第19話 年の瀬とチョロAI。(帝歴999年、12月)
『正面から来ましてよ! 用意なさって~!』
「応ッ!」
指示に従い、ザインブルグの右腕をまっすぐ伸ばす。
そのまま手を握り込み……『展開』と念じる。
すると手首と肘の間の装甲板が左右に展開、それと同時に装甲内部から『銃身』がせり上がってくる。
黒光りする、3つの銃身を備えた……ガトリング砲である。
「目標補足、銃身回転開始――撃つ!」
銃身が高速回転を開始し、すぐさま先端から白い魔弾が発射。
それは、視線の先にある……黒く丸い何かを、千切るように蹂躙していく!
『次、左方向! 数、3!』
「よおおし!」
撃ちながら機体を回して……発射を続けながら薙ぎ払う。
左方向から出現した黒丸が、同じようにズタズタになった。
『魔力量、8割を切りましたわ! 続けて背後に新手! 数、4!』
「ぬぅッ!」
振り向かずに前方に跳躍。
その頂点で機体を捻って後ろを向く!
「補足しろ!」
『目標補足、照準固定しましてよ!』
右腕の機関砲を収納して――両腰に意識を集中!
「発射、4連ッ!!」『撃ちますわ!』
両腰の装甲板が開き、中から光弾が左右2発ずつ飛び出す。
それは、一瞬で距離を詰めて――ほぼ同時に4つの黒丸を撃ち抜く!
消えていく黒丸を見ながら、両足で着地!
「よし、次は……」
『あら、時間切れでしてよ。本日はここまで、ですわ?』
なんだよ、もうそんな時間か……
『疑似的に時間を歪曲させているといっても、これ以上は明日に差し支えましてよ?』
「わかった。そいじゃお休み」
そう言った瞬間に、意識が薄れた。
「……むう」
自室の天井が見える。
『おはようございます、ロイド』
「……おはよう、ミュゼ」
小声でそう言いつつ、体を起こす。
時間的にはぐっすり寝ているハズなのに、若干の気だるさがある。
睡眠学習も楽じゃねえな……うう、寒い。
窓から見える景色は、うっすらと白く染まっていた。
もうすっかり冬だな……
正式にザインブルグに乗るようになって、はや一ヶ月。
暦の上では新年が近付いてくる。
AIじゃ味気ないし、俺はザインブルグの『精霊』をミュゼと呼ぶようになった。
彼女のシリーズを示す『ミュゼリア』から取っただけの簡単な名前だが……どうやら、我がAIお嬢様は大層気に入ったらしい。
いつの間にか俺のこともロイドと呼ぶようになっている。
今までは便宜上ザインブルグって呼んでたが、厳密に言うとそれは機体の名であって彼女の名ではないからなあ。
これから長年にわたって(切なる願い)コンビになるんだから(切実な希望)、少しでも仲良くしとかんとな。
会話できるロボってのは、マニアの憧れでもあるし。
『射撃練度も向上してきましたわね。これなら実戦でも同じように活用できましてよ』
俺は、2日に1回のペースで先程のような脳内訓練を受けている。
正直ゲームみたいで超楽しいから毎日でもいいんだが、そうすると最悪脳のダメージになるらしいとのこと。
それはあまりに恐ろしいので、涙を呑んでこの間隔となった。
『でも、雪はどんな時代でも変わりませんわねぇ……』
「変わったら嫌だよ……じゃ、飯だ飯」
制服に着替え、裏地に毛皮を使った上着を羽織り……今日も素敵な一日の始まりだ!
「おっはようロイド! 素敵な朝ね~!」
「おっ……はようございます! リタ上等騎手!」
「ん~元気元気! 朝から素敵ね~!」
……部屋を出た所にいるの、ビックリするからやめてくれよリタ。
さっきの会話聞かれてないよな?
・・☆・・
「そっか、ロイドは今年帰れないのね……寂しくない?」
朝食の硬いパンを頬張りながら、リタが聞いてきた。
初めに食った時は辟易したもんだが、今は顎の訓練にいいと割り切っている。
「いえ、これが俺の仕事ですから」
帝国にも、なんというか『正月休み』の概念がある。
一年の始まりを、家族や友人たちで祝いつつ英気を養うのだ。
だが、南駐屯地の騎手全員が休みになるわけではない。
そもそも準騎手には適応されないし、それ以外もそうだ。
ここ5番隊では、10人の騎手のうち3人が正月休みとなる。
それ以外は別のタイミングでまとまった休みが与えられることとなっている。
福利厚生が充実してんなあ、騎手。
……まあ、本編が始まったらそれどころじゃないからその制度は自然消滅したがな。
「リタ上等騎手は休まないのですか?」
「ロイドが休まないのにアタシが休むわけないでしょ~? それに実家遠いしね~」
根菜のスープを飲みつつ、リタは苦笑いしている。
「面倒だから20年くらい帰ってないわね、『本国』には」
「流石に、たまにはお帰りになられたら……?」
リタはラギアギア帝国の騎手だが、出身自体は別の国だ。
帝国から『東方辺境領』を越えた先の、『世界樹』と呼ばれる大きな木によって守られた国……『ファルメント王国』である。
エルフが主体となっている国で、帝国とは密接な同盟関係でもある。
向こうの王族が皇帝陛下の妻の1人であることからそれがよくわかるだろう。
ちなみに、現在の皇帝陛下の妻は現在全部で9人、子供は……17、いや18人か。
いずれも、周辺の友好国の上流階級出身の方々である。
前世日本人の俺からすれば多いと感じるが、むしろ少ない方で……先代皇帝陛下の妻は全部で25人、子供は52人いた。
跡継ぎは勿論、政略結婚用に王様ってのは子孫を残さんといけないからな……ハーレムというより種馬のように思えて、俺は御免だね。
「いいのいいの! アタシはホラ! ロイドがいるから寂しくないしね~? ロイドは? ロイドは~?」
このエルフときたら、好意を顔面に投げ付けてきやがるな……
「……俺も、はい、そうですよ」
「あっは! 照れちゃってか~わい!」
そう返すと、彼女はニッコニコで体を揺らした。
ついでに胸も大暴れしている……流石に慣れてきたが、それでもでっかいぜ……
「んふふ! いいお返事ね! 今年はタリアナも残ってるから、年越しは3人で飲み明かすわよ~!」
……それはいいけど、俺にゲロをぶちまけるのはもう二度とやらんで欲しい。
いくら優しくていい人で、いくら乳尻太腿がでっかくてエロいエルフといえど、ゲロはゲロなのだ……!
吐しゃ物なのだ……!!
『ふむ、ロイドはこのエルフさんと交尾したいんですの?』
「(言い方ァ……ぶっちゃけそれどころじゃないから、今は)」
総合的に大層魅力的なお方だが……もう、俺には時間がなくなりつつある。
病気とかじゃなく……『プロローグ』が、迫っているのだ。
細かい日時は言及されていないが、『プロローグ』……つまり、『西方辺境領』が滅ぶのは『帝歴1000年』の『12月』から翌年にかけて。
来年の終わりに始まり、再来年の初頭に終わる。
俺は、ザインブルグという心強すぎる愛機を得た。
得たが、それだけで楽勝で生き残れるとは思っていない。
だからこれからも基本的には毎日、限界まで訓練を続ける。
だって西方辺境領の騎手8割が消滅するんだぞ?
どんな地獄が待ってるのか見当もつかん。
「ん~? どしたの、遠い目しちゃって」
「ああ……いえ、帝都のことを考えていました」
……それに、俺だけじゃなく他の皆も生き残れるかどうかわからないんだ。
用心に越したことはない。
……リタは生き残るけどさ、公式で。
でもそれも絶対じゃない、この世界が原作通りに進むとは限らないんだ。
だから、少なくとも努力だけは欠かしてはいけないんだと思う。
「なーんだ、やっぱり寂しいんじゃないの~? んっふふ、無理しちゃって~このこの~」
「むふぇもも、ままま」
とても嬉しそうに俺の頬をつつくリタ。
食事中だからやめてくれよ……
「――あ、寂しいからっていかがわしい店に行っちゃ駄目よ、駄目。アンタにはまだ早いわ」
急に真顔になるのは怖いからやめてください……!!
「50年くらい、早いわ」
「えぇえ……」
エルフ基準でも遅いわそれは。
すげえ大魔法使いにでもなったらどうすんだ。
・・☆・・
『まったく、なぁぜわたくしがこのような……』
「(これも仕事だ、仕事)」
午後になるくらいに空が曇り、雪が本降りになってきた。
大きい牡丹雪が降り積もる中を、ぼやくミュゼの声を聞きながらザインブルグを動かす。
両手に持つのは武器……ではなく、巨大な雪かきシャベルだ。
周囲には同じような装備の鎧騎兵たちが動き回っている。
この時期の風物詩、ヨロイによる大規模雪かきである。
「(でも、俺は結構好きだよ。ヨロイが日常で役立つってのはさ)」
『ロイドの趣味はよくわかりませんわ……まあ、これも鍛錬の端くれですものね』
戦闘用に作られたものが、平和な時に役立つってのは最高じゃないか?
戦うだけが能じゃないし、それでいいと思う。
今は平和だから、こんな時間もいいな。
5番隊宿舎の周りはすっかり綺麗になっている。
ロボット除雪は効率が違うよな……戦闘行動じゃないから『動力体』もあんまり劣化せんし。
『ロイド、それくらいでいいぞ』
横に立っているアゴルムから、通信。
中身はサイム二等騎手だ。
『冬に関しちゃヨロイの作業は最高だよなあ。夏は最悪だがよ』
「同感ですね」
『動力体』が動いているとコクピットはじんわり暖かいのだ。
だから俺達は、外気温と違ってヌクヌク作業できている。
夏はさらに気温が上がるので死の危険を感じるのだが。
『あーら、ザインブルグはそんなポンコツと違いましてよ! 夏は涼しく、冬は暖かいんですの!』
それに関しては大変ありがたい。
シグムント王国様様だなあ。
今も丁度いい温度だしさ。
『おし、片付けたら飯だ飯。ラーラばあさんの店に煮込み食いに行くぞ!』
「いいですね! 行きましょう!」
俺も何度か行った、80くらいの婆さんが1人でやってる店だ。
この時期は大鍋で肉と野菜をグラグラ煮込んだのが美味いんだよなあ、香辛料効いてて。
特にしんなりした白菜みたいな野菜がまた……いかん、涎が。
「――ベルク騎士爵!」
うわ出た。
エリオットと取り巻きの貴族たちが。
あとちょいで店に着くってのに……
「あぁ? なんだァ、てめぇ……?」
顔を顰めたサイムの前に出て、いつも通りビシっと敬礼。
「これは、ファンガリア上等騎手! こんばんわ!」
「うむ、励んでいるようだな……それで、例の古臭い鎧騎兵の具合はどうだ?」
これは『お前みたいなモンが貴重なヨロイに乗ってんじゃねえぞォ! 俺に寄越せやァ!!』ということでは……ない!
エリオットは自分が帝国貴族であることを誇りに思っているから……正解は、こう!
「ハッ! 出力は高いですが、とんだじゃじゃ馬であります! やはり、帝国謹製の鎧騎兵のような洗練されたものはありません! 毎日振り回されて、疲労困憊であります!!」
『ぬ、ぬぬぬ、ぬわんですって~!?』
どうどう、どうどう……嘘だから。
嘘も方便だから。
「ふむ、そうだろうそうだろう……やはり我がツヴァンクに及ぶものではないか!」
厳密にはお前のじゃねえよ、帝国の所有物だぞ。
もっと言えば皇帝陛下のモンだぞ。
「ハッ! それは当然であります! アレは、自分のような駆け出しに丁度良い鎧騎兵かと!」
おお、目に見えて機嫌がよくなった。
これはアレだな、俺が調子に乗ってねえか見に来たんだな……暇なこって。
取り巻きじゃなくって友達とか……いらっしゃらないんですか?
「そうか! まあ励むことだな! 地道に努力すればいずれ貴様にも乗れるようになる! はっはっは!」
「ハッ! ありがたき幸せッ!!」
俺の敬礼にニンマリしたエリオットは高笑いしながら去って行く……取り巻きの方も、俺をジロリと見るがそれだけだ。
別に反抗もしてねえし、あいつらにも礼儀正しくしてるからな。
「……よし行った、二等騎手行きましょう。飯です、飯」
「ほんっと、アイツの操縦うめえなあロイド……」
ニヤつくサイムと共に、雪が降りしきる道を再び歩き出した。
『あ、ああああのようなポンコツに! どう考えたらわたくしとザインブルグが劣っていると!! ロイド! 撤回なさいな! 撤回! むき~!!』
脳内には、ブツブツとミュゼの声が響いている。
「(馬鹿だなあ、お前は世界一の精霊で、ザインブルグは世界一のヨロイだよ)」
『んまぁ~! ですの! そうですのよ~! わかっておりますわねロイド! さっすがわたくしの騎手でしてよ~!!』
……リタと同じくらいチョロいかもしれんな、コイツ。
嫌なチョロさじゃないけど。




