第32話 異常猛暑。(帝歴1000年、8月)
「ロイド~お、あっづいようぅ……」
「だったらまずひっつかないでくださいよ……」
南駐屯地、5番隊宿舎。
蒸し風呂のような格納庫で、リタが腰に抱き着いている。
やめてくれよマジで……薄着で汗ばんだ胸が密着してきて、全然落ち着かねえんだぞ……
「む~ん……最近別々の所が多かったから、たまにはアタシに甘えていいんだから~……っていうか甘えて欲しいのよ~……!」
「そ、そのお気持ちだけで十分ですってば……ちょっと冷たいもんでも持ってきますよ」
この人は俺を性的な感情の無いカワイイ後輩とでも思ってんのかね?
体は思春期真っ盛りなんだぞ……ったく。
渋るリタをその場に残し、食堂の方へ向かうことにした。
しっかし暑いな……去年はここまでじゃなかったぞ……?
むしろ、今までの人生で一番暑くねえかな……?
中央駐屯地への疎開護衛から帰ってきてしばらくすると、うだるような暑さが戻ってきた。
ああ、帰りは特にデカイ魔物と遭遇することはなくって平和だった。
出発するまでは、宿舎に例の聖騎手がなんとか古式ヨロイの騎手を見つけようって張り付いてたけどな……何だアイツ。
お陰で俺とアリシアは全く休んだ気がしなかったからな……
出発する時もなんか喚いて寄ってきたが、ゴーラム上等騎手のツヴァンクがわざとよろめいたような挙動で近くを思いっきり踏んでたけど。
アレで懲りてくれればいいんだがな……こっちのバルクハルク聖騎手が帝都経由で抗議を入れるって言ってたから、何かしらのペナルティはあるとは思うが……
「あらロイドちゃん、どうしたの?」
「おばちゃん、氷と飲み物あるかな……酒以外で」
そんなことを考えていると食堂に着いた。
各騎手隊宿舎にある簡易食堂だな。
気の利いたものなんてないけど、前に言ったようにここでの食事は基本的に無料となっている。
もっと別の食事がしたい場合は市場に行くんだが……今はもう閑散としている。
この前の疎開で移動した所が殆どだからな。
「あいよ、氷はばっちりさ。魔法具様様だねえ……黒茶でいいかい?」
「最高だよ、それにしても暑いねえ……」
黒茶ってのは炒った豆のお茶だ。
なんか麦茶みたいな味がするから、この季節にはもってこいだ。
ミネラルも補給できそうだし。
「あたしもここで働いてもう30年になるけど、こんなのは初めてさ。魔物のことといい、何か変な事でも起こらなきゃいいんだけどねえ」
「そうだね……ありがと!」
大きなポットと金属の箱を受け取る。
幸い南駐屯地は地下水脈が豊富なので、汲み上げた水を魔法具にぶち込んでおくといつでも氷が手に入るんだ。
個人で所有するには高額だが、騎手は半分公務員みたいなもんだからな……支給してくれる皇帝陛下には頭が上がらんね。
「果実酒もあるけど、いるかい?」
「リタ上等騎手がいるからさ、やめとく」
おばちゃんは『ああ……』って苦笑した。
彼女の酒癖の悪さは部隊内では有名だからね……部隊外でも有名だけどさ……帰ろう。
「ちめたい~……生き返るゥ……」
氷をガリゴリ噛み砕いて、リタは金属製の箱に頬を寄せている。
俺も黒茶をごくり……うん、冷たくって爽やかな香ばしさだ。
炒ると麦茶になる豆か……粉砕して粉にするとパンにできそうだよな。
『暑い寒いの感覚がわたくしにはイマイチわかりませんわね~』
そりゃ、AIにはそうだろうよ。
「本当に暑いですよね……聞きました? 昨日11番隊の騎手が3人倒れたっていうの」
「んあ~聞いた聞いた。普通なら気合が足り~ん! って言う所だけど……この暑さじゃ無理ないわよね~……ヨロイの中は灼熱地獄だし、かといって戦闘中に開けとくわけにもいかないからね~……」
哨戒に出て、戦闘して……帰って来てぶっ倒れたそうだ。
いくら水分を摂取しても、長時間の戦闘行動はリスクが高いからな。
かといって行かないって選択肢もないんだがね。
「もうさ、ヨロイの中に水半分くらい入れたいわよ~……」
「たぶん暑さですぐ風呂になりますよ……そんでもんって整備士に泣くまで怒られますよ……」
「うにゅ~……」
ヨロイは電気で動いてるわけじゃないから感電とかは大丈夫だろうけど……シートは革製だからな。
あんまり濡れると取り外して清掃だろうなあ。
「アタシさあ、帝国に来てから大分経つけど……こんなあっついの初めてよ。ほんと、今年は変な事ばっかり起こるわよね~?」
「食堂のおばちゃんも言ってましたね。悪いことが起きなきゃいいんですけど……」
魔物の大繁殖に、異常気象。
やっぱり来るな……『プロローグ』
嫌な予感がビンビンだぜ……
「よし……上等騎手、ソレは飲んだら俺が片付けますんで置いといてくださいね」
氷と黒茶をボトルに詰めて立ち上がる。
「……ちょっと、まさか今日も訓練すんの!?」
「ええ、ヨロイの掃除も終わったんで……うおっ!?」
さっきまでだらけてたとは思えない程の速度で抱き着かれた!?
水分補給して元気になったんか!?
「ば、馬鹿じゃないの~!? こんなあっつい日にやったらロイドまで倒れちゃうじゃない! 駄目よ! 駄目~! アタシ、真面目過ぎて死ぬロイドなんかイヤよ~!」
「いや、しかし……」
筋トレは重要なんだぞ? 筋肉はいくら付けても付けすぎってことはないからな!
あと有酸素運動も……!
「駄ぁ目~! 今日は休みなんだからゆっくりしなさ~い! 上官命令なんだからね~!!」
リタは腕の力をより一層強くし、位置的に俺の腰に巨乳がギュンギュン押し付けられる!
やめてくれ! 死んでしまう!!
『あらあらまあまあ、暑い中でもお元気なことで』
俺の血流の動きを把握するんじゃない!
「駄目よもう~! こうなったら隣のアリシアちゃんも一緒に冷たいモノでも食べに行くわよ~!!」
どうやら、筋トレをさせてくれるつもりはないらしい……とほほ。
・・☆・・
「夜はちょっと涼しいね、ロイド」
「ちょっと、だけな……」
扇風機的な魔法具、誰か開発してくれんものか……あ、帝都にはあったような気がする。
辺境に届いてないだけか……
氷を作る魔法具はあんだから、組み合わせてやってくれよ……俺はパス、技師じゃないからな。
リタに連行され、駐屯地の食堂街へ来ている。
アリシアと、7番隊の女性ドワーフ、タリアナも一緒だ。
疎開が進んで寂しくなっているが、開いている店もあるからな。
「暑さなんてのは、酒飲んで忘れるに限るのさ!」
「そそそ、タリアナったらいいこと言う~!」
リタとタリアナはすっかり出来上がっている。
氷で冷やしたエールはさぞ美味かろうよ……
俺とアリシアは、冷やした果実炭酸水を飲みながら……鶏肉の燻製を齧っている。
あと、ライチによく似た果物。
「そういえば聞いたかいリタ、西はちょいと落ち着いたってさ」
「あ~、『鉄壁』エキドナがいるもんね。あの人のヨロイ、動く城塞みたいなモンだからそりゃ強いでしょ。両腕ブン回すだけでも魔物なんか粉々よ」
あ、帝都からの援軍は活躍してるみたいだな。
原作にも出て来る『鉄壁』エキドナに……選抜された5部隊か。
増えてるらしい魔物も、さすがにかなうまい。
「ボク、帝都で見たことあるよロイド、城門みたいな盾を持った大きなヨロイなんだよ」
「見てみてえなあ……西駐屯地に行くのは御免だけど。中央駐屯地よりマシかもしれんが」
そう言うと、アリシアの顔も曇る。
お互いに面倒ごとに巻き込まれたもんな。
「そうだね。あそこの聖騎手……ユーリさんも知ってたけど、すっごく評判悪いみたいだよ」
「だろうなあ……ヒトのヨロイ持ってこうとするくらいだ、普段からアレなんだろうよ」
炭酸水をぐびり……ふう、酒よりこっちの方が美味いと感じるのは味覚もガキになったからか?
ついでに、煙草を咥えて火をつける……この世界のマッチは前世と変わりがないな。
「あ、ロイドったら大人になっちゃって……感慨深いわ~……」
「アンタはおかんか何かかよ、リタ……」
なんか、喫ううちに慣れて来て……ちょっと好きになってきた。
特に香草多めの配合にすると前世で親しんだメンソール系に近い味になる。
その上で体にいいときたら……まあ、やるわな。
「ねえねえ、アタシにも1本頂戴~」
リタに投げると、彼女はそれを器用に咥えて指パッチンで火を点けた。
魔法って便利だよなあ……
「エルフってのはいいねえ。ヨロイの中を冷やしたりはできないのかい?」
「ぷはぁ~……駄目駄目、『冷やす』っていうのはものすんごい魔力を使うんだもん……戦闘中にやったらヨロイ停止しちゃうわよ」
あ、そうなんだ……
この世界って魔法は基本ヨロイで使うからわからんかった。
そういえば、氷魔法的なのを使うヨロイって……本編後半にしか出てこんな。
しかもネームドキャラ。
つまり、ソレ系を使えるってのは実力者の証か。
「ねえねえロイド、そういえばあれから新しい『地図』って出ない?」
俺の袖をくいくいしつつ、顔を寄せてくるアリシア。
お前そういうとこだぞ……このせいで一方通行の恋に落ちる若手が増えてるんだぞ……今も、そしてこの先もな。
なんと罪深き主人公よ。
本人的には男性だろうと『仲のいいお友達』扱いなんだろうなあ……
「出ないな。古式ヨロイなら何体出て来ても困らないんだが……」
ミュゼに聞いたが、西方辺境領がある所は情報がなんか虫食いになっているらしい。
それも、西駐屯地のあたりはポッカリ円状に地図情報が消えてるんだそうな。
……クソデカ爆弾でも炸裂したんだろうか。
ともかく、南駐屯地の周辺にもうおかわりの遺跡ってのはなさそう……とのこと。
一番近い所で北駐屯地の北方向、おおよそ800キロだそうだ、さすがにこの状況じゃ発掘にも行けない。
向こうに知らせても、それどころじゃないだろう。
っていうか800キロ先は別の国だ、外交問題待ったなしなので無理。
「次に強いのが出たら、アタシが乗りたいなあ……」
「私はツヴァンクで十分だよ。古式ヨロイには『呪い持ち』もいるって言うじゃないか……」
タリアナがブルッと震えている。
あ、それ盗難防止機能が暴走した奴だ。
壊れかけのヨロイだとたまに起こるらしい……ミュゼがいる以上、大丈夫なんだが。
「なあアリシア、魔導院ではなんか新型とか開発してないのか?」
「うーん、開発部門はボクがいた所とは管轄違いだから……でも、たしか『ノイネリッター』の発展機らしいのを研究してるって噂はあるよ?」
ああ、それたぶん……原作の3巻に出てくる『デア・ノイネ』のことだな。
背中にキャノン砲……もとい、2本の杖を装着した発展機だ。
手に持つ杖と合わせれば、3か所同時に魔弾を発射できる……って触れ込みだったんだが、帝国の抱える魔力変換効率問題の関係上……それなりに魔力の多い騎手でもすぐに昏倒する。
たしか、後々人気キャラが乗り込んで大活躍すんだよな……ソイツの名前は知ってるけど、ここで言うワケにはいかんが。
接点がないから知ってるとおかしいし。
「へえ、そいつはいいな……早く前線に配備されんかな。なんならノイネリッターでもいいけど」
「う~ん……魔弾が撃てるヨロイは数が少ないし高価だから……どうかな?」
アリシアは困っている。
……11月になったらコイツの『ウォードロン』でもできるようになるがな。
えっと……腕キャノンは単発仕様で、胸の奴は近距離用のショットガン的な感じだったな。
『程度の低い遠距離武装ですが、まあこの時代では貴重ですわねえ? もっとも~? わ~たくしとは、隔絶した機体差がありますけど~?』
知ってるよ……ワンオフ機が古い量産機と張り合うんじゃないよ……
『今夜は魔力を増やしまくる時間でしてよ! 夜になったら素敵な密会ですわ、密会! おほほほ!』
言い方……
知っての通り、魔力はゼロになって回復する時に総量を伸ばす。
今までは俺が昏倒して終わりだったが……『供給』を使った裏技を行っている。
まず、魔力を放出して……『供給』を使って俺に戻す。
マッチポンプみたいなやり方だが、今までの何倍も効率がいい。
それに、戦闘中みたいに急速に回復させないから脳にダメージが行く可能性も低い。
気分は最悪だがな……でも、やらんで死ぬよりかはずっといい、ずっとな。
何度か失敗したが、リタに見つかることもなくなったし。
あの人なんなの……
たまに暗がりから急に出てくるんだよな……
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