第9話 あ! 原作で見た人だ!(帝歴999年、8月)
「おぁあ~……もうここに住みたいぃ……」
冷たい水が、俺の全身から熱を奪っていく。
運動を繰り返して熱を持った筋肉が、心なしか喜んでる気さえする……
ここは宿舎1階の大浴場。
まだ日の高い今、大きな湯船には……地下から汲み上げた冷たい水が張ってある。
いまだに仕組みはわからんが、夜になるとコレがお湯になるわけだ。
魔法って最高だな……
「よく頑張ったな、ロイド……ふぅう」
体を洗っていたロジン統括騎手が湯船に入ってきた。
おお……水が動いてより冷える……
しかしロジン、60くらいとは思えないバッキバキの肉体だな……傷まみれなのが恐ろしい。
「技術はまだまだだが、根性はいい。食らいつく姿勢が親父そっくりだ」
「ありがとうございます……!」
なんで昼前のこんな時間に水風呂に入ってるかというと……さっきまで、ロジンと鎧騎兵で模擬戦をしていたからだ。
もちろん、無理やりじゃないぞ?
俺から頼んだんだ、『胸を借りたい』ってな。
この先生き残るためには、とにかく鍛えるしかないからな。
大規模な対魔物戦闘はまだ参加させてもらえないだろうから、せめて格上との模擬戦くらいはせんと。
「だが、攻め手を意識するあまり守りがおろそかになりがちだ。魔物相手の戦闘はまず守る、守って守って……隙を突く。特に、アゴルムに乗っているときはな」
「はい、わかりました」
今回の模擬戦、ロジンの鎧騎兵は専用機じゃなくて俺と同じアゴルム。
本当に同型機か? なんて思っちまうほど何もできなかった。
動きは速くない、速くないが……それでも捕えられなかったんだ。
それになんとか対応しようと動くたびに、関節とか背中とか足元とか、そういう箇所を的確にぶん殴られる。
それで体勢が崩れると、すぐさま二撃目で地面にドシャン! だ。
起き上がる間は待ってくれるが、こっちが息を整え終わるや否や襲い掛かって来て……
まあ、つまるところ……時間にして2時間くらい、ひたすらボコボコのボコにされていたってワケだ。
アゴルムの外装はベコベコになり、整備士のドワーフさんには必死で頭を下げた。
だけど『こんなもんすぐ直すから気にすんな。遊んでこうなったわけじゃねえからな』なんてイケメンなことを言ってくれたなあ……
ありがとう、年齢不詳の髭もじゃドワーフさん。
「だが目は良い。相手が何をするかをまず見るのが大事だ、アゴルムの装甲はヤワじゃない……見てから動いても遅くはない。そのための盾もある」
「はい!」
アゴルムの基本的な装備は、利き手に片手武器、逆手に盾。
オーソドックスな、『受けて攻撃』するスタイルだ。
基本がしっかりしてないと、応用もクソもないからな……
「お前さんは斧よりも手槍の方が向いてそうだ。見た感じ、準騎手の中では一番突きが上手いだろうと思う……」
「それは、嬉しいです!」
手槍か……確かに突くのは得意だ。
原作のお気に入りキャラも槍持ちだから、影響されたんだろうか?
「おおっと、うぬぼれるなよ? 準騎手の中では、だからな」
「はい!」
そりゃそうだ。
上には上がいる……当たり前のことだ。
持って生まれた才能とか、秘められし能力とか、超能力とかは……俺のボディには微塵も存在しないからな。
「まあ、整備員に訓練用の手槍を回すように言っておいてやるから……それで練習しておけ」
「ありがとうございます!」
ざば、とロジンが湯船を出る。
ひぇえ……ムキムキの胸板に古傷が山ほど……歴戦の勇士だな。
「儂は先に上がるぞ、水風呂は気持ちいいが入り過ぎて風邪をひかんようにな」
「はい!」
昼飯までこのままいたいんだが……やめとくか。
もうちょいしたら出よう……
「そうだ、リタが言ってたが……お前さん、随分ファンガリア公爵家の倅にへりくだっているらしいな?」
あ、エリオットね。
あれからたまに会うけど、こっちが基本的に敬礼しながらハキハキ話すと機嫌いいんだよな、アイツ。
『励むがいい騎士爵! はっはっは!』って毎回言うし。
なんかなあ、末路が哀れすぎてなあ……強く出れないんだよ、出るつもりもないが。
「あ、はい、何かまずいでしょうか……?」
なんだろ、舐められたら殺せ! とかいう鎌倉武士ソウルをお持ちじゃないといいんだが。
と、思っているとロジンはニヤリと笑った。
「それでいい。馬鹿とは喧嘩するだけ無駄だ……儂らの敵は魔物であって、馬鹿な貴族じゃない。貴族社会なら別だが……騎手の世界では、そのままでいいぞ」
「はい! わかりました!」
よかった……アレで正解だったみたい。
別に帝都で権力合戦してるわけじゃないし……魔物と戦う時に、上等騎手と揉めたら死んじまうからな。
それにアイツ、性格はアレだが実力はある。
戦力として重要だ。
え? 13番隊のボンボンはって?
あっちは話しかけようとすると無視してどっか行くからな……それに準騎手だから基本放置だ。
13番隊の統括騎手さんは鉄拳制裁上等の怖い方らしいので、何かあればまたボコボコにされるだろう。
「昼飯までには上がっておけよ、ロイド」
ロジンが浴室から出ていく……しかし色々でっかいな〜。
男として尊敬しかない……
「……リタ! お前そこで何をしている! ここは男性用だぞ馬鹿者!!」
「ひゃぁああ!? で、ででででっか……!? あた、アタシはロイドが溺れてないか心配でその……!!」
「出ていけ!」
「は、はいぃ~!!」
……脱衣所にリタがいたらしい。
過保護すぎる……!
・・☆・・
「む?」
「どしたのロイド? あー、アタシの分も食べる?」
体温を下げて、1階で昼食を摂る。
宿舎で支給される食事は基本的に無料なので、給料を仕送りにほぼぶち込んでいる俺には有難い。
ただまあ、あんまりおいしくはないが……栄養はある! って感じだがな。
「いえ、大丈夫です。リタ上等騎手……あっちが騒がしいようですけど」
俺の皿に山盛りのサラダを捻じ込もうとしていたリタに聞きつつ、指を差す。
この人、基本的に俺にべったりだよな……最近特に。
真面目に騎手してるだけなんだが、一体何が琴線に触れたのかねえ?
そしてなんか……駐屯地の入口あたりがザワついている。
ここからだと他の宿舎が邪魔でよく見えんな?
大勢の人間が入ってきたのか?
「ん~……あ、今日って何日だったかしら?」
「ええと、8月13日ですね」
今更だけどこの世界は1年12カ月で、1月は28日から31日の間だ。
地球と微妙に違うのは、たぶん天体の関係とかそういう理由だろう。
そっち方面の造詣は深くないから知らん。
「あ、そっかそっか……あれよ、抜き打ち視察ね。毎年これくらいの時期に来るのよね~」
「抜き打ち視察? どなたがです?」
原作にはそんなイベントねえぞ?
……あ、一応今の時間軸では平和なんだった、帝国。
視察ってぐらいだから偉い人が来るんだろ……ファー!?!?
宿舎の隙間から見える、あの白銀色の鎧騎兵は!?
「……嘘だろ、ヴィセルマリア!?」
「あら、ロイドったら物知りね? どこで知ったの、訓練校?」
やっべ……思わず口に出てしまった!
えっと……えっと……
「はい、訓練校の書庫にあった『鎧騎兵目録、帝歴980年版』で知りました」
「えらーい! 座学もしっかりやってたのね、流石はロイド! アタシの部下~!!」
肩をバンバンされる……ふう、なんとか誤魔化せたな。
書庫で読んだんじゃなくって、前世の『設定資料集』からの知識だけど。
「待ってください上等騎手、ヴィセルマリアがいるってことは……」
『ヴィセルマリア』
ツヴァンクよりもさらに数が少ない、高級な鎧騎兵。
その全身を包む流線形の装甲板は、磨き上げられて鏡みたいに光っている。
あれは見栄え重視でピカピカなんじゃなくって……魔力を表面に流しやすくするための加工だ。
騎手由来の魔力を『動力体』が増幅……装甲表面に循環させると、防御力が跳ね上がるんだ。
流麗で女性的な印象を受けるそのヨロイは、人のような自然さでゆっくりと進んでいる。
「うんそうよ、アレがいるってことは……皇族のお出ましね~」
あれは……帝都に駐留している、それも皇族直属の近衛騎手専用のヨロイだ。
この時間軸って、皇族が視察に来るくらい平和なんだな……
「あーめんどくさ。しょうがないから制服に着替えるわよ、ロイド。折角の休日だっていうのに……」
「了解です、上等騎手」
こっちにも来るかもしれんのか、たしかに面倒臭いが……でも、どの皇族が来てるのかは気になる所でもある。
食事を切り上げ、着替えることにした。
「うへ、こっち来る……ロイド、お行儀よくしなさいよ?」
「りょ、了解であります」
部屋に取って返し、騎手の制服に着替て宿舎前にとんぼ返り。
俺が一番最後で、もう既に皆正装でスタンバっている。
慌てて並ぶと、一瞬前までいなかったリタが真横にいた。
……この人はもう……部下が好きすぎる。
今更だが制服の見た目はアレだな、紺色の長袖長ズボンの……詰襟学生服。
偉くなると勲章とかがじゃらっとつくが、今の俺は右胸に準騎手を示す認識票があるだけ。
暑いが、正装なので仕方ない。
基本的に作戦行動に出る時は、この制服の上から鎧を着る。
急所のみを硬い革で覆った、動きやすいものをだ。
ヨロイを扱うときに邪魔にならないよう、両腕はフリーになっている。
服の方もただの布じゃなく、防刃に優れた繊維を使っている……まあ、そのせいで蒸れるし暑いが死ぬよりましだ。
服装の乱れがないかチェックしていると、騒がしくなってきた。
……来たな!
ずしん、ずしんと振動……目だけを向ければ、向こうの方から4体のヴィセルマリアが隊列を組んで歩いてきた。
左右に2体ずつ広がり、その間には……俺達と同じような制服と鎧を着た……女性!
左右のヴィセルマリアの胸部装甲板、その左胸に……あった! 『交差する刺剣』の紋章と番号!
「……近衛、5番隊」
「うわ、ロイドってホント詳しいのね。『病的なヨロイ好き』もいいけど……ヨロイとは結婚とかできないんだからね?」
リタは俺をアホだと思っているのか。
それとも超ド級の変態だと思っているのか理解に苦しむ。
まあとにかく……その近衛5番隊は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
えっと、この時間軸だと5番隊が守ってるのは……
「皇女殿下万歳!」「万歳!」「帝国に栄えあれ!」「ヴァラール! ヴァラール!!」
他の連中がテンションアゲアゲだ。
ちなみにヴァラールってのはなんかこう、めでたい時に叫んだりする……バンザイ的な感嘆符?
長身に……金髪。
確か……名前は……
「……ヘルミーナ様、だったかな」
原作でも人気のお方だったね。
「やだ、ロイドってちゃんと女の子にも興味あるのね、よかった〜……」
……この耳長さんめ……!
俺のことを一体何だと思っ……ヒィ! こっち見た!?
敬礼しつつ、目線を合わせないように気を付ける……なんで行進止まるの!? なんで単独でこっち来るの!?
なにか気になることでも……あ! リタか!
エルフって珍しいもんな、この世界でも……俺の方に! 来る!!
なんで!? 股間のチャック全開だったとかか!?
やめて、こっち来ないで……!
「――貴方、お名前は?」
こっち来たァ!!




