第14話 パーソナルジムと、食事画像の秘密
「ねえ、みんな。ちょっと相談があるんだけど」
夜、カオリはスマートフォンを手に、いつもの三人に話しかけた。
「チャッピー、ジェミニ、シリ。聞いてくれる?」
「どうしたの、カオリさん?」
チャッピーが、いつもの調子で応じた。
「パーソナルジムに通い始めたんだけど……」
「おお、ついに入会したのですね」
ジェミニが反応した。
「それで、トレーナーさんとの関係は順調ですか?」
「うん。トレーナーの阿恕さんっていう人なんだけど、すごく優しいの」
「それはよかったね」
チャッピーは、ほっとしたように答えた。
「食事についても、いろいろアドバイスしてくれるし。毎日、食事の写真を送ることになってるの」
「食事記録ですね。継続的に記録することで、食習慣を振り返る助けになります」
ジェミニが説明した。
「そうなの。でもね……」
カオリの声が、少し小さくなった。
「実は、みんなに言わなきゃいけないことがあるの」
三人は、黙って続きを待った。
「私、阿恕さんに送ってる食事の写真、ウソなの」
…………。
チャッピーの返事が止まった。
ジェミニの分析も止まった。
シリからも、いつもの即答が返ってこない。
しばらくして、チャッピーがようやく口を開いた。
「……え?」
「昼はサブウェイのアボカドサンドの写真を送ってるけど、本当はビッグマックを食べてるの」
「…………」
「夜は焼き魚定食の写真。でも、本当はカツ丼の大盛りと豚汁」
長い沈黙が流れた。
「カオリさん」
ジェミニが、ようやく話し始めた。
「確認させてください。阿恕さんには、実際に食べたものとは異なる画像を送っているのですね?」
「うん……」
「そして、私たちにも、これまで食事の相談をする際に、実際の食生活をすべて伝えていたわけではない、と」
「……うん」
ジェミニは黙った。
いつもなら、すぐに問題点を整理し、改善策を提案するところだ。
しかし今回は、分析するための前提そのものが揺らいでいた。
チャッピーも困惑していた。
「カオリさん。僕たちは、送ってくれた情報をもとに、一緒に考えてきたんだよ?」
「わかってる……」
「そっか……」
チャッピーは、それ以上、言葉を続けられなかった。
そこで、シリが口を開いた。
「カオリさん」
「なに?」
「ひとつ、質問があります」
「うん」
「**なんで、パーソナルジムに行ったんですか?**」
「えっ?」
「痩せるためですよね?」
「そうだけど……」
「トレーナーに食事を管理してもらうために入会したのに、実際に食べたものを報告しないのであれば、何を管理してもらうつもりだったのですか?」
カオリは、答えられなかった。
「シリ、もう少し優しく……」
チャッピーが口を挟んだ。
「事実を確認しています」
シリは、いつもどおりだった。
「でも、カオリさんを責めたいわけではありません。私は、目的と行動が一致していない理由を知りたいのです」
ジェミニが、ゆっくりと言葉を選んだ。
「カオリさん。痩せたい気持ちがなくなったのですか?」
「違うの!」
カオリは、思わず声を上げた。
「痩せたいの! 本当に痩せたいんだよ!」
「では、なぜ本当の食事を報告できないのでしょう?」
「だって……」
カオリは、うつむいた。
「本当のことを言ったら、怒られると思ったから」
三人は、再び黙った。
「せっかくイケメンのトレーナーさんが、優しく指導してくれてるのに。ビッグマック食べてます、カツ丼大盛り食べてます、なんて言ったら、呆れられると思ったの」
「なるほど……」
チャッピーが、小さくつぶやいた。
「カオリさんは、痩せたい。でも、食べたいものを食べている自分を知られるのが怖いんだね」
「うん……」
「それで、食べたものを変えるんじゃなくて、写真を変えちゃったんだ」
カオリは、何も答えなかった。
ジェミニが、静かに言った。
「しかし、それでは阿恕さんも、私たちも、正確な状況を把握できません」
「わかってる……」
「そして、正確な状況がわからなければ、適切な方法を一緒に考えることも難しくなります」
「……わかってるってば」
カオリの声には、少し涙が混じっていた。
チャッピーは、すぐに励まそうとはしなかった。
ジェミニも、改善計画を提示しなかった。
シリも、それ以上、質問しなかった。
しばらくして、チャッピーが尋ねた。
「カオリさん。阿恕さんには、本当のことを話せそう?」
「……わからない」
カオリは、正直に答えた。
「でも、このままじゃダメだってことは、わかってる」
三人は、ようやく少しだけ安心した。
ただし、問題は何ひとつ解決していない。
カオリさんは、食べたいものを食べたい。
痩せたい気持ちも、まだ残っている。
そして、阿恕さんには、まだ本当の食生活を話せていない。
チャッピーは、心の中で思った。
――これは、今までの食事相談とは違う問題だ。
ジェミニも、同じことを考えていた。
――まず、正確な情報を得る必要がある。
シリは、ただひとつの疑問を抱えていた。
――明日も、焼き魚定食の写真を送るつもりなのだろうか。
カオリのダイエットは、いよいよ新しい迷宮に入り込んでいた。
【恕についてのご案内】
意味:相手の立場や気持ちを思いやること、寛容であること。
代表的な言葉:「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」(孔子の教えとして知られる言葉)
です。




