第55話 謁見。(帝歴1001年、2月)
「(ロイドロイド、緊張するんならアタシの耳でも見てなさいよ! 大丈夫、アタシがついてるんだからね!)」
「(りょ、了解……)」
横に立つリタからの耳打ち。
緊張というか、疑問の方が勝つんだ。
……何故、俺が皇帝陛下に謁見などする羽目になったのか……ってことで。
『あら、ロイドの記憶にもあるじゃありませんか? こういう時、ヒトはわかりやすい『英雄』を求めますのよ?』
わかっちゃいるけど、わかりたくないんだよ……!!
・・☆・・
ここは、ラギアギア帝国の首都。
帝都『ゼロムガルド』の、さらに中心部……『騎手院』
全国に散らばる騎手たちを統括する場所だ。
中央駐屯地と同じくらい大きい、白亜の宮殿……いや、城塞かな?
華美な所は一切なく、どこもかしこも硬くて冷たそうな印象を受ける。
その中枢、広く清潔な空間に俺はいる。
正確には、俺とリタ、そして21番隊の騎手たちもいるが。
ここは……原作で見たことがあるな。
『聖騎手』に任命される時に通される部屋だ。
横一列に並ぶ俺達の前には、輝くフルプレートの鎧を着込んだ兵士たちが並んでいる。
その奥には分厚い扉があり……あそこの中には、皇帝陛下がいるはずだ。
『聖騎手』の任命には、皇帝陛下直々にお声がかけられるんだよな……今回もそうっぽいのは不思議だが。
さすがに、二等騎手から聖騎手にはなれないし。
てっきり勲章でも授与されるのかと思ってたが……なんでここに通されるんだよ。
案内してくれた騎手たちも『皇帝陛下直々の御沙汰がある』としか言われんかったし。
ああ、気が重い。
あの命令書を受け取って、医者のOKが出ると俺はすぐにザインブルグに乗って帝都へ立った。
その頃には中央駐屯地も安定していたし、なにより帝都からの援軍も到着したからな。
総勢、騎手500人。
少ないように感じるかもしれないが、全てが上等騎手以上の腕っこきばかりだ。
勿論、乗るヨロイもツヴァンク以上の高性能機。
彼らは、負傷者やヨロイの壊れた騎手の代わりに駐在することになる。
俺は帝都に送られる負傷者たちの護衛もしつつ、そうして移動することになったわけだ。
……何故か、リタはずっとザインブルグに乗ってついてきた。
5番隊は全員無事だったので、彼女だけは俺と一緒だ。
いやまあ、彼女のツヴァンクは破壊されたから仕方ないんだが……何故膝の上で?
龍と戦った時は極限状態だったからいいけどさ、普通の時はそれこそ普通に緊張するんだぞ。
俺があの時『汗くさい』って言ったのが悪かったのか、すんごいいい匂いするしさ……こちとら体は健康な思春期なんだぞ?
『臨戦態勢』にならなかった俺を褒めてやりたい。
まあ、そんなわけで2人乗り状態で帰ってきたわけだ、2週間かけて懐かしの帝都に。
12歳の時に訓練校に行ったから……実に4年ぶりの里帰りだ。
さすがに感慨深いものがある……旅立った時はもう8割がた死ぬ未来を考えてたからな。
訓練とか超がんばったが、ザインブルグがいなかったらもっとひどいことにはなっていたと思う。
「(でも、ここに直接来るとは思わなかったわね)」
「(一泊もできないとは……はい)」
また、リタの耳打ち。
帝都に到着するやいなや、ここに行くように言われたんだよな……昨日の深夜に到着したのに。
実家に顔も出せなかったよ……ザインブルグごと騎手院の格納庫に誘導されたよ。
今更だがリタがここにいるのは『怪我をしたロジンの代理』という形だ。
呼ばれたのは『俺』『5番隊の責任者』『21番隊』となっている。
勿論ロジンは五体満足だ、どこも怪我してない。
……リタが捻じ込んだんだろうなあ、たぶん。
『どうせ帝都まで行くんだから! 統括はここで防衛してた方がいいでしょ!!』みたいな感じで。
2年も付き合っていると、それくらいはわかるようになってきた。
『ここの清掃用具はいいですわね~、ピッカピカになっておりますわ~』
幸せそうな声が響いてくる。
地球の洗車みたいな感じで洗われてたからな、ザインブルグ。
強制調査的なモノもなかったし、ミュゼの機嫌はすこぶるいい。
「――気をー付け! 皇帝陛下のご入室であるッ!!」
一斉に背筋を伸ばし、両手を腰に揃える。
帝国での謁見作法は、跪いて平伏する必要はない。
ただ、私語一切は禁止となる。
基本的に、話しかけられるまでは無言に徹するのだ。
鎧の連中が扉に駆け寄り、それを左右にゆっくり開いていく。
その奥から、左右を護衛の武官に囲まれた……長身の男が歩いてくる。
金髪を短く切り揃え、鋭い眼光をたくわえた金色の瞳を持つ……無駄な肉の一切ない、肉食獣を思わせる男。
着ているのは俺達と同じ騎手の制服で、違う所はない。
ないが……気品というか、迫力が違う、気がする。
皇帝陛下は、騎手訓練校を卒業し実務経験も長く積んだ騎手なのだ。
代々の皇帝は、よほどの事情がない限り騎手になることが求められている。
ヨロイが発明させるまでは兵士として戦うことも義務だったくらいだ……とんでもねえな、帝国って。
ともかく、原作の挿絵でも見たし、アニメでも見た男だ。
『ヴァルグリオ=アラン=ラギアギア』
ラギアギア帝国の頂点に立つ、皇帝陛下だ。
転生してからこんなに近距離で見るのは、初めてだなあ……
皇帝陛下は、武官を従えてこちらへ歩いてくる。
同時に、鎧の騎士たちは一糸乱れぬ動きで左右に展開。
即座に皇帝陛下の左右の壁となった。
たぶん、俺なんか一瞬で殺せる布陣だろうなあ……
急ぎ過ぎず、しかし遅過ぎない速度で皇帝陛下は歩き……俺達の前で、止まる。
「――敬礼ッ!」
響く女性武官の声に、俺達は一斉に敬礼をした。
……って、ええ!?
『あら、クノイチさんですの』
皇帝陛下の右にいるの……例のテトリア騎手じゃないか!
第五皇女付きの隠密じゃなく、皇家付きだったのか……!!
「――楽にせよ」
そんな内心の葛藤をよそに、皇帝陛下が声を発した。
うぉお……アニメの大御所声優とはちょっと違うけど、重厚で耳に残る美声だ……!
「久しいな、ツィガノフ統括騎手よ。急な呼び出しとなってしまい、苦労をかける」
「はい、いいえ皇帝陛下! 陛下の命とあらば、なんのこともございません!」
ユーリ統括騎手も、さすがに緊張しているようだな……
噛んだりしてないのは凄いけど。
それから皇帝陛下は、21番隊の騎手1人ずつに声をかけていく。
何故一介の騎手たちがこれほど皇帝陛下に知られているのか……まずは聖騎手を招聘するのが普通じゃないか……と、俺が普通の一騎手ならそう思うんだろうがな、原作知識がある。
なんのことはない、21番隊は……というか、原作のアリシアたちの部隊はそもそも『皇帝陛下のお考え』で発足したものだからだ。
だけどここで『知ってる知ってる~』的な態度を取ったら怪しすぎる。
よって、俺は『貴人レベル100が至近距離にいる新人騎手』を偽装する。
まあ、年相応にてんぱっている感じを見苦しくならんように出しているだけだ。
なんたって……俺には強い味方がいるからな!
『おっと、通算4回目の魔導波ですわ。がんっがん調べられておりますわね~?』
いてよかった、強い味方!!
ありがとうミュゼ! 最高の相棒よ!!
『おーっほっほ! もおっと褒めてくださいまし~!』
まあ、俺がいるのは端っこだし……一声かけるくらいで終わるだろう。
「ラーゴルの娘か、久しいな……立派になったものだ。此度は随分と活躍したと聞いているぞ、ラシュムーン二等騎手」
「は、はい! 父の名に恥じぬよう! 一層奮励努力、致します!」
今はアリシアが声をかけられて、真っ赤になって返答している。
いつものクールさはどっかに吹き飛んでいるな……さすがに皇帝陛下の前だもんなあ。
それで、皇帝陛下はアリシアを見てほんの少しだけ口元を歪めている……微笑みの形に。
『似ていない実の親子なんですわよねえ……髪色もお顔も全然違いましてビックリでしてよ~。お母さまの血が濃く出たんですのねえ』
それな~。
今の今まで特に意識していなかったが、ぶっちゃけアリシアの実の父は皇帝陛下なのだ。
原作ではええっと……12巻で発覚するから、まだまだ先のことなんだけどな。
俺が生き残ることしか考えてなかったから後回しにしてたけど、さっすが主人公。
主人公たる美味しい血筋だ。
アリシアは、血縁的には皇帝陛下の末娘になる。
何故ラシュムーン男爵家の娘となっているかは……まあ、有体に言えば他国の権力闘争の結果だ。
彼女の母親は結構遠い南方にある国家の王族なんだが……その兄、アリシアから言えば叔父さんがねえ、地元で王権の簒奪を目論んで謀反を起こしましてねえ……処刑されたんだよな。
帝国には直接関係ないけど、さすがに風聞が悪いってことで……母親は国元に返され、生まれてすぐのアリシアは皇帝陛下の訓練校時代からの友人であるラーゴル=ラシュムーン男爵に預けられ、彼の娘になることになった……というワケ。
アリシア自身はまだ知らないことだ。
この出自が本編に後々影響してくるんだが……ま、俺にはあんまり関係がないと思うんだよなあ。
「フェルノー上等騎手、会うのは久々だが、健勝そうでなによりである。……ユリアは息災か?」
「はい! 皇帝陛下! 母は立派に勤めを果たしております!」
リタは俺に対するダダ甘い態度が嘘のように、キリッ! と対応している。
へえ、皇帝陛下ってリタの母親と知り合いなのか……原作では出てこなかった要素だな。
ダウナー暗黒エルフになってたし、地方を転々としてたもんな……原作のリタ。
もはや別人だ、別人。
俺も生きてるし、部隊もみんな元気だし。
既に原作ブレイクだな。
そんなことを……考えてたらコッチ来たぞ皇帝陛下!!
「ロイド=ベルク……二等騎手」
「は、ハッ!!」
よし! テンパった演技ができた!
「息吹を突き抜け、『龍』を正面から叩き斬ったと聞いた。その若さで、よくぞ帝国の尖兵を全うしたな……」
「は、はい……いいえ、皇帝陛下! 自分だけの功ではありません! 我が頼もしき鎧騎兵と、西方辺境領全ての騎手たちの力であります!!」
これは本当のことだからな。
俺も死ぬほど頑張ったし、ザインブルグは超強力なヨロイだけど、1機だけでは到底勝ち目はなかった。
あの場にいた騎手たち、全ての力があってこそ勝てたのだ。
死んだ者も、生きた者も。
「……」
……なんすか、皇帝陛下。
なんでちょっとびっくりしてるんですか。
もうこんな木っ端二等騎手に用はないでっしゃろ?
ささ、早くお戻りに……ヒィ! なんで嬉しそうに肩叩くんすか!?
「これは驚いた……見た目はガルムとよく似ているが、中身は別物だな。母御の教育の賜物か」
「は、ハッ! よ、よく言われるであります!!」
なんっでぇ!! 皇帝陛下にまで知られてんだよ親父殿!!
アンタ……原作ではガルムのガの字も出て来ねえんだぞ!!
クッソ分厚い設定資料集にも載ってねえんだぞォ!!
「だが、狼の子はやはり狼、か……ロイド=ベルクよ」
「ハッ!!」
まだなんかあるんですか!
ちょっともう、イッパイイッパイなんですけど、俺の心!!
「此度の貴様の功績、大である。論功行賞より先にまずは……我が名に於いて――今後『赤狼』と名乗ることを許そう」
――ざわ、と声にならない空気が動いた。
『異名』とはほとんどが他称で、自称ではない。
そりゃそうだ、いきなり『俺は○○の~!』 とか名乗り出したらただの痛いアホだ。
だが、この場合は……皇帝陛下のお墨付きになってしまった、許されてしまったのだ。
陛下が直々に俺の実力を認めた、ということになるのだ。
これに異を唱えるということは、すなわち皇帝陛下に文句をつけるということになる。
……爵位でも、金銭でもないが、俺に、というか騎手とっては何よりの報酬に等しい。
「……不服か?」
いかん、頭が真っ白になってた!!
「はい! いいえ! 皇帝陛下! な……何よりのお言葉、歓喜に打ち震えてしばし言葉を忘れておりました……亡き父と同じその名に恥じぬよう、この先も! 一層! ラギアギア帝国のため、奮励努力致します!!」
肋骨にヒビが入る程敬礼し、同時に頭を下げる。
うおお……親父殿……夢では色々言ってたけど、これも教えといてくれよな!
皇帝陛下と知り合いだってさァ!!
「よい、頭を上げよ」
「ハッ!!」
皇帝陛下は……薄く微笑んでいる。
なんか、親戚の子でも見るような感じで。
「うむ、よい目をしている。敵の喉笛を噛み千切る気高き狼の目だ……天上のガルムも、必ずや貴様を誇りに思うであろう。父の仇まで討った、孝行息子をな」
皇帝陛下は、今度は両手で俺の肩をポンと叩いた。
「帝国の為、これからも励め……若き狼、否――『赤狼』のロイドよ」
「――ハッ!!」
俺の返答にもう一度微笑み、皇帝陛下は身を翻した。
じゅ、寿命が縮んだぞ……おい。
なんだこのイベントはよ……こんなの原作にないよお……この時間軸だとたぶん俺死んでるからそうなんだけどさあ……
『おやまあ、驚異的な心拍数ですの。『じゅうろくびーと』というやつかしら?』
心臓粉々になるわ……おわ!?
横の! 横のリタが……すごくキラキラした目を俺に向けている! 頬も真っ赤!!
これは……親戚の子供が東大に合格したとかそういうクラスのキラキラかもしれん!
あんた、皇帝陛下に声かけられた時よりも顔が赤いんだが!?
「さて、其方らをここへ招聘した理由だが……」
あっ! 皇帝陛下がなんか話しそう!
リタ! 前向いて前!!




