持てなかったからだ。
目の当たりにしているからだ――――設計者が、あまりにも強すぎるという事実に。
先のラーグリフ戦でも、アルテミアと剣聖は瀕死の重傷を負っている。ケイとて、楽勝の戦いではなかった。それだけギリギリの戦いを繰り広げても、設計者マティアは確かに言っていたではないか。あの時、あの場に来ていた2人の設計者は「戦いに不慣れ」なメンバーだったのだと。ならば、戦いに慣れている他の設計者が攻めてきたのなら……果たしてラーグリフの時のように、上手く戦い抜くことができるのだろうか。
「――――このままでは、人類軍は敗北するであろうな」
「?!」 「!!」
いきなり背後から話しかけられて、ジェイドとリーゼは驚いた。
振り返れば、そこには久しく見る顔が2つあった。
「アトラス?! それに、ハンナ!」
男の方は銀長髪。青い瞳で、垂れ目。銀縁のメガネをかけている。
いつかのアデルのように、妙にムッツリした態度の機人族だ。
女性の方も、機人だ。リーゼはよく見た、エプロンドレス姿である。
「へへ。やっぱり生きてやがったんだな。若作りの機人じいさん」
「お久しぶりでございます、リーゼ様」
「ハンナも無事だったんだね! また会えてうれしいよ!」
「フム。ジェイド殿も、リーゼ殿も、息災であってなによりだ」
咳払いをして、ジェイドは改めてアトラスに尋ねた。
「そんで? 再会して早々に、聞き捨てならねえ台詞を吐くじゃねえかよ。縁起でもねえ。戦争が始まる前から、人類軍が敗北するだなんて、確証でもあるってのかよ」
腕組みをして問い詰めるようなジェイドに対して、アトラスは変わらぬマイペースで応える。
「今回の戦いは、アルトローゼ王国が誕生する前に、エヴァノフ企業国で起きた、政権転覆の戦いに状況が似ている。ジェイド殿とリーゼ殿は、あの戦いに参加していのだ。ならば言葉にできずとも、感覚的にはわかっていることではないか? 上手く事を成せた、あの時の戦いにはあって、これからの戦いにおいては欠けているものがあると」
リーゼは、苦々しい口調で応えた。
「……ケイとアデルと一緒に、企業国王を暗殺へ行った時。あの戦いは決して楽勝なんかではなくて、勝利するまでには、結構な時間が必要だった。その時間を稼いでくれたのが、ジェイドたち。エヴァノフ騎士団を引きつけて戦ってくれた、反乱軍のおかげでもあった。誰1人欠けても成立しない勝利。それが、あのクーデターだったと思う」
「その通りだ」
アトラスは肯定する。
「英傑と言ったか。いかに強力な将を増やしたところで、その戦場の”足場”が脆ければ、容易く総崩れとなるだろう。敵軍10億に対して、人類軍は、あまりにも脆弱だ。将同士が戦っている間に、他の者たちが戦線を維持できず、押し込まれて敗北するだろう。強者が何人かいれば良いのではない。軍にもまた、大河にぶつかっても、一撃で砕かれぬ強さがなければならないのだ。それこそ、英傑たちが敵将を全て片付けるまでの間、時間を稼げる強さがな」
「……」
図星を突かれ、ジェイドとリーゼは神妙な顔つきで黙り込む。
だがすぐに気を取り直し、ジェイドはため息を漏らしながら頭を掻いた。
「……わーってるんだよ、そんなことは。なにせ、最近までいがみあって殺し合っていた、各国騎士団を無理矢理にまとめあげた、即席の軍隊だ。頭数はいても連携は難しい間柄だし、だからといって仲良しこよしの和解をしてる暇もねえ。偉そうに講釈を垂れてくれるけどよ。なら、どうすりゃ良いってんだよ、アトラス。何か策でもあるってのか」
「策はある」
「……?!」
「策というよりは、願いだな」
「……なに? それってどういうことなの、アトラス?」
アトラスは腕組みをして、珍しく険しい表情をする。
「……当初は、雨宮殿とアデルに伝えようと思っていたことだが、どうやら2人は、この戦いの要となっている。目の前のことに集中してもらうためにも、余計な雑念が生じぬよう、側近の2人に伝えようと考えたのだ」
「おいおい。じゃあ、余計な雑念が生じるようなことを、今から俺たちに伝えようってのか」
「む。つまり、そうなるな。そもそも、よく考えれば、お2人こそが適任だったとも言える」
悪びれもせず、アトラスは2人を交互に見て、真顔で告げる。
「お2人に提案だ――――この戦場から今すぐ逃げ出してもらえぬだろうか」
老練の機人は、予想だにしない退避提案をもたらした。




