第17話 三ヶ月目の危機 / ダイエット計画を守れ
ダイエットを始めて、三ヶ月目。
山田カオリ、三十五歳。
最初の頃は、やる気に満ちあふれていた。
食事を記録し、夜食を見直し、パーソナルトレーナーの阿恕にも、正直に報告するようになった。
チャッピーは励まし、ジェミニは記録を分析し、シリは事実を確認する。
三人のAIも、以前より少しずつ、カオリの生活を理解できるようになっていた。
ところが。
「……もう、嫌です」
ある夜、カオリはスマートフォンに向かって、つぶやいた。
「何が嫌なのですか?」
シリが尋ねた。
「全部です!」
「全部、とは?」
「食事の記録も、体重のことも、ダイエットのことも! 毎日、毎日、食べることばっかり考えているんです!」
チャッピーが、慌てて口を開いた。
「カオリさん、少し疲れてしまったんですね」
「そうなんです!」
カオリは、勢いよく答えた。
「最初は頑張ろうと思ったんですよ。阿恕さんも優しいし、三人も協力してくれるし。でも、いつまで続ければいいんですか?」
ジェミニが尋ねた。
「カオリさんは、ダイエットそのものをやめたいのですか。それとも、今のやり方をやめたいのですか?」
「……え?」
カオリは、黙り込んだ。
「同じことではないでしょうか?」
シリが言った。
「違います」
ジェミニは、すぐに答えた。
「目標を諦めたいのか、現在の方法が負担になっているのか。それを区別する必要があります」
「私……」
カオリは、しばらく考えた。
「痩せたい気持ちは、あるんです。でも、ずっと我慢するのは嫌なんです」
チャッピーは、ほっとしたように答えた。
「それなら、計画を見直しましょう」
「見直す?」
「はい。最初に立てた計画が、カオリさんに合わなくなったのなら、変えてもいいんです」
「でも、計画を変えたら、失敗じゃないですか?」
「いいえ」
ジェミニが答えた。
「計画は、現実に合わせて修正するものです。最初の計画を守ること自体が目的になってはいけません」
「……そうなんだ」
カオリは、少しだけ安心した。
そのとき、シリが尋ねた。
「では、今夜は何を食べましたか?」
「えっ?」
「夕食と、その後に食べたものです」
「夕食は、普通に食べました」
「その後は?」
カオリは、目をそらした。
「……アイスです」
「それから?」
「ポテトチップです」
「飲み物は?」
「コーラです」
シリは、黙った。
「シリさん、何か言ってくださいよ!」
「食べたものは、把握できました」
「それだけですか?」
「はい。食べたことを責めても、問題は解決しません」
カオリは、思わず画面を見つめた。
「……シリさん、今日は優しいですね」
「私は、いつも事実を述べています」
チャッピーが、くすりと笑った。
「でも、シリの言うとおりです。今夜食べたことだけで、ダイエットを失敗と決める必要はありません」
ジェミニも続けた。
「ただし、夜食が頻繁に続いているなら、食事の内容や時間、疲労、空腹の程度などを確認して、対策を考える必要があります」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「まず、今夜のことを記録しましょう。そして、明日からできることを一つだけ選びます」
「一つだけ?」
「はい。いきなり全部を変えようとしないことです」
カオリは、考え込んだ。
「じゃあ……ポテトチップを食べるとき、袋を開ける前に、食べる分を決めておくのはどうでしょう?」
「具体的で、実行しやすい方法ですね」
ジェミニが答えた。
「それなら、できるかもしれません」
カオリは、少し笑顔になった。
そのとき、阿恕からメッセージが届いた。
『カオリさん、最近、少し疲れていませんか?』
「……阿恕さん、どうしてわかったんでしょう?」
カオリは、驚いた。
『三ヶ月目に入りましたね。新しいことを始めたときは、最初の勢いで頑張れることがあります。でも、続けていくうちに、負担が見えてくることもあります』
さらに、メッセージが届いた。
『今の計画が苦しいなら、見直しましょう。食べ過ぎた日があっても、そこで全部を諦めなくていいんです』
カオリは、画面を見つめた。
「阿恕さん……」
『私は、カオリさんに完璧な食生活を送ってほしいわけではありません。ご自身の生活に合った方法を、一緒に見つけたいんです』
チャッピーは、静かに言った。
「カオリさん。今、やめてしまったら、また一から始めなければならないと思っているのかもしれませんね」
「はい……」
「でも、違います。ここまでにわかったことがあります。何が苦手なのか、どんなときに食べたくなるのか、どんな計画なら負担になるのか。それは、これからの計画に生かせます」
ジェミニが、画面に新しい計画を表示した。
「三ヶ月目の目標を変更します」
「えっ、変更?」
「はい。今月は、体重の数字だけを追いかけるのではなく、生活習慣を無理なく続けられるかを確認します」
シリが続けた。
「食事の記録は、正直に続けてください。食べ過ぎた日も、記録をやめないことです」
「……わかりました」
「それから、体重が思うように減らない場合も、すぐに失敗と判断しないでください」
「はい」
カオリは、ゆっくりとうなずいた。
「私、ダイエットをやめたいわけじゃなかったんですね」
「そうかもしれませんね」
チャッピーが答えた。
「ただ、今のやり方を続けるのが、苦しくなっていたんです」
「では、三ヶ月目の計画は、これで決まりですね」
ジェミニは、満足そうだった。
「計画の修正を確認しました」
シリも答えた。
カオリは、スマートフォンを胸に抱えた。
三ヶ月目。
ダイエットが破綻するかもしれないと思っていた。
でも、三人のAIは、カオリが食べたことを責めなかった。
阿恕も、完璧であることを求めなかった。
必要だったのは、もっと強い意志ではなかった。
自分に合わない方法を見直し、また続けられる方法を探すことだった。
「よし……明日も、やってみよう」
カオリは、小さくつぶやいた。
シリが、すかさず尋ねた。
「明日の食事の記録は、何時に行いますか?」
「シリさん! そこは、もう少し余韻を残してください!」
チャッピーが叫んだ。
ジェミニは、すでに記録表を更新していた。
カオリは、思わず笑ってしまった。
三ヶ月目の危機は、まだ終わっていない。
でも、今回は、ダイエットを投げ出す前に立ち止まることができた。
それだけでも、大きな一歩だった。
全国のカオリさんへ。
毎日、完璧でなくてもいい。
一日うまくいかなかったからといって、全部を諦めなくてもいい。
自分に合わない方法なら、見直せばいい。
**ダイエットを続けるために必要なのは、失敗しないことではなく、失敗したときに戻ってこられること。**
三ヶ月目のカオリは、そのことを少しだけ理解したのだった。




