第48話 蠢動。(帝歴1000年、12月31日)
『今日も今日とて解体に運搬……わたくし、何の為に生まれたのかわかりませんことよ~?』
「生きてくためだよ、相棒」
『あら、哲学のお話ですの?』
「たぶん一般論ってやつだ……うし、綺麗になったぞ」
ぼやくミュゼと会話しながら、汗をぬぐう。
ふう、兜のてっぺんまでピカピカになったぜ。
朝から魔物の残骸拾いをして、今はもう昼前だ。
今年ももう終わりか~……このまま平和に年越ししたいもんだ。
年越し……蕎麦食いたいなあ。
転生してこの方、ソバの実は見つけたけど醤油はまだなんだよなあ……
ある国は知ってるんだけどなあ……国が4つくらい離れてるんだよなあ……
「損傷が治るのと、磨くのはまた別だからなあ」
『ロイドの美徳は清掃を全く嫌がらない事ですわね~?』
ザインブルグの肩の付け根に座っている俺の方に、首がぎゅんと向く。
ヨロイの表情なんかわからんが、喜んでいるように見えた。
『それに、損傷らしき損傷は受けておりませんので。擦り傷などはすぐに治りましてよ』
ザインブルグの体は、まるでロールアウト直後のように輝いている。
『オルヴァネイター』の上位種には『自己治癒機能』とも呼ぶべきものが備わっているから……外装の多少の損傷は一晩もあれば治っちまう。
周囲から吸収した魔力でな。
勿論、重篤な損傷についてはその限りではなく……一度に半壊するようなことがあれば修復には長い時間がかかる。
まあそれでも自己修復するなんてチートだよな。
関節の消耗とか摩耗を考えなくって済むし。
当たり前だが、帝国製のヨロイでこの機能を搭載しているものはない。
この駐屯地でもザインブルグとエキドナのリントブルムくらいだ。
量産機であるウォードロンには、この機能はない。
「ね~! ロイドロイド~、ロジン統括が呼んでる~!」
と、ザインブルグの足元でリタが跳ねている。
おお、上から見てもでっかい……跳ねてる跳ねてる。
「了解しました! すぐに向かいます!」
なんだろう、どっかの部隊の補佐とかかな?
・・☆・・
「すまんロイド、聖騎手からの命令だ……これから外壁に上がってくれ」
ロジンの部屋に着くなり、彼はそう言った。
うぇえ、折角綺麗にしたのに……なんてことは思わない。
命令とあらば、理不尽じゃなければ基本従うのがこのロイド=ベルクである。
「ハッ! 了解しました! 何かありましたか?」
「儂にもわからん。ただ、至急とのことだ……西外壁に直接行くように」
こりゃまた急ぐんだな……嫌な予感がする。
「ハッ! 直ちに!」
敬礼し、そのまま回れ右をして部屋を出る。
何が起こるかわからんから、非常食も持って出発した方がいいな。
「ベルク二等騎手、参りました!」
格納庫にとって返し、ザインブルグで西側の外壁に向かうと……そこには1機のグラーフオウガが待っていた。
あの肩にあるのは……西駐屯地のマーク! ってことは……
『すまないね、急に呼び出してしまって』
「はい、いいえ問題ありません、ガイマー聖騎手!」
ハラルド=ガイマー聖騎手だ。
あれから数度話す機会があったが、荒事上等の辺境騎手のトップなのにどこか貴族然とした上品な人だよな。
ガイマー男爵家の出身で……たぶん、本編に出てくるのは娘だろうと思う。
なんかこう……雰囲気が似ている気がするし。
『ごきげんよう、おじさま』
『ミュゼくんもすまないね。キミたちに是非頼みたいことがあって呼んだんだ』
見たところ、周囲に魔物の姿はないが……
異常気象のせいか、冬になっても積もる程雪が降らないので見晴らしがいい。
『私の直属の部下に、やたら勘の鋭い騎手がいる。西駐屯地の偵察部隊を率いて斥候を頼んでいるんだが……彼が先程帰還するなり、『ここからの全面撤退』を訴えてね』
「……全面撤退、でありますか?」
これだけ安定している籠城をやめて?
それは……
『『ヤバいのがいる』って……初めて見る程の必死さだったよ。彼には今まで何度も助けられたからね……そこで、ベルク二等騎手を呼んだんだ……古式のヨロイは索敵範囲がケタ違いだからね。申し訳ないが、ここからでいいので西方面を探って欲しい』
「ハッ! 了解いたしました!」
この世界には魔力があり、魔法がある。
その騎手のような『第六感』は決して馬鹿にできるものではない。
しかも、聖騎手が信頼するような相手ならなおさらだ。
『ありがとう。私はこれから他の聖騎手たちに報告を上げてくる……何かあれば、キミの判断ですぐにコレを使うといい』
そう言って、グラーフオウガは外壁上の一点を指す。
そこには、『動力体』が嵌まった灯篭のような柱がある。
『緊急警報装置』……アレに触れると、ヨロイの通信が駐屯地全体に拡大して聞こえるんだ。
南駐屯地にもあったな、アレ。
「了解!」
『いいかい、決して無理をするな。まずは報告だ……それではね、二等騎手』
ハラルドが去っていく。
それと同時に、胸中の不安が大きくなってきた。
「ミュゼ、索敵に指向性を持たせて距離を稼げ。東方面は捨てていい、帝都側から来るのは味方だけだ」
『がってんでしてよ。それでは……』
「ああ、『完全起動』だ」
『動力体』が唸り、俺の五感までが鋭くなっていく。
立ったままのザインブルグ。
その肩の装甲板が開き、中にあるレーダーユニットとでもいうべき機関が露出する。
『索敵開始。そちらに全能力を傾けますので、残念ながら素敵なお喋りはお休みでしてよ~?』
「残念だが仕方ない、頼むぜ相棒」
『あいあいきゃーぷてん、ですわ~』
軽口が消え、静寂が満ちた。
名うての騎手が『即時撤退』を進言するほどの魔物……そんなもの、何種類もいない。
そして、この時間軸でこの西方辺境領にいる魔物と言ったら……もっと、種類は少ない。
『船亀』は違う、ヤツは後で別の場所に出る。
『大翼鳥』も違う、アレはもっと北に住んでいる。
『巨人王』は現在の時間軸では別の国で暴れているはずだ。
『八頭犬』は近くにいれば無数の群れがいるからすぐにわかる。
……ああくそ、どんどん候補が減り……嫌な予感が、増してくる。
この駐屯地の堅牢さ、人員の豊富さ、遠距離攻撃の充実。
それらのアドバンテージを零にするであろう、魔物。
そんなもん、心当たりはアレしかないが……口に出すと、嘘から出た真になりそうだ。
原作知識があるとこれだからなあ……畜生め。
どうやら、やっぱり『プロローグ』は地獄らしいな……!
『――見つけましてよ』
30分ほど黙った後、今は聞きたくない報告が響いた。
『方位、北西。距離、およそ14万セグント』
140キロ先か……そんなに離れていてもわかる程の反応ってことは、やはり。
『――記録との魔導波形合一、種別『龍』でしてよ』
やはり、そうだったか……!
……いるもんはしかたねえな! いるもんは!!
切り替えていこう! そうしないと死ぬ!
「数は? 進行方向も頼む」
『単独。この速度は……巡航速度で飛行中でしてよ。進行方向は東南……こちらですわね』
……そうだよなあ、今西方辺境領には『敵兼食い物』はここにしかいないもんなあ。
「……接敵まで、どれくらいだ?」
『早くて1時間、遅くて2時間でしてよ。今は大まかな方角しかわかっていないでしょうが……じきにこちらの反応に気付きますわ。これだけの人間に、ヨロイがいるんですもの』
空飛んでるもんなあ……!
地面をノタノタ歩いとけよ、畜生め!
すぐさまザインブルグを走らせ、『緊急警報装置』を掴む。
「緊急! 緊急! こちら西外壁のベルク二等騎手! 中央駐屯地全域に、緊急通達!!」
俺の声が増幅され、駐屯地内のあちこちで響いている。
「――北西! 距離約14万セグント! 魔力波形『龍』! 繰り返す、魔力波形は『龍』! こちらへ向かってくる模様! 接敵まで、最短であと1アーフル(1時間)!!」
一瞬の静寂があり……駐屯地のそこかしこから、人の走り回る足音と怒号が聞こえ始めた。
さすがだ、一端の辺境騎手は行動が早い!
・・☆・・
『来ますわ。もう皆様のヨロイでも認識できましてよ』
ミュゼの声に続き、耳に痛いほどの警報音が通信に乗り始める。
鈴の音くらいの音が無数に重なり合って、爆音だ。
『推定距離、1万セグント……確実にこちらを認識した動きですわ! これからもっと速度が上がりましてよ!』
『そのようだな』
『まあ、ここまで来たらやるこたぁ変わんねえよ』
『そうですね。どのみち発見された時点で逃げても無駄ですから』
聖騎手3人の通信は、不思議な程落ち着いている。
中央駐屯地が遠くに見える。
その外壁上には、アゴルムたちが展開している。
そして、その外壁の前には……エキドナの駆る『リントブルム』がどっしりと盾を構えて立っている。
通常のヨロイよりも背が高いから、ここからでもよく見えた。
俺が警報を発令してすぐ、今度は聖騎士たちからの全域通信があった。
『各員、1週間分の食料と予備の『動力体』を持ってヨロイに搭乗せよ。整備士たちは駐屯地の地下避難区域にて待機』
その命令が響くや否や、すぐに作戦行動が開始された。
それからまた追加の命令があり、機動力に優れるヨロイは一部の例外を除いて駐屯地から西の平原に布陣することになった。
それ以外のアゴルムは、ああして外壁上に展開している。
一部の例外は、各部隊から選りすぐられた『走るのが速く、戦闘にも慣れた騎手の乗るツヴァンク』だ。
彼らは聖騎手たちが書き上げた伝令文書を持って、既にグランツ伯爵領方面へと走り出している。
帝都に情報を伝え、一刻も早い援軍を要請するためにだ。
本気で走るツヴァンクは、伝書鳩よりは流石に遅いが……正確に情報を伝えることができる。
『ロイド……アタシも一緒に戦うんだからね』
「ええ、頼りにしてますよ……上等騎手」
平原に布陣したヨロイたちは、通常の密集陣形からかけ離れた広さで間隔を取っている。
今回の作戦はシンプルだ。
『機動力に優れたヨロイたちが『龍』の気を惹きつつ近距離で攻撃、駐屯地のアゴルム隊はひたすら遠距離攻撃をする』
龍のブレスは、生半可な城壁ならバターのように溶かす。
籠城戦をするにあたって強化・増築された中央駐屯地の外壁といえど、無事に済むとは思えない。
そこで、俺達は龍にちょっかいをかけまくって、駐屯地へ攻撃させないようにする。
万が一あちらにブレスを撃たれた時には……エキドナが頼りだ。
『本契約』によって出力が激増し、内蔵した兵器を使用できるようになった『リントブルム』が。
アレの防御性能は、城壁を軽く凌駕する。
『来ますわ! 速度を上げましてよ! 接敵まで、もうすぐ!』
ミュゼの声に現実へ引き戻される。
見上げた北の空に……黒い点が、一つ。
――来る。




