第38話 ガルム=ベルクという男。(帝歴1000年、12月)
「嗚呼、来ちまった……」
『来ちまいましたわねえ~?』
――来てしまった。
遂に、『プロローグ』の始まる12月という月が。
正確には……今月の終わりから来年にかけて、だけど。
俺は頑張ったと思う、かなり。
訓練も欠かさず行ったし、ヨロイで下働きもした。
ザインブルグとミュゼの件はかなりの上振れだったが……そのおかげで、さらに魔力量を増やせたし、夢の中で訓練もできるようになった。
かなり……そう、かなり頑張ったと思う。
『そこだけは誇ってよくってよ? わたくしの時代でもロイドほど必死に訓練していた騎手はおりませんでしたし?』
なんたって『終わり』が見えてるからなあ……そりゃ、俺と同じ立場なら必死で鍛えるだろうよ。
『ですわねえ……ところで、今はコレ何してるんですの?』
休日の散歩(全力早歩き)だよ。
特に予定も目的もないからな……駐屯地内で有酸素運動だ。
歩き疲れたら宿舎に帰って筋トレして、風呂入って寝る。
『あなたの前世と比べると娯楽、少ないですからねえ……』
いくつかのカードくらいしかないからな……
あとは双六とか将棋とか、それにリバーシみたいなボードゲーム。
そんな感じか。
基本的に対戦相手が必要な娯楽しかねえんだよ……あとは、原作でも描写のあった大人気のスポーツくらいか。
何だよ、あのクリケット殺意100%増しみたいな競技。
ボールそっちのけで途中からチャンバラ大会になるんだもんな……蛮族の儀式かなにか?
本も貴重だし、そもそも娯楽本なんて辺境にはほぼない。
「ああ、丁度よかったわ……ベルク二等騎手!」
お?
誰だ……あ、この人はたしかバルクハルク聖騎手付の部下で……
「……これは、ラドンセ上等騎手。どうされました?」
エルフのリタよりもエルフらしい、スレンダーな女騎手、カララ=ラドンセ上等騎手だ。
「聖騎手が貴方を呼んでいるの、特に差し迫った用事がないなら来てもらえるかしら」
「ハッ! 問題ありません! この場で向かいます!」
俺に用事?
特にこれといって何かをした気はないが……呼んでるなら行く以外の選択肢はない。
今はまだ汗もかいていないし、このままの格好でいいだろう。
基本的に、最近は休日中でも制服着てるしな。
やっと寒くなってきたし……
「そう、それならついてきて」
「ハッ!」
カララの後に続き、中央地区に向かう。
「たまの休みに呼び出してすまんな、ロイドよ」
「はい、いいえ。問題ありません!」
宿舎に入り、聖騎手の部屋へ。
重厚な机についているバルクハルク聖騎手に、立って敬礼をした。
カララは俺の斜め後ろに音も立てずに立っている。
「正式な場ではない、楽にしろ……座れ」
「ハッ!」
目線で示された椅子に座る。
すかさず、カララによって小さなテーブルが用意され、その上には湯気の立つお茶が置かれている。
「まあ飲め。お前は煙草をやるのか? やるなら喫っても構わんぞ」
そう言い、バルクハルクは懐から煙草入れを取り出して咥え、火を点けた。
いや、いくら喫ってもいいって言われてもこの場で喫う程肝っ玉はデカく……あ、マッチも煙草もテーブルにある。
これ超高いヤツだ……ここじゃ、店が疎開してもう手に入らない……
「は、ありがたく頂きます」
咥えて火を点け、煙を楽しむ。
ああ、高級品の味……
「……美味そうに喫うな。親父によく似ている」
「ごほ……父を、ご存じで?」
親父殿を知ってる人、みんな言うんだよな……似てるって。
それらの情報を総合すると、我が親父殿ことガルム=ベルクは身長190前後、ムキムキで眼つきの悪い赤毛マンだったらしい。
俺が順当に成長すればそうなる……んだろうか?
眼つきはもうどうにもならんからな、しゃーないけど。
でも身長が高いのはいいよな……頑張れ遺伝子。
「ああ、奴が死んだ時……儂の配下にいた。その時は統括騎士だったのでな」
「それは……知りませんでした」
聖騎手になる前ってことか。
そっか、じゃあ15番隊を率いてたのは……聖騎手だったんだ。
「無理もない、お前はリタから聞いているだろうが……『龍』絡みの話は一般にはほとんど下りてこん。帝都にいるお前の母御は今でも知らんだろう」
紫煙を吐き出し、バルクハルクは少し眉をしかめた。
「あの日、儂は帝都に呼び出されていてな……部隊長代理として、お前の父親……ガルム上等騎手を待機させていた。その時に限ってあのようなことがあって……」
煙草を噛み千切りそうなほど、歯を噛んでいる。
そうか……親父殿ってやっぱりすごかったんだなあ……上等騎手だし、部隊長代理だし。
「……お前からすれば、儂は親の仇のようなものだろう」
……は?
「はい、いいえ聖騎手。我が父の仇は『龍』であります。もしこの場に父がいても、きっと同じように言うでしょう」
しゃーないじゃん、仕事なんだから。
ここでケツまくって逃げるような男だったら、そもそも28で上等騎手にならんでしょ……親父殿は。
俺だってその立場なら同じように戦ったよ。
「『騎手の騎士』たる我が身も同じく。仲間が死地に赴くと言うのであれば……自分も、同じ地獄へ赴きます。それが、ひいてはこのラギアギア帝国の礎となるのですから」
積極的に死にたくねえけどな!
だから死に物狂いで色々やってんだからな!
特に魔力量の増強! アレたぶんミュゼのサポートがなかったら発狂するやつだし!
『そうですわよ~? わたくしに深く深ぁ~く感謝しますのよ~?』
いつもいつもありがとう!
でも前世由来のAVとかについて聞いてくるのだけはやめてな! そこの記憶は封印しといてくれ!!
『ああ、ちょうど聞きたかったんですの。お胸をあのように使う行為――』
封印! しておいて!! くれ!!!
「……そうか、さすがはガルムの息子よ」
あ、すいませんちょっと気が逸れてました。
「気高き狼の子は、たとえ父の背中を見ずとも同じく狼となるか……」
バルクハルクは、机の引き出しを探って……布に包まれた何かを取り出し、立ち上がった。
そしてそのまま、俺の方まで歩いてくる。
いかん、立たねば。
「本当は、もっと後にしようと思っていたのだがな……これを、お前にやる」
差し出された包みを受け取る。
ぬ、重い……中身は短剣か?
布を取ると……中から出てきたのは、まるで昨日作られたように美しい短剣だった。
薄い朱塗りの鞘に、柄の方は……磨かれた、何かの骨でできている。
「それは、ガルムの遺品だ」
「……全て『息吹』で焼かれたハズでは?」
マジかよ、何でこんなに綺麗に残って……
「焼け残った、唯一のものだ。それはガルムがとある公爵家より下賜された『魔法具』になる」
……ダンジョン由来のマジックアイテム?
しかも公爵家って……これ、どえらい貴重品なんじゃ?
ドラゴンブレスでも焼けてないって……
「こ、このような貴重なモノをいただくわけには……」
「構わん、それはガルムが常々『いつか息子が立派になったら渡す』と言っていたものだからな」
親父殿が……
ろくに顔も覚えてなくてスマン。
だって俺その時は普通のガキだったから……
「……ロイドよ」
がし、と肩に手を置かれる。
でっけえ手だな……老人の手じゃねえぞ。
「この西方辺境領に、普段にない『何か』が迫っている。異常気象、魔物の増加、それに種を越えた連携……子供でもわかることだ、この先確実に『何か』が起ころうとしている」
聖騎手なら、上がってくる情報からそれくらいは考えられるか。
『例のアイツ』以外の聖騎手は、無能では務まらないし。
「だから、今ここでそれを渡しておく。儂にも、何かがないとは言い切れぬからな」
「……謹んで、頂戴いたします」
短剣を持ったまま敬礼すると、バルクハルクはこの部屋に入って初めてはっきりと微笑んだ。
いや、むしろ……ほっとした感じ?
「お前の駆る『ザインブルグ』は強力な鎧騎兵だ。その力を是非、これからも帝国に役立ててほしい……できるだけ長く、だ。勿論、意味はわかるな?」
「ハッ!」
長生きしろってことだよな、どう考えても。
ここで死ぬなって、そういうことだな。
……望むところだ、俺はこんな所でくたばるつもりはない。
この世界が原作かそうじゃないか……それはまだわからないが、それを度外視しても俺はまだ16年しか生きちゃいないんだ。
まだまだ、死ぬわけにはいかん。
……それに今死ぬと、おふくろたちに行く遺族年金が最低ランクになっちまうからな。
かわいい妹にも苦労させるわけにはいかんのだ。
「やはり、良い目をしている……ガルムの若い頃にそっくりだよ、お前は」
最後にもう一度肩を叩き、バルクハルクは机に戻って行った。
「老人の昔話に付き合ってもらった礼だ。剣の他にそこの煙草もくれてやる……カララ、時間もいいしなにか市場で食わせてやってくれ」
「はい、聖騎手」
おお、至れり尽くせりだ。
この煙草はここぞという時に喫おう……普段使いにするには勿体ない。
「死ぬなよ、ロイド。せめて親父よりも長生きしろ……下がってよし」
「ハッ! ありがとうございます!!」
俺を見送るバルクハルクの目、それは……どこか、祖父のようにも思えた。
・・☆・・
「……私も、ガルムさんにはお世話になったのよ」
「むぐ……そうでありましたか」
カララに案内された店で、俺は山盛りの飯を食わされている。
燻製メインだが、普段食ってるモノとはグレードが段違いだ。
何食っても上手い……醤油と白飯が欲しくはあるが、これはこれで……
と、そんな風にモグモグしていたら急にカララが口を開いた。
顔が広いなあ、親父殿。
「――ええ、当時の15番隊が『龍』に襲われて、生き残った二等騎手……それが、私」
「……それは」
急に重いお話をブチ込んできやがる……
「情けない話だけど、あの時私は一歩も動けなかった。頭が真っ白になって、盾を構えることもできなかったのよ。山のように大きい、『龍』を見てね」
俺と同じくらいの若造だったんだろうから……無理もない。
アニメの映像でしか見たことがないが、『龍』ってのは他の魔物とは隔絶した存在だからな。
「でもね、ガルムさんの声で我に返ったの。『死にたくねえなら足動かせ! 逃げろ! 動力体が砕けるまで走れ!』ってね……凄い大声だったわ」
懐かしそうに虚空を見上げるカララ。
「それで、なんとか逃げて……後は、気が付いたら地面にヨロイごと埋まっていたわ。その時にはあたり一面、何もなかったけど」
よくトラウマにならんかったもんだよ、本当に。
「ねえ、ベルク準騎手……いいえ、ロイド。もう一つ、ガルムさんが言っていたことをここで伝えておくわ」
カララは手を伸ばし、俺の手をしっかりと握って目を合わせた。
「『俺は、辺境一格好いい騎手だったって……いつか倅に教えてやってくれ』って」
その目は、少しだけ潤んでいた。
「でもちょっと違うの、ガルムさんは……あの時、世界一格好いい騎手だったわよ。片手片足だけのツヴァンクで、龍の目を潰したんだから」
親父殿……それは、さぞ格好よかったんだろうなあ。
「そうですか……父を、誇りに思います。上等騎手……」
「ええ、きっとガルムさんも喜んでいるわ。いつもやってたみたいに、鼻の頭をこすって……子供みたいに、恥ずかしそうに笑って」
カララの片目から、すっと涙がこぼれた。
だけど、その顔は綺麗な笑顔だった。




