第22話 出会いたくなかった……少なくとも、この時間軸では!(帝歴1000年、2月)
「ね、そうだよね? 赤銅色の髪の毛に、狼みたいに鋭い目だって聞いたから」
彼女の声は、小説においては『夜に聞く鈴のようでいて、昼に聞く鳥のさえずりのようだ』と称され……アニメ版においては、当時のトップ声優が演じた。
声優本人にも『自分にあんな声が出せるとは思わなかった、人生が変わった役』と言わしめている。
まあ、つまるところとっても綺麗で澄んだ声なわけだ。
俺は語彙力が絶滅しているので、そうとしか言えない。
ともかく、ムカスタが目を丸くして見つめる先に……彼女はいた。
近くで見ると、深紅の髪が一層燃えるように見える。
目には何か言いようもなく強い意思が見え隠れし、特に悪いこともしていないのに身構えてしまう。
「……確かに、俺はロイド=ベルク準騎手だ。それで、キミは?」
この一年で背がぎゅんと伸び、170㎝後半になった俺よりも少しだけ低い彼女。
原作主人公、『アリシア=ラシュムーン』に向かって立ちつつ、そう聞いた。
「ボクはアリシア。アリシア=ラシュムーン、階級は二等騎手だよ」
原作通りのボクっ娘だなあ……ってマジで!? 俺と同じ年のはずなのにもう二等騎手!?
この時間軸でもそうだってことは……コイツ、準騎手だったのはほんの数カ月だぞ!?
てっきり本編開始くらいの時に二等騎手になったのかと……!
「これは、失礼いたしました! お許しください二等騎手!」
すかさず敬礼し、頭を下げる。
騎手にとって階級は絶対だからな……貴族位はちょいちょい無視されるが、ここだけは間違えてはいけない。
「ううん、いいよ。気にしないで……それでね、キミに聞きたいことがあるんだ」
ムカスタは呆けたように目を見開き、口まで開けて見入っている。
まあ、気持ちはわかるよ? 人形みたいに整った超美形だからな、アリシア。
「……とりあえず、ここ座っていいかな?」
「どうぞ、お座り下さい」
俺達は同時に腰を下ろした。
周囲の人間は、何か珍しそうにこちらを観察している。
噂の21番隊、それも超絶美少女だからな……髪色も綺麗で目立つし。
俺の髪は赤いっちゃ赤いけどくすんでるからなあ。
「あのね、ベルク準騎手。キミ、遺跡で古式鎧騎兵を見つけて、今も乗ってるんだよね?」
「はい、その通りであります」
やっぱりな……さっき『聞いた通り』って言ってたし……情報の出所は、十中八九……帝都の研究者連中だろう。
この世界、基本的に守秘義務はそれほど存在せんのだ。
特に俺のような下位貴族で、準騎手相手には。
「あの、色々とお話が聞きたいんだ。そちらの統括騎手には話を通しておくから、明日ウチの宿舎にきてくれないかな?」
……もう一つ、やっぱりなあ。
原作で書かれている当初の彼女は、少し物静かだが鎧騎兵が何よりも好きな少女だった。
それは彼女に降りかかる数々の騒乱や面倒ごとによって、少しは変質していくが……この時間軸では、まだそうなのだろう。
その証拠に、赤い目は興味を持ってキラキラと輝いている。
人形めいたその頬は軽く上気し、ちょっと凄い色気を放っているように感じる。
あ、横のムカスタが完熟トマトくらい真っ赤になった。
コイツ免疫なさそうだもんなあ……俺?
俺は常日頃からリタの美貌を至近距離でほぼ強制的に見ているので、慣れた。
美人はほぼ一年くらい見ると慣れる、たぶん。
でもおっぱいには慣れない。
むしろ慣れたら終わりだと思う。
「は、それでしたら問題ありません、ラシュムーン二等騎手」
そう返すと、彼女は少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「そう、よかった。それじゃあ、またね」
「はっ!」
そして、すっくと立つとさっさと行ってしまった。
……マイペースな所は原作通りだな。
「……おいムカスタ、大丈夫……おう……」
ムカスタは白目を剥いていた。
免疫なさすぎだろコイツ……
『呼吸、脈拍ともに正常でございましてよ。とりあえず目を閉じさせてあげたほうがよいのではなくって?』
ああ、とりあえずそうしておこう。
……しかし、面倒なことになっちまったなぁ……
・・☆・・
アリシア=ラシュムーン。
二等騎手であり、ラシュムーン男爵家の女男爵……に、後々なる。
『帝歴1002』から始まる本編『帝歴シリーズ』において、最後まで一貫して主人公を務める女性である。
西方辺境領が壊滅してから1年後、帝都魔導院に所属していた彼女は……秘密裏に皇帝陛下から命を受け、魔導院の仲間たちと行動することになる。
それは、やがて帝国全体を巻き込む大規模な騒乱となっていく……
とまあ、原作のさわりはこんなところだ。
ベッドに寝転んで天井を見上げる俺にとって、これ以上は語る必要がない。
というか、朝までかかっても語れない。
原作は単行本にして20巻、アニメで言うなら100話以上もあるんだぞ。
ちなみにコミカライズ版は全45巻だ。
途中で作家が亡くなったりしたが、キッチリ完結した。
とにかく今は……先のことを考えすぎても仕方がないのだ。
この時間軸において、原作の流れは既に破綻しつつある。
だって主人公がいる筈のない場所にいるんだし。
『ロイド、今日は覚醒時間がいつもより長いですわね? 訓練はない日ですが、あまり夜更かしすると翌日に響きましてよ~?』
「(ああ、もう寝るよ。ちょっと昼間にお茶を飲み過ぎて目が冴えてるんだ)」
『あの飲料には覚醒成分が多く含まれていますから、無理もないですわ? わたくしの時代には『モカ』と言う名前の黒い液体が一般的でしたわね』
そういえば珈琲もあるんだよな、この世界。
帝国ではあまり育たないので一般的ではなく、もっと南の方で流通しているが。
時の流れで環境が変化したのかね?
はぁ……明日は21番隊に行かなきゃならんし、寝るか。
こうしてモヤモヤ考えても、何が解決するものでもないし。
問題は明日の俺がなんとかしてくれ――おやすみ。
「ふざけんな……何も解決するわけがねえよ……おはようミュゼ」
『はい、おはようございますわ? あなた、妙な夢でも見まして?』
空模様は相変わらず雪。
底冷えがする部屋で、昨日の俺に文句を言いながら目覚める。
でも、半分眠りながらこの先の方針だけは考えたぞ。
とりあえず、21番隊の要求には絶対に答える。
それと、ザインブルグの機能については……しばらく黙っておく。
ということを、だ。
この破綻した原作の流れを元に戻すことは、俺にはできない。
21番隊の連中は、泣いても笑ってもこの南駐屯地に駐留することになってしまった。
わざわざここまで来たのに、1年未満で帝都に帰還することはないだろう。
おそらく、周辺でシグムント王国の遺跡を探すんじゃないだろうか。
それをやめさせて帰還なんてのは、俺の身分からじゃ何をどうしてもできない。
21番隊全体がでっかいダメージでも受ければ話は別だろうが……そんなことしたら、ただでさえガバガバな原作がもっともっとガバガバになってしまう。
それは悪手だ。
……こうなってしまっては、もうしょうがない。
彼女たち21番隊は、ここの貴重な戦力として来たるべき『プロローグ』に役立ってもらおう。
なんたって原作では大活躍した面子が揃っているんだ。
戦力としては極上も極上である。
え? ザインブルグの機能を全部見せれば詳しい研究の為に帝都へ同行できるんじゃないかって?
それはあるだろうが……それは、5番隊では『俺だけ』だ。
リタをはじめとする連中を、『プロローグ』の異変に残していくことになってしまう。
――それは駄目だ、それだけは駄目だ。
もう既に俺は彼らのことを心から好きになっている。
面倒見のいいロジン、兄貴分のようなサイムやトッドたち、それに……始終俺にくっついて回る、リタ。
ドワーフ整備士たちだって、何度も酒を酌み交わしている。
そんな5番隊を置いて、俺だけが生き残っても仕方がないじゃないか。
そんな思いを抱えながら、身支度を終えてドアを開けると――
「おっはようロイド! 今日もとっても素敵な一日にしましょうね!」
「……はい、そうしましょう上等騎手!」
うん、まあ……頑張ろう、俺。
何ができるかわからないが……全力で、頑張ろう。
「……頑張りますよ、俺」
「う~ん……ロイドは頑張り過ぎちゃ駄目な気がするわね?」
なんでだよ。
・・☆・・
「よく来てくれたわね。私はこの21番隊の統括騎手、ユーリ=ツィガノフよ」
「ハッ! ロイド=ベルク準騎手であります!」
朝食後、ロジンに言われて……俺は21番隊の宿舎にやってきた。
5番隊宿舎とまったく同じ間取りの格納庫にいる。
「リタ=フェルノー上等騎手です!」
何故か当然のような顔をしてリタもついてきた。
まあいいけどもさ。
俺達を迎えたのは、緩くウェーブのかかった金髪を三つ編みにした……優しそうな美人の女性騎手だった。
見た目は30代後半といったところかね……統括騎手としては滅茶苦茶若い部類に入る。
普通、この立場になるのは40代中盤位でも早いと言われるのだ。
それは、彼女がとてもとても優秀なことを示している。
『ユーリ=ツィガノフ』統括騎手。
魔導院一の才女にして、同時に凄腕の騎手。
そして勿論、原作キャラだ。
ちなみに彼女は帝国から北東にある他国、『ソロッシュ共和国』出身者である。
名前の通り共和制の国なので、貴族ではない。
他国から来て、この若さで統括騎手に……チートの上にチートをのっけたような女性だな。
こういう人を天才って言うんだろう。
「フェルノー上等騎手もようこそ。それでこれが……貴方が見つけた、古式鎧騎兵ね」
彼女はそう言って、片膝をついて待機状態のザインブルグを見た。
「知っての通り、我々は魔導院直属の騎手隊なの。何度も同じ話をさせて申し訳ないけれど……話を聞かせてくれないかしら、ベルク準騎手」
「ハッ! 喜んで!」
この場において、基本的に俺に拒否権はなぁい。
階級社会の悲しさよ……である。
「それって、こんな紋章だった?」
「はい、そうであります」
場所を2階に移し、俺は21番隊の面々に囲まれて聞き取りの真っ最中である。
今は、アリシアが紙に書いた紋様を見せられている。
『盾に交差する槍』の紋章だ。
「ユーリさん、やっぱりシグムント王国の遺跡で間違いないみたい」
「そうね。ベルク準騎手がよく記憶していて助かったわ……思った通りね」
原作通り、上官と部下っていうより……親戚って感じだな。
アリシアが結構気安い。
リタは俺の後ろでニコニコしながら21番隊が用意したお茶を啜っている。
たぶん『ロイドったらしっかり受け答えできてえら~い』とか思っているに違いない。
後方お姉ちゃん面エルフである。
「あら、『ミュドナ森』出身なの? 親戚がいるのよ、あそこ」
「そうなの? 世間って狭いわね~? ひょっとしたらアタシも親戚かもしれないわね?」
それと、黒エルフの彼女と茶飲み話に花を咲かせているようでもある。
この世界においてはエルフと黒エルフは別に敵対とかはしていないので、トラブルはないのだ。
ただ住んでいる場所と……肉体がね? ちょっと違うだけなんだ。
2人はそれぞれご立派だけども。
リタと話している黒エルフは『アナンタ=テミト』上等騎手。
原作でも上位の人気キャラある。
切れ長の目に、長いまつげ。
そして輝く銀髪に褐色のナイスバディ……『ダークエルフ』と聞いて思い浮かべるイメージそのままだな。
俺といえば、聞かれることに機械的に答えているだけ。
原作の知識を口に出さずに、ただあの場のことを話すだけだ。
「朽ちた祭壇の奥、玉座に座った鎧騎兵……ユーリさん、聞き取った祭壇の様式からおそらく王国末期の遺跡かも! あのヨロイ、ひょっとして今までで一番『新しい』ものかもしれないよ!」
アリシアがちょっと興奮したように話している。
好きなものに早口になるの、前世オタクとしては大いに共感できるところだな。
「そのようね……今までの研究結果からして、それほどの遺跡が単独とも思えないわ。やはり、南駐屯地近くには他にも遺跡があるかもしれない……」
考え込むユーリを見ながら、俺は口を開いた。
昨日の夜に考えた……否、21番隊がここへ来た時から考え始めていた……ある一手である。
「――統括騎手、実は……」




