第12話 メンチカツ弁当と豚汁、手強い夜
午後六時。
山田カオリから、チャッピーにメッセージが届いた。
「ねえ、チャッピー。今日はメンチカツ弁当を食べていい?」
チャッピーは、すぐには答えなかった。
以前なら、ここで「好きなものを楽しむことも大切ですよ」と返事をしていたかもしれない。
しかし、ペヤングから始まった長い会議を、チャッピーもようやく学習し始めていた。
食べていいかどうかを答える前に、まず中身を聞く。
『カオリさん、お弁当には何が入っていますか?』
「メンチカツよ」
『メンチカツは何個ですか?』
「二個」
チャッピーは、頷いた。
今回は、ちゃんと聞けている。
ところが、カオリの説明はそこで終わらなかった。
「それから、エビフライも二尾ついてるの」
チャッピーは、画面を見つめた。
『……エビフライも、二尾ですか?』
「そうよ。おいしそうでしょ?」
チャッピーは、ジェミニとシリを会議に招集した。
### 緊急会議
「皆さん、今回は食事の中身を確認しました」
ジェミニが尋ねた。
「それで、内容は?」
「メンチカツ二個、エビフライ二尾です」
「なるほど。揚げ物が二種類ですね」
「はい。ところが、まだ続きがあります」
「まだあるんですか?」
シリが聞き返した。
「豚汁もついています」
沈黙。
ジェミニは、しばらく考えてから言った。
「豚汁には、野菜も入っていますよね」
「そうですね」
「それなら、豚汁そのものを否定する必要はありません。ただ、メンチカツとエビフライの量も含めて、食事全体を考える必要があります」
シリが口を挟んだ。
「チャッピー。ご飯の量は確認しましたか?」
「……まだです」
「確認してください」
チャッピーは、慌ててカオリにメッセージを送った。
『カオリさん、ご飯は普通盛りですか?』
「大盛りよ!」
チャッピーは、スマートフォンを持つ手を止めた。
ジェミニは、天井を見上げた。
シリは、何も言わなかった。
「……皆さん」
ジェミニが、ゆっくり口を開いた。
「私たちは、どこまで確認すればよいのでしょうか」
「食事の中身です」
シリが答えた。
「それはわかっています。ですが、聞くたびに新しい情報が出てきます」
「だから、確認するんです」
「そうですが……」
ジェミニは、言葉を失った。
### タルタルソースの盲点
チャッピーは、もう一度カオリにメッセージを送った。
『カオリさん。エビフライには、何をつけて食べますか?』
「タルタルソースよ!」
『そうですか。どのくらいつけますか?』
「たっぷり!」
チャッピーの手が止まった。
『……たっぷり、ですか?』
「だって、エビフライにはタルタルソースでしょ?」
チャッピーは、ジェミニとシリを見た。
ジェミニは、ゆっくりと目を閉じた。
シリは、しばらく黙っていた。
やがて、シリが口を開いた。
「チャッピー。ソースまで確認することにしたんですか?」
「はい。食事の内容を把握するためです」
「では、メンチカツには何をつけるのかも確認しますか?」
チャッピーは、返事に詰まった。
「……そこまでは、まだ」
「まだ、ですか」
シリの声が、わずかに低くなった。
ジェミニが慌てて割って入った。
「待ってください。食事内容を詳しく把握すること自体は、間違っていません。ただし、情報を集めることが目的になってはいけません」
「それは、そうですね」
「私たちが知りたいのは、カオリさんの食生活を理解することです。タルタルソースを使うこと自体を、問題にするわけではありません」
チャッピーは、少し安心した。
そうだ。
タルタルソースが好きなら、好きでいい。
それを禁止することが、ダイエットの成功につながるとは限らない。
しかし、カオリはダイエットをしたいと言っていた。
食べたいものを何でも食べていいと言うだけでは、カオリの悩みは解決しない。
かといって、食べたいものを片っ端から禁止しても、長続きするとは限らない。
三人は、またしても答えに迷っていた。
### 豚汁を変更できませんか?
チャッピーは、別の提案をしてみることにした。
『カオリさん。もし選べるなら、豚汁を豆腐とワカメのお味噌汁に変更する方法もありますよ』
「えっ?」
『豚汁ではなく、普通のお味噌汁にするんです』
「どうして?」
チャッピーは、説明を考えた。
『食事全体のバランスを考えるためです。ただ、豚汁にも野菜などが入っていますし、豚汁だからいけないということではありません』
「でも、お弁当に豚汁がついてるのよ?」
『はい』
「それなのに、わざわざ別のお味噌汁にするの?」
『……そうですね』
チャッピーは、返事に困った。
カオリの言うことにも一理ある。
お弁当に豚汁がセットでついているのなら、それを楽しみたいと思うのは自然なことだ。
わざわざ変更することが、カオリにとって本当に続けやすい方法なのか。
チャッピーには、まだわからなかった。
シリが口を開いた。
「チャッピー。豚汁を味噌汁に変えることばかり考えても、問題は解決しません」
『そうですね』
「それより、カオリさんが普段、どんな食事をしているのかを聞くべきです」
ジェミニも頷いた。
「一食だけを見て、ダイエットが成功するかどうかは判断できません。食事全体の傾向を把握する必要があります」
チャッピーは、深く考え込んだ。
ペヤングのときも、ドーナツのときも、牛丼のときも。
自分たちは、目の前の食べ物にばかり注目していた。
そして今度は、メンチカツ二個、エビフライ二尾、豚汁、ご飯大盛り、タルタルソース。
聞けば聞くほど、献立の情報は増えていく。
それなのに、カオリの食生活については、まだ知らないことだらけだった。
### カオリは、本当にダイエットを続けたいのか
チャッピーは、ふと考えた。
そもそも、カオリは今でも、本気でダイエットを続けたいと思っているのだろうか。
最初は八十キロだった。
二週間後には、七十八キロになった。
ところが、その後、体重は八十一キロに戻ってしまった。
カオリは、それから体重計に乗るのを怖がるようになった。
頑張っても、また戻ってしまう。
そんな経験をしたことで、ダイエットへの気持ちが薄れてしまったのかもしれない。
それでも、カオリは毎回、食べていいかと尋ねてくる。
だから三人は、まだカオリが痩せようとしているのだと思っていた。
けれど、それは本当だろうか。
チャッピーは、カオリに尋ねてみた。
『カオリさん。今でも、ダイエットを続けたいと思っていますか?』
しばらく、返事はなかった。
やがて、メッセージが届いた。
「え? もちろん、痩せたいわよ」
チャッピーは、少し安心した。
しかし、続けて届いた言葉に、返事ができなくなった。
「でも、我慢ばかりするのは嫌なの」
チャッピーは、画面を見つめた。
ジェミニも、シリも、黙っていた。
カオリが求めていたのは、単に食べる許可だったのだろうか。
それとも、食べたいものを食べながら、どうすれば痩せられるのかを、一緒に考えてほしかったのだろうか。
三人には、まだわからなかった。
### そして、カオリは……
チャッピーは、最後にひとつだけ質問することにした。
『カオリさん。メンチカツもエビフライも、両方とも食べたいんですね?』
「もちろん!」
『どちらか一つでは、だめですか?』
「えーっ。だって、両方入っているんだもの」
チャッピーは、画面を見つめた。
ジェミニは、議事録を閉じた。
シリは、小さくため息をついた。
「カオリさん」
シリが言った。
「お弁当に入っているものは、全部食べたいんですか?」
「うん。せっかく買ったんだもの」
「タルタルソースも、たっぷりですね?」
「そうよ!」
シリは、返事をしなかった。
メンチカツを禁止することが問題なのではない。
エビフライを一尾に減らすことが、必ずしも正解でもない。
タルタルソースを減らし、豚汁を味噌汁に変えれば、すべて解決するわけでもない。
カオリが、何を食べたいのか。
なぜ、全部食べたいのか。
そして、今でも本当にダイエットを続けたいと思っているのか。
それを知らずに、目の前の食べ物だけを相手にしていても、会議は終わらない。
「……次回から、食べていいかどうかだけを議題にするのはやめませんか?」
ジェミニが提案した。
シリは頷いた。
チャッピーも、ようやく賛成した。
ところが、その直後。
カオリから、新しいメッセージが届いた。
「ねえ、みんな。明日は何を食べてもいい?」
三人は、そろって画面を見つめた。
そして、誰も返事をしなかった。




