第7話 地味にいる原作キャラ。(帝歴999年、6月)
「ふんぐぐ……ぬぐぐぐ……むぐぐぐ……」
重い鉄のバーベルを、必死に持ち上げる。
世界が変わっても筋トレ用具って同じ感じになるんだな……!
「お、やってるわね~」
あ、リタが歩いてきた。
「あのさぁ、休みの日はちゃあんと休みなさいよね。毎日訓練してると潰れちゃうわよ、ロイド」
彼女はそう言いながら寄ってきて……タオルを取り出し、俺の顔を拭いた。
むわ……なんかいい匂いがする!
ここは、5番隊宿舎1階に設けられている訓練スペースだ。
位置的には、格納庫の隣にある。
俺が必死で持ち上げていたバーベルの他にも、木剣や木槍、盾に棍棒なんてのも完備されている。
流石に前世のジムみたいにトレーニング機械はないが、体を鍛えるには十分だ。
騎手は鎧騎兵に乗って戦うんだから訓練はいらない……なんてことはありえない!
ヨロイにはショックアブソーバーやエアバッグなんて気の利いたものはないし、歩くだけで揺れて体力を消耗する。
戦闘ともなれば、数本のベルトで固定されているとはいえコクピットは絶えず振動し、振り回される。
だから体力は絶対に必要なんだ。
剣術や槍術も、イメージ力の補強には必要不可欠だし、無駄なんてこともない。
それに、いつだってヨロイに乗ってる時にだけ戦闘があるとも限らないしな。
原作ではそういう描写もあったし……なにより、敵が『魔物』だけとも限らないんだ。
この時間軸ではまだ大丈夫だが、俺がプロローグを生き延びた後にそういうことは何回もあるかもしれない。
悲しいかな、魔物だけと戦っていればいいわけじゃないんだよねえ……この世界ってホント殺伐としてるわ。
ちなみに、どのヨロイ内部にも魔物の『毒ガス』に対応した防毒マスクが装備されている。
ヨロイが壊れた時にはそれを使用し、魔物から逃げなきゃいけない。
戦う? 無理無理無理カタツムリ。
初陣で戦った三本爪の子供にも勝てない。
原作最強キャラランクの上位にいるバケモン共ならいけるだろうが……基本的に、この世界の魔物は生身の人間が接近戦で勝てるような甘い連中じゃない。
前世で大人気だったRPGみたいに、倒すのにちょうどいいスライムやネズミなんてのはいないんだ。
それに、倒してもレベルアップとかしないし。
ステータスとかはないのだ、この世界。
「ねーねーロイド、お腹空かない? アタシが奢ってあげるから、お昼行きましょうよ!」
俺の顔を拭いた後、リタがニコニコしながらそう言った。
……ほう、奢りとな。
「ご馳走になります、上等騎手!」
「い~いお返事! それじゃ、身綺麗にして玄関に集合ね、集合!」
彼女はスキップしながら去って行った。
……条件反射で返事してしまった、まだ筋トレのノルマ残ってるのに。
まあなあ、『プロローグ』を知らない人からしたら……俺はたまの休日にも訓練ばっかりしてる変態小僧だもんなあ。
他の先輩方もちょいちょい食事に連れ出してくれるし……心配されてんだろうなあ。
14歳の少年が訓練漬け……前世の俺でも心配するわ、そりゃ。
仕方ない、今日は上官殿に奢ってもらいますかね。
そうと決まれば風呂だ、風呂。
「お、訓練漬け小僧が来やがった。おおかた……リタの奴に飯食いに連れてかれんだろ」
宿舎1階、訓練場に隣接している男性用大浴場に入ると……先輩騎手がいた。
魔法で湯を沸かして循環させているので……基本的に毎日風呂に入れる。
風呂があるのは原作でも知ってたけど、辺境にもあるとは思わんかったな。
「あ、はい。サイム二等騎手は哨戒終わりですか?」
この5番隊で俺と一番年が近い先輩、サイム=ボルク二等騎手だ。
といっても、彼は23歳だけど。
他の皆同様、ムキムキのナイスガイだ。
顔には古傷があってちょっと怖いけど、笑うと少年っぽい感じになる。
「おうよ、お前が哨戒面子に入ってから休みが増えていいぜ……ぶふう」
ざばり、と湯を被っている。
日本じゃないけど、この世界でも湯船につかる前には体を洗うのが普通の作法だ。
ここはさすがにヒノキ風呂ってわけにはいかんが、大理石っぽい建材で作られた綺麗な風呂場だ。
さて、俺も入るか……
「だけど当の本人が訓練漬けじゃなあ? あのよォ、真面目なのは結構だがたまには羽伸ばせよ」
「あはは……そうですね」
そう言われてもなあ……他に娯楽なんてあんまないしな、ここ。
それに差し迫った『死』のこともあるし。
「俺がお前くらいの年の頃はよ、寝ても覚めても女のことしか考えてなかったんだけどなあ……おい、お前ひょっとして男が好きなんじゃねえだろうな?」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
俺だって体に引っ張られて非常に強い性欲くらいはある。
あり過ぎるくらいだ……心身ともに健康な思春期真っ盛りだからなあ。
そして、前世も今世もノーマルである。
同性間のアレコレに文句を言う気はないが、俺は違う。
「ひょっとして……まさか律儀に『年齢制限』守ってんのか? かぁ~……ガルムさんの息子とは思えねえなあ……」
そんなことを言いながら、湯船につかるサイム先輩。
親父殿はどんだけ遊び人だったんだよ……おふくろへの手紙に書けないことがドンドン増えていくぞ、最近。
ちなみに年齢制限ってのはこの駐屯地にある……娼館のことだろうな。
人間の成人年齢は15歳なので、俺はまだちょっと早い。
ここは騎手関連の施設だけじゃなく、ちょっとした市場やレストラン街的なものもある。
さらに奥の方には歓楽街もな。
働き盛りの男も女もいるからな、そういう需要も勿論あるわけだ。
原作に出て来る他の辺境領も似たようなもんだったし。
「流石に訓練校出たてのガキなら追い出されるけどよ、哨戒に加わるようになったらもう一人前みたいなもんだぜ? ま、気が向いたら相談しな……馴染みの女に話、通してやっから」
……サイム先輩は豪快でいい人だけど、『兄弟』になるのはやだなあ。
「……馬鹿ちげえよ! お前さんの『卒業』に相応しい、気立てのいい若い子を紹介してもらうってことだよ! お気に入りの女は教えてやらねえからな!」
どうやら表情を読んだみたいだ。
「あ、はは……そ、その時は是非お願いします」
上司に風俗へ連れていかれるみたいなもんか……昭和だな、昭和。
前世ではそんな経験は……キャバクラにはよく連れていかれた気がする。
「おう! あ、でもリタには絶対にバレるんじゃねえぞ……アイツ、お前の姉貴かなんかだと思ってるからな……露見したら俺が殺されちまうわ」
「りょ、了解であります……」
俺は引きつった笑顔でそう返すのだった。
容易に想像できるな……あの人はちょっと俺を保護しすぎる……!
・・☆・・
「さあロイド、遠慮しないでドンドン食べるのよ!」
「いただきます、上等騎手!」
サッパリした後に、リタと合流。
半ば引きずられるように、駐屯地の中心へ連れていかれた。
ここは何軒かある食事処の一つ、『栄光と名誉』亭だ。
主人は引退した騎手のおじさんで、辞めた後も駐屯地で働いている。
奥さんと一緒に作っている料理はどれもどこか懐かしいような味で、いつも賑わっている人気店だ。
俺の目の前には、香ばしく焼かれた肉や新鮮な野菜のサラダが盛られている。
根菜と肉をドバドバ入れて煮込んだスープもある。
この国において米食は浸透していないので、固く焼いたパンが主食だ。
米食の国はあるんだけど、今の俺には行くことはできない……生き残ったら旅行したいなあ。
ともかく、食べよう……この硬いパン、ちょっと酸味があって癖になるんだよな。
前世の黒パンってのに似てる気がする。
「ふうん、真面目そうな子じゃないか」
「でっしょでしょ! 哨戒だって工事だって真面目にこなす、とってもいい子なんだから!」
この場にはもう1人、同じテーブルについている。
150㎝程度と俺よりもかなり背は低いが、鍛え上げられた肉体を持つ女性だ。
赤茶けた髪を、ほぼベリーショートにしている。
ついでに……リタと同じくらい胸も尻もおっきい。
彼女の種族……ドワーフ女性は大体ムキムキでロリ巨乳なのだ。
異世界の神秘よ。
ちなみに男性ドワーフはムキムキ髭もじゃだ、10代前半から既に。
異世界の神秘よ。
「あんたがロイドちゃんか。リタから話は聞いてるよ?」
豪快にジョッキを煽りながら、そのドワーフは人のよさそうな顔で微笑んでいる。
「もぐ、んく……光栄であります、ザルク上等騎手」
彼女の名は『タリアナ=ザルク』上等騎手。
7番隊に所属している女性騎手である。
ドワーフが整備士以外になるのはちょっと珍しいのだ。
彼らの種族は鍛冶や整備を好み、戦いを主体とすることは稀である。
……ここへ来て、リタ以外の原作に登場する人物に初めて会った。
そっか、彼女もここの生き残りだったんだ……
「固いねェ~? あたしゃアンタの上官じゃないんだけどねぇ?」
「んっふふ、でも最近はちょっと慣れてきたのよね~ロイド~?」
原作において、後々『剛腕』の異名を持つタリアナ。
彼女は、本編で主人公と何度か共闘をすることになる。
ツヴァンクがギリギリ持てる重さの長い戦斧を、小枝のように振り回す戦法が得意なのだ。
アニメでも映えてたなぁ……出自については語ってなかったけど、主人公と出会うまではここにいたのか……
本編ではリタと絡んでなかったから、知り合いだとは思わなかった。
ちなみに設定によると現在の年齢は25歳。
見た目はドワーフなので高校生くらいに見える。
「真面目な新兵だって評判だよ、アンタ。でも働き過ぎだってのも評判さ」
「きょ、恐縮です……」
やっぱり他からもそう見られてるのか……
「そうよそうよ〜、その上アタシに魔力操作も教えてくれって言うしさ~……有能なのはいいんだけど、このままじゃ魔物じゃなくって先に過労に殺されちゃうわよ~?」
「そりゃ、リタはエルフだからもってこいの教師だけどねえ……」
鎧騎兵を動かす上で重要なのはイメージ力と、魔力だ。
この世界に生きているすべての生物に備わっている魔力は……種族によって大まかなレベルが決まっている。
ドワーフや獣人はちょい少なめ、エルフは多め。
人間は中くらいって感じだ。
だけど、魔力は使えば使うほど増える性質を持つ。
だから俺は、筋トレや有酸素運動の他に……基本的に夜はぶっ倒れるまで魔力を放出させている。
魔力の総量が増えれば、鎧騎兵を長時間動かすことができる。
それは、生存率を高めるうえで重要なファクターだ。
戦闘中に魔力切れで昏倒なんかしたら、魔物の餌食だからな。
あと、量産型のアゴルムには備わっていないが……魔力を用いた遠距離攻撃ができるヨロイもある。
いずれそういうのを扱えるようになりたいもんだ。
ここを生き残れたらな。
プロローグまでの2年ではちょっとね……階級も絶対に足らんし、俺はアゴルムで生き抜くしかないのだ。
ちなみに、物理的な遠距離攻撃手段は乏しい。
魔物の装甲は分厚くって強いし、それを貫けるような……言ってみればバリスタとか弓なんてーのは、べらぼうに高価だ。
間違っても一兵卒の乗るアゴルムには回ってこない。
殆ど高級鎧騎兵専用装備みたいなもんだな。
「もぐっむむ……うま……うま……」
そんなことを考えながら肉と野菜をパンに挟んでモリモリ食う。
宿舎でも飯は出るけど、金払って食う飯の方が美味いなあ……準騎手になって貰う給料はほぼ全額帝都に送ってるから、無駄遣いはできんしする気もないがね。
「ホラ食べなさいこれも! これも~! いっぱい食べて大きくなるのよ!」
「こりゃあ姉貴通り越してお母ちゃんじゃないか、はっはは!」
食べる端から皿に補充されていく食料……リタは過保護だなあ。
「――ははは、まるで豚のような食い方だ」
しん……と静まる空気。
近くまで来た男が、にやけながら声をかけてきたようだ。
「出自は所作に現れると聞く……なるほど、その通りだな」
頬をハムスターのように膨らましている俺を、性格の悪そうなイケメンが見ている。
その後ろには、同じようにニヤつく男たち。
……あ、俺コイツ知ってるぞ、原作で。
「楽しく飯食ってんのに、不味くなるようなこと言ってんじゃないよ」
さっきまでのニコニコ顔を消し、ソイツを睨むタリアナ。
リタは……あっ、人間を見る目をしていない! 凄く怖い!
口の中のモノを飲み込んでタオルで拭き、立ち上がって……そいつの目を見て、しっかり敬礼!
「――これは、お見苦しい所をお見せしました! お許しを……ファンガリア上等騎手ッ!」
すると、その男は嘲笑を消して……愉快そうに何度か瞬きした。
「ほう、私を知っているのか。ふむ……騎士爵の身にしては、わきまえているようだな」
「ハッ! 当然であります! 騎手であると同時に私は帝国貴族の末席を汚させていただいている身! 恐れ多くも……公爵家のお方に失礼を働くつもりは、毛頭ございません!」
取り巻きの男たちはアテが外れて嫌そうな顔をしている……おいおい、ちょっとは親分を見習えよ。
親分ったら承認欲求満たされてニッコニコだぞ、超わかりやすい。
「ふん、多少腕が立つ準騎手風情が粋がるな……と、言いに来たが。どうやら貴様はものの道理がわかっているらしい……精々励めよ、騎士爵! はっはっはっは!!」
「はっ! ありがたき幸せッ!!」
ファンガリアは愉快そうに笑うと、取り巻きを引き連れて去って行った。
……それだけの為に来たのか、なんちゅうか暇な野郎だな。
おおかたアレだな、13番隊のボンボンをボコした件についてだろうな。
俺も有名になったもんだぜ。
「ちょっとロイド! おんなじ騎手なんだからそんなにへりくだらなくてもいいのよ! あんなのに気なんか使わなくてもいいんだから!」
「そうさ、公爵家なんてここじゃなんの足しにもならんからね!」
2人が慰めてくれるのを申し訳なく思いつつ、ファンガリアたちが消えたのを確認して座り直す。
「いえいえ、言うだけなら何のこともありませんし……それに、俺がここで問題を起こすと上官のリタ上等騎手に迷惑がかかりますから」
ばぁん! とリタがテーブルを叩いて……顔を真っ赤にしていきなり抱きしめてきた!
やめて! おっぱいで窒息する! 幸せ!!
明日死んでもちょっと未練が減る! でも死にたくない!!
「なぁあんていい子なのロイドォ! いいんだから! アタシはそんなことぜぇんぜん心配してないんだから!!」
「こいつはできた部下だねぇ……リタ、うっとこの新人ととっかえてくんない?」
「ずえ~~~~ったい! 駄目~!!」
やわらかおっぱい越しに会話を聞きつつ、さっきの男を思い出していた。
アイツは『エリオット=ファンガリア』上等騎手。
年齢は20代、ファンガリア公爵家の次男だ。
高慢ちきな性格なのは原作と一緒だな……こっちで体験はしていないが、その性格とは正反対に鎧騎兵の操縦スキルはかなり高い。
上等騎手は普通、コネでどうこうなるモンじゃないのだ。
で、何故俺がああまでへりくだったのか。
リタたちのこともあるが……それはひとえに彼の作中での『末路』に起因する。
原作8巻、アイツは主人公陣営を裏切って他国に逃げようとして……紆余曲折の末に国境のとある村で、生きたまま無残に、魔物に食い殺されるのだ。
それはもう念の入った描写でねぇ……初見時は読んでるだけで股間がヒュっとしたもんだ。
アニメでも無駄に作画よかったし……あの場面がトラウマになったという視聴者は多い。
なので、俺は何を言われてもあんまり腹が立たない。
だって……どんだけキャンキャン言われても『コイツ後でひっでえ死に方するもんなあ……言わしといてやるか、あまりに哀れな最期だし……』としか思わないのだ。
あと、奴は裏切りもんだけど……お気に入りキャラとか殺したわけじゃないし。
ただただウザくって……でも総合的にかわいそうな男なのだ、なむなむ。
この時間軸だと悪さしてないし。
うーむ、会いたい原作キャラと、そんなに会いたくない原作キャラに会ってしまった……




