第6話 初陣。(帝歴999年、6月)
『ロイド、大丈夫?』
少しざらついたリタの声が、コクピットに響く。
発生源はヘルメットの耳部分……鎧騎兵同士の『魔導通信』だ。
近距離なら、ノータイムで通信ができる。
個別通信とかはなくて、全部垂れ流しだけど。
「問題ありません、駆動も順調です」
視界の左右に見える森を確認しながら、そう返す。
ずしん、ずしん、と定期的な振動が体を揺らしている。
『気分が悪いとか、怖いとか、帰りたいとかあったらすぐに言うのよ! 無理なんかしてもいいことないんだから!』
過保護な上官殿だ……有難いっちゃ有難いが。
「はい、ありがとうございます……リタ上等騎手」
ふう……本日は晴天なり。
初の哨戒任務でも、天気は良いな。
・・☆・・
公爵家のボンボンとの模擬戦からしばらく。
本日、遂に俺はリタと一緒に駐屯地の外へ出ることになった。
任務は『駐屯地周辺の哨戒』
連日の作業を監督していたリタが、遂にゴーサインを出してくれた……わけじゃない。
許可を出してくれたのはロジン統括騎手だ。
『赤子からの子育てじゃないんだぞ、お前何年ここに閉じ込める気だ』って、ちょっと呆れつつそう言っていた。
聞けばリタ、初の部下である俺が心配すぎて3年くらい外に出さないつもりだったらしい。
過保護すぎる……プロローグ始まっちまうよ。
ロジンはじめ、他の面々も大丈夫だと太鼓判を押してくれたので……しぶしぶながら、外出が許可されたというわけだ。
『ロイド、アタシの後ろから出るんじゃないわよ! ネズミ一匹後ろにはやらないんだからね!』
「りょ、了解です」
やっぱり過保護すぎる……入れ込み過ぎだろ、リタ。
これ、俺が死んだら本編よりもメンタルブレイクするんじゃねえのかな。
ともかく、リタの後ろを追いかける。
彼女の駆る鎧騎兵は、まるで人が歩くような自然さで街道を進んでいく。
動きがスムーズすぎる、いくらヨロイが違うったって……流石は上等騎手だな。
リタが乗っている鎧騎兵の名は『ツヴァンク』
原則、上等騎手以上に支給される高性能鎧騎兵だ。
どこかくすんだ灰色をしている『アゴルム』と違い、質のいい銀色に輝く装甲を纏っている。
全体もスラっとしており、丸っこいアゴルムは別の鋭角で構成された形をしている。
高級な全身鎧って感じのヨロイだな。
シャープな頭部には、蒼い飾り毛まである。
総じてイケメンでもあり、女性的でもある。
6頭身の人間っぽい形だな……うーん、後ろから見ても格好いい。
挿絵でもアニメでも見たけど、実際に見ると違うなあ……前世で組んだプラモよりも情報量が多いや。
「格好いいなあ……」
『なーに? アタシのツヴァンクに見とれてもいいけど、油断はしちゃ駄目なんだからね!』
おっと、心の声が漏れてた。
そしてリタのツヴァンクは、なんか急に挙動不審な動きを見せている。
動きはイメージ力だからな……格好いいロボが乙女っぽい動きをすると違和感がすげえや。
「了解です、リタ上等騎手」
そう答えて、両手で水晶球を握りしめた。
ぎちり、とアゴルムの拳が動く。
本日の装備は中盾に……片手斧。
量産機には似合いすぎる得物だなあ。
宇宙世紀の一つ目ロボットみたいに赤熱化はしないけどさ。
ツヴァンクの装備は中盾とロングソード。
ヨロイで鋭利な刃物を扱うのは、それはもう無茶苦茶難しい。
生身でも刃筋を立てて斬るってのは難しいからな。
俺の片手斧は……スパっと斬るというより、重さで叩き斬る武器だからね。
だから、鋭利な刃物を主武装にできるってことは騎手の実力を表している。
ま、ツヴァンクに乗ってる時点で実力はあるけども。
『そろそろ魔物の縄張りよ。しっかり警戒なさい!』
「了解!」
駐屯地から南に進むこと、小一時間。
左右の森が深くなってきたな……いよいよか。
西方辺境領は、『魔の領域』と呼称される手付かずの地域に隣接している。
かつて、先人がこの辺境領から死に物狂いで魔物どもを押し込んだ先だ。
この先には人の住む地はなく、どこまでも森や平原、もしくは荒野が広がっている……と、されている。
原作では後年この先が探索され、やがて地図が作成されるんだが……それは今から何十年も後の外伝での話だ。
2年後に迫るプロローグでは、『魔の領域』各地から一斉に魔物があふれ出し……西・北・南、そして中央駐屯地は壊滅。
その後も魔物の進撃は続き、帝都全土から派遣された大軍団が決死の防衛戦を展開して、なんとか流れを押しとどめることに成功する。
だが、その結果として西方辺境領は『魔の領域』に逆戻りしてしまう。
それが、プロローグの全容である。
この後、原作では長い長い時間をかけて最終的に失地を奪還することになる。
俺は……この魔物の氾濫を止めるつもりはない。
というか、絶対無理だ。
たった1人の騎手がどれだけ頑張っても、膨大な魔物の群れはどうにもできん。
俺は指揮官ですらないただの一兵卒だからな。
だから、この2年で鍛えて一端の騎手になって……地獄の撤退戦を生き残るのだ。
できれば、今も前方でやる気満々の我が上官殿と……他の仲間たちも含めて。
――ちり、と音。
アゴルムに搭載された、『自分たち以外の魔力』を感知する装置だ。
その接近に際し、鈴が鳴るような音を出す。
『来るわよ、盾構えて!』
「了解!」
盾を前に突き出し、斧を中段に。
敵の突進を受け止めて、ぶん殴る構えだ。
通常の魔物相手には戦術なんか必要ない。
中には頭のいい種類もいるが、こんな駐屯地から歩いてすぐの所には出ない。
しばらくそのまま待機……心臓の音がやけに大きく聞こえる。
これが、正真正銘初の実戦……!
左側の森に、ゾワゾワした気配を感じ始めた。
アゴルムと魔法的にリンクした俺の五感が、近付いている魔力を感じている。
そして、音。
ガサガサと草が揺れる音と……何かが走る音。
移動速度は、結構速い!
「――ギャルルルルッ!!」
鳥の鳴き声に似たけたたましい声……これは!
『たぶん『三本爪』! 距離に気を付けて! 複数で来る!』
「了解ッ!!」
俺が返事を返した瞬間、森の中から影が飛び出した!
ジャンプ……高い!
『ハァアアッ!!』
「ッギゲギャアアア!?」
そいつは真っ直ぐツヴァンクの方へ飛び掛かり……ロングソードの一振りで切り伏せられた!
武術家がやるみたいに速くて鋭い一撃……さすが、上等騎手!
どしん、と地面が揺れる。
ツヴァンクの剣で首を斬り落とされて痙攣しているのは……全長3メートルくらいの、分厚い装甲を纏った、恐竜!
前足は短く、後ろ脚は太く強靭に発達していて……禍々しい爪が3本生えている。
この重装甲ヴェロキラプトルみたいな恐竜が、魔物『三本爪』だ。
そいつの周辺に、薄い紫色の煙……『瘴気』が残っている。
鎧騎兵なら結界のお陰で無事だが、アレを生身で無防備に吸うと死ぬ。
ま、その前に切り裂かれて死ぬんだろうが。
ざざざざ、と続く音。
コクピット内にちりちりと音が響く……!
『左から2! 右から1! ロイド、右を相手なさい! 焦らず、普段の訓練通りに!』
「了解! ロイド準騎手――戦闘行動に移ります!」
アゴルムを右に向け、音の発生源に盾を構える。
俺はリタみたいに器用な戦いはできない……基本に忠実に、だ!
「ギャガガガガガ!!」
「来やがれトカゲ野郎ォ!!」
紫色の煙を纏って、森から飛び出す三本爪!
視認性が高くっていいね!
アゴルムの全長を越える跳躍。
そして、こっちに突き出される両足の爪!
重心を前に意識しつつ――ぶつけるつもりで、盾を突き出す!
――ばぎん! と音。
そして衝撃。
「ぬぅっぐ! ……おるぁあ!!」
揺れるコクピットで吠える。
火花を散らしている盾を保持し――斧を、その足に叩き込む!
空中の左足首に刃がぶつかり、装甲を砕いてどす黒い血液が噴き出た!
「アギャアアア!?!?」
三本爪が悲鳴を上げ、地面に落下する。
踏み込め、アゴルム!!
「――でいりゃあッ!!」
踏み込みの勢いを乗せ、血まみれの斧を振り下ろす!
大上段から大きく振り下ろされた刃が、わめいている三本爪の――首に突き刺さる!
っち、両断は無理か……ならッ!!
「死にくされッ!」
斧を持ち上げるのではなく、そのものに……盾を、叩きつける!
ごおん、と轟音を上げた斧がさらに食い込み――三本爪の首を、切断!
よぉし!!
「上等騎手っ! 殺しました!」
『見てたわよ! よくやったわ!!』
戦果報告の為に視線を向けると……そこにはこっちを向いているツヴァンク。
その足元には、綺麗に首を斬り落とされた三本爪の死体が新たに二つ追加されていた。
……俺がヒイコラしてる間に、二匹か。
さすがだな……本編の強キャラは桁が違うぜ。
『油断しないで! 索敵に移るわ……周辺警戒!』
「了解!」
斧を抜き、再び構える。
精神を集中し……周辺の気配に耳を澄ませる。
――ちりり。
奥からげっそりする感覚……新手!
『反応が強い……これって長かも! そのまま待機! アタシがやるわ!』
「ご武運を!」
『なーに? 生意気言っちゃってさ! うふふ!』
リタが嬉しそうに笑った瞬間――来た!
森の奥から黒い影……数は一つ! 明らかにさっきまでのよりデカい、3メートル以上はあるぞ!
「ギャガガガガッ!!」
『来なさいッ!!』
ツヴァンクに三本爪が飛び掛かる……速い!
だけど、リタのツヴァンクはもっと速かった。
火の出るような速度でサイドステップ!
『――ハァアッ!!』
三本爪の突撃を躱しつつ、同時にロングソードがその両足を切断。
そのまま、胴体すら両断した! すげぇ……さすが、高級機!
鈍重なアゴルムには不可能な機動だな……だってこっちはまずジャンプができんし。
『やったわ~! ロイドロイド、見てた? アタシの雄姿を!』
「はいっ! 格好よかったです!!」
『んっふふ! そうでしょそうでしょ! アタシってばすっごいんだからね!』
返り血にまみれてツートンカラーになったツヴァンクは、ちょっと女性らしくクネクネした。
……すげえな、イメージ力って。
ともかく、初陣は……なんとかなったか。
あ、ヤバい索敵索敵……!




