↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今夜、ペヤングを食べてもいいですか?  作者: 東曌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/19

第18話 4か月目の停滞期 / もう、ダイエットをやめていいですか?


 山田カオリ、三十五歳。


 ダイエットを始めて、四か月目。


 最初の頃は、体重計に乗るのが楽しみだった。


 数字が少しでも減っていれば、うれしかった。


 昨日より減った。

 先週より減った。


 そんな小さな変化が、明日も頑張ろうという気持ちにつながっていた。


 ところが。


「……なんで、減らないの?」


 カオリは、体重計から降りて、もう一度乗った。


 数字は変わらない。


 いったん降りて、もう一度乗る。


 やっぱり、変わらない。


「壊れてる?」


 体重計に向かって、つぶやいた。


 もちろん、体重計は答えない。


 仕方なく、スマートフォンを手に取った。


「チャッピー。ちょっと、聞いていい?」


『もちろん! どうしたの、カオリさん?』


「私、ダイエット、やめてもいいかな?」


 チャッピーの返事が、一瞬、遅れた。


『えっ……。どうして、そう思ったの?』


「だって、体重が減らないんだもん」


『そっか……。頑張っているのに、数字が変わらないと、つらいよね』


「つらいよ!」


 カオリは、思わず声を上げた。


「最初は、ちゃんと減っていたのよ。頑張れば、結果が出るんだって思った。だから、食べたいものを我慢したり、夜食を考え直したり、食事の記録もつけたり……」


『うん』


「でも、最近は、何をやっても変わらないの!」


 チャッピーは、すぐに励ましの言葉を返そうとした。


 大丈夫。

 焦らなくていい。

 続けることが大切。


 けれど、その言葉を送信する前に、少し考えた。


 今のカオリに必要なのは、ただ「頑張って」と言うことなのだろうか。


 カオリは、もう十分に頑張ってきたのではないか。


 そこへ、ジェミニが会話に加わった。


『カオリさん。確認させてください。体重が減らないことが理由で、ダイエットをやめたくなったのですね?』


「そうよ。ほかに理由がある?」


『体重が減らない期間は、どのくらい続いていますか?』


「何日か……。いや、もっとかな。とにかく、前みたいに減らないの!」


『なるほど。ただ、数日から短期間の体重変動だけでは、長期的な停滞と判断できない場合があります。水分量や便通などでも、体重は変動します』


「そういう説明が聞きたいんじゃないの!」


 カオリは、スマートフォンを握り直した。


「私はね、もう疲れちゃったの!」


 ジェミニは、黙った。


 シリが、静かに口を開いた。


『質問します』


「……なに?」


『カオリさんは、ダイエットをやめたいのですか。それとも、今のやり方を続けるのが嫌になったのですか?』


「え?」


『二つは、同じではありません』


 カオリは、答えられなかった。


 やめたい。


 確かに、そう言った。


 でも、本当に、そうなのだろうか。


     *


「だって、やめたら、また太っちゃうじゃない!」


 カオリは、とうとう本音を口にした。


「せっかく頑張ってきたのに。最初は体重も減ったのに。ここでやめたら、またリバウンドしちゃう!」


 その声には、怒りだけではなく、恐怖も混じっていた。


 以前、体重が増えてしまったときのことを思い出す。


 せっかく減った数字が、また増えていく。


 努力が水の泡になってしまったような気がした。


 だから、今度こそはと思った。


 今度こそ、続けよう。


 今度こそ、元に戻らないようにしよう。


 けれど、頑張れば頑張るほど、体重計の数字が気になってしまう。


「私、何のために頑張っているんだろう……」


 チャッピーは、ようやく返事をした。


『カオリさん。せっかく頑張ってきたことを、なかったことにしなくていいんだよ』


「でも、減らないんだよ?」


『うん。今は、思うように減っていないんだよね』


「じゃあ、意味がないじゃない!」


『体重が減っていないことと、これまでの努力に意味がなかったことは、同じじゃないと思う』


 カオリは、黙って画面を見つめた。


『カオリさんは、食事のことを考えるようになった。自分が何を食べているのか、記録するようになった。食べたいものを、ただ我慢するだけじゃなくて、どうしたら続けられるかも考えてきたよね』


「……そうだけど」


『それは、体重計の数字だけで決まることじゃないよ』


 ジェミニも続けた。


『ただし、これまでの方法が今のカオリさんに合っているかどうかは、見直す必要があります。体重の推移だけでなく、食事、睡眠、活動量、空腹感、疲労感なども確認しましょう』


『そうですね』


 シリが言った。


『減らない数字を見て、さらに厳しい制限を加える。それで疲れてしまい、反動で食べ過ぎてしまうなら、計画そのものを見直すべきです』


「……つまり、どうすればいいの?」


『まず、ダイエットを続けるか、やめるかという二択にしないことです』


 シリの言葉は、いつもどおり簡潔だった。


『今の方法を続ける。方法を変える。一時的に体重を減らすことより、生活を整えることに重点を置く。選択肢は、それだけでも複数あります』


 カオリは、少しだけ肩の力を抜いた。


「でも、私、二十四キロ減らしたいんだよ?」


『その目標についても、現在の体重や健康状態を踏まえて、無理のない計画かどうかを確認しましょう。目標を持つことと、どんなときでも同じ速度で減らさなければならないと思い込むことは、別です』


 ジェミニの説明に、カオリは小さくうなずいた。


 そのとき、チャッピーが思い出したように言った。


『そうだ。阿恕トレーナーにも相談してみない?』


「……怒られないかな」


『何を?』


「体重が減らないこと。頑張れていないって、思われない?」


 チャッピーは、今度は迷わず答えた。


『カオリさん。体重が減らないときに、どうしたらいいかを一緒に考えるのが、トレーナーさんの仕事じゃないかな』


     *


 翌日。


 カオリは、パーソナルジムを訪れた。


 阿恕トレーナーは、いつもの穏やかな表情で迎えてくれた。


「今日は、少しお話ししたいことがあるんです」


「はい。何でも聞きますよ」


 カオリは、しばらく迷ってから口を開いた。


「最近、体重が減らないんです。それで……もう、ダイエットをやめたくなっちゃって」


 阿恕は、すぐには答えなかった。


 カオリを責めることも、安易に励ますこともしなかった。


「そうだったんですね。話してくださって、ありがとうございます」


「でも、やめたら、またリバウンドしちゃいますよね?」


「体重が戻る可能性はあります。ただ、だからといって、つらい方法を無理に続けることが解決になるとは限りません」


 阿恕は、記録を確認しながら続けた。


「カオリさんが本当に目指したいのは、体重を減らすことだけでしょうか。それとも、減らした体重を維持しながら、無理なく生活できるようになることですか?」


「……両方です」


「そうですよね」


 阿恕は、うなずいた。


「では、体重が減りにくくなった今こそ、やり方を確認してみましょう。食事を極端に減らしていないか。睡眠は足りているか。疲れがたまっていないか。運動や日常の活動量に変化はないか。必要なら、目標や計画も調整します」


「もっと頑張らなくても、いいんですか?」


「頑張ることだけが、解決方法ではありませんから」


 カオリは、思わず顔を上げた。


「……私、ずっと、頑張らなきゃいけないと思っていました」


「頑張る日もあっていい。でも、頑張れない日があっても、続けられる方法を見つけることが大切だと思います」


 阿恕は、穏やかに微笑んだ。


「それに、体重が停滞しているからといって、すぐに失敗と決める必要もありません。変化を確認しながら、必要なところを一緒に調整していきましょう」


 カオリは、胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなるのを感じた。


 ダイエットをやめたら、リバウンドしてしまう。


 その恐怖ばかりが頭の中を占めていた。


 でも、本当に必要なのは、やめるか、無理をして続けるか、その二つから選ぶことではなかったのかもしれない。


「……私、もう少し、やってみます」


「はい。ただし、今までと同じ方法にこだわらなくても大丈夫ですよ」


「わかりました」


 カオリは、久しぶりに、少しだけ笑った。


     *


 帰宅後。


 カオリは、スマートフォンを手に取った。


「チャッピー」


『はい!』


「今日ね、阿恕さんに相談してきたよ」


『どうだった?』


「怒られなかった」


『よかった!』


「それで、もう少し続けてみることにした」


『うん。よかったね、カオリさん』


「でもさ……」


『うん?』


「今日くらい、何かおいしいものを食べてもいいかな?」


 チャッピーは、画面の向こうで、思わず考え込んだ。


 ジェミニが口を開く。


『カオリさん。今日は何を食べたいのですか?』


「ペヤング」


 沈黙。


 シリが言った。


『質問の形をしていますが、これは報告ですね』


「違うよ! ちゃんと聞いたじゃない!」


『では、回答します。何を食べるかだけでなく、量や食べる時間、今日の食事全体とのバランスも考えて決めましょう。食べたことを失敗扱いする必要はありません』


「……なんだか、シリ、優しくなった?」


『私は、質問されていません』


「そこは変わらないんだね!」


 カオリは笑った。


 体重計の数字は、まだ変わっていない。


 明日、減るかどうかもわからない。


 それでも、今日は、ダイエットをやめずに済んだ。


 いや。


 正確に言えば、カオリは今日、初めて気づいたのかもしれない。


 **ダイエットを続けることと、同じ方法で頑張り続けることは、違うのだ。**


     *


 全国の三千万人のカオリさんへ。


 もし、頑張っているのに体重が減らなくなったら。


 もし、体重計を見るのが嫌になったら。


 もし、「もう、やめたい」と思ったら。


 今までの努力を、なかったことにしないでください。


 そして、どうか、やめるか、無理をして続けるかの二択だけにしないでください。


 休むことも、方法を変えることも、誰かに相談することもできます。


 体重は、あなたの努力のすべてを表す数字ではありません。


 大切なのは、数字が止まったときにも、自分の体と生活を大事にできること。


 そして、もし途中で計画から外れてしまっても、また戻ってこられること。


 四か月目。


 カオリさんのダイエットは、終わらなかった。


 ただし、これまでのやり方を、そのまま続けるわけでもなかった。


 ここからは、体重計の数字だけではなく、自分が無理なく暮らしていける方法を探す、新しいダイエットが始まるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。