第42話 撤退、中央駐屯地へ向けて。(帝歴1000年、12月)
『走れ! 走れ走れ! もうすぐ刻限だ! 走れ騎手共!』
『ここで死ぬなんてゴメンだからな!』
『おうよ、折角ロイドに嬢ちゃんたちも頑張ったんだからな!』
『はっはあ! 予備の『動力体』があるからガンガンに飛ばせらぁ! 最高だぜ~!』
賑やかな通信に耳を傾けつつ、街道を抉りながらザインブルグを駆けさせている。
あの後も、赤旗の下に埋まっている『動力体』爆弾を全て吹き飛ばし…敵との距離が1000セグントを切ったあたりで、俺達は全機撤退を開始した。
平原の地面はボロボロ、魔物の死体はゴロゴロ。
それでも連中は無限に思える程の数だったが、進行速度は地理的な意味で大分遅くなっていた。
地面や死体に足を取られれば後続に踏みつぶされ、その結果そこかしこで将棋倒しが発生。
現在進行形で、更に進行速度は遅くなっていることだろうさ!
『結局アタシの出番はあんまりなかったわね~』
ぼやくリタのツヴァンクは、俺の斜め前を走っている。
「岩投げ、立派でしたよ上等騎手。流石の操縦技術ですよ」
『あらそう? んふっふ! ロイドったら褒め上手~♪』
一瞬で機嫌が直るな、この人……
『あ、でもロイドは口が上手いからなあ……ファンガリアも上手く操縦してたしね~?』
「いやいやいや……アレは褒めてませんよ、おだててただけですってば」
正直どうやっておだててたかもあんま覚えてないし。
『もう少しで刻限だ! 決して後ろを見るな! 最悪の場合、魔力波でヨロイの目がイカれるぞ!』
バルクハルク聖騎手の通信。
えっと……たぶん駐屯地からもう数キロは離れたはずだから……大丈夫だと思うけど。
ツヴァンクなら前世で言う、時速60キロ以上は余裕で出るからな。
『5、4、3、2、1……今ッ!!』
――体の中を、わずかに魔力が突き抜ける感触。
どうやら時限爆弾は無事に炸裂したようだ……!
『んにゃぁ~!? ビリビリきましてよ~!?』
急に変な声出すなよミュゼ。
高性能だから魔力への感受性が高いのかもしれんな。
『よし! これでかなりの魔物を屠れたはずだ! だが、後続がどれほどいるかわからん! 総員! 速度を落とさずに走れ! 本隊に合流するまで気を抜くな!!』
『『『了解ッ!!』』』
これで後ろは少し安心できるか……先行した味方は大丈夫かねえ?
・・☆・・
練度の甘い、というか経験の浅い準騎手たちは先行した部隊に組み込まれている。
といってもいかに鈍重なアゴルムとはいえ、人間の全力疾走以上の速度は出せる。
俺達が稼いだ時間は具体的にどれほどかはわからないが、今日のうちに合流できるほどの距離ではなかった。
その次に出発した『ランゲッタ』も、アゴルムと同程度かやや劣る程の速度は出る。
なので……結局、周囲が暗くなっても合流することはできなかった。
『これほど離れればひとまず安全だろう……この先に野営地がある、そこで夜を明かす』
『『『了解』』』
ザインブルグやウォードロンには高精度の暗視機能がある。
帝国製のヨロイも、それに劣るとはいえ搭載されている。
だが、夜は危険が多い。
差し迫った危険がない以上、これ以上の進軍はやめておいた方がいい……という、判断だろう。
『隊を3つに分けて夜警に回す。休む際は天幕ではなく、ヨロイ内部か地面にしろ』
ヨロイのシートは一応リクライニングにすることもできる。
だが、それよりも地面の方がいいだろうが……俺はトイレ以外はここに籠る。
『シートは調整可能でしてよ、地べたよりは何百倍も素敵なベッドですわ~』
ああ、頼むよ相棒。
何かがあったらすぐに動かなくちゃならんからな。
逃げてくる最中、バルクハルク聖騎手の部下……カララ上等騎手がいくつか『臨界魔導弾』を設置していたから、魔物どもがこっちに来てもある程度の足止めはできると思うが……
あ、ちなみに時限式じゃなくて『魔物100体以上の魔力に反応する』感応式だ。
それ以下なら接敵しても殺しきれるからな、この面子だと。
『ベルク二等騎手、ラシュムーン二等騎手、テミト上等騎手は3隊に振り分ける。古式の力を索敵に注いでくれ』
「了解!」
目がいいからなあ……古式ヨロイ。
そりゃそうなるか……
『ロイド、体は大丈夫か?』
通信から聞こえるのは、トッド上等騎手の声だ。
同じ夜警面子に組み込まれている。
リタは別になった。
「ええ、問題ありません。寝ている間に魔力も回復するでしょう」
人間の魔力は健康体なら常にじわじわ回復しているが、睡眠中はその速度が跳ね上がる。
大気中の魔力を無意識に吸収しているんだそうだ。
『たしか、エルフの子供並と言ったか……お前の『訓練狂い』も役に立ったらしいな』
「もっと格好いい異名がほしいですね、ははは」
こんな未来が来るって知ってたら、きっとみんなも『訓練狂い』になるだろうさ。
だけど、同期や仲のいい騎手たちは俺に影響されて……ちょっと訓練時間が伸びてたらしい。
こうなってみると、個々人の生存能力も上がってるといいんだがな。
マルクの奴とか、ムカスタとか。
『これが片付いたら帝都のいい店を紹介してやるよ、ロイド。お前さんのお陰でずいぶん楽な撤退戦だったからな……これくらいのお返しはしねえとな』
『お、帝都なら馴染みの女がいるぞ。年頃の近いかわいこちゃんを見繕ってやるぜ』
『もうちょっと年が上なら別の店もあるんだがなあ! その年頃じゃまずヤるのが肝心だよ』
『そうそう、童貞のまま死んじまったら死んでも死にきれねえからな!』
他の面々も通信に参加してくる。
俺の夜警組は助平なおっさん連中しかいねえな……楽でいいけど。
『いや待て……童貞……だよな? まさかリタの奴が『食っちまった』ってことは……』
「ははは、ありませんよ……」
そんな暇なかったよ、マジで。
『ロイドは真面目だねえ……おお、そういや北駐屯地じゃあミドンナの奴に『食われた』新人がいるって聞いたぜ?』
『ああ、聞いた聞いた! アイツは確かにすこぶるいいオンナだがな……獣人は、なあ?』
これは、決して人種差別的な話題ではない。
『おお……若い時に一度付き合ったことがあるがよ……すげえんだよな、獣人って』
『干からびた死体みてえにされるくらい激しいもんな……』
『いくら若いとはいえその新人、今も生きてるかな?』
マルクの話がもうここまで……ヒトの口に戸は立てられるとはいえ、娯楽の少ない世の中だと猥談の噂は回るのが早いな……
ともあれ、獣人の『そういう欲』が強いのはよく知られている話だ。
その癖身持ちは固く、特定のパートナーがいる場合は浮気なんかもしない……問題はそのパートナーが人間だった場合だ。
人間と獣人カップルが別れる理由は、だいたいそういうベッド上のすれ違い……というか、『生命の危機』から来るものだと聞く。
原作にもそういう描写はあったしな……『性豪』の名で噂されるヒトがいたっけ……
今はこの辺境にいないけど。
『ロイドよお、そういえばお前……どんな種族が好きなんだ?』
「うーん……知っている限りだと、どんな種族でも魅力的なヒトばかりだと思いますが……」
この世界、フィクションだからかそれともそういう感じだからか知らんが……異性、美女美少女ばっかりなんだよなあ。
人間もそうだし、ロリ巨乳ばっかりのドワーフ、スタイル抜群でデカい獣人、スレンダーな色気のあるエルフに……バインバインの黒エルフ。
あ、リタはちょっと特殊だけど……うん、周辺で不細工って見たことねえな。
『流石ガルムさんの息子だ! 全種族どんと来い! ってよく言ってたもんなあ……』
『東方の竜人まで口説き始めた時は尊敬したね、俺ァ……』
何してんの親父殿……お前一応既婚者だろうがよ……
いくらこの世界、夜のお店に行くのは浮気と見なされないことが多いって言ってもさ……
って、竜人?
この国にはほとんどいないドラゴン人間っぽい種族じゃないか……ストライクゾーン広いな、親父殿。
「ははは、それじゃあひょっとしてどこかに腹違いの兄弟が大勢いたりして……」
『『『……』』』
「……すいません、沈黙はやめてもらえますか」
シャレにならない……
真実味があるってことォ? 短剣の下りとカララの話で上がった株が下落したぞ、亡き親父殿よ……
原作にベルク姓の人間は出てこないけど……頼むぜ? 頼むからな?
『周辺に敵影無し、と。殿方は皆さんそういう話がお好きですのね~、シグムント王国時代から変わっておりませんわよ~?』
『精霊にまで言われちゃしょうがねえなあ?』
『男ってのはたぶん死ぬまでそうじゃねえかなあ?』
『がはは、違いねえ!』
未曽有の危機の渦中にあって、男というものはどこまで行っても助平なもんだなあ……なんて、思った。
気のいい先輩連中だぜ……みんな、この先死なないといいなあ。
・・☆・・
『ロイド! 前方から戦闘音ですわ! ヨロイと魔物が戦っておりましてよ!』
「なんだと……!? 街道沿いまでもか、畜生!」
翌日。
早朝に起きた俺達は、すぐに進軍を開始した。
それからしばらくして……ミュゼが叫んだ。
「聖騎手! 前方から戦闘音を確認!」
『何!? 先に行った部隊か……古式組、先行せよ! 状況を確認し、各自の判断で装備を使用していい!』
『『了解!』』
「了解! ミュゼ! 『完全起動』ッ!」
『しゃあッ! かしこまりましてよ~!』
ヴン、と『動力体』が光る。
その瞬間、地面を大きく蹴り飛ばした。
あっという間に最高速に到達したザインブルグが、周囲の景色を置き去りにして走り出す。
あれだけの大群を足止めしたのに、こんなことになるなんてな!!
「駐屯地に比べりゃ、そこまでの数じゃないが……相手が悪い! こっちにも来やがったか!!」
走ること数分。
小高い丘を幾つも越えた先は……戦場だった。
アゴルムやツヴァンクが、手に武器を持って魔物と戦っている。
周囲には半壊したヨロイや、こと切れた魔物の死体がいくつも散らばっている……
「こちら5番隊のベルク二等騎手! これより援護に入る!!」
そこにいたのは、黒い肌の巨人……『鬼人』の群れだった!
すぐさま噴射機構を一瞬動かし、飛びながら突撃する!
「ミサイル! ヨロイに近くない奴から!」『ろっくおん、でしてよ!』
空中にあるうちに、両腰からミサイルが放たれる。
一瞬だけザインブルグと並走した光弾が、分裂しながら鬼人の方へ!
ミュゼのお陰か、全て頭部に着弾した! よし、長はいないからこれで殺せるな!
『え、援軍だって!?』
『殿になった聖騎手のところか!』
『でも一機だけじゃ……嘘だろオイ! なんだアレ!? 魔物の頭が消し飛んでいきやがる!』
一般の騎手たちには、期せずして初お披露目になっちまったなァ!
「遠い奴から片付ける! 各機、まずは自分の身を守ってくれ!!」
両腕のガトリングを起動し、群れの外側に向けて斉射。
最大効率で放たれる魔弾が、鬼人の肉体を抉っていく……!
ミュゼ! ミサイルを撃ちまくれ! 魔力は気にせず、ありったけ!!
『――かしこまりましてよ~! ほーっほっほっほ!!』
ミュゼの声を聞きながら、また1体の脳天をガトリングで撃ち抜いた。




