第8話 大規模哨戒任務。(帝歴999年、7月)
「うっぷ……んぐ、んぐ」
サウナめいたコクピットで、塩をちょっと入れた水を飲む。
生ぬるいし、清涼感もないが……飲まないと死ぬからしょうがない。
「ぷっは……」
ボトルを壁のホルダーに戻し、籠手に両腕を突っ込む。
残りの水ボトルは3本……余裕はあるな。
「直射日光が回避できるだけ、マシか……」
そう呟いて、溜息をついた。
この西方辺境領には、もといこの世界には四季がある。
温暖化とか寒冷化とかは知らないが、とにかくある。
今は7月の後半に差し掛かっているので……まあ、暑い。
鎧騎兵の中なんか、蒸し風呂より酷いんじゃなかろうか。
アゴルムにはエアコンなんて気の利いたものは付いてないから、暑いし汗くさいし最悪の環境だ。
なんだよもう、魔法がある世界なんだからそれ系のマジックアイテムでも開発してくれ……と、切に思う。
一読者、一視聴者の時はなんとも思わなかったが当事者になってみると……これは死活問題だ。
で、俺が今汗だくで何をしているのかというと……だだっ広い平原で、同じようなアゴルムたちと徒党を組んで……待機中だ。
「ベルクよお、こりゃあなんとも大変な任務だなあ……」
横にいるアゴルムから、疲れた声。
開け放たれた腹部装甲の中で、死にそうな顔をしている少年が見える。
「最前線よりはマシだよ、ムカスタ」
「そりゃあ……そうだけどよ~……」
隣にいるのは、3番隊の新人……ジーク=ムカスタ準騎手だ。
これといって特徴のない、何処にでもいるような奴だな。
最近何度か顔を合わすようになって、それなりに話す関係になった。
ちなみに本編には出てこない。
貴族ではなく、一般市民出身者でもある。
「ま、肩の力抜いて待機だよ、待機。あ、不味くても水飲まないと死ぬぞ」
「全部汗になって出てる気がすんぜ……風呂桶一杯くらい飲んでるのに小便も出ねえや……」
だから飲まないとヤバいんだってば。
熱中症は怖いんだぞ。
地面から、ゆらゆらカゲロウが立ち上る平原。
一列にアゴルムが並んだ先……遠くにでかい森が見える。
あそこには先輩方が突っ込み、現在進行形で大暴れしていることだろう。
本日は、年に2回程度行われる……南駐屯地における半分の部隊を動員した『大規模哨戒任務』の日だ。
多数の鎧騎兵で隊列を組んで進み、『魔の領域』に潜む魔物を狩っていくのだ。
これを定期的に行うことによって、増えすぎた魔物が人の領域に出て来ることを防ぐのが目的である。
ここに残っているアゴルムは全部で10機……つまり、新人の準騎手しかいない。
上等騎手と組んでの『浅い』所までの哨戒は許されたが……あの森みたいな『深い』所は立ち入り禁止となっている。
新人が突っ込むには危険すぎるし、フォローしながらだと本来の目的が達成できないからな。
この辺境領も本編に出てくる他の地域と同じなら……今年いっぱいは参加することはないだろうな、俺は。
つまるところ、留守番である。
駐屯地で留守番じゃないのは……最後の最後に、俺達にも仕事があるからだ。
俺達のアゴルムの後部に連結されている、でっかいヨロイ用の『荷車』
そこに、先輩方が狩ってきた魔物の部位を積んで運搬するのだ。
魔物は人類の敵だが……その体を構成する部位は金になる。
鎧や武具、それに鎧騎兵の装甲板の原料。
また、一部の魔物は内臓や体液を加工すると様々な薬品の材料になる。
それらを売り払った金は、駐屯地の運営費や俺達の給料へと還元されている。
『大規模哨戒任務』は、騎手たちの間で『出稼ぎ』とも呼ばれているんだ。
あ、肉は食えない、っていうか食ったら即死する。
『毒ガス』……正式名称『瘴気』が凝縮されてるからな。
それと……鎧騎兵にとって一番大事な『動力体』
これは、強い魔物の心臓を魔法でなんやかや加工して作成されるのだ。
魔物を狩るために必要な動力体を、魔物を狩って作る。
卵が先かニワトリが……ってやつを思い出すな。
つまり、魔物とは俺達人類の絶対敵であると同時に貴重な『金蔓』でもあるのだ。
これも一種のリサイクルと言えるのかもしれない。
「……おーい、ベルク。どした? お前こそ意識あるか?」
おおっと、ムカスタが何か言ってんな。
思考に没頭しすぎたぜ……原作の設定とかは定期的に思い出しておかないと、忘れてたら大変だからな。
「大丈夫だ、ちょいと暑さに嫌気がさしてただけ」
「ほーん……ならいいけどよ。ところでお前んとこいいよなあ~? 美人で乳のでっかい上等騎手サマがいてさ」
なんだとコイツ……
「おい! フェルノー上等騎手は尻もでっかいぞ、間違えるな!」
「気にするとこそこかよ!? でも羨ましいよな、日常に潤いがあってさあ……」
1から10番隊で、女性騎手がいるのは……ウチこと5番隊、タリアナがいる7番隊、それと10番隊か。
なお、準騎手には1人もいない。
偏ってるな……11から20まではまだ何人もいるのに。
同年代の男しかいないと、基本的にこんなバカ話ができてリラックスするなあ。
部隊だと年上しかいないからいつも敬語だし。
それに、13番隊のボンボンもいないし……あいつ、なんか俺を恨んでるみたいなんだよね。
恨むならちゃんと基礎訓練をしなかった自分を恨んでいただきたい。
真面目なロイドくんを恨むのは筋違いでござるよ。
「潤いねえ……まあ、優しくっていい人だよ」
「いいじゃねえかよ……! いいじゃねえかよぉ……!」
俺を無限に甘やかそうとするのが困りものだが。
積極的に甘えにいったら添い寝くらいしてくれそうだぞ、リタ。
前にそう言ってたし。
……このままノロケみたいになったら恨まれるな、話を逸らそう。
「でもさあ、北駐屯地はもっと凄いらしいぜ? なんでも全部女性騎手の部隊があるんだとか……訓練校の同期が教えてくれたんだよ。女性騎手自体も多いみたいだし」
「んな、何ィ!? 全部女性騎手!? すげえ……その宿舎だけいい匂いがしそうだ!!」
女性に夢見すぎだろ……いや、でも思春期ならこんなもんかな。
マルクが手紙で教えてくれたんだよな……アイツも元気そうで何よりだ。
『俺の初キッスが酔っぱらった姐さんに奪われました。初キッスは素敵な味だって聞くけど……香辛料と肉と酒の味がしました。ちょっとかなしい(意訳)』って、追伸に書いてたな。
とうとう泥酔キス魔ミドンナの餌食になったか……羨ましくないようで、やっぱり羨ましい。
しっかし女性騎手だけの部隊か……たぶん高位貴族令嬢の護衛を養成する部隊だろうな。
原作にも似たようなのが出てきたし。
コネとかじゃなくって、必要だから集められてるだけだけど。
「あ、そういえばベルクはもう娼館に行ったか?」
「いや、貧乏騎士爵なんで実家に仕送りをな……お前は?」
と、いうことにしている。
まだ成人してないし、なにより夜はリタの監視が厳しいのだ。
前に歓楽街を見たくてフラっと行ったが、気配を消してずっと背後に立っていたらしい。
娼館じゃなくって飲み屋に入ったらニッコニコで急に出現したんだよ。
あの時は心臓が止まるかと思ったぜ。
過保護巨乳エルフめ……たぶん、なんらかの魔法でも使ってたんだろうな……
「へへへ、先輩方が連れてってくれたんだよ。まあ、お話しながら酒飲むだけだけどな……最高だった! いい匂いがしてさ! エレーナちゃんって娘なんだけど……」
ああ、キャバクラ風店舗の方に行ったのか。
なるほどね、まずは女性に免疫を付けて……ってことかい。
律儀に年齢制限守ってるの、たぶん俺くらいのもんだろな。
「おお、そいつは羨ましいな~! 大人だな、ムカスタ!」
褒めてやるとデレデレになる……わかるぞ、わかる。
こういう年代って、『大人』に憧れるよなあ。
「おいおい、楽しそうな話してんじゃねえかよ~」
「俺達も混ぜてくれよ、先輩から聞いたいい店の情報もあるぜ~?」
おっと、スケベな思春期のガキどもが集まってきたな……
「無駄話はいいけど、監視はしっかりな。目は前で……口はスケベ話だ」
俺がそう言うと、一拍置いて皆がどっと笑った。
なんて気持ちのいいガキ共だろうか…俺も肉体はガキだけど。
……でも、こいつらも本編に出てこないんだよなあ。
皆死んじまうのかな……いや、本編に出てこないだけで生き残ったのかもしれんが……
モブ1人ずつ書いてるわけじゃないし……
……だけどなあ、なんか切ない。
俺にとって『帝歴1002』の世界はもはや『現実』だからな……なんとか、1人でも多く生き残って欲しい。
だけど、俺はまず自分のことで精一杯だ。
俺が生き残れる算段が付いてないのに、他人のことを考えるのは傲慢だろう。
『原作知識』という先読みができる本編中ならともかくな……
「……んぐ」
水を飲む。
ぬるい上に、なんか苦い気がした。
・・☆・・
「鮮度が命だ! 行け行け準騎手共!」
「所属部隊は関係ない! 満杯になった奴から走れ~!」
「ロイド! ローイド! アタシのを運びなさい! ホラホラ早く~!」
ちょっとセンチメンタルなことを考えちまったが、夕暮れが近付いた今……もうそれはない。
先輩方が一斉に、魔物のパーツを担いで帰ってきたからな!
こっからが俺達の仕事だ。
荷車に満載された魔物の死骸を、鮮度が落ちないように全力で曳きつつ駐屯地へダッシュ!
……便宜上ダッシュって言ったが、実際は早歩きくらいだけど。
だが全長5メートルのアゴルムの早歩きだ、人間の全力疾走を超える速度は出る。
「はーい! キッチリ縛ったからね! 帰りましょ帰りましょ~!」
所属部隊は関係ないって誰かが言ったのに、リタのツヴァンクは真っ直ぐ俺の所へ走ってきた。
頭部の飾り毛の色で特定できた……わけではない。
あの上官殿は腹部装甲板を全開にして走ってきたんだよ。
ベテランだからいいけど、それ新人がやったら泣くまで怒られるからな。
まあそんなわけで、ドサドサと肉片やらなんやらが荷車に積み込まれて、ワイヤーみたいなもので固定された。
「了解! 腹部装甲板閉鎖、動力体全力稼働……アゴルム、帰還開始します!」
コクピットが真っ暗になる一瞬前、臓物の山を荷車に積み込まれていたムカスタがこっちを切なく見ていた。
……今度串焼きでも奢ってやろうかな。
「よろしい! ロイドってばいっつも手順復唱して偉いわ~! 初心は大事だからね!」
「ありがとうございます、リタ上等騎手! アゴルム、初動開始! 速歩固定、全力!!」
ぐん、と慣性がかかり……コクピットに伝わる振動が激しくなる。
視界の端では、腹部を閉鎖したリタのツヴァンクが並走を始めている。
……褒めてもらって悪いが、俺がいちいち手順を言うのは……格好いいからだ!
毎回毎回やってるけど、全然飽きない!
一つ残念なのが、この世界にはオペレーターどころか宇宙戦艦も存在しない所だな。
『進路クリア、アゴルム、発進どうぞ!』とかカワイイオペレーターに言われたいし、『アゴルム、ロイド、いきまーす!!』とか言いたい。
男の子だもん。
『アンタの護衛はアタシにお任せ! 何が出ても細切れにしてあげるんだから!』
頼れる上官の通信を聞きつつ、俺はひたすらアゴルムを早歩きさせることに集中した。
うっぐぐ、振動と熱でしんどい……!
「次が来たぞ! 中身ィ!!」
「――『二本角』の外殻、腱、骨ッ!!」
駐屯地の門に到着し、そこにいたドワーフの質問に、リタから聞いていた内容を怒鳴り返す。
ちなみに二本角ってのは、まだこの目では見ていないが……装甲マシマシのトリケラトプスみたいな魔物だ。
無防備な状態で突撃を受けると、その角はアゴルムの腹部装甲を貫通するくらいの威力があるっておっかないヤツ。
これでも魔物の中では前に戦った三本爪と同じく弱い部類だって言うんだから……この世界は怖い。
「このまま真っ直ぐ! 二番倉庫に行け~!!」
「了解ッ!!」
がしゃがしゃと金属が軋み、振動が響く。
やっぱり騎手は体力勝負だな……筋肉がなかったらこれで死んでると思う!
『ローイド! 頑張って! もうちょいもうちょい! ロイドはできる子、素敵な子~!』
……エルフにとったら人間の14歳なんて、まだ赤ん坊みたいなモンなんだろうなあ……
「いやあ! お腹、空きましたね! 上等騎手!」
振動に負けないように声を張り上げ、目的の方向へ。
『んっふふ! まっかせなさい! お風呂入って綺麗になったら、アタシが奢ってあげちゃうんだから!』
……この人、俺がちょっと甘えるとすんげえ上機嫌になるよな。
我が過保護な上官巨乳エルフ様よ……




