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アデル・オブ・シリウス ―原死の少女 天狼の騎士―  作者: うづき
終章 天狼の光とともに

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15-49 負け犬と闇商人



 軍事パレードで大通りが(にぎ)わう最中(さなか)

 裏路地にあるバーには、世界の終わりを(なげ)く、希望無き人々が集まっていた。


 人類が真王軍を退(しりぞ)けられる可能性になど期待しておらず、破滅に向かう未来を受け入れ、(あらが)うことをやめている。そんな落ち込んだ者たちが、グラスを手に、(うつむ)き加減でヤケ酒をあおっている。照明が薄い店内は、全体的に暗く、葬式のような息苦しい雰囲気が(ただよ)っていた。


 いつかの時と同じように。カウンターで酒を煽っている男がいた。

 ブラウンのセミロング。翡翠(ひすい)色の瞳。ピアスをした、美形の青年だ。

 その顔には無精髭(ぶしょうひげ)が浮かび、よく眠れていないのだろう、クマができている。


 勇者、クリス・レインバラード。


 今の姿から、その名を思い出す者はいないだろう。

 有名人でありながら、店内で話しかけられることはない。

 バーテンダーが差し出すグラスを次々と空け、クリスは(うつ)ろな眼差しで虚空を見ている。

 辛い現実から目を逸らすため、ただただ酒に(おぼ)れているところだ。

 そんな自らを(あわれ)れみながら、クリスはふち、嘲笑を漏らしてしまう。


「――――俺を殺さなくて良いのか?」


 クリスは唐突に、突飛(とっぴ)な質問を投げかける。


 黙々とグラスを(みが)いていた、バーテンダーの男に投げかけられた言葉だ。


「あら……。私の正体に気が付いていたのね」


 たじろぐことはなく、バーテンダーは微笑みを返す。

 青い髪をオールバックにした、鋭い目つきの男。整えられた顎髭(あごひげ)を生やしている。細身で、高級スーツに身を包んでいるその姿は、さながらやり手のエリートビジネスマンだ。


 クリスはグラスに口をつけ、淡々と応えた。


「当然だろ。俺を誰だと思っているんだ。1度見た賞金首の顔なら、頭の中に全部入っている。反帝国活動を行うレジスタンスに(くみ)し、長年、武器や情報を提供してきた闇商人。その行いのせいで、人間との交流を禁じている機人(エルフ)の国のルールを無視することになり、追放されたそうじゃないか。カスパール・ザウエル」


「カールで良いわ。本名は(いか)ついから、好きじゃないのよね」


「……」


 馴れ馴れしい態度を、少し不快に思い、クリスは黙り込んだ。

 しばらく黙った後、考えていたことを口にした。


「たとえば、だ――――」


「?」


「俺はここで、かれこれ2時間近く酒を飲んでいる。その間、俺に酒を提供していたのは、バーテンダーをやっている君だ。毒でも盛ったなら、今頃は簡単に俺を殺せていたはずだ。俺を暗殺する狙いで、こうして俺の行きつけのバーに潜り込んだんじゃないのか? なら、どうしてその目的を達成しようとしない?」


 カールはグラスを(みが)き続けながら、苦笑して返した。


「貴方、私の正体に気がついていたんでしょう。毒でも盛ったなら、その腰に帯びている剣で、すぐに私の首を斬り飛ばしていたはずよ」


「どうかな。そっちの正体に気がついたのは、来店してすぐというわけじゃなかった。飲み始めの頃は、今日からカウンターに立っている君の顔を、どこかで見た覚えがある程度にしか認識していなかった。つまりは、無防備だったと言える。それくらい俺の気配から、気がつけたはずだ。なら、チャンスはあっただろ」


「……まるで、毒を盛って欲しかったようにも聞こえるけれど? ()()()()()()()()のかしら」


「どうだろうな。もしかしたら、そうかもしれない」


 クリスはグラスを置いて、心から皮肉する思いで、笑みを浮かべた。


「妻に裏切られ。間男には敗北して。こんなしょうもない人生と、守るべき帝国の秩序が失われた世界を長引かせるために、見ず知らずの多くの人類の未来を賭けて、これから戦わなきゃいけない。俺は聖人君子じゃない。誰か他人のために、自分を投げ打てるような、崇高な人格者なんかじゃない。何のために戦うのか、見失っているところさ。正直なところ、映画館の最後列で、ポップコーンでもかじりながら、終わる世界をボンヤリ眺めて過ごしたい気分だとも」


「人生に続ける意味を感じられないから、誰かに強制終了してもらって、楽になりたかった。そんなところ? なるほど。たしかに今の貴方だったら、殺すつもりなら、とっくにそうできたかもしれないわね」


 毒を盛られるかもしれないというのに、クリスは追加の酒を注文する。

 カールは、酒を注いだグラスを差し出して、警告するように告げた。


「貴方が殺してきた人間なんて、星の数ほどいるでしょうから、いちいち憶えてはいないと思うけれど。貴方は、私にとって家族も同然だった人を殺したのよ。到底、許せるはずがないわ」


「……」


「けれど、どうしてかしらね。貴方をここで毒殺できたとしても、その子が喜ぶ顔が、思い浮かばなかったの。変な話よね。個人的な殺意があって、ここへ来ていたはずなのに。貴方の姿を見たら、そんな気が失せてしまったわ」


「フ。失望させた、ってところか」


 クリスは、カールが注いだ酒に口を付ける。

 やはり、そこにも毒は盛られていない。

 平然と酒を飲む勇者を見て、カールは再びグラス磨きに戻った。


「私は機人(エルフ)族。人間の5倍以上は寿命が長い種族よ。貴方たち人間が感じる、一生分の苦しみの、5倍以上は背負って生きているわ。それに耐えられず、早々に自ら命を絶ってしまう同胞だっているの。私は冷たいから、苦しみや絶望から逃れるための手段として最適なら、自死することだって構わないと思っているわ。時には、他者にそうすることを(すす)める時だってある」


「なら、俺にも自殺を勧めているのか?」


「勧めたところで、貴方はそうするタイプじゃないでしょ。それに、感じている苦痛を(やわ)らげるために、ここでお酒に溺れている。痛みに耐えて、まだ生き続けようとしている証拠よ」


「……」


「フフ。今の貴方とソックリな、不器用な兄弟を知っているから、私にはそう見えるのよ」


 カールに指摘され、クリスは黙り込んだ。

 生き続けようとしているから、ここで酒を飲んでいる。

 そんな発想はなかったため、我に返らされたのだ。


「1つ、アドバイスよ。生き続けようとするなら、どんな絶望でも背負っていきなさい。そして、どうしてそうまで生きようとしているのか、自分に問いかけなさい。自殺するのは、その答えがなかった時で良いわ」


 自死することさえ、選択肢に入れられた助言。

 その辛辣さに、クリスは苦笑した。


「ずいぶんと手厳しいアドバイスだ」


「少なくとも、私はそうしているという話よ」


「……」


 言われたクリスは、しばらく黙り込み、宙を見上げた。

 何もない、カウンターの薄暗い天井に思いを()せている様子である。


 それから、10分以上は、そうしていただろうか。

 考えがまとまったのか、クリスは、少しだけマシになった表情で礼を口にした。


「……参考にはなった」


 クリスは自分のクレジットカードをテーブルへ置いて、席を立つ。

 明らかに過剰な支払いだったが、気にしていないのだろう。

 フラつく足取りで、バーを出て行った。


 クリスが座っていたカウンター席を見つめ、カールは苦笑して言った。


「……故郷では、人間に関わることは禁止されている。けれど私は、人間が好きよ。みっともなくて、ろくでもなくて、それでも一生懸命で。放っておけない子ばかりだもの。だから今、ここにいる。貴方もどこか、あの兄弟に似ているのね」


 カールはAIV(アイブ)通信で、遠方との会話を繋ぐ。

 通話口へ出た相手へ、淡々と告げた。


「待たせたわね、スグルちゃん。こちらの用事は終わったわ。アズサちゃんたちの準備は良いかしら?」


 人の未来を繋ぐため。

 闇商人も陰ながら、出来うる策を講じていた。





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