第35話 『ねむりしもの』たちの目覚め。(帝歴1000年、11月)
「ロイド! ロイドロイドロイドぉ~!!」
格納庫で日課のザインブルグ磨きをしていると、普段にないハイテンションでアリシアが走り込んで来た。
顔も真っ赤で、とても興奮してるのがよくわかる。
「ねえ! ねえねえ! 大変だよ、大変~!」
アリシアはこっちに真っ直ぐ走ってくると、ザインブルグの足を磨いていた俺を押し倒すくらいの勢いで抱き着いてきた。
いつも何かしらリタに抱き着かれているので、俺は無反応である。
何がとは言わんがアリシアはペタっとしてるからな、何がとは言わんが。
「あのね! う、ウォードロンがね! 急に、急に喋り出したんだよ~!!」
うん、知ってる。
今日は11月の15日……『プロローグ』まで時間がないからな。
あらかじめミュゼと話し合っていた……ウォードロンの『精霊』を喋らせ始める頃合いだ。
「そうか……アリシア、混乱してるところ悪いが俺の方も驚くべき話があってな……」
「なに!? これ以上ビックリすることって何があるの!?」
頭上にあるザインブルグの目が、魔力を宿して光る。
『――ごきげんよう、赤毛のお嬢さん』
「……ほぇあ?」
アリシアは、外部スピーカー越しに放たれたミュゼの声に一瞬猫のような顔で呆けた。
そして――
「――こっちも喋ったぁああああああああああああああ!?!?」
と、近隣に響く絶叫を上げたのだった。
・・☆・・
『何の理由かわかりませんが、『休眠状態』が一斉に解除されましてよ。わたくしも内心大いに驚いておりましてよ?』
「本当に喋っている……」
「しかも、めっちゃくちゃ流暢に……」
21番隊、格納庫。
そこに移動させたザインブルグの前で、ユーリとアリシアが愕然としている。
「えぇえ!? ロイドのヨロイって女の子だったのォ!?」
あ、間違えたリタもいたわ。
なんかついてきたんだよな……
「ウォードロンは男性音声なんだな。よろしく」
『『はい、よろしくお願いします』』
俺はといえば、ウォードロンに話しかけている。
まるで双子のように、返事が同時に返ってきた。
うーん……あれだ、カーナビと話してる気分だ。
やっぱり『精霊』の質が違うんだなってわかるなあ。
表面上、俺は『初めて帝国語で話してるのを知りました』って感じを押し通している。
アリシアには『なんで動じてないの!?』って言われたけど……
『帝国語で喋るヨロイとか最高だろ。いつか喋らないかなって夢に見てたんだ』って返したらなんか納得して『……確かに!!』って言ってた。
流石はヨロイマニアの同志だ。
「ええっと……ベルク二等騎手、このヨロイ……」
『ザインブルグ、でしてよ』
「ええ、そうね。ザインブルグも……内蔵されている火器があるの?」
ユーリの問いに、俺は頷いた。
「ええ。頭部、両腕、胸、背中にあるそうです」
「そ、そんなに!?」
リタは既に撃ちまくったのを知っているが、俺が黙っているので言うつもりはないようだ。
ただ、ミュゼが女? だという事実に驚いている。
「ちなみに、そう聞くということは……ウォードロンたちにも?」
「ええ、腕と胸に内蔵火器があるそうよ。まだ試してはないけれど……そちらのザインブルグは、どうやら特別製のようね……『精霊』も人間じみているし、火器も多いわ」
まあ、俺は本人に言われて知ってるからな。
最新型ってのも含めて。
「あの、ザインブルグさん。どんな内訳か聞かせてもらえるかしら?」
『ロイドの許可なしに開示はできませんことよ。ごめんあそばせ?』
リタがこっちをギュン! って見た。
なんだよ、怖いよ。
「呼び捨てされてる! ロイドったらいつの間にヨロイを口説いて……!」
「口説いていません。こいつが話せるようになってから自己紹介したらこの調子です」
と、いうことにしている。
かれこれほぼ1年の付き合いだけどな。
遺跡の段階で開示していたら、ややこしいことになるってわかってたし。
「開示していいぞ」
『かしこまりましてよ。頭部二連魔弾機銃、胸部魔導凝集光砲、両腕部三連魔導機銃、腰部四連多段誘導砲、背部展開式高出力魔導加速砲ですわ』
「っす、すごい! すごいよユーリさん~!」
「そうね! こんなのは初めてだわ!」
ユーリがメモ帳を取り出して、猛然とメモを取っている。
その横にいるアリシアもだ。
「ウォードロンたちの方は?」
『『――はい、右腕単発式魔導砲、胸部近接拡散魔導砲です』』
あ、こっちは聞いたら答えるんだ……やっぱりAIの質が違うんだな。
興奮するアリシアたちを見ながら、俺はそう思った。
「ベルク二等騎手、このヨロイたちのことは……しばらく南駐屯地のみに情報開示しましょう」
しばしのパニックの後、落ち着いたユーリは俺に向かってそう言った。
格納庫隅のテーブルに、俺達はついている。
「はい、了解いたしました! ……しかし、魔導院に報告をしなくでも大丈夫ですか?」
こちらとしては願ったりかなったりだし、もし報告すると言うならなんとか年明けまで、というか『プロローグ』まで遅らせるつもりだったからな……
「……最近の魔物の動き、妙だと思わない?」
「それは……はい」
お茶を一口飲み、ユーリは続ける。
「いくらなんでも数が多すぎるし、生息域も何もかも無視している……極めつけは、別種の魔物同士が『群れ』を形成するなんて……前代未聞が多すぎるのよ」
研究者の顔をした彼女は、さらに続けた。
「――何かが起ころうとしている……ここだけじゃなく、西方辺境領の、全域で」
しん……と静寂が満ちた。
『あらあら、大変ですこと』
満ちてなかったが無視だ、無視。
どうせ今のは俺の脳内にしか聞こえちゃいない。
「この状況で魔導院に報告を上げると……間違いなく、帰還命令が下るわ。あなたのザインブルグも含めてね……それは悪手よ、悪手だわ。これだけの強力なヨロイを、これから何かが起ころうとしている辺境から引き上げることはできない」
俺の目を真っ直ぐ見たユーリは、今度は騎手の顔をしていた。
「私は魔導院の研究者である前に……このラギアギア帝国から禄を頂く騎手よ。このヨロイたちは確かに貴重で、調査する必要はある……だけど、それは『今』じゃないわ」
ほう……研究者気質かと思ったけど、根っこはちゃんと帝国騎手なんだな。
さすがは隊を率いる統括騎手だ。
「今は『戦う』時なのよ……そうでしょう?」
俺は、ちょっと嬉しくなりながら頷いた。
「ええ、ここで帝都に引き上げると言われたら……俺はザインブルグに籠ってでも抵抗するところでしたよ」
『あらまあ! それなら寝やすいようにシートを調節しましたのに……!』
なんでちょっと悔しそうなんだよお前。
「そうよそうよ! ロイドは連れて行かせないんだからね! もし行くならこのゴタゴタが終わった上で、勿論アタシもついてくわよ!!」
5番隊の戦力が低下しちゃう……まあ、『プロローグ』を越えたら『元』西方辺境領の騎手は再編成されるんだろうけども。
『お話はまとまったようですのね? それではわたくしから聞きたいことがありましてよ?』
「ええ、なんでも聞いて頂戴……首が動いてる!? 騎手もいないのに!? きゃんっ!?」
待機状態でこっちを向いたザインブルグに、ユーリが驚きすぎて椅子から落下した。
うわ、痛そう……何がとは言わないけど大きいから大丈夫だと思うけど。
『あら~? これくらい普通にできましてよ?』
「本当に凄いね、ロイドのヨロイさん……!」
反対にアリシアはキラキラしている。
大丈夫、お前が原作で乗るヨロイもあれくらいできるから。
『あ~……まず、ですわね? わたくしは厳密にはザインブルグと同一の存在ではありませんの……ミュゼ、とお呼びくださる?』
あ、それ正式名称でいいんだ。
随分気に入ったもんだな。
「わ、わかったわミュゼ……そう呼ぶわね?」
衝撃から立ち直ったユーリが、苦笑しつつ返す。
『よろしくってよ? それで……そちらの『ウォードロン』2機、何故『正式搭乗者契約』を結んでおりませんの?』
ああ、『本契約』の正式名称ってそんな感じだったな。
「……ごめんなさい、今の我々にはその単語すらわからないの。シグムント王国の研究は進んでいるとは言い難くって……」
原作でも大分後になってからだったしなあ……それ。
『あらまあ、そうですの。時の流れは残酷ですわねえ……ねえロイド、わたくしがお教えしてもよくって?』
今度は俺に声がかかる。
うしうし、手筈通りだな……
「それが何かわからんけど、統括たちは共に戦う仲間だ。有益なことなら、教えてあげて欲しい」
『わかりましたわ。それでは――』
ミュゼが話す言葉を、ユーリたちは真剣な顔で聞き始めた。
・・☆・・
「『明けより暮れ、また闇の中にありて剣を抜く。この先、斃れし日まで』!」
『――確認。アリシア=ラシュムーン……貴方を我が騎手として認定します。この先、斃れし日まで』
「やった! できた……ふわあぁ! すんごい! 出力が跳ね上がったよ~!」
『ウォードロン』のコクピット内部から、アリシアの歓声が響く。
「こっちもできた……! なにこれ、注ぎ込める魔力の量が段違いに上がった!」
その隣に立っているアナンタのウォードロンでも同じようなことが起こったようで、彼女の驚く声が聞こえてきた。
彼女らはミュゼの指示に従い、この度正式に『本契約』となった。
総出力は10割、内蔵火器も全て使用できるようになっている。
『ま、所詮こいつらは下位互換の量産機……もしも何か不都合があれば、こちらから一方的に停止させられますわ』
悲しいかなミュゼは上位者として定義されてるらしいからな……奪われるようなことはナシにできるってのはありがたい。
この先何が起こるかわからんからな。
アリシアとアナンタが騎手でいる間は大丈夫だろうが……
『『乗り換え』の情報は秘匿いたしますわ。彼女たちには、同じことをすると『上書き』できるかもしれない……程度にとどめておきますわよ』
さすが、最高の相棒だよ……契約破棄の方法さえ表に出なきゃ安全だしな。
ついでに搭乗者が暗殺されると未来永劫動かなくなる……とかの嘘情報も混ぜといてくれ。
『悪辣ですわねえ、我が騎手は』
なんとでも言え、生き残るためだ……あ、そういえば血とか抜かないのなウォードロンって。
『アレはより強固な契約方式で、量産型程度の機体には搭載されておりませんの』
あ、なるほどね……あの時は殺されるかと思ったわ。
強固ね、いいじゃないか……俺もはいはいって降りるわけにはいかんからな。
生き残るために、お前にしがみつくぜ。
『独占欲の強い殿方は嫌いではなくってよ~?』
AIに言われると変な感じだな……まあいいけど。
「統括騎手、少し質問が」
「えっ、ああ、なにかしらベルクくん」
なんか先生に質問した感じになったな……
「あの、自分は古代語の知識がないもので……ザインブルグとは、どういった意味の言葉でしょうか?」
ここで知ってたら今までの擬態も全部無駄になるからな。
まあ、本当にこの単語の意味は知らんのだが。
なんか今の今までミュゼに聞くのも忘れてたし。
「ああ、そういえばそうね。あなたは動じていないから何でも知っているのかと思ってしまったわ……」
いい質問だ、とばかりにユーリが微笑む。
「ザインブルグは、古代シグムント語で――そうねえ、『滅びに抗うもの』という意味よ」
「……へぇ、いい名前ですね。とっても……いい名前だ」
俺が乗るのにぴったりの名前じゃねえか。
『とっとと聞いてほしかったですわ~? わたくしが、ロイドにその感動を与える役目が欲しかったですわ~?』
……なんか、すいません。




