第26話 見えてきた兆し。(帝歴1000年、5月)
『なんて数だ……』
横に立っているツヴァンクから、トッド上等騎手の声が響く。
いつもの冷静沈着さとは違って、若干の震えがある。
『まだ向こうには気付かれていない……後退するぞ、ロイド』
「はい」
そう返して、一緒に撤退する。
昨日の野営地から朝の偵察に出た俺達は、林を挟んだ向こうにいる……最低でも10匹を超える魔物の群れを発見した。
『種別判定……この時代では『六つ手熊』と呼称される魔物ですわ』
望遠を駆使して判定したミュゼの声を聞きながら、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
「……そちらもか」
野営地に帰還し、ヨロイを降りてロジンに報告すると……彼は顔を歪めた。
「反対方向に偵察に出したリタとサイムが、推定30匹以上の『三本爪』を発見して先程戻った」
「クソ……挟まれていますね」
トッドの顔色はより一層悪くなる。
「単体の脅威度としては明らかに『六つ手熊』が上だが……30匹以上の『三本爪』の連携も馬鹿にできん……どうしたものか」
『三本爪』は以前にも戦った爪のデカいヴェロキラプトル。
対して『六つ手熊』は……立ち上がればヨロイよりも大きい、その名の通り6本の腕を持つ熊のバケモンだ。
アニメでの描写では、少しグリズリーに似ている。
強靭な腕の一撃は、頑丈とされているアゴルムの装甲板を簡単に破損させる威力がある。
俺としては腕って4本くらいの方が使いやすいと思ってるんだが……異世界は不思議である。
「群れの進行方向はどちらも儂らと反対側だが……何が起こるかわからん」
腕を組んだロジンの後ろから、リタが走ってきた。
「統括! 『六つ手熊』の群れがこっちに向かってるわよ!」
……うへぇ。
「それは確かか、リタ?」
「ええ、私達を嗅ぎつけたっていうよりも……縄張りの巡回みたいな感じ! 群れても精々3匹のあいつらが、なんで……」
彼女も余裕がないようで、顔色が悪い。
俺はそっと手首のブレスレットに手をやった。
「(熊の方に火器は通用するか?)」
『あら、当然でしてよ?』
そうか、なら……
「――統括、自分に考えがあります」
俺は進み出てそう言った。
・・☆・・
『頼むぞロイド。無理だけはするな、万が一接近されても儂らがいる』
「了解」
ロジンの通信に返して、前を見る。
ミュゼによって拡大された視界には、こちらに向かってズンズン歩いてくる『六つ手熊』たちの姿が見える。
大迫力だな……小さい奴でも5メーターは越えてる……文句なしの『中型』だ。
しかし、熊の癖に前傾の二足歩行とはね……やっぱり腕が多すぎるんじゃねえのか?
『距離、50セグント。遮蔽物ナシ、有効射程でしてよ』
ザインブルグの両腕をまっすぐ前に伸ばし、装甲を展開させる。
左右からせり出した三連ガトリングが、朝日を照り返して頼もしく輝いた。
「銃身、回転開始……三連魔導機銃、斉射ッ!!」
――キュ、と音を立てて……両腕のガトリングが同時に火を噴いた。
蒼白い魔弾が、熊たちにノータイムで叩き込まれていく。
『貫通確認、馬鹿正直に並んでいるからいい的でしてよ~!』
先頭の熊3匹はあっという間にボロ雑巾になり、そのまま後続へと魔弾が貫通していく。
ミュゼが投射してくれた敵を示す赤丸が、みるみる減っていった。
『む! 後続の5匹が左右に展開! ケダモノの癖に頭が回りますのね~?』
「っち、ミサイル、任せる!」
『かしこまりましてよ~! 目標捕捉、全弾発射! ですわ~!』
腰から発射された光弾が左右に分かれつつ、分裂。
ロックされた標的に突っ込んでいく。
『命中5、即死4……残り1匹! 突っ込んできますわ! 体表面に魔導反応! ロイドがいつも言う『ばりあ』でしてよ~!』
ってことは群れの長か!
「残敵1! されど魔導防御確認! こっちに突っ込んできます!」
『長か……後退しろロイド! 儂とトッドが出る!』
「了解!」
一応牽制程度に……下がりながら右腕ガトリングを撃つ!
「ゴアアアアア! ガァアアアアア!!」
姿を現した熊に着弾していくが、腕で防御されて頭部を抜けん!
なんてやつだ、この距離で腕すら貫通しないとは!
『かったいですわねえ……全力稼働しまして? それなら抜けますわよ?』
「いや、ここで退く! これ以上は味方に当たる――」
後退するザインブルグの後ろから飛び出す、ツヴァンクとドラウツェン!
特にドラウツェンの方は、三段跳びのように魔力を噴射しながら高速で突っ込んでいく!
脚部に搭載されている、『極短期噴射機構』だ。
ザインブルグのように飛行レベルの機動はできないが、あの鈍重そうな外見で良く動く!
「ガバァアアアア! ゴルルル!!」
あっという間に間合いに入ったドラウツェンに、六つ手熊が3本の腕を振り下ろす。
『ふんッ!』
その振り下ろしを、ドラウツェンはまるでホバー移動のようなサイドスライドで躱す。
そのまま、もう一度噴射機構を使い……一瞬で熊の背後に回り込んだ!
『ぬぅあぁッ!!』
熊が背後を向こうとした時には、既に杭を展開したハンマーがその脇腹に突き刺さっていた。
轟音と衝撃に、熊が悲鳴を上げて身をよじる。
『やれぃ!!』
『オオオオオッ!!』
そして、熊が後ろに手を回そうとした――がら空きの首元に、トッドのツヴァンクがロングソードによる全体重を乗せた突きを叩き込んだ!
「ギャガガガガガ!? ゴガガ!?」
ツヴァンクが、剣を大きく捻って後方に跳び下がる。
大きくなった首の傷から、鮮血が噴水のように飛び出ている。
『はぁあッ!!』
ドラウツェンが熊の背中を蹴り付け、引き倒す。
そして――振り上げたハンマーを、喘ぐ熊の延髄に勢いよく振り下ろした。
その衝撃は凄まじく、熊の頭が地面に半分めり込んだ。
それから、痙攣する熊に対して……ハンマーは何度も何度も振り下ろされた。
『……よし』
数度の血生臭い『餅つき』が終了した時、もう六つ手熊の頭は半分くらいしか残っていなかった。
どう見ても死んでる。
『……わたくしの時代に比べてなんとまあ野蛮な。しかし、効果的で強力な戦法ですわ……なるほど、この時代が近距離偏重主義になる理由もわかりましてよ』
ちょっと呆れたような様子のミュゼだ。
「少ない魔力量で最大限の効果を発揮する、ってわけだ……そりゃ、シグムント王国みたいに遠距離無双できりゃいいけどさ……そこまではヨロイの性能が追いついてねえんだよ」
魔導ガトリングを弾いた防御を貫通するハンマー……近接戦に関しちゃ、俺なんか足元にも及ばん腕前だ。
やっぱり上等騎手以上はバケモンだねえ。
俺もいつかは……とは思うが、今はザインブルグにおんぶにだっこするしかないな。
『その通りですわねえ。適材適所ですわ、否……適者生存でしてよ』
「ある意味俺の生存はお前にかかっているってこった。俺も頑張るけど、よろしくな」
『当然でしてよ! もっともっと魔力総量を増やして、でっけえ花火を息をするように撃ちまくれる騎手になってくださいまし!』
「それは……うん、頑張る」
コイツ、周囲の会話から帝国語を構築したんだよな。
なんか、お嬢様言葉と荒っぽい騎手連中のスラングが混じってどんどん面白いAIになっていくような気がしやがる……まあ、いいけど。
『ロイドロイド~! 三本爪の群れがこっちに来ちゃった!』
――何ィ!?
確か30匹はいるって言ってたよな!?
「統括! リタ上等騎手の援護に――」
『でももう全滅~! アンタのお陰で遺跡から見つかった剣! すんごく切れるわ~!』
「……行かなくてもいいみたいです」
30匹の三本爪、全滅か……
武器もいいけど、リタたちの腕前のお陰だろうな。
『んまあ~、今日はもう撃てませんの~?』
「いいじゃねえかよ、トリガーハッピーAI」
……じゃ、統括たちを手伝って魔物の素材を剥ぐかね。
六つ手熊はそこそこ強い魔物だから、いい金になるんだよなあ……
・・☆・・
「――ミサイル、頼む!」
すっかりミサイルって言うことになったが、口頭ではこの方が早い!
背に腹は代えられん!
『たーげっとろっく、発射、ですわ~!』
たどたどしい発音の癖に、腰のミサイルはいつも通りに発射された。
それは一直線に突進し……大きめの三本爪、その頭部に殺到。
「バギャ――」
その開いた口ごと、上あごから頭にかけてを消し飛ばした。
「ぐぅ、ぐ……ふぅう……!」
体が重い、頭痛もする……吐きそうだ。
『これ以上の火器使用は非推奨でしてよ~。後方待機をお勧めしますわ~』
……そうさせてもらおうか、もう敵、いないし。
魔力は時間経過でしか回復しないからな……一部を除いて。
今は休むしかない。
『統括ゥ! ロイドはもう無理みたい! ほぼ魔力切れよ、魔力切れ!』
『そのようだな……ロイド、その場で待機。これ以上の遠距離攻撃は禁止する』
「りょ、了解……」
俺のしんどさを反映したように、ザインブルグは片膝をついた。
いや~……さすがに、これだけ来るとキツいか。
六つ手熊の、三本爪……その後に、まさかの三本爪の群れが3回も襲って来た。
『ロイド! ローイド! 大丈夫? お水飲む? アンタ無理しすぎよ、いくらそのヨロイの変換効率が凄いって言っても……魔力使いすぎ! その年でエルフの子供並の魔力量なのはちょっとすごいけどさ!』
……エルフの子供並、ねえ。
多いのか少ないのか……判断に困るな。
一般ヒューマンよりかは大分多いんだろうが。
「だ、大丈夫です……少し、休みます」
『うんとアタシに甘えなさい! ロイドの周囲は何が来てもアタシが守るんだからねェ!』
威勢よく剣を振り回すツヴァンクを見つつ、肩の力を抜く俺だった。
……これ、やっぱり来るな……『プロローグ』
明らかに、魔物の数が増えすぎてる……!




