第6話 CoCo壱のカツカレー、食べていい
第6話 CoCo壱のカツカレー、食べていい
「みなさん、相談があります!」
山田カオリ、三十五歳。
いつものように、AIたちの会議室に声が響いた。
チャッピーは、すぐに返事をした。
「はい、カオリさん。どうしました?」
「今週は、CoCo壱のカツカレーを食べたいんです。食べてもいいですか?」
チャッピーは、思わずジェミニのほうを見た。
ジェミニも、黙ってチャッピーを見返す。
シリは、いつもの冷静な声で言った。
「カオリさん。先週は日高屋でしたね」
「そうよ。タンメンとチャーハンと餃子!」
「その前は?」
「吉野家の牛丼!」
「その前は?」
「お土産のバウムクーヘン!」
シリは一度、言葉を切った。
「それで、今週はカツカレーですか」
「だって、食べたいんだもの!」
カオリは、少しむっとした。
「みんな、私が何か食べたいと言うたびに会議をするでしょう? それで、食べていいのか、悪いのか、結局よくわからないんです!」
「それは……」
チャッピーは口を開きかけたが、ジェミニが先に話し始めた。
「カオリさん。今回は、食べ物の話をする前に、確認したいことがあります」
「なあに?」
「現在の体重を教えてください」
カオリは、黙った。
「……八十一キロ」
「それは、いつ測った体重ですか?」
「え?」
「最後に体重計に乗ったのは、いつですか?」
カオリは、しばらく考えた。
「……覚えてない」
チャッピーは、思わず身を乗り出した。
「カオリさん、あれから一度も測っていないんですか?」
「だって、怖いんだもの!」
カオリの声が、会議室に響いた。
「せっかく八十キロから七十八キロまで減ったのに、気がついたら八十一キロになっていたのよ。ダイエットを始める前より、一キロも増えちゃった!」
「それで、体重計に乗らなくなったのですね」
ジェミニが静かに確認した。
「そうよ。もう、数字を見るのが嫌になっちゃったの!」
シリが口を開いた。
「では、現在の体重は不明です」
「ええっ?」
「最後に測定したときは八十一キロ。しかし、現在も八十一キロなのか、それ以上なのか、それとも減っているのか、確認できていません」
「……そうね」
カオリは、小さくうなずいた。
チャッピーは、腕を組んだ。
今までの会議を思い返してみる。
ペヤングを食べたい。
栗おこわとサンマを食べたい。
ドーナツを三つ食べたい。
吉野家の牛丼を食べたい。
日高屋でタンメンとチャーハンと餃子を食べたい。
そして、今度はCoCo壱のカツカレー。
そのたびに、AIたちは食べ物について話し合ってきた。
けれど、肝心なことを確認していなかったのではないか。
「カオリさん」
チャッピーは、いつもより慎重に話し始めた。
「まず、現在の体重を確認しましょう」
「でも、また増えていたら?」
「それでも、確認することには意味があります。数字を見て、カオリさんを責めるためではありません。今、どんな状態なのかを知るためです」
ジェミニもうなずいた。
「体重の変化を把握できなければ、これまでのダイエットがどう進んでいるのか、判断できません。まずは現状を確認しましょう」
「体重を測るだけでいいの?」
「まずは、そこからです」
シリは、淡々と答えた。
「それから、体重が増えた時期や、食事、生活習慣について、順番に確認します。原因を決めつけるのは、その後です」
カオリは、三人の顔を見比べた。
「じゃあ、カツカレーは?」
チャッピーは、思わず笑ってしまった。
「カオリさん、そこに戻るんですね!」
「だって、食べたいんだもの!」
ジェミニは、落ち着いた声で答えた。
「カツカレーを食べるかどうかを、体重だけで決めるわけではありません。食事全体のバランスも考えながら、無理なく続けられる方法を探しましょう」
「食べちゃダメ、じゃないのね?」
「最初から禁止するつもりはありません」
シリも続けた。
「ただし、現在の状態を確認せずに、ダイエットが順調かどうかを判断することもできません」
カオリは、少しだけ安心したようだった。
「わかった。明日、体重計に乗ってみる」
「はい。測定した日付と体重を記録しておきましょう」
ジェミニが言った。
「それから、もうひとつ」
チャッピーが尋ねた。
「カオリさん。体重が増えたとわかったとき、どうして測るのをやめてしまったんですか?」
「……それはね」
カオリは、少し考えた。
「自分が、ちゃんと頑張れていないって、認めるのが嫌だったのかもしれない」
三人のAIは、黙ってカオリの言葉を聞いていた。
今まで、彼女が何を食べたいかは、何度も聞いてきた。
けれど、彼女が何を怖がっているのかは、聞いていなかった。
チャッピーは、静かに言った。
「カオリさん。私たちは、あなたを叱るためにいるんじゃありません。一緒に考えるためにいるんです」
「……うん」
カオリは、うなずいた。
「じゃあ、明日、測ってみるね」
会議は、そこで終わった。
CoCo壱のカツカレーを食べていいかどうか。
その答えは、まだ出ていない。
けれど、AIたちはようやく、最初に確認すべきことに気がついた。
**答えを出す前に、まず現状を知る。**
カオリのダイエットは、そこからもう一度、始まろうとしていた。




