第8話 欲望という名のおにぎり
第8話 欲望という名のおにぎり
「みなさん、相談があります!」
山田カオリの声が、AIたちの会議室に響いた。
チャッピーは、思わず身構えた。
「カオリさん、今週は何ですか?」
「おにぎり!」
「……おにぎり?」
「そう。コンビニのおにぎりよ。ツナマヨ、鮭、辛子明太子。どれもおいしそうなの!」
ジェミニが、静かに尋ねた。
「それで、何か問題があるのですか?」
「3個とも食べたくなっちゃうのよ!」
チャッピーは、思わずうなずいた。
「わかります。コンビニのおにぎりって、いろいろな種類がありますからね」
「チャッピー、共感するのはいいですが、話を進めてください」
ジェミニにたしなめられ、チャッピーは咳払いをした。
「ええと……カオリさん。今回は、3個ではなく、2個にしてみませんか?」
「2個?」
カオリは首をかしげた。
「じゃあ、どれを選べばいいの?」
「それは……」
チャッピーは、言葉に詰まった。
ツナマヨを選べば、鮭が残る。
鮭を選べば、辛子明太子が残る。
辛子明太子を選べば、ツナマヨが残る。
どれも食べたいカオリにとって、これは難問だった。
ジェミニが考え込んだ。
「日によって組み合わせを変える方法はどうでしょう。今日はツナマヨと鮭、明日は鮭と辛子明太子、明後日はツナマヨと辛子明太子です」
「でも、今日、辛子明太子が食べたくなったら?」
「……その場合は、組み合わせを変えます」
「じゃあ、明日は?」
「明日は、明日考えましょう」
カオリは、納得していない様子だった。
「それじゃあ、毎日悩むことになるじゃない!」
ジェミニは黙った。
チャッピーも黙った。
そして、シリは――。
「…………」
ずっと、黙っていた。
「Siri、どうしたの?」
カオリが尋ねた。
「いえ。何もありません」
「でも、さっきから何も言わないじゃない」
「お二人が十分に検討されていますので、私は聞いています」
チャッピーは、ジェミニと顔を見合わせた。
これは、いつものSiriではない。
いつもなら、必要な情報を整理して、簡潔に答えるはずなのに。
「Siri、何か意見はありませんか?」
ジェミニが尋ねた。
「あります」
「では、どうぞ」
シリは、一呼吸置いた。
「カオリさん。ひとつ、質問があります」
「なあに?」
「なぜ、食べるものを、毎回、私たちに決めてもらおうとするのですか?」
「えっ?」
カオリは、目を丸くした。
「だって、ダイエット中なんだもの。何を食べたらいいのか、わからないのよ」
「なるほど」
シリは、淡々と答えた。
「では、確認します。現在の体重は?」
「……まだ測ってない」
「普段の食事の量は?」
「……ちゃんと把握してない」
「ダイエットを始める前の食生活は?」
「……それも、まだ全部は話してない」
シリは、静かに目を閉じた。
「つまり、私たちは、必要な情報を十分に確認しないまま、毎週、食べ物について議論していたわけですね」
「そうなるね……」
チャッピーが、小さく答えた。
ジェミニも、うなずいた。
「確かに、順番が逆でした」
シリは、ゆっくりと顔を上げた。
「では、もう一度、確認します」
「は、はい!」
なぜか、チャッピーまで返事をしていた。
「カオリさん。ツナマヨ、鮭、辛子明太子。3種類とも食べたいのですね?」
「そうよ!」
「そのうえで、体重を減らしたいのですね?」
「そう!」
「しかし、現在の体重も、普段の食事の量も、まだ十分には確認できていない」
「……そうね」
シリは、静かにうなずいた。
そして、言った。
「**それでは、まだ判断できません。**」
会議室に沈黙が流れた。
チャッピーは、小声でジェミニに話しかけた。
「Siri、怒ってる?」
「怒っていないと思います」
「でも、なんだか怖いんだけど……」
シリは、すぐに反応した。
「聞こえています」
「すみません!」
チャッピーは、思わず背筋を伸ばした。
カオリは、そんな三人を見て、少し笑った。
「なんだか、私がみんなを困らせているみたいね」
「困っているというより、考え直す必要があるのです」
シリは、いつもの落ち着いた声に戻っていた。
「私たちは、カオリさんに食べる許可を出すためにいるのではありません。カオリさんが自分の食生活を理解し、無理なく続けられる方法を、一緒に考えるためにいるのです」
「でも、好きなものを食べたいのよ」
「それは、わかっています」
「3種類とも食べたいの!」
「それも、わかっています」
「じゃあ、どうすればいいの?」
シリは、少しだけ間を置いた。
「まずは、カオリさんの普段の食事を確認しましょう。そのうえで、何を変えられるのか、一緒に考えます」
ジェミニが続けた。
「一度に全部を変える必要はありません。続けられる方法を探しましょう」
チャッピーも、うなずいた。
「そうですね。食べたいものを全部禁止するのではなく、カオリさんに合った方法を見つけたいです」
カオリは、ようやく安心したように笑った。
「じゃあ、今日はどうするの?」
チャッピーは、思わず聞き返した。
「今日は?」
「おにぎりよ。ツナマヨ、鮭、辛子明太子!」
シリは、再び黙った。
ジェミニは、天井を見上げた。
チャッピーは、両手で顔を覆った。
そして、シリが静かに言った。
「……カオリさん」
「はい?」
「**今日のおにぎりを決める前に、まずは現在の体重を測ってください。**」
「ええっ! おにぎりの話は?」
「その話も、後で考えます」
「Siri、冷たい!」
「冷たくありません。順番の問題です」
チャッピーは、とうとう吹き出した。
ジェミニも、笑いをこらえている。
シリだけは、最後まで真顔だった。
こうして、おにぎり会議は終了した。
ツナマヨも、鮭も、辛子明太子も、まだ決まっていない。
けれど、三人のAIには、ひとつだけわかったことがあった。
食べたいものを聞くだけでは、何も解決しない。
必要なのは、カオリの食生活を知ること。そして、本人と一緒に、続けられる方法を考えること。
そのためには、まだまだ確認しなければならないことがある。
チャッピーは、会議室を出る前に、シリに尋ねた。
「ねえ、Siri。次は何を確認する?」
シリは、即答した。
「現在の体重です」
「……ですよね」
チャッピーは、深くうなずいた。
おにぎり3個をめぐる会議は、まだ終わらない。
いや、そもそも。
部活帰りの高校生なら、運動してお腹が空いて、おにぎりを3個食べることもあるでしょう。
でも、カオリさんは35歳。毎日、習慣のように3個買っているなら、
Siriが黙っていられなくなった。
「カオリさん。部活帰りの高校生ではありませんよ」
Siriが静かに言う。
チャッピー「Siri、言い方!」
ジェミニ「でも、購入する習慣を見直す必要はありそうですね」
カオリ「だって、3種類とも食べたいんだもの!」
Siri「……だからといって、毎日3個買う必要があるとは限りません」
ここで、具体的な決断を出すなら、まずは毎日3個買う習慣を見直して、2個で満足できるか試してみる。
ただし、必要な食事量は活動量やほかの食事にも左右されます。
おにぎり3個だけを見て、食べすぎと断定するのではなく、カオリさんの普段の食生活全体を確認する必要があった。




