第31話 中央駐屯地。(帝歴1000年、7月)
「ロイド=ベルク! 今は二等騎手だったか……成長したな!」
「これは……教官殿!」
避難民の護衛として、やっとこさ朝方に中央駐屯地に到着した。
そこで臨時に割り当てられた格納庫で作業していたんだが……なんと、訓練校の教官殿がやってきた。
うわあ、変わんないなあ……そりゃそうか、卒業してまだ1年ちょいしか経ってないし。
ともかく、脚立に登ったままは失礼だ。
すぐさま降りて作業服をはたき、敬礼する。
「随分派手に暴れたようだな……よく全員無事で来れたものだ」
「南駐屯地は強者揃いですので」
そう返すと、教官殿は歯を見せて笑った。
「そのようだな。帝国の盾たる辺境騎手が弱いわけがない……こことは違って」
「それは……」
一転して厳しい顔になる教官殿。
彼は一瞬顔を歪めて、口を開く。
「……先遣隊は壊滅。準騎手3名が死亡、6名が重傷……二等騎手2名が死亡、9名が重傷だ」
……あの戦いの後、俺もそれを見た。
俺達が街道を進むと……そこら中にヨロイの破片が散らばっていた。
手長の『長』による蹂躙の結果だった。
結局、あの場に現れた『長』は前代未聞の6匹。
中央駐屯地から出発した先遣隊の騎手たちは、3匹をなんとか殺してはいたものの……そうなった。
俺達は生き残りと遺体を回収し、治療をしてここまで一緒に連れて来たんだ。
手長の剛力で殴打され、コクピットごと叩き潰されたいくつものヨロイは俺が『リュンゼル』でなんとか開き……死体を回収した。
「ここの聖騎手は私の進言など聞く耳を持たんかった。せめて上等騎手を入れるべきだと言ったんだがな……」
教官殿は近くの丸椅子に腰を下ろし、懐から紙巻きの煙草を取り出す。
それを口に咥え、もう1本を俺に差し出した。
「やるか? お前も成人したんだろう」
「は、頂きます」
受け取って、教官殿が擦ったマッチから火を貰う。
この世界の煙草は、香草と薬草を乾燥させていて……ニコチンもタールも含まれていない。
依存性はないし、地球の煙草のように人体に悪影響はない。
ただ、ちょっと気分を高揚させる薬草が含まれているだけだ。
「うぐ……ごほ」
だけど若い体には美味いものではなく、どちらかと言えば薬扱いだ。
前世では喫っていたが、この体ではどうにもキツい。
「ははは、ゆっくり肺に入れるんだ。慣れていないとそうなる」
教官殿はそう言って、紫煙を吐き出した。
「ごほ……なるほど、あの場にアゴルムしかいなかったのは、そういうワケでしたか」
「『中央付近にさほど強力な魔物はいない』と言われてな……むしろ私が心配性だと笑われたぞ。ふん……」
彼は煙草を強く嚙み、目を鋭くした。
「無能ものめ……! お陰で帝国が手塩にかけて育てた騎手が無駄に何人も死んだわ……! ドラウツェンの、否……ツヴァンクの1機でもいれば、まだ死者も減ったろうに……!!」
その目には、訓練校時代には決して見たことのない『殺意』が浮かんでいた。
厳しいが優しい教官殿は、俺達生徒に理不尽な体罰なんかしなかった。
そんな彼が、静かに、だけど内面では烈火のように怒っている。
「今アイツに会うと絞め殺してしまいそうだからな……南から来た一団にお前がいると知って、顔を見に来たんだよ」
「……光栄であります」
「なぁに……老人に付き合ってもらってすまんな、ロイド」
数度紫煙を吐き出した教官殿は、すっかり綺麗になったザインブルグを見上げる。
さっきまで必死に磨いてたからな。
脳内でミュゼがうるせえのなんのって……『兜の影が汚れていましてよ~!!』とか、きっとアイツは姑の才能があると思う。
「これが噂の古式ヨロイか……なるほど、美しいものだな。名前は?」
「わからんのです、教官殿。自分は古代文字がさっぱりでありまして……」
対外的にはな。
「そういえばそうか……私もだ。しかし、遭難してこれ程のモノを得るとは……お前は神に愛されておるのかもしれんな」
「……そうであれば、いいのですが」
愛されてたらまず西方辺境領に行ってないと思う。
『んにゃ!? 今わたくしをどなたかが空前絶後に美しいと……?』
言ってねえよ、そこまでは。
いいから寝てろよ……寝るAIってなんだよ?
「ここにはいつまで?」
「明後日には南駐屯地に帰還します。こちらの隊にもいくらか損傷機が出ておりますが、さほどの深手ではありませんので」
主にアゴルム隊がな。
騎手はみんな五体満足だが、装甲板が破損したり関節が痛んだ機体がある。
そいつらは、今まとめて別の格納庫……修理工房に運ばれている。
ここにいるのは五体満足なヨロイだけだ。
俺のように清掃していたり、格納庫横にある宿舎で休んでいる奴もいる。
アリシアは……清掃の後は散歩に行ったんだっけか?
「そうか……ロイド、今年は明らかにおかしい。『手長』がここに出るのも、その長が複数出るのも……前代未聞のことだ」
「そうですね、南でも魔物の数が増えています。西はもっと悪いとか……」
『プロローグ』が迫っているのを、否応なしに肌で感じている。
「ああ、その通りだ。先日帝都からの援軍が出発したよ……『鉄壁』が率いていたが、皆かなりの精鋭だった」
「噂に名高いドワーフ殿ですね、いつかお目にかかりたいものです」
「お前が気になっているのはヨロイのほうだろう?」
いやいや、ちゃんと原作キャラにも興味はありますよ?
「ははは、その顔は当たりだな? 変わっていなくて安心した……では、私は行こう」
教官殿は楽しそうに笑って、椅子から立ち上がった。
「……死ぬなよ二等騎手。手塩にかけた候補生が死んでいくのは、帝国の損失だからな」
「は、お任せを。このロイド=ベルク、せめて死んだ父よりは長生きします!」
切実に、そう思う。
まずは何を置いても『プロローグ』を越えることだけどな。
「狼の子は、やはり狼か……ガルム坊主に似た、良い目をしている。ではな、励めよ」
「ハッ!!」
俺の顔を見て数度頷き、教官殿は踵を返した。
そして、軽く手を振って歩き去って行く。
……親父殿のこと、知ってたのか。
『龍』絡みだから訓練校時代は言わなかったんだろうな。
「ロイド、作業終わった? ムカスタくんが一緒にご飯食べようって……っと、失礼いたしました!」
「いや、構わんよ……お嬢さん、ロイドと仲良くな」
「へ? は、はい!」
入り口からアリシアが走ってきて、教官殿に敬礼、言葉を交わし……そしてまたこちらへ走る。
「わ、凄く綺麗になった。ロイドは本当にヨロイを大事にするよね」
「当たり前だろ、命を預けてるんだからさ」
アリシアはニッコリ笑って、入り口を振り返る。
ちょうど教官殿が、もう一度俺に手を振って出ていくところだった。
頭を下げておく。
「ねえ、今の人って知り合い?」
「ああ、訓練校の教官殿……恩師だよ」
原作には記述がないが、ここの状況ってどうだったんだろうな?
なんとも、聖騎手に含むところがある感じだったけど……無能とか言ってたし。
おかしいな、聖騎手ってのは基本的に無能にはなれないハズなんだが……
でも、何事にも例外はあるし……今は平和な時間軸だもんなあ。
南駐屯地の聖騎手は変なのじゃなくってよかった。
「あ、そっか。ここって訓練校あるもんね……懐かしいな、ボクは帝都の魔導院でそのまま訓練だったから」
「へえ、珍しいな。さすがは魔導院のエリート特務部隊サマ」
「やめてよもう。なんかイヤだな、その言い方~」
アリシアは恥ずかしそうに肩パンを繰り返している。
距離が近いなあ……そら本編で勘違いされまくるわ、コイツ。
ムカスタとかには劇薬だと思う。
「ね、ご飯いこ、ご飯。もうボクお腹ペコペコだよ」
腕をナチュラルに組むな、リタ級の巨乳なら致命傷だぞ。
コイツはスレンダーだからいいけど。
「分かった、俺も同じだから行くよ」
『迷子になるんじゃありませんことよ~?』
お前は俺のなんなんだよ……
・・☆・・
『ロイド、ロイド、今よろしくって?』
昼食後、宛がわれた部屋で横になっていると……ミュゼからの念話。
なんだ、まだ汚れが残ってたか?
『違いましてよ、わたくし今騎手の方々に囲まれておりましてよ?』
……なんだって?
『少し視覚を同期いたしますわ?』
うおっ!?
景色がいきなり切り替わって……これは、ザインブルグの目線か。
えっと……うん、囲まれてるな。
その中でちょっと頭頂部が悲しいことになっている小太りで中年の騎手が、顔を赤くして周囲になにか叫んでいる。
『先程急にやって来まして、ザインブルグの腹部を無理やり開けようとしておりますわ』
……何?
『断片的な会話から察するに、ザインブルグに別の誰かを乗せてここに配備させるつもりのようですわよ?』
はぁ? ザインブルグは南駐屯地の所属だし、そもそも聖騎手に人事権はないぞ?
『傷一つ付いておりませんが、なーんか腹立つので頭部バルカンを斉射してよくって? この剥げ散らかした騎手の唾が装甲板に飛んできますの』
気持ちはわかるがそれはやめてくれよ……
「――ロイド、入るぞ」
うおっと……ゴーラム上等騎手?
やっぱり皆さんノックの概念をご存じない? まあいいけど。
「いかがされましたか、上等騎手」
「うん、お前は今日ここから一切出るな。いや……明後日までずっと出るな」
……別に行きたいところもないからいいけど。
さっき訓練校食堂のおばちゃんたちにはもう挨拶したから、用事もないし。
「それは問題ありませんが、何故?」
「ああ、ここの聖騎手『殿』が、お前を探している……提出した名簿には乗機を書いていないから、こっちに来たんだろう」
聖騎手『殿』ってすんげえ嫌そうに言うな……
いや、それはわかるがいったい何故?
「先遣隊の生き残りから聞いたらしい、お前のヨロイが大活躍して……手長の長を屠ったってな。どうも、ここの聖騎手さんは随分とワガママらしいぜ。お前ごとヨロイを引き抜くか、駄目ならヨロイだけでも中央駐屯地所属にしたいんだとさ」
「……あの、そんな無法が通るんですか?」
予想を超えるアホに遭遇したな……
「ハッ、通るわけねえだろうが」
ゴーラムは鼻で笑う。
「そもそも騎手個々人の人事は全て帝都の『騎手院』の管轄だ。たとえお前が『ハイ』と言っても所属は変えられねえ……勿論、ヨロイの所属もな」
そのまま、彼は部屋の椅子に座った。
「ホレ、こいつはくれてやる。お前も成人したんだ、煙草の一つも覚えねえとな」
そう言って投げられたのは、紙箱……煙草か。
日本の〇イルドセブンを思い出す。
「それでも喫って大人しくしてな。ここは借り受けてるが、書類上は南駐屯地の管轄だ。奴らも無茶はできん……古式ヨロイ同士、アリシアも向かいの部屋にいることになるから仲良くしとけ」
「は、ありがとうございます」
「ったく、話に聞いちゃいたが……中央駐屯地の騎手どもは随分と緩んでやがるな、頭がアレじゃ無理ねえがよ……じゃあな、飯は部屋まで届けさせるぜ」
ゴーラムはそう言って、部屋から出て行った。
こりゃ、面倒なことになりそうだな……あ。
……ミュゼ、一応ウォードロンの方にも鍵的な感じのをかけといてくれ。
ザインブルグが駄目ならあっちに行くかもしれん。
『もう完了しましてよ。わったくしを~? ダレだと思っていらっしゃるのかしら~?』
ドヤ念話が返ってきたから大丈夫だな。
んで、ハゲはどうしてる?
『癇癪を起して自分で工具を持ってザインブルグをぶん殴ろうとして……空振りして大ゴケ、失神しましてよ~? 聖騎手とやらはあんな運動不足の肥満体でもなれるのですわね?』
絶っ対に何かのコネだな、そりゃあ。
聖騎手ってのはいわば騎手の頂点の一つ……身体能力も、頭脳も、トップレベルの騎手しか認められない……ハズ、なんだがな?
つくづく、この時間軸の中央駐屯地は平和なんだな~?
『だからこの先滅茶苦茶になったんじゃなくって? ロイドの知る『原作』のままなら……あのおハゲさんに撤退戦の指示なんかできるとは思えませんわ~?』
……ありえるな。
下手したら真っ先に逃げたってのもありそうだ。
聖騎手が真っ先に……さぞ士気はボロボロだったろうよ。
ああ、平和の弊害だな……




