第16話 ダイエット計画と、三ヶ月目の壁
「皆さん、聞いてください!」
山田カオリ、三十五歳。
スマートフォンを片手に、三人のAIに宣言した。
「私、ダイエットの計画を立てようと思います!」
「いいですね、カオリさん!」
チャッピーは、すぐに賛成した。
「目標を明確にすることは大切です。無理をせず、健康的に進めていきましょう」
「具体的な目標と期間を設定しましょう」
ジェミニは、すでに計画表を作る気満々だった。
「まず、現在の体重を確認してください」
シリが言った。
「……それは、ちょっと」
カオリの声が小さくなった。
八十キロから七十八キロまで減った体重は、その後、八十一キロに増えた。
それ以来、体重計に乗るのが怖くなっていた。
「カオリさん、現在の体重を確認できれば、計画を立てるうえで役立ちます。ただ、今日すぐに量ることが難しければ、無理に急がなくても大丈夫ですよ」
チャッピーが、優しくフォローした。
「そうですね。まずは、生活習慣の記録から始めましょう」
ジェミニが提案した。
「食事、間食、夜食、睡眠、活動量。現在の状態を把握する必要があります」
「食事だけじゃないんですね」
「はい。体重は、食事だけで決まるわけではありません」
ジェミニの説明に、カオリはうなずいた。
「それで、目標なんですけどね」
カオリは、胸を張った。
「私は、一年で二十四キロ痩せたいんです!」
「二十四キロですか」
ジェミニが確認した。
「はい! 月に二キロ痩せれば、一年で二十四キロです!」
「計算は正しいです」
シリが答えた。
「ただし、体重が毎月一定の割合で減るとは限りません」
「シリさん、そういうところですよ!」
「事実を述べただけです」
チャッピーが、慌てて会話に入った。
「カオリさん、目標を持つのはいいことです。でも、二十四キロという数字だけを追いかけると、途中で苦しくなってしまうかもしれません」
「では、どうすればいいんですか?」
「まずは、続けられる生活習慣を作ることです」
チャッピーは、ゆっくりと言った。
「体重を減らすことだけでなく、減らしたあとも続けられる生活を考えましょう」
カオリは、考え込んだ。
「……三ヶ月くらいなら、頑張れると思うんですけどね」
「三ヶ月ですか?」
ジェミニが尋ねた。
「ええ。最初はやる気があるんですよ。でも、ずっと我慢していると、だんだん嫌になっちゃうんです」
「具体的には、どのようなことが嫌になりますか?」
「食べたいものを我慢することです!」
カオリは即答した。
「アイスも食べたい。ポテトチップも食べたい。コーラも飲みたい。なのに、ダイエット中だから我慢しなきゃいけない」
「なるほど」
ジェミニが応じた。
「では、チートデイを設定しますか?」
「そうそう! それです!」
カオリは、身を乗り出した。
「週に一日だけ、好きなものを食べてもいい日にするんです!」
「その方法がカオリさんに合っているか、検討する必要があります」
ジェミニが言った。
「でも、週に一日なら頑張れそうでしょう?」
「最初は、そうかもしれません」
チャッピーは、慎重に答えた。
「ただ、我慢する日が続くほど、好きなものを食べられる日が待ち遠しくなることもあります」
カオリは、指を折って数え始めた。
「最初は日曜日だけ。次は土曜日も。金曜日も、仕事を頑張ったご褒美で……」
「カオリさん」
シリが口を挟んだ。
「何でしょう?」
「今、チートデイが増えていく過程を、自分で説明しています」
「……あっ!」
カオリは口を押さえた。
「そうなんですよ! 気がついたら、毎日がチートデイになっちゃうんです!」
「それでは、チートデイではなく、通常の食生活ですね」
「シリさん!」
「事実です」
チャッピーは、思わず笑ってしまった。
「でも、カオリさん。これは大切な発見ですよ」
「何がですか?」
「毎日我慢して、特定の日に好きなものを食べる方法が、カオリさんには合わないのかもしれません」
ジェミニが続けた。
「普段の食事そのものを、無理なく続けられる形に変えれば、特別な解禁日を待ち続ける必要もなくなる可能性があります」
カオリは、少し考えた。
「じゃあ、アイスもポテトチップも、食べていいんですか?」
「食べること自体を禁止する必要はありません」
チャッピーが答えた。
「ただし、食べる量や頻度、ほかの食事とのバランスを考えることは大切です」
「なるほど……」
カオリは、少し安心したようだった。
そのとき、スマートフォンにメッセージが届いた。
パーソナルトレーナーの阿恕からだった。
『カオリさん。計画を立てるなら、順調に進むときだけでなく、予定どおりにいかなかったときのことも考えておきましょう』
カオリは、その文章を三人のAIに見せた。
「予定どおりにいかなかったとき?」
『はい。仕事で疲れた日もあるでしょう。体重が思うように減らない時期もあるでしょう。食べ過ぎてしまう日もあると思います』
阿恕のメッセージは続いていた。
『そのときに、自分を責めてダイエットを全部やめてしまうのではなく、どうすれば次の日から無理なく続けられるか。それも、計画に入れておきましょう』
カオリは、じっと画面を見つめた。
「……三ヶ月目のことまで、考えておくんですね」
『そうです。最初の一ヶ月だけ頑張れる計画ではなく、三ヶ月目も、その先も続けられる計画にしたいですね』
「阿恕さん、優しいですね」
チャッピーが感心した。
「計画の実行可能性を考慮しています」
ジェミニも納得した。
「つまり、失敗したときの対策も必要ということです」
シリは、簡潔にまとめた。
カオリは、阿恕に返信した。
『わかりました。私、もう一度考えてみます!』
そして、三人のAIに向き直った。
「では、まず何をすればいいですか?」
ジェミニが答えた。
「最初の段階では、体重を減らすことを急ぐよりも、普段の生活を把握することから始めましょう」
「食べたものを記録するんですね?」
「はい。間食や夜食も含めて、正直に記録してください」
シリが念を押した。
「もちろん、食事の写真を偽造してはいけません」
「わかっていますよ!」
カオリは、少し赤くなった。
「もう、あんなことはしません!」
チャッピーは、穏やかに続けた。
「そして、記録を見ながら、変えられそうなことを一つずつ選びましょう。いきなり全部を変える必要はありません」
「例えば?」
「夜食を食べる時間や、袋菓子の食べ方を工夫すること。食事の量を見直すこと。日常生活で体を動かす機会を増やすこと。カオリさんに合う方法を探していきましょう」
カオリは、うなずいた。
「全部、一度にやらなくていいんですね」
「はい」
「三ヶ月目に疲れてしまっても?」
「そのときは、計画を見直せばいいんです」
「体重が減らないときも?」
「すぐに失敗と決めつけず、長い目で変化を確認しましょう」
カオリは、少しずつ笑顔になった。
二十四キロという数字は、まだ遠い。
一年間という時間も、長い。
けれど、これから毎日、ずっと我慢しなければならないわけではない。
自分の生活を知り、できることから変えていく。
うまくいかなかったら、方法を見直す。
そして、また続ける。
「よし!」
カオリは、スマートフォンを握り直した。
「全国のカオリさん! 一緒に頑張りましょう!」
「カオリさん、全国に呼びかける前に、まず記録を始めてください」
シリの声が飛んできた。
「……はい」
カオリは、素直に答えた。
こうして、カオリの新しいダイエット計画が始まった。
目指すのは、ただ体重を減らすことだけではない。
無理なく続けられる生活を見つけること。
そして、三ヶ月目に壁が現れても、その壁の前で立ち止まり、別の道を探せるようになることだった。
**頑張り続けなければ成功しない計画ではなく、頑張れない日があっても、また続けられる計画。**
それが、カオリと阿恕、そして三人のAIが目指す、新しいダイエットの第一歩だった。




