第54話 明けました、おめでとう。(帝歴1001年、1月)
俺は無事に『プロローグ』を抜けた……と、思う。
あれから、朝になって改めて目を開けた俺は……超至近距離で俺の顔面を見つめていたギャン泣きリタに全身の骨を砕かれるレベルで抱きしめられた。
もう1回昏睡するかと思ったが、アリシアたちが止めてくれたので大丈夫だった。
ミュゼ曰く、短い間隔で魔力の枯渇と全快を繰り返していた弊害らしい。
幸いなことに後遺症はなかったので、胸をなでおろした。
その頃には体も動くようになってたしな。
――それから、今回の被害は……全員無事、とはいかなかった。
龍との近接戦闘によって、100名近い騎手が死に、それ以上の怪我人が出た。
二度と騎手に復帰できないほどの大怪我をした人もいる。
……俺は『8割死亡・未帰還』という原作の数字を知っている。
だが、それでも『少なくてよかった』とはとても思えない。
年かさの騎手たちが言うには、『龍と戦って全滅していないだけで大金星』だそうだが……とてもな。
俺がもっとなんとかできたかも……なんて、自惚れた考えはない。
ないが、それでもやはり悔いは残った。
……だけど、5番隊の仲間たちが全員無事だったことだけは……純粋に、嬉しかった。
で、現在は……帝歴1001年、1月10日の午後だ。
『――敵接近! 南駐屯地の騎手たちは西外壁で迎撃に当たれ!!』
聞こえてくる警報にベッドから身を起こそうとしたら、リタのフライングボディプレスが唸った。
「ぐぅえッ!?」
「アンタなにしてんの! 絶対安静! 絶対安静なんだから動くんじゃないわよ~!!」
ボディプレスからスルスルと動き、最終的に俺の上に跨るリタ。
しかも腰の上に……体勢がマズすぎるんだが。
『あら、ロイドの好きな『体位』ではなくって?』
い、今前世の話は関係ないだろう!!
「ロイド、ボクたち全員待機命令が出てるんだからさ、大丈夫だよ」
「そうそう、堀とバリスタで対処できてんだから無理すんじゃないの」
俺の病室というか、聖騎手たちによって用意された個室にいるアリシアとアナンタも言う。
ここはかつてのハゲ聖騎手が住んでいた区画で、今は俺のような怪我人の収容区画となっているのだ。
……病室にしては豪華だと思ったぜ。
あの野郎、駐屯地私物化しすぎだろ。
とっとと『不幸な事故』に遭ってくれよな。
「いえあの……上等騎手、俺はトイレに……」
「なーんだ、紛らわしいわね……待ってなさいよ!」
リタが俺の上から降りて、ベッド下を探り……尿瓶を取り出した。
そのまま、ニッコニコでズボンに手をかける。
「ホラ、アタシに任せなさいってば!」
おま、お前ふざけんなよ!
いくら尊敬する巨乳エルフ先輩とはいえ、そんなプレイは御免被る!
「やめてください! ちょっと! アリシア助けて!」
「えと……うん、ぼ、ボク頑張るから!」
何故顔を赤くして腕まくりをするのか。
後ろのアナンタはわかってる癖にニヤニヤして止めねえし!!
「違うわ馬鹿ァ! このヨロイ女! ヨロイと結婚した女! ヨロイ狂の魔女ォ!!」
「――ちょ!? な、なにその罵倒! 酷いよロイド! ボク、そんなんじゃないよぉ!」
彼女が原作で呼ばれることになるあだ名を絶叫しつつ、なんとかズボンは守り抜いた俺であった。
・・☆・・
『龍』を撃破してから、魔物の群れは明らかに勢いをなくしていた。
現在、中央駐屯地に攻め寄せてきている魔物は……1日平均で200匹ほど。
その大体が、外壁に到達する前に堀の毒にやられて死んでいく。
外壁上のバリスタや投石機は、龍にさほど使用していなかったので残弾は唸る程残っている。
加えて壊れなかった『ルプレーナ』も30丁は残っているので……まあ、特に苦戦してはいない。
死んだ魔物は回収されて解体、さまざまに加工されて残りは『毒』になるか焼かれている。
龍襲来前のルーティンに戻ったような感じだ。
俺含め負傷兵は前述の通り待機となっていて、戦闘に出ることは禁止されている。
つまり、それだけの数で防衛線を回せているということだ。
やはり、原作のプロローグはあの龍の襲撃によって多数の被害が出たんだろう。
ひょっとしたら、いや確実に……『あっち』でも龍は討伐されたんだろうな。
被害の桁が違うってだけで。
その過程で、聖騎手たちも死んだんだろうな……
「ヨロイがないから五体満足でもロイドの面倒が見れるわね~、んっふふ♪」
椅子に座ってリンゴを剥いているリタが、なんか嬉しそう。
「あーあ、ウォードロンの手、早く直らないかなあ」
テーブルに頬杖をついてぼやくアナンタ……彼女の機体は、龍のショートブレスで左腕を吹き飛ばされている。
中身の彼女は打ち身と捻挫だけで無事だったが、修理の手が回っていないらしい。
「ボクのもだよ、なんか難しいみたいでさ」
アリシアがリンゴを齧りながらこぼす。
彼女のウォードロンは五体満足だが、魔導砲を撃ちすぎて内部が損傷しているらしい。
高度で精密な修理なので、やはり後回しにされてる。
ミュゼに言わせれば、ドリルランスを無理に使用した影響もあるとのことだ。
しかし……百歩譲ってリタがいるのはいいが、何故アリシアたちまでここでダベってんだよ。
21番隊だろお前ら。
リタが呼んだのかねえ……? お見舞いも大勢来るしさ。
『心配しなくて索敵は1日中しておりますわ。現在半径10万セグント以内に大型の反応はなくってよ』
ザインブルグは格納庫にいる。
なんでも、色んな騎手が『命のお礼だ』って入れ替わり立ち代わり磨いてくれるらしく……過去最高にピッカピカなのだそうだ。
彼女は大いに喜んでいる。
「そんなに心配しなくっても大丈夫よ、ロイド。アゴルム隊は全機無事だし……帝都からの援軍もそろそろ到着するってさ」
剝いたリンゴを持ってリタがこちらへ来る。
……あのさあ。
「それはいいんですが……多いですよ、リンゴ」
「若いんだからいっぱい食べなきゃだめよ! あんなに頑張ったから、体にも必要なのよ~!」
6玉分くらいあるじゃねえかよ……
リンゴだけで健康が維持できると思うなよ。
腹破れるわ。
「じゃあみんなで食べましょうよ……っていうか今更だけど、アリシアたちはなんでこの部屋にいるんだ?」
「ん、だってこの部屋が一番広くて綺麗だもん」
「そそそ、ロイドのお陰ね、お陰」
……は?
「俺が何かしたのか? なんでそんな特別扱いを……?」
ベッドに腰かけたリタが、ニコニコしながら頭を撫でてくる。
「お馬鹿ね~? 『龍』を真正面から叩き切った『赤狼』くんのためじゃない。言っとくけど、みんながそう言ったのよ? ロイドを一番いい部屋にしてやれ~! って」
「せき、ろう……?」
待て待て。
龍にトドメを刺したのは確かに俺だろうが、『赤狼』は違うだろ?
「ソレは親父の異名であって俺は16歳の若造ですよ!? 龍だって、俺だけの力で倒したわけじゃないし……!」
「むーん、それは無理だと思うな、ボク」
皿からリンゴを取って頬張るアリシア。
「んぐんぐ……皆見てるもん、ザインブルグがさ、『真っ赤に』燃えながら龍に突っ込んだの」
アナンタもニコニコして加わってきた。
「そうそう、アレ本当に綺麗だったわね~……龍の魔力と、ヨロイから噴き出る魔力が反応しあって……本当に赤い狼が空を駆けてるみたいに見えたもの」
「は? 何ですそれ……!?」
俺、そんな科学忍法みたいな技を使った記憶がないんだが!?
『ああ、最後の突撃の時ですわね。あなたとリタさんの魔力が混合して、さらに龍の魔力波と反応した現象ですわ。離れた所から見るとさぞ綺麗だったでしょうね~?』
「アタシ、その時ロイドの膝の上だったからな~? 見れなかったのはちょっと残念。まあ、そんな余裕もなかったけど」
ああ、そういう……
俺も見てみたかったな、それは。
アニメとかで。
だが、悲しいかなここはプロローグなのでまかり間違ってもアニメにならんだろう。
「ふふ、ガルムさんは有名人だったからね~」
リタが笑いながらリンゴを食わせてくる。
リンゴ以外の果物も食べたい今日この頃。
「だから、辺境の騎手たちはあれからもう大騒ぎよ。『赤狼の息子はやっぱり赤狼だった』ってね! 帝都にも連絡が行ってるから、あっちでも話題になってるんじゃないかしら~?」
「むぐぐう……」
生き残るためには目立つのもなんでもやろうと思っていたが……これは、目立ちすぎなんじゃないのか?
この後面倒ごととかに巻き込まれそうで怖くなってきたな……後悔は、あんましてないけど。
『まあ、よろしいのではなくって? ロックをかけまくった結果、貴方以外はもうザインブルグに乗れませんし……安全度は爆上がりでしてよ?』
そりゃあ、ヨロイに乗ってる時はな……?
いやでも、この先のことも考えたらザインブルグには俺専用でいてもらわんと……
この先は引退とか言ってられんからなあ……原作的にはこっからが本番なんだから。
『でしてよ? ロイドの記憶からわたくしも知っていますが……次から次へと、面倒ごとが巻き起こりますからねえ? 歴史通りなら』
だよなあ……
ここがフィクションかよく似た世界かは、もう正直どうでもいい。
最早俺はここで生きてるんだからな。
だけど、この先はなあ……
『はりうっど版、ではない事だけはわかりますけれど』
アレはストーリー全然違うからな……
ヨロイの姿形も全然似てないし、名前も違う。
それにあっちの主人公はムキムキのスキンヘッド外人だもん。
演じてた俳優は大好きだけどさ、さすがにこの世界観には合わない。
「どしたのロイド? 疲れちゃった? 子守歌いる?」
「ちょ、そのまま添い寝しようとしないでくださいよ……いえ、少し考え事を。帝都の家族のことですけど」
このエルフ、ナチュラルに俺の横に入ろうとしやがる……アリシアたちもいるんだが?
いや、それ以前の問題なんだが……
「入るよ~!」
荒々しいノックの後、すぐドアが開いた。
返事くらい待てよ……いや、ノックするだけでかなりマシではあるんだがよ……
「ボウヤぁ~、調子はどうだい?」
あ、エキドナだ。
心配してよく見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけど……一応療養中の騎手に毎回酒樽を担いでくるのはどうかと思うよ。
あと、有言実行なのか毎回むっちゃハグしてくる。
骨という骨がへし折れそう。
「よう元気かロイド! 肉も食わねえとだからな! いいもん、持って来たぜ~!」
サイム二等騎手も後ろから来た。
アゴルム乗りは損害ナシだったから、今は忙しく防衛してるはずなのに……悪いなあ。
「わ~、いい部屋だなあ。ロイドロイド、これ俺とラァバさんから」
さらに果物の乗った皿を抱えたマルクの奴まで。
今日は別行動らしいな……歩いてきたし。
「エキドナ聖騎手! ロイドはまだ病人なんですからね~!」
リタがプンプンしながらエキドナに寄って行った。
過保護エルフ様よ……
「大丈夫だよリタ、酒飲みゃ治るって。ほら、これ薬草酒だしさあ」
いや、それはドワーフだけだと思う……
『ゆっくり休みなさいな。『ぷろろーぐ』を越えたご褒美だと思って』
まあ、そうだよな……
「おーい! ここに北駐屯地のマルクってのいるか!? ミドンナ上等騎手が走り回って探してんぞ! 羨ましいな畜生死ね! 禿げろ捥げろ!」
ムカスタ……目が血走ってる……
「――ベルク騎士爵! 貴様もなんとか生き残ったようだな! 褒めてつかわすぞ!!」
エリオットまで来やがった!?
うわ、取り巻きも全員いるじゃねえかよ……生き残ってんのすげえな!?
あと、見舞いの果物が山盛り!
・・☆・・
「体の具合はどうか。ああ、そのままでいい……気にするな」
夜。
『一緒に寝てあげる~!』と強硬に主張するリタを、ちょうど見舞いに来たタリアナに連行してもらい……一息ついた。
いやあ、あの人俺が弱ってるとむっちゃ嬉しそうに世話を焼くんよな……
『大事な部下だし! 命の恩人だもん~!』って……
そろそろ俺のウン十年の前世で培った理性を、若い体に宿る情欲が凌駕しそうで怖いよ……
そんな風に黄昏ていると、ノックの後ドアが開いて……バルクハルク聖騎手と、カララ上等騎手がやってきた。
彼らはベッドから起き上がろうとする俺を制し、歩いてきてベッド横の椅子に腰かけた。
「元気そうだな、ロイドよ」
「ええ、魔力を使い過ぎただけですので」
後は『供給』でできた背中の傷だけだからな。
見た目は健康体だ。
中身の方も、魔力は大分落ち着いている。
「そうか……それはよかった。この場ですまんが、お前に伝えることがある」
「はっ!」
バルクハルクは、カララから何か丸めた羊皮紙のようなモノを受け取って……俺に渡してきた。
「これは……?」
「帝都から届いたものだ。お前が寝ている間に、伝令のヨロイがやって来てな……まあ、読め」
蝋で封印してある巻物を開封し、広げる。
ランプの中に見えた文面には、こう書かれていた。
『西方辺境領南駐屯地5番隊所属、ロイド=ベルク二等騎手は、体力が回復し次第帝都『騎手院』本部まで出頭すること。 ラギアギア帝国 騎手院本部』
……なんでぇ?




