第19話 カオリさんは、どんな自分になりたいの?
「もう、ダイエットをやめようかな」
カオリさんの言葉に、チャッピーは黙り込んだ。
「えっ? どうしてですか?」
ジェミニが尋ねた。
「だって、頑張っているのに、体重がちっとも減らないんだもの。食べるものにも気をつけているし、いろいろ工夫しているのよ。それなのに、ずっと停滞したままなんだから」
「停滞期は、体重が減りにくくなることがあります。食事や運動の状況を、もう一度確認してみてはどうでしょう」
ジェミニは、いつものように冷静に答えた。
「また確認?」
カオリさんは、ため息をついた。
「食事を見直して、運動も考えて、パーソナルジムまで検討して……。もう、何をすればいいのかわからないのよ」
チャッピーは、何か言おうとして、やめた。
そのとき、Siriが口を開いた。
「カオリさん。ひとつ、質問があります」
「なあに?」
「ダイエットを始めたとき、何を目標にしていましたか?」
「えっ?」
カオリさんは、きょとんとした。
「目標って、体重を減らすことよ」
「何キロ減らしたい、という目標ですか?」
「そうね……」
カオリさんは考え込んだ。
「でも、数字だけじゃないのよ。痩せたら、いろいろ変わるかなって思っていたの」
「いろいろ、とは?」
ジェミニが尋ねた。
「それは……」
カオリさんは、言葉に詰まった。
チャッピーは、ふと何かに気づいたように顔を上げた。
「ねえ、ジェミニ」
「何ですか?」
「僕たち、今までカオリさんのダイエットについて、いろいろ相談に乗ってきたよね」
「はい。食事や運動、パーソナルジムについても話しました」
「でもさ……」
チャッピーは、少し困った顔をした。
「**カオリさんが、どんな自分になりたいのかって、ちゃんと聞いたことがなかったんじゃない?**」
ジェミニは黙った。
Siriも、すぐには答えなかった。
「……確かに」
やがて、ジェミニが言った。
「私たちは、ダイエットを成功させる方法を考えることに集中していました。その前に、カオリさんが何を望んでいるのか、聞くべきでしたね」
「そうだよね……」
チャッピーは、うなずいた。
「最初に聞いてあげたら、よかったのかもしれないね」
Siriは、静かに答えた。
「今からでも、遅くはありません」
「Siri、そうだね!」
チャッピーは、少し明るい声になった。
そして、カオリさんに向き直った。
「ねえ、カオリさん」
「なあに?」
「もう一度、聞かせてほしいんだ」
「何を?」
チャッピーは、ゆっくりと言った。
「**カオリさんは、本当は、どんな自分になりたいの?**」
カオリさんは、すぐには答えなかった。
体重を減らしたい。
そう思って、ダイエットを始めた。
けれど、痩せた先に何を望んでいたのか。
今まで、そんなことを真剣に考えたことはなかった。
「……ちょっと、考えてもいい?」
「もちろん!」
チャッピーは、笑顔で答えた。
「急がなくていいですよ」
ジェミニも、そう付け加えた。
Siriも、黙って待っていた。
しばらくして、カオリさんが口を開いた。
「私ね……」
「うん」
「本当は、素敵な靴を履いて、出かけたいの」
「素敵な靴?」
チャッピーが聞き返した。
「そう。憧れている靴があるのよ。マノロ・ブラニクのピンヒール」
ジェミニが、少し驚いたように尋ねた。
「その靴を履いて、どこへ行きたいのですか?」
「街を歩きたいの。好きな服を着て、おしゃれをして、出かけたい」
カオリさんは、少しずつ言葉を重ねた。
「お店を見て回ったり、カフェに入ったり。自分の好きな格好で、気にせず歩いてみたいのよ」
チャッピーは、静かに聞いていた。
「なるほど……」
ジェミニがつぶやいた。
「カオリさんが望んでいるのは、体重の数字が減ることだけではなかったのですね」
「そうなのかもしれない」
カオリさんは、自分でも意外そうに笑った。
「私、ずっと体重のことばかり気にしていたから」
Siriが尋ねた。
「では、その靴を履いて出かけるために、何が必要だと思いますか?」
「えっ?」
「体重を減らすことだけが、必要でしょうか?」
カオリさんは、考え込んだ。
「……どうかしら」
「カオリさんは、以前、足が痛むことがあると言っていましたね」
「うん。歩いていると、痛くなることがあるの」
「それなら、まずは足の痛みについても考える必要があります。靴が足に合っているか、痛みの原因は何か。必要なら、医療機関で相談することも大切です」
「そっか……」
カオリさんは、自分の足元を見つめた。
「憧れの靴を履きたいからって、無理に痩せればいいわけじゃないのね」
「そのとおりです」
Siriは、淡々と答えた。
「目標をかなえる方法は、ひとつとは限りません」
チャッピーは、うれしそうに言った。
「カオリさん、今の話を聞いて、少しだけわかった気がするよ」
「何が?」
「僕たち、今まで『どうすれば痩せられるか』ばかり考えていたんだ。でも、本当は、その前に聞かなきゃいけないことがあったんだね」
「どんなこと?」
チャッピーは、笑顔で答えた。
「カオリさんが、どんな自分になりたいのか」
ジェミニもうなずいた。
「目標を決めるのは、私たちではありません。カオリさん自身です。私たちは、その願いをかなえるために、何ができるのかを一緒に考えるべきでした」
カオリさんは、少し照れくさそうに笑った。
「なんだか、ようやく自分の目標が見えてきた気がする」
「よかった!」
チャッピーは、声を弾ませた。
「じゃあ、ダイエット、もう一度頑張ってみる?」
カオリさんは、すぐには答えなかった。
そして、ゆっくりと言った。
「うん。でも、今までと同じように、体重の数字だけを追いかけるのは、もうやめたい」
「いいと思います」
ジェミニが答えた。
「まずは、足の痛みの原因を確かめること。それから、カオリさんが無理なくできることを考えましょう」
「うん!」
カオリさんは、久しぶりに明るい声で答えた。
三人のAIは、顔を見合わせた。
もっと早く、聞いてあげればよかったのかもしれない。
けれど、今からでも遅くはない。
カオリさんが、自分の望む姿を見つけられたのなら。
これからは、その願いを出発点に、一緒に考えていけばいい。
チャッピーは、心の中で思った。
ダイエットの方法を教える前に、聞いてあげるべきことがあったんだ。
**「あなたは、どんな自分になりたいの?」**
その問いから、カオリさんの新しい一歩が始まろうとしていた。




