第27話 揺れる西駐屯地。(帝歴1000年、6月)
「やっぱりさ、下半身を馬にするのって理にかなってると思うんだよね、ボク」
紅い髪を揺らし、紅い瞳が興奮を表すように輝いている。
「確かに踏破性能は上がりそうだけど、不整地だと逆に足を取られると思うぞ?」
「あ、そっか……そうだよね。こっちは沼地もあるし……」
「あの形ってのは『グリュト諸部族連合』だからこそ使い物になるんじゃねえのかな? 平原なら敵なしだしさ」
21番隊、宿舎。
そこの1階にある格納庫で……俺はアリシアと向かい合って座っている。
現在の任務はないので、こちらに遊びに来ているってわけだ。
……正確に言えば、休みなんで5番隊宿舎で筋トレをしていたらアリシアに連行されたって感じになるが。
ちなみにだが、今話しているのは勿論鎧騎兵の話だ。
実際にこの世界には、下半身が馬の形になっているヨロイが存在している。
本編にも出てくる国で……まあ、一言で言うとチンギス=ハン時代のモンゴル帝国によく似ている。
そこのヨロイたちは、いわば『一人騎馬』みたいな感じで運用されているんだ。
「でもさ、不整地ならこういう……形の足も面白くねえかな?」
テーブルに乗った紙に鉛筆を走らせる。
「なにこれ? 板?」
「いや違う、これは連なった鋼板みたいなもんでな? そいつをこう、ぐるっと複数の車輪に巻き付けて使えば……」
俺の下手糞な絵でもキャタピラの効果はわかったようで、アリシアは目を見開いている。
「わ! 面白い……! そっか、接地面積を増やせば沼地でも進みやすいよね……!」
ことん、とテーブルにお茶のポットが置かれた。
「思春期真っ盛りの若い男女が向かい合って熱心に何の話かと思えば……ヨロイとはね?」
それを置いてくれたのは、黒エルフのアナンタ上等騎手だ。
そして彼女は、苦笑いしつつ席に座った。
「まさかねえ、ウチのアリシアや統括と同じくらいヨロイが好きな男の子がいるなんてね?」
「いや、ヨロイは誰でも好きでしょう、上等騎手」
「そうだよアナンタさん! 騎手ならヨロイ好きで当然だよ?」
俺達を見るアナンタの目は、ジト目になった。
なんでだよ、ロボットは浪漫じゃないか。
「そうね、でもその中ではアンタたちは頭一つ上だわよ……」
はあ、とため息をつくアナンタ。
『んまあ? 好かれるのも悪くありませんわね~?』
お前は厳密にはAIだろうが。
「しっかし遅いわね、統括。大分長引いているのかしら……?」
「ええ、そうですね……」
前回、5番隊で行った哨戒任務で……俺達は多数の魔物と遭遇した。
結局終わってみれば……『大兎15、六つ手熊10、三本爪98』というアホみたいな数になっていた。
ガトリングとミサイルで昏倒寸前まで戦ったし、仲間もみんな腕がいいので怪我人こそ出なかったが……最前線で攻撃を受ける形になったアゴルムは損傷個所がそれなりに多い。
俺は中距離で戦ってたからな……
で、それは5番隊だけじゃない。
あれから哨戒にいくつもの部隊が出たが……死人がいないのが奇跡、って部隊もいる。
俺達が遭遇したのはたまたまじゃなかったことは、これでハッキリしたんだ。
――明らかに、『魔の領域』から溢れてくる魔物が多くなっている。
それを受けて、バルクハルク聖騎手は各部隊の統括を招集。
本日、駐屯地の中央にて会議が行われている。
外への哨戒には、損耗の少ない部隊から選抜された腕利きたちが30人出ている。
なお、そこにはリタが入っている……たぶん大丈夫だろうとは思うが、心配ではある。
「私の知り合いが西にいるんだけどさ……やっぱり向こうも、っていうか向こうはかなりキッツイらしいわね」
「ああ、サイム二等騎手もそう言ってました……損耗率が高くなってて、18部隊分の人員しかいないとか」
たしかそうだったよな。
そう言うと、アナンタは顔を顰めた。
「今はなお悪いわ……昨日来た手紙では、『16部隊』になってたから。帝都に応援を求めてはいるらしいけど……」
……まだ6月だぞ?
この調子で増え続ければ、『プロローグ』の起こる12月にはどれだけになるってんだ。
「うそ、大丈夫なのアナンタさん」
「南に比べたら地獄だろうね。アッチにはこの子たちやロイドのヨロイなんかないし」
アナンタが首をしゃくった先には、待機状態で膝をついている『ウォードロン』が2機。
あ、こいつらは結局ウォードロンと呼ばれることになった。
あの遺跡にそう書かれていた石板があったらしい……さすがは魔導院の特務部隊、古代語の翻訳はお手の物ときたもんだ。
俺がそれとなく誘導する手間がはぶけたな……名前が設定と変わるとややこしいし。
「俺はまだ見ていませんが、戦闘ではどうです?」
「反応がすごくいいの! 思った通りに動いてくれるし、魔力の通りもすんごいんだから!」
お、おう。
近いよ、アリシア。
俺じゃなかったら即『俺のこと好きかも!!』って勘違いすんぞ。
「私としても言うことはないわね。見つかった槍もいいものだし……ま、お陰で乗りなれたツヴァンクは手放すことになったけど」
21番隊にウォードロンが配備され、担当騎手はアリシアとアナンタになった。
あぶれる形になったツヴァンク2機は、15番隊と18番隊……損傷したツヴァンクがいる部隊へと回されている。
辺境領のヨロイは原則皇帝陛下の持ち物って建前だからな……個人の裁量でどうこうなるもんではない。
ま、ザインブルグは俺にしか動かせないから実質専用機だけども。
『いつの世も殿方の独占欲は強いんですのね~?』
っち、また思考が漏れた。
今更隠し事もないんだが……ブレスレットを装着している状態でボケっとしていると、こうやってたまに思考を読まれちまう。
本当にプライベートな時には外すようにした方がいいかもしれんな。
……この先、そんな機会があるかどうかは置いておいて、だが。
「そうですか……あ、俺の同期が北にいるんですが、そっちはこちらと大差ないって聞いてます。やっぱり西がキツそうですね」
マルクとは定期的にやりとりしているが、アイツも元気そうだ。
俺が二等騎士になったと教えたら『上等騎手になったらウチの領地に来い!』って喜んでたな。
……ちなみに、飲みに行く度にミドンナ上等騎手に唇を奪われているらしい。半分確信犯めいてきたな、アイツ。
ちなみに最新の手紙には、
『舌入れたった! ウヒョヒョヒョ!! (意訳)』
と、書いていた。
……セクハラで訴えられ……あ、この世界にその概念ねえし、ミドンナの方が悪いな。
畜生、なんか悔しい気がしないでもない……もげろ。
「『大繁殖期』かもしれないわね……まだ50年はあるってのに、なんでよ」
アナンタが言った『大繁殖期』ってのは、『魔の領域』に一定の周期……おおよそ150年……で起こる、魔物の乱交パーティ……ってのはアレだが、まあ無茶苦茶魔物の増える年のことだ。
その結果が『プロローグ』ってことになんのかねえ……
「前の『大繁殖期』、知ってるのアナンタさん?」
「おあいにく、私はまだ60にもなってない若者エルフなの。故郷にいる叔父は遭遇したけど……『地面が3で魔物が7』だったってさ……地獄よ、地獄」
……プロローグの文章には『未曽有の』って言葉が追加されてたからな……それよりも、もっとひどいのかもしれない。
「上等騎手……ちなみに、その時はどれくらいの騎手が?」
お茶を飲み、アナンタは目を細めて言った。
「――総勢1000名の騎手が参戦して、生きて帰ったのは500を切ってたそうよ」
……この西方辺境領をひっくるめても、騎手は600人しかいない。
聖騎手を含めれば603人だが。
『未曽有』の事態……なるほど、8割が未帰還になるはずだ。
そうでなくても、今はフル稼働してないし。
整備士を入れたら1200名になるが……その場合はヨロイが足りん。
「……それからの100年でヨロイも進化してるとはいっても、この数じゃ厳しいね」
アリシアも顔を曇らせる。
100年前は今よりさらに遠距離攻撃の手段が少ない状況だからな……さぞ地獄だったろう。
帝国製のヨロイが弱いってことじゃない。
近接戦闘が主軸の現状で、大群と渡り合う必要があるってことだからな。
どうしても被害が多くなる。
「正式に認められれば、グランツ伯爵領経由で援軍が来るでしょうけどね……できるだけ早くしてほしいわ」
グランツ伯爵領は、この西方辺境領と帝都を結ぶ街道を含んでいる貴族領地だ。
『原作』開始地点で……そこが、帝国の西における『最終防衛ライン』となっている。
グランツ伯爵爵にある、左右を切り立った山に囲まれた街道……『ロッセヴァル街道』だ。
帝国は地獄の撤退戦を経て、その街道を帝国側ギリギリで封鎖。
工兵たちの力も借りながら、そこへ強固な砦を作成するに至った。
『城壁には、最後まで踏みとどまった騎手たちの血が沁み込んでいる』とは、その城壁を指して言われた言葉である。
……俺は、そこに『沁み込む』のは御免だ。
だから今も、必死でできることをやっている。
「ロイド、怖い顔してどうしたの……?」
思わず拳を握りしめていたらしい。
「いや……数は脅威だけど、強い魔物が出てくるのも困るなって」
アナンタも頷く。
「そうね……西方の『魔の領域』はわかっていないことの方が多いし、深いわ。帝国がこの辺境を版図としても、ほぼ手つかずの状態だからね」
少なくとも、『龍』が最低1匹はいる。
親父殿や、その仲間たちをブレスで消し飛ばした『龍』が。
空を飛ぶ関係上、連中の縄張りは広い。
さすがに10や20はいないと思うが……いや、いたとしたら『原作』でもグランツ伯爵領で進行が止まるはずがない。
『あの蜥蜴モドキには王国も手を焼いておりましたわ。いかにわたくしとザインブルグといえども、容易い相手ではなくってよ?』
ああ、わかってるさ相棒……
できれば寿命で死んでいて欲しいが、奴らの寿命は数百年単位だ、望み薄だろう。
『ちなみに、最大出力まで上げても頭部や腕部の魔導機銃ではなかなか装甲を抜けませんわ。連中を遠間で屠るには、最低でも胸部魔導凝集光砲か……背部の魔導加速砲が必要でしてよ?』
だろうねえ……
コイツの武装って増えんのかな?
『あいにく、この辺境領にはそれ用の工房が存在しませんし……この時代に専門の技師がいると思いまして?』
いねえよなあ……そんなにうまい話はない、か。
内部の損傷はまだ確認されてないし、外部は通常の装甲板で代用できるからそっちは大丈夫だが。
いつの間にか乾いてた喉に、お茶を流し込む。
その味はいつもより格段に苦かった。
・・☆・・
「――西駐屯地の状況がかなり悪い」
21番隊の宿舎をお暇して、5番隊に帰ってきた。
どうにも気分が落ち込んだので、筋トレを切り上げて飯でも食いに出るかと思っていると……夜も近くなった時間帯に、ロジンが帰ってきた。
そのまま、宿舎にいた全員が格納庫に呼ばれて……椅子に座るなり、開口一番にそう言われた。
「やはり、ですか」
そう返したのはトッド上等騎手だ。
哨戒で六つ手熊を見つけた時のように、顔色が悪い。
「ああ、昨日の時点で五体満足な騎手の総数は120名にまで落ち込んでいる。ドワーフたちも参加して回しているが……最大稼働でも、15番隊までが精々だろう」
……状況は予想以上だな。
知り合いがいなくてよかった……とは、横にいるサイム二等騎手にはとても言えない。
「どうも、ここや北以上に魔物の数が多いそうだ。先週の哨戒では、50匹に近い『二本角』の群れと交戦したらしい。その戦いで、3名の騎手が死に、2体のアゴルムが完全に破壊された」
……ついに死者が出た、か。
畜生、まだ6月だってのに……!
「統括、西の4番隊は……どうなってます?」
いつもの陽気さがまるでないサイムが聞いた。
そうか、知り合いってのはそこに……
「ヨランキ統括の所か、奴らはまだ全員揃っているが……揃っているからこそ、連日のように交戦任務に出ている」
『交戦任務』……哨戒より一段階上の、『哨戒で発見したが殲滅できなかった魔物』との戦闘を主とする任務だ。
つまり、俺達がやった哨戒任務で対処できる数を越えてる……ってことか。
「……むぅう」
よほど仲がいい相手がいるのか、サイムは歯をきつく噛み締めた。
「この状況を鑑み、西駐屯地への援軍は……もう出発しているそうだ」
「グランツ伯爵領から、です?」
辺境の次に最前線に近いだけあって、グランツ伯爵領にいる騎手たちの練度は高い。
そいつらが行ってくれれば楽になるとは思うが……
「いや、帝都駐留部隊から選抜された5隊が向かっているそうだ。率いているのはラシュタム聖騎手だな」
「ッ!? 『鉄壁』エキドナが!?」
「ああ、それほど皇帝陛下がこの異変を重く受け止めておられるということだろう」
……たまげたぜ、原作の人気キャラじゃねえか。
『エキドナ=ラシュタム』聖騎手。
7番隊のタリアナと同じ、ドワーフの女性騎手だ。
彼女は帝国史上4番目の早さで聖騎手となった凄腕の女傑で……『オルヴァネイター』に乗っている。
『あら? わたくしの知っている機体かしら?』
「(それは知らんが……たしか名前は『リントブルム』だよ)」
ドラウツェンを超える重装甲の、防御面に特化したヨロイだ。
『城壁盾』と呼ばれる尋常じゃないデカさの盾を両手にそれぞれ装備している、規格外の1機になる。
彼女はそれを用いて縦横無尽に暴れ回るのだ。
具体的には盾で敵を殴って殴って挽肉にする。
『ふむん……ああ、これですか。魔道歴1990年式ですわよ、わたくしよりも少し古い機体ですのね』
……なんか、そう言われるとな?
「儂らに大きな変化はないが……西を優先するので帝都からの援軍はしばらく無理だ。各員、より一層、細心の注意を払って行動せよ!」
「「「ハッ!!」」」
……さて、地獄の窯が開いてきやがったな。




