第10話 終わり駄目なら全て駄目。(帝歴999年、8月)
「ふふ……直答を許します、緊張しないで頂戴?」
花のような、いい匂いがする。
俺の目の前には……綺麗な金髪をしっかりと結い上げた、ちょっとだけ目付きのキツイ超美人がいる。
背は俺より少し高い……皇族ってみんな長身だよな、原作知識だけど。
金色の瞳が、俺を刺すかのように向けられている……怖い!
だが、失礼にならんように……!
「ハッ! 南駐屯地5番隊所属、ロイド=ベルク準騎手であります! ヘルミーナ皇女殿下!!」
今世始まって以来の至近距離VIPだ……!
声が裏返りそう……!
ラギアギア帝国、第五皇女。
『ヘルミーナ=ラーラ=ラギアギア』……たしか、この時間軸では18歳くらい。
原作では、最終巻まで生き残るお方だ。
騒乱にまみれる世界で、自ら騎手隊を率いて多くの戦場で大活躍した……押しも押されぬ人気キャラである。
リタと同じように、後年になって独立した外伝も発表されている。
さらにそれは後年3部作のアニメ映画になり、海外では特に人気となった。
「いい名前ね、ベルク準騎手……貴方、どこの訓練校から来たのかしら?」
「ハッ! 第2騎手訓練校であります!」
キリッとした綺麗な声だ……アニメ版だと当時大人気だったアイドル声優が声を当ててたな。
それまではどちらかというと可愛い系の声ばかり担当していた彼女は、コレが当たり役になって演技の幅が増えたんだっけ。
でも、記憶にある声と微妙に違うんよな……やっぱり不思議だ。
「そう……辺境での暮らしは辛いかしら?」
プロローグで滅ぶから辛いですゥ! とは口が裂けても言えんな。
「はい、いいえ皇女殿下! 帝国防衛の先陣を務めるは、騎手の誉れであります!」
キツイ目が、少し弧を描いて……わずかに微笑んだ。
そして……今いるのに気付いたが、後ろにいる特徴のない顔の女性に顔を向けている。
生身の護衛か……気配が薄いし、俺なんか一瞬で殺せるくらいの凄腕なんだろうな……
「……彼は?」
「は、今年からの『騎手の騎士』です。父親のガルム=ベルクは、9年前に南駐屯地の最前線で戦死しております。最終階級は上等騎手、享年28歳です」
「そう……素晴らしい騎手だったのね」
悪いことを聞いた……とでも思ったのか、ヘルミーナは一瞬目を伏せた。
護衛さん、俺のことまで知ってんのかよ……今聞かれてすぐに出て来るなんて、頭の中に百科事典でも入ってるのか?
あ、いやたしかそういう魔法があったな……『転写』だったっけ? 文字情報を画像として脳に取り込む的なアレ。
流石皇族の護衛……超絶技能はなんでもござれ、ってか。
……それにしても親父殿、ここで……南駐屯地で死んだのか。
誰も詳しく言ってくれないから驚いたぜ……内緒だったんかな?
「そうなの……他に、ご家族は?」
「ハッ! 母と妹が、帝都にてつつがなく暮らしております!」
手紙で元気なのは確認済みだしな。
おふくろからは『仕送りが多すぎる。少しは自分で使え』なんて返事が来たが。
だってここにいても金使わねえんだよ……全然。
基本的に装備は支給だし、宿舎なら飯も無料だし。
たまに買い食いするくらいかな……
「貴方……不思議と、矜持のあるいい目をしているわ。これからも励みなさい、ベルク準騎手」
「ハッ! ありがたき幸せ! 一層! 奮励努力致します!!」
俺の答えに満足したのか、ヘルミーナは今度はしっかりと微笑んで……俺の肩を優しく叩き、身を翻した。
護衛の女は一瞬俺を見て、それに続く。
行進は再開され、地響きを立てながら……ヴィセルマリアたちは行った。
……行った、行ったよな……?
「ぶはぁあ~……! はぁ、はぁ、はぁあ……!」
息止めてた……き、緊張、緊張したぁ……!!
あ、足から力が抜ける……!
「おっとと、ロイドったら汗だくじゃない? ホラ、拭いてあげるわ~」
「むわわわ」
リタが後ろから俺を支え、何故かすごく嬉しそうにタオルで顔を拭いてくれた。
「堂々としたもんだったぜ、ロイド。お前のハッタリも中々だなあ?」
サイム二等騎手が、ニヤニヤとこちらを見ている。
「それでどうだった、麗しきヘルミーナ様からお言葉をいただいた感想は?」
「……正直、何を話したのかすら曖昧です。皇族の方にお会いするなんて、この先一生ないでしょうから……」
プロローグから生き残っても、その縁はなさそうだ。
英雄にでもなれば謁見の機会はあるかもしれんが、まずは生き残ることが第一!
死んで英雄になっても何も嬉しくないし!
「うんうん、立派だったわよロイド! アタシも鼻が高いわ~!」
リタ、頼むから後ろから抱えないで……
胸がね、胸が……すんごく! 当たる!!
ウォーターベッドかな!?
・・☆・・
「――ベルク騎士爵!」
皇女殿下は駐屯地を回り、何人もの騎手に声をかけ……現在は中央にある建物で休憩されている。
そこはこの駐屯地のトップに君臨する、『聖騎手』の宿舎で……こういう時の為に貴人を迎えられるようになっているとか。
俺と言えば、いきなり特権階級には話しかけられたショックもようやく収まり……リタと一緒に市場にある軽食屋に来ていた。
で、奴が来た。
取り巻きを連れたボンボン……ファンガリア上等騎手サマが。
アイツ、頑なに俺のことを貴族位で呼ぶんよな。
選民思想が沁みついていらっしゃるねえ……
うげ~って顔をするリタを横目に、立ち上がって敬礼。
たぶん、今回の訪問の目的は……
「……貴様、畏れ多くも皇女殿下直々にお声をかけられたそうだな!」
やっぱりか、超わかりやすい。
苛ついた顔ってことは、コイツは声をかけられなかった側ってことか……
哀れである。
「騎士爵風情が、調子に乗ってはおらんだろうな!?」
最近、コイツの対処にも慣れたもんだわ。
ある意味リタよりわかりやすい。
「はい、いいえファンガリア上等騎手! 皇女殿下は心優しきお方……貴族の末席を汚す者にたまさかお声がけいただいたまでのことです! 下々にもお気を配られるということでしかございません!」
「ほう……わかっておるようだな!」
『俺個人を気に入ったわけじゃないよ、雑魚貴族まで気にしてるってポーズですよ~?』的に言うと、あからさまに機嫌がよくなった。
わかりやっす……こういうのもチョロいって言うのだろうか。
「勿論であります! 自分のような泡沫が如きものは、その深いお心に感じ入ることはあっても……騎士たる領分を越えるような傲慢さは、一切ございません!」
「……うむ、うむ! やはり貴様は騎士爵の分をわきまえているようだな!」
どんどん機嫌がよくなるな……こうなると楽しくなってきたぞ。
すると、ファンガリアは俺の皿を見て目を細めた。
「相も変わらず貧しきものよ……ふん、その清貧さに免じて恵んでやろう。たまには良いものを食わねばな、騎士爵」
ちゃり、とテーブルに置かれるいくらかの小銭。
お、一般的買い食い10回分くらいの金額だ。
地面にでも放り投げるかと思ったが……流石は腐っても公爵家、そこまではせんか。
「これは……なんと! ありがたき幸せッ! 自分のような末端にまでお心を砕かれるとは! ファンガリア公爵家の御威光、身に染みて感じます!!」
おお~……機嫌が最高潮!
取り巻きは不機嫌そうだけど、俺の超絶へりくだりにはもう慣れているようで前ほどじゃないようだ。
反抗とかして欲しかったんかな?
ちょっと今はそれどころではないのでね……
「はっはっは! わかっているようだなあ! ベルク騎士爵!」
すす、と寄ってくるファンガリア。
なんだよ近いな……コイツ香水つけてやがるのか、うへえ。
「では、少し聞こう。貴様は……皇女殿下が私に何故、お声をかけなんだかわかるか……?」
そんなもん嫌いだからに決まってんじゃん……とは、流石の俺もかわいそうで言えん。
「はい、いいえ上等騎手。未熟な我が身にはわかりかねますが……愚考しますに、お声をかけてしまえば、上等騎手の御威光が高くなりすぎることをご案じなされたのでは……?」
カッ! と目を見開くファンガリア。
「ふふ……ははは! そうか、そうだな! くくく……取るに足らぬ考えではあるが、ふふん……中々面白いではないか……! 行くぞ皆!」
声掛けられなかったの、超気にしてたんだな、コイツ……
身を翻して去って行くファンガリアは、なんとも嬉しそうな背中をしていた。
「励めよベルク騎士爵! はーっはっはっは!」
「ハッ! ありがとうございます、上等騎手ッ!!」
俺は、そのノリノリの背中が見えなくなるまで敬礼して……着席。
ふう、肩が凝ったぜ。
「やりましたよリタ上等騎手! これで煮込みと……葡萄酒も飲みましょう! 臨時収入ですよ、臨時収入!」
「……アンタさ、イイ性格してるわねえ……アタシってば、ちょ~っと行く末が心配だわ~?」
貴重なジト目エルフになっている。
アイツと絡んだ最初の方は随分と俺を心配してくれたもんだが……俺がファンガリアに一切の敬意を持っていないのに気付いてからは、こんな感じだ。
「ちょっと真面目に話せば機嫌がよくなる、ある意味簡単なお方ですよ、むしろやりやすいくらいです」
「ね~? 結局のところさ、ロイドってアイツ嫌いなの?」
むーん……?
「ううん……騎手としては尊敬していますね、あの方の腕前は凄いですから」
上等騎手同士の模擬戦を見たからな、ちょっと前。
機動力に優れたツヴァンクだが、それでもなお火の出るように俊敏に動いていた。
武器の扱いも上手くってなあ……勿論勝ったのはエリオットで、相手の武器を弾いて丸腰にして寸止めという綺麗なモノだった。
アレを見れば、少なくとも騎手としてはマトモだってわかる。
訓練もかなりしてるだろうし。
「じゃあアタシは!? アタシは!?」
急に寄ってくるなよ、酒が零れちゃうでしょ。
「勿論、公私ともに尊敬していますよ。当たり前じゃないですか、あの人とリタ上等騎手は比べ物になりませんよ? 比べること自体が失礼です」
偽らざる気持ちを言うと、さっきのファンガリアを越えるドヤ顔を披露してくれた。
やっぱりこの人も超わかりやすいよな……
「んっふふう! そっかそっか~! ローイド、そのお金は他のことに使いなさい! 今夜はアタシのおごりよ~! 待ってなさい! 煮込みとお酒ね~!!」
そして、ダッシュで屋台に走る上官殿である。
……同じわかりやすいんでも、リタの方がよっぽどいいけどな……
・・☆・・
「ふぅん……えらく早熟な子のようね。あんな口先も使えるなんて」
「『赤狼』ガルム=ベルクは激戦の辺境領で異名持ちの上等騎手だった男です。さすが、その息子と言ったところでしょうか」
「……それで、『裏』はありそう?」
「彼は休日含めて、自由になる時は朝から晩までヨロイに乗り続けているとのこと。アレでは『繋ぎ』も取れますまい……さらに、5番隊はあのクルトハンス統括騎手が率いています。彼からは何の報告も上がっておりませんし……その可能性はないかと」
「そう、わかったわ……でも、年頃の男の子にしてはえらく真面目なのね? 弟とは大違いだわ」
「それは……むしろ、ベルク準騎手が度を超えて真面目かと。随分とお気にされているようですが、何かご懸念でも?」
「あの子にも言ったけれど、目ね。アレはえらく老成したようで……何かを恐れ、それを乗り越えようと固く決意している目だったわ。あの目は、何かを成すような気がしたの」
「……成程、姫様の『眼』に叶った少年、ですか」
「ふふふ……どう育つか楽しみよ、とっても。案外、帝国の新たな英雄になるかもしれないわ」
・・☆・・
「よう、ロイドじゃないか。……あらら、アンタも災難だねえ……酔った上官を運ぶなんざ」
俺の言葉がたいそう嬉しかったのか、テンションが大変なことになってベロッベロに酔いつぶれたリタを背負って宿舎へ歩いていると……タリアナ上等騎手が歩いてきた。
「ははは……リタ上等騎手はお疲れだったんでしょう。日頃お世話になっているお礼ですよ、このくらい」
「いい部下を持ったねえ、その子」
体勢的に背中に素敵な感触があるから、むしろ役得ですよ役得。
やわらけえな……
「んみゅぬ……ろいどぉ、だめよぉ……どうりょくたい、なんか……たべちゃ~……」
夢の中の俺はどれだけアホなんだよ。
口が爆発して死ぬわ。
「はっはっは、リタめ……こ~の幸せもんが? ゆるみきった顔しちゃって……うりうり」
タリアナがリタの頭を乱暴に撫でている。
おお、そうするとより背中の感触が素晴らしく……
「――うぶ、おろろろろろろろろ~……」
「あーあーあー……ご、ごめんね、ロイド。リタがすぐ吐くの忘れてたわ……と、とにかく、7番隊おいで! 風呂貸してやるからさ!」
「ぎぃいいいいいいやあああああああああああああ!?!?!?」
その後、風呂場で泣きながら必死で服を洗った。
石鹸があってよかった、この世界……!!
替えの制服もあってよかった……!!
まさか……リタが俗に言う『ゲロイン』だったとは……!
そんな要素なかったぞ、原作には!!




