第28話 第一次疎開。(帝歴1000年、7月)
『嗚呼……お姉さんたちが……』
「この世の終わりみたいな声出してんじゃねえよ、ムカスタ」
通信越しでも、アイツが情けない顔をしているのがわかる。
『だってよおベルク……』
「馬鹿野郎、世話になったんならしっかり護衛するのが筋だろうが。お姉さんたちの未来は俺達に託されたようなもんだぜ?」
そう言い返すと、ムカスタは黙る。
かと思えば、奴のアゴルムは右手を高々と上げた。
『そうだよな……うん、そうだ! 俺がやらねえとなあ!!』
いきなり元気になりやがった。
そんなにデカい声出すとだな……
『ベルク! ムカスタ! 何じゃれてやがる!』
『ひぃ! 申し訳ありませんでしたぁ!』
「申し訳ありません! 上等騎手!」
ほら、俺まで怒られたじゃねえかよ……
西駐屯地に援軍の派遣が決まってから、半月。
そろそろ夏も本腰を入れてくる時期に……俺やムカスタは街道をヨロイで歩いている。
いや、俺達だけじゃなく……周囲には、各部隊から選抜されたアゴルムやツヴァンクが隊列を組みながら行進中だ。
全部で、しめて20機。
そして……その隊列の中央で、最も舗装された箇所を行くのは……
『あ! 今俺に手を振ったよなベルク! アレって絶対『やすらぎの宴』のエレーナちゃんだ……!』
「はいはい、よかったな」
列をなして進む、約20台前後の大型馬車の群れである。
その窓からは、周囲の鎧騎兵たちを頼もしそうに見つめる……『お姉さんたち』の姿がチラホラ。
ムカスタ、絶対気のせいだろ。
ザインブルグの望遠した視界じゃねえと見えんぞ。
『ふむん、ああいった方々のお化粧は時代が変わってもさほど進化しませんのね~?』
「変な方向に進化される方が困るぞ」
『あら、お化粧以外はまた違いましてよ? シグムント王国においてはスラっとした体形が何より美しいとされていましたが……この時代の方々は豊満な女性を好むのですわね?』
「それは個々人の性癖もあるから……」
『ロイドはお胸やお尻が大きくて、背も高い女性がお好みですわよね~?』
「……黙秘する」
話を打ち切って、前方を見る。
夏らしい入道雲が、もくもくと元気に空を泳いでいるな……これ、あとで一雨来そうだ。
そう、現在俺達は南駐屯地を離れ……『お姉さんたち』を始めとする方々が乗った馬車を護衛している。
行き先は『中央駐屯地』……去年、俺が卒業した騎士訓練校がある所だ。
西駐屯地は勿論、南駐屯地付近も出没する魔物が増えつつある。
聖騎手はこの状況に、まず『ただちに必要でない』人員……つまるところ、夜のお店だったり、市場や食堂を経営している方々を中央駐屯地へと移送することを決定した。
平たく言えば『非戦闘員』の方々だな。
この先何が起こるかわからんから、雪に閉ざされる前にせめて中央へ避難させることにしたってわけだ。
駐屯地に子供はいないので、老人と女性たちだ。
『プロローグ』は恐らく西から来る。
現状、上層部がそれをわかっているわけでは勿論ないが……この状況下で非戦闘員を最前線に張り付けておくのは悪手中の悪手。
なので『最悪の事態』を想定して……この度の『第一次疎開』が始まった。
まだ援軍が到着しておらず、人員の損耗が激しい西駐屯地以外……北でも同じことが行われているらしい。
『よぉし! この先に街道筋の野営拠点がある! そこまで歩みを緩めるな! 魔力不足のものがいれば申し出るんだぞ!』
通信から聞こえる太く低い声の持ち主は、この隊を率いるために18番隊から選抜されたゴーラム上等騎手だ。
上等騎手とはいっても、戦績や経験はもう統括騎手が内定しているようなものだという。
駐屯地を出発する時に見たが、革鎧がはじけんばかりの筋肉だるまだった。
彼の駆るツヴァンクは、身の丈を超える金棒を背中に吊り下げているのですぐにわかる。
なんだあの質量兵器……『ウォードロン』と一緒に遺跡で見つかったが、アレを使う人がいるとは思わなかったぜ……いくらツヴァンクの出力が高いとはいえ、アレは重量限界ギリギリだろう。
盾も持ててないし……てっきりドラウツェンが使うもんだとばかり思ってたんだが。
『ロイドのヨロイ、凄く歩行が緩やか。腕を上げたね』
「お互いヨロイがいいからな、訓練に身も入るってもんだよ」
俺の左横にいるウォードロン。
あそこから飛んでくる通信は、いつものアリシアのものだ。
5番隊からは俺、21番隊からはアリシアが派遣されている。
ロジンたちは南駐屯地の防衛のためと、万が一にでもこの隊列が魔物の群れに察知されないように……時を同じくして半数が大規模哨戒任務に赴いている。
リタは俺について来ようとしていたが、ロジンに駄目だと言われて半泣きになっていた。
そして俺を凄い勢いでハグして激励してくれた。
……正直、彼女は戦力的に欲しかったんだがな。
『内蔵火器はロックでよろしくって?』
「ああ、頼む。このタイミングで露見させるわけにはいかん……その代わりに出力を5割固定で」
『かしこまりましてよ~』
20機のヨロイがいるし、街道は駐屯地より安全だ。
勿論油断はしないが……俺1人でどうこうってことにはならんだろう……
・・☆・・
「ブルル」
「よしよし、よく頑張ったな。明日も歩いてもらいことになるが、腹一杯食えよ」
飼い葉を横長の桶にドザーっと下ろす。
待ってましたとばかりに、馬体の大きい馬たちが群がってきた。
ふう、馬車の数も多いからこれだけで一仕事だ。
ヨロイは大きいし音もデカイから、馬が怖がるんだよなあ。
だから馬の世話は人力オンリーなわけだ。
「すまんね騎手さん、こんな小間使いみたいなことさせてさ……」
御者のおじさんたちが申し訳なさそうにしているが、これくらいはな。
「いいんですよ、ヨロイに乗ってるだけだからそんなに疲れてませんし……皆さんの運んでいる『お客さん』たちには俺もいくらかお世話になったもんで……へへへ」
そう言うと、一転して『同じ側の男』を見るような雰囲気になるおじさん連中。
わかりやすいねえ……男ってのは基本的に全員スケベさ。
俺、一応15歳になったけどまだキャバクラにしか行ったことねえな。
「若いのにモノの道理がわかってるじゃねえか、騎手さんよ」
「ありがてえな……こういう人がいるとよ」
「駐屯地の騎手さん達はまだマシだが、『内地』の連中は横柄なのが多くってねえ……女たちに当たりも強いしさ、『世話』んなってるくせに」
何か一部の騎手に思うことがあるのか、愚痴を言いながら作業をするおじさんたち。
騎手はそりゃあ、なるのはそこそこ大変だが……貴族と違って特権階級ってわけじゃないんだがな。
その両方を兼務してる俺みたいなのもいるけど。
ああ、前世にいた『コトが済んだら風俗嬢に説教するおじさん』みたいなモンかねえ?
俺はそんなことをしたことはないが……
『ロイドの『前の世界』、スケベなことにかけてはシグムント王国も余裕で負けておりますわ~。なんて破廉恥なのかしら~』
「(俺の恥部を読むんじゃない!!)」
くそ、深層心理まで否応なしにリンクすんのは卑怯だろ。
俺の方には一切の逆流が起こってないってのに……やっぱり脳味噌の性能が違うんかね?
「ロイド、楽しそう……ねえねえ、何の話?」
水桶を持ったアリシアがやってきた。
空気を読める俺含めおじさんたちは、始まりかけていた猥談を打ち消すのだった。
「……ヨロイって格好いいよなって話をな、してた」
「そう! それはいい話だね!」
……わかりやすくって助かるねえ、主人公。
馬車を円状に配置し、その中で避難民が眠りについている。
俺達騎手は、いつもの哨戒のようにチームを組んで夜警の真っ最中だ。
だが、いつもなら休憩しているのは騎手だけど今回は一般市民。
いつも以上に気を付けないとな。
『周辺に敵反応ナシ、ですわ』
「了解」
いたら困るしなあ……
『ベルクベルク! やっぱりあの子馴染みのエレーナちゃんだったぞ! 『頑張ってね』って手まで握られちゃったよ! ふはははは!』
「マジかよ、お前目がいいなあ……」
それともスケベ故の第六感なんだろうか?
世界は不思議に満ちてやがるなあ……
「そりゃよかったけど、見張りはしっかり頼むぞ?」
『ったりまえだろ! エレーナちゃんに虫刺され一つつけるもんかよ~!』
……まあ、モチベがあるのはいいところだな。
スケベパワーとでも言うか。
『――ジャクセンだ。北で何か動いた、ベルク二等騎手、お前のヨロイは目がいいと聞いた……確認頼めるか?』
「了解、確認します。位置を交換しましょう」
夜警組は4人一組で、東西南北に散っている。
俺は東にいるから、すぐに移動開始。
「ミュゼ、最大望遠、暗視併用」
『動体検知もご一緒にいかが?』
頼もしいねえ……っと、流石ザインブルグ。
極力音を出さない早歩きでもこの速度だ。
すぐに、ジャクセン二等騎手のツヴァンクとすれ違った。
され、北の方角ね……俺の目じゃまだ何も見えんが……
『北、正面、距離150セグント。林の中で動くものが見えましてよ。数は……3、体長は最低でも4セグント』
「でっかいな……獣じゃなさそうだ。了解!」
早歩きから小走りへと変化させつつ、腰に懸架された大剣の柄……『リュンゼル』を引き抜く。
背中のランスより小回りがきくからな、この方が!
『……あらまあ、手のとっても長いおサルさんですわね? わたくしの記憶にはなくってよ?』
「マジかよ、最悪じゃねえか!?」
速度を上げ、コクピット内部で魔力を乗せて怒鳴る。
『――全隊に告ぐ! 北方正面! 『手長』確認ッ! 最低3匹! ベルク機、これより排除に移るッ!!』
待機状態の味方にも確実に伝わっただろうな、この通信は!
『起きやがれ貴様ら! アゴルム全機! 馬車の外周に防御陣展開! ツヴァンク全機、その前方! ロイド! 無理なら退くんだぞ!!』
「――了解ッ!!」
ゴーラムの声に怒鳴り返しつつ、速度を最高速へ!
『手長』ってのは、ミュゼが言った通り手が異様に長いサル型の魔物だ。
単体での脅威度はさほどでもないが……奴らは頭がよく、連携を取って群れで移動する。
縄張りを持たず、広い範囲を群れで移動しつつ狩りを行うっていう習性があるんだ。
……サルの形してるくせに、猛獣だなまるで。
で、奴らは肉食傾向の強い雑食で……ヒトもモリモリ食う。
しかも的確に弱い相手を狙うからな……!
「西駐屯地方面から流れてきやがったか……?」
ここは、南駐屯地から馬車で3日ほど行った所だから……そうかもしれん。
南ではほとんど目撃されていない種類だからだ。
俺もこうして見るのは初めてだが……連携した時の脅威度は、原作でよく知っている。
『撃ちまして?』
「発射光が丸見えだから駄目だ! 光らないなら撃っていいけど!?」
『実体弾はわたくしに積まれておりませんのよ? しょうがねえですわね……』
そんな話をしつつ走る視界に……見えた! 手長のサル!
「ウキャホホホ! ホォーッ!!」
向こうも俺を確認したようで、ジャンプして枝を掴み……体操選手みたいに飛び掛かってきた!
機敏! だが――美味しいぜ!!
「――オオォオッ!!」「ッピ!?!?」
ザインブルグに両腕を叩きつけようとした手長は、そのまま空中で開きになる。
一瞬だけ展開された『リュンゼル』の刃が、乱杭歯を生やした醜悪な顔を照らし出す。
「ホォー! ギャヒ!!」「ッホッホ! ホファー!!」
残った2匹のうち、1匹がこちらに、もう1匹が反対側に動こうとする。
恐怖じゃない……やっぱり『群れ』が他にもいやがるな! させるかァ!!
「どけこのなんちゃって類人猿!」「――ベエッ!?」
まずは向かってくる個体の首を腕ごと撥ね飛ばし――フリーな左腕で背中のランスを掴む!
「おうらァ!!」
そして、ソイツを投げる!
暗視機能でバッチリ見える視界で――ランスで背中から胸を貫通されて倒れ込む手長!
……よし、他はいないな……
「ベルク二等騎手です! 手長3匹討伐完了! ですが、近隣に『群れ』がいる可能性があります!」
『わかった! でかしたロイド! まず帰還だ! 素材は放り捨てて構わん!』
「了解ッ!」
……いる筈の残りがどう出るか、だな。




