第40話 帝歴1000年、12月20日。
12月20日早朝、前世ならクリスマスの気配が近付くような日。
原作知識以外はすっかり擦り切れつつある記憶を思い起こしながら、目を覚ます。
……その瞬間に、何か説明できない悪寒が全身を襲った。
というか、わかった。
――今日から、『プロローグ』が始まると。
『大気中に満ちる魔力が妙な波長を示していましてよ。ロイドと出会ってから、このような波長を観測するのは初めてですわ』
ミュゼの声にベッドから跳ね起き、寝間着を脱ぎ捨てて騎手の正装に着替える。
その上から、急所を守る用途の革鎧を着込み、各種ベルトをしっかりと確認。
少しキツイくらい、締めておく。
それから、親父の形見である魔導剣を腰に差し……あらかじめ用意しておいた必需品を詰め込んだ背嚢を背負う。
一瞬部屋を見て、忘れ物を確認……なし!
すぐに、廊下に飛び出す。
「ロイド、おは……アンタもやっぱり、何か変だと思ったのね?」
廊下でばったり会ったリタもまた、出撃の予定もないのに完全装備で立っていた。
「説明できるものではありませんが、はい。とりあえず何が起こってもいいようにザインブルグの所へ行きます!」
「うん! アタシも……その前に朝ご飯ね! ボトルに水も詰めてもらわなきゃ!」
俺達は、1階へ向けてすぐさま階段を駆け下り始めた。
「ロイド、リタも来たか」
朝食を貪って格納庫に走り込むと、そこにはロジンがすでにいた。
俺達と同じように正装と革鎧を着て、準備万端だ。
「儂も理屈じゃないが、嫌な予感がしてな……こんなのは、騎手になって初めてだ」
『おじさま、その通りでしてよ。すぐさま警戒態勢に移行した方がよろしくってよ、大気中の魔力の波形が異常ですのよ』
ミュゼ、ロジンのことおじさまって呼んでるのか……
騎手は、一般の人間よりも魔力を使うからな……ミュゼの言ったような『異変』を感じ取りやすいのかもしれない。
「ははは、ミュゼの嬢ちゃんまでそう言うんじゃその通りだな……」
ロジンは格納庫の壁まで歩き……そこにある水晶のような宝石を、ぶん殴って壊した。
次の瞬間に、無音で魔力が放たれる……アレはいわば、警報機だ。
途端に、2階部分が騒がしくなった。
「いつでもヨロイで出撃できるようにしておけ! 儂は聖騎手に報告へ行く!」
そう言うと、彼は年齢を感じさせない様子で走り出て行った。
速い……今でも若手と張り合える速度だぜ、ありゃあ。
一気に騒がしくなる宿舎の中、俺はとりあえずザインブルグに走った。
・・☆・・
「総員! ヨロイに搭乗ッ!」
仲間たちも、ドワーフたちもみんな揃った格納庫。
今度は馬に乗って帰ってきたロジンが、飛び降りるなりそう叫んだ。
それを聞いて、待機していた皆は一斉にヨロイへ搭乗していく。
「整備士! 備蓄の『動力体』を各機へ2つずつ配れ! 10番機のお嬢ちゃんには4つだぞ!」
「「「了解!!」」」
ドワーフたちが方々へ駆け出していく。
『動力体』の予備……それは、連続稼働を必要とする『長期間』の作戦行動が始まることを示している。
「騎手はそのまま待機! すぐに『伝達』がある!」
ロジンがそう言ってすぐに、ヨロイの内部に通信が来た。
『――総員傾注、ロバスト=バルクハルク聖騎手である』
ヨロイだけじゃなく、格納庫に備えられたスピーカーからも声が響く。
おそらく、この南駐屯地全域に流れているんだろう。
『本日未明、偵察に出ていた特務部隊が『魔の領域』の異変を察知した』
全ての部隊から、高い索敵スキルを持った騎手を選抜した部隊だ。
一度任務でカチ合ったが、ツヴァンクっていうことを差し引いてもほとんど駆動音がしなかった。
『ここより南と西方面の森から、魔物の群れが湧き出している。それも、今までのような数ではない』
やっぱり、始まったか……!
『推定される数は、種を問わずにおおよそ5000体以上。そいつらが、まっすぐこちらへ向かっている』
……どう考えても、騎手総勢200名で対処できる数じゃない。
『しかも、まだ増え続けているだろう……『魔の領域』から、魔物どもが溢れ出した』
さらに増える、か。
やっぱり到底勝ち目はない。
この異変中、魔物どもの本能はおかしくなっている。
撤退せず、ひるまず、ただこっちへ向かってくる。
これを止めるためには……1匹残らず殺し尽くすしかない。
だが、それはとても無理だ……ザインブルグが100機もいればちょっとは反抗できるかもしれんがな。
『ううん、200機は欲しいところですわね~?』
やっぱり無理だな、そりゃ。
遺跡という遺跡を掘り返しても無理だろう。
これに、正面から当たるには。
『よって、我々は現時点を以て――本駐屯地からの撤退作戦を開始する』
ざわ、と色んなところから声が上がった。
驚愕ではなく、納得の声が。
『まず、最後まで残っていた非戦闘員の一団と予備役以外の整備士を馬車で逃す。目的地は中央駐屯地だ』
酒場のおやっさんの顔が浮かぶ。
あの人は、ひょっとしたら最後まで残って戦うって言いそうな雰囲気だった。
『そちらの護衛は1から4番隊が行う、この後すぐに出発してもらうことになる。これ以上話を聞くよりも、該当部隊は準備を開始せよ』
ムカスタは3番隊だから……先に撤退か。
『次、6番から10番隊は資材を積んだ『ランゲッタ』部隊の護衛だ。非戦闘員の次に出ることになる、急げ』
ああ、21番隊が乗ってきた資材運搬用のヨロイな。
食料やらなんやら、残していくには惜しいものを運ばせるんだろう。
アレ、荷台にはとんでもねえ量の荷物積めるからな……歩行速度はアゴルム並みだけど。
『次、11から20番隊は全ての宿舎にありったけの『広域時限臨界魔道弾』を設置した後、撤退となる。こちらも急げ』
『臨界魔導弾』、これは平たく言うと『非破壊性の巨大爆弾』とでも言うべきモノだ。
内部にはヨロイに載せられない等級の『動力体』もどきがギチギチに詰まっていて……時間が来ると、そいつらが連鎖的に反応して水平方向にとんでもない規模の『魔力波』を発生させるって戦略兵器だ。
これは、建造物を壊さず、土地を汚染しないが……魔力を持った生き物だけを殺す。
ヒトも、魔物も……体内の魔力を外的要因で大きく崩された時にはショック死するのだ。
いつかこの駐屯地を奪還することを考えて、そいつらを炸裂させるんだろう。
普段は固く使用が禁じられている、『決戦用』の兵器だ。
誤爆したら大惨事だからな。
……とっくのとうに気付いているが、今までにウチや21番隊は呼ばれていない。
こりゃ……キッツイぞ。
『そして、我が直属として……5番隊と21番隊から、『ツヴァンク以上』のヨロイを指揮下に組み込む。我らの任務は『殿』である』
やっぱりな……
『臨界魔導弾の炸裂ギリギリまで……友軍の脱出を援護し、踏みとどまるのだ』
こうなったなあ、古式ヨロイだもんな。
内蔵火器もあるし、動きも速い。
だから、ギリギリまで残れると判断したんだろう。
『いいか、これは決して敗走ではない。来たるべき『奪還の日』まで戦力を温存することが目的だ』
物音一つしない格納庫に、聖騎手の声が響いている。
『南駐屯地に所属する全ての人員で、消耗していい命などない。心せよ……貴様らは全て、ラギアギア帝国の為に戦う戦士たちなのだ。あたら命を無駄に散らすことは決して、決して許されぬ愚挙と知れ!!』
声が大きく、強くなる。
『よろしい、それでは――総員、行動開始!!』
『『『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』』』
駐屯地が揺れる程の雄たけびを上げ、俺達は行動を開始した。
……来る、遂に来る。
俺にとっての分水嶺……『プロローグ』が、来る!!
・・☆・・
『揃ったな』
南駐屯地の中央、聖騎手の宿舎。
その前にある広い場所……いつぞやザインブルグを動かした訓練場で、俺達はヨロイに乗って整列している。
目の前には、聖騎手の乗った鎧がある。
黒光りする重厚な装甲を纏い、頭を越える長さの大剣を持ち、背中に聖騎士を示す蒼いマントをたなびかせた……聖騎士専用のヨロイ。
『グラーフオウガ』と呼称されるそれは、古式ヨロイを除いて……ラギアギア帝国の所有する全てのヨロイの中でもトップ層に位置する強力なヨロイだ。
搭載されている『動力体』は、全部で4つ。
数の上ならザインブルグと同一だ。
短期間なら単独飛行が可能な程の大出力の噴射機構を備え、太く大きな足には移動補助用の噴射機構がいくつも装備されている。
並の魔物なら、武器を使わずとも殴るだけで即死させる程のヨロイだ。
『貴様らはこれより、全てこちらの指揮下に入る』
無駄話なんか一つもない。
そんな静寂の中で、遠くからは他のヨロイや馬車の動く音だけが聞こえている。
『我らの主目標は単純だ、『臨界魔導弾』の炸裂寸前までこの南駐屯地へ敵を寄せ付けないことになる』
シンプルだが、簡単ではない。
いやむしろ、難易度としては極高な部類の任務だ。
『ベルク二等騎手、ラシュムーン二等騎手、テミト上等騎手は見張り台へ付け。それ以外は南門を出て、迎撃陣形を取る』
『『『了解!』』』
見張り台とは、駐屯地の外壁上に備えられたヨロイ用のスペースだ。
内側からスロープで上ることができて、普段はツヴァンク等の遠方まで見渡せるヨロイが配置されている。
『我らの展開が終わるまで待機、近付くものがあれば撃て。各々の判断に任せる……行けッ!』
『『『了解ッ!』』』
そして、撤退戦が始まった。
『あらぁ~、とんでもねえ数でしてよ~! 地面が見えませんことよ~!』
見張り台から見ている地平線は……真っ黒だ。
普段なら駐屯地周辺の見晴らしがいい平原が、魔物という魔物に埋め尽くされている。
俺はミュゼ程よく見えているわけじゃないが、それでも絶望的な数だってのはよくわかるぞ。
南西方向が先頭かな……合流したか、魔物ども。
『破損して破棄する予定のあった『動力体』を平原に埋めさせた。赤い旗が立っている所だ……適宜、そちらの判断で使用せよ』
バルクハルク聖騎手からの通信。
ああ、あの旗はそういうワケか。
先週まではなかったのに……いつの間にあんなものを。
見張り台からは、下の部隊もよく見える。
城壁から少し離れた所に、武装したヨロイの一団がいる。
聖騎手直属の護衛である、カララ上等騎手を始めとした2機のドラウツェンも揃っている。
ツヴァンク10機、ドラウツェン5機、グラーフオウガ1機。
これが全てだ、間違いなくこの南駐屯地の上位レベルの騎手たちだろう。
ツヴァンクのうち、何機かは長大なヨロイ用のバリスタで武装している。
矢はその背後に山と積まれていて、1本の大きさはヨロイの全長を越えていた。
『さあ、来るぞ! 備えろ騎手共!』
遠くに見える群れが、動いた。
そのままこちらを飲み込むように近付いてくる。
「ミュゼ、脅威度の高い魔物をマークしてくれ。距離があるうちに加速砲で吹き飛ばす」
『ラージャ、でしてよ!』
あれは、相手が密集しているほど威力が上がるからな。
まずは超長距離狙撃、近付いてきたら胸部ビーム、もっと接近されたらガトリングだ。
『ロイド! 肩の力を抜くのよ! 絶対みんなで生き残るんだからね!』
「はい、上等騎手! 貴方も、ご武運を!」
『生意気言っちゃって! あはは!』
リタの声に頬を緩めつつ……魔力の充填を開始。
同時に、背中の装甲板を展開!
『距離、約3000セグント。この見晴らしなら水平射で問題なくってよ』
群れのいくつかのポイントに、赤い丸が追加された。
「行くぜ相棒……ザインブルグ、『完全起動』! 魔導加速砲、加速開始……!」
『了解でしてよ! なるはやでやりますわ~!』
『動力体』が唸り、肩にセットした砲身が重低音を上げている。
『魔導弾加速、出力上昇……臨界点!』
「――撃てェッッ!!」
加速した魔導弾が発射され――それが、開戦の合図となった。




