家庭編 ― 私の意思はどこにあったのか
これまで、幼稚園時代の私が、いかに集団生活になじめず、人との関わりに苦しんでいたかを綴ってきた。
では、そんな私は、家庭ではどのように過ごしていたのだろうか。
ここからは、幼い頃の家庭での出来事について、できる限りありのままに記していきたい。
幼稚園では、人の輪に入ることができず、いつ叱られるかわからない恐怖に怯えていた。
しかし、家に帰れば心が休まったのかといえば、必ずしもそうではなかった。
私は幼い頃から、さまざまな習い事に通わされていた。
スイミングスクールに、エレクトーン。
いずれも、私自身が希望したものではなかった。
少なくとも、習いたいかどうか、自分の意思を尋ねられた記憶はない。
ただ、大人たちが決めた予定に従い、連れて行かれるだけだった。
エレクトーンのレッスンには、母がいつも付き添っていた。
最初の一年ほどは、大人数のクラスでレッスンを受けた。
そして、そのクラスが終わると、今度は個人レッスンまで受けることになった。
もちろん、そこでも私の意向が確認されることはなかった。
大人数のレッスンを終えたら、次は個人レッスン。
決められた場所へ行き、決められたことをする。
まるで、ベルトコンベアで運ばれるモノのようだった。
私が何を望んでいるのか。
何を嫌がり、何を苦痛に感じているのか。
そもそも、私にその習い事が向いているのか。
そんなことを、大人たちが考慮してくれているようには思えなかった。
スイミングスクールも、私にとっては恐ろしい場所だった。
浮き輪をつけられていたとはいえ、そこは足がまったく届かない深いプールだった。
足元に地面がない。
自分の体を支えるものがない。
その恐怖に、私は凍りついた。
浮き輪があるのだから大丈夫だと、大人たちは考えていたのかもしれない。
しかし、幼い私にとっては、そんな理屈で片づくものではなかった。
ただ、恐ろしかった。
本当に、恐ろしかった。
あのとき、親は私の恐怖をどう受け止めていたのだろう。
そもそも、私がそれほど怖がっていることに気づいていたのだろうか。
今となっては、確かめようもない。
ただ一つ言えるのは、私自身は、どうしようもない恐怖を感じていたということだ。
幼稚園では、人が怖かった。
人の輪に入れず、どう振る舞えばよいのかわからず、叱られることを恐れていた。
そのうえ、いじめやからかいもあった。
そして家庭では、私の意思とは関係なく、次々と予定が組まれていく。
心が休まるどころか、体まで忙しくなった。
周囲の人間は、いつ自分を傷つけるかわからない「敵」のように映っていた。
その一方で、私は自分が何をしたいのか、何が嫌なのかを、誰にも伝えることができなかった。
周囲の大人たちは、私のためを思って、さまざまな経験をさせようとしていたのかもしれない。
しかし、当時の私が求めていたのは、もっと別のものだった。
自分の気持ちを尋ねてもらうこと。
怖いときには、その恐怖をわかってもらうこと。
そして、どうしてよいかわからないときに、安心して助けを求められること。
私には、それらが欠けていたように思う。
人が怖い。
失敗するのが怖い。
それなのに、次々と何かを求められる。
苦しい。しんどい。もう嫌だ。
しかし、どうすればこの状況から抜け出せるのか、幼い私には見当もつかなかった。
私はまだ幼稚園児だった。
人生は、始まったばかりである。
それなのに、私はすでに、どう生きればよいのかわからなくなっていた。




