第1話 絶望の上に、絶望が乗る。(帝歴999年、4月)
「気をー付けッ!」
教官の掛け声に、背筋をピンと張る。
両手は腰につけ、直立不動になる。
「貴様らは、本日この場で……『候補生』を卒業する!」
50代くらいの教官殿が、そう言った。
かつては前線で活躍したというその体は、今でも筋肉質で強靭に見える。
声だって俺よりも大きいしな……
「だが! これは終わりではない! 始まりだ!!」
首を動かさず、周囲を見る。
同じようなことをしていた横の男……マルクと目が合った。
にやり、と目で微笑んでいる。
結局、俺に遅れること4日……マルクもまた、鎧騎兵を起動して立たせることに成功していた。
原作によれば、『ヨロイを立たせるようになれば、もう卒業したも同然』なのだとか。
それは本当にその通りで、自転車を漕ぐようにスイスイと俺の訓練課程は進んでいった。
そしてあっという間に4月となり、俺達はここにいる。
座学については、ヨロイに触れる前にみっちりやっていた。
というか、訓練校に入学したのは俺が12歳の時だったから……座学と身体訓練だけで2年近く在籍していたのだ。
ちなみに、座学と身体能力には定期的に試験があり……合格しないと次の課程に進むことはできない。
入学時、40人いた同期も今では半分になった。
5人はついていけずに退学し、残りはまだ試験に挑んでいる。
実年齢中学生にやらせるには、かなりレベルの高い課程であったことは確かだ。
この世界で騎手が引く手数多なのもわかる。
最悪ヨロイを扱えなくても、頭の方は役に立つしな。
「貴様らはこれより! 実働部隊に組み込まれて各地へ赴く! 即戦闘とはならんが、気を引き締めてかかるように!!」
「「「ハッ!!」」」
俺とマルクを含む20名は、声を合わせた。
見習いである『候補生』を卒業した俺達は……自動的に『準騎手』という階級になる。
この階級で実地経験を積み、一端の騎手だと認められれば、晴れて中堅の『二等騎手』になる。
そこからさらに経験を積めば、『上等騎手』……そうなれば、言わばベテランだ。
その上は、他の騎手を率いる幹部構成員『統括騎手』となり……さらにそれらを束ねる最上位の『聖騎手』へと至る。
まあ、最後のは雲の上だ。
騎手としての力量は当然として、指揮官としての才能も求められる……英雄の中の英雄レベルにならないと認められない。
俺が『プロローグ』を生き残れば……目指すは『上等騎手』だな。
基本的にそこまで行けば、子供に地位を受け継がせることができるラインに立つ。
生存どころか結婚なんかとても考えられないけどな、現状は。
ちなみに死んだ親父殿こと『ガルム=ベルク』は上等騎手だった。
享年は28歳と聞いているから、その年齢としては最高レベルの出世だと思う。
惜しい親父殿を亡くしたものだ、ほとんど記憶ないけど。
「いいか! みっちり座学で叩き込まれているだろうが、担当の『上等騎手』には必ず従え! 命を預ける相手だ! 常に敬意をもって接するのだ!!」
「「「ハッ!!」」」
また返事。
そう、『準騎手』たる俺達はまず『上等騎手』の傘下に入る。
そこで実地のイロハを働きながら学ぶのだ。
そして、『統括騎手』は『二等騎手』と『上等騎手』を傘下に入れるのだ。
つまり、『準騎手』は厳密には騎手と認められていないヒヨッコということになる。
『統括騎手』の直属じゃないからな。
あ、訓練校を卒業したらヒヨッコ卒業だ! って教官殿に言われたから……ううむ、とさかの生える前のニワトリみたいなもんだろうか?
「それでは! これより各々が所属することになる『上等騎手』の名を読み上げる! その後は自室へ戻り、別命あるまで待機せよ!!」
「「「ハッ!!」」」
いよいよだな……俺の原作知識にある名前なら、未来もちょっと明るいんだが。
残りの年数的に見ても、プロローグまで俺は『準騎手』か、かなり上手くいけば『二等騎手』が精々だろう。
ということは、その上等騎手と常に組んで動くことになる。
『二等騎手』になっていても、どのみち同じ部隊にいるしな。
原作に名前が出るということは、そいつは『生き残る』人物だということだ。
それに師事している俺もまた、生存確率が跳ね上がることだろう。
「ロイド=ベルク準騎手!」
「ハッ!!」
おお、一番に呼ばれるってことはこの組で一番の成績ってことだな!
まあ、ヨロイを立たせたのは俺が一番だったし……申し訳ないが、他の連中に比べて『必死さ』は段違いだったから無理もない。
俺だけが、ここが2年後に滅ぶことを知っているからだ。
……え? 他の候補生に未来のことを教えないのかって?
騎手でもないヒヨッコ候補生が『あと数年でここは滅ぶんじゃ~!』なんて言ってみろ。
よければノイローゼ扱いで退学後病院送り、悪くすれば他国のスパイ扱いで拘束後投獄だぞ。
理由も絶対に説明できないし、発言力も皆無だから言うだけ無駄だ。
マルクにはそれとなーく、『未来の為に訓練頑張ろうぜ!』的な感じで誘導じみたことはしたけどな。
伯爵家の人間なのに、まだ貴族未満だった俺にも友人として接してくれた……そんなアイツはいいやつだから、生き残って欲しいし。
……ちなみに、マルクの名前も本編には出てこない。
上の兄貴は出てくるけどな。
アイツもどうなるかわからんな……
「南駐屯地所属――」
おっと、やばいやばい。
さあ、誰だ!
出てこい、出てこい、原作キャラ!!
「――リタ=フェルノー上級騎手! エルフの騎手だ!」
・・☆・・
「おい、大丈夫かよロイド?」
「問題ないヨ……」
「問題ないやつの顔色かよ、それが。変なモンでも拾い食いしたんかよ?」
「とても問題ないヨ……」
自室に戻って、ベッドに突っ伏している。
横でマルクが心配そうにしているが、正直それどころじゃない。
っていうか、教官殿の発言の後の記憶があいまいだ。
どうやってここに帰って来たのかも覚えていない。
「……アレか? お前ひょっとして異種族嫌いなクチか? いやー、良くないぜそういうの……『騎手に貴賎なし』って、皇帝陛下も言ってるじゃんかよ」
「いや、それはない、それだけはない……ちょっと、張り詰めてた緊張の糸が切れただけだと思う」
今更だが、この世界には人間以外にも様々な種類の種族がいる。
有名な所だとドワーフ、獣人、それにエルフなんかがいる。
国によっては被差別種族もあるが、この帝国においては建国以来『臣民ならばみな平等』とされてきた。
多種族国家なのだ、帝国は。
ここにもちょいちょいいるし、特にドワーフ。
彼らは鍛冶や整備に欠かせない存在なのだ。
力も強いし。
「あーそっか……お前すんげえ頑張ってたもんな~……そりゃ、仕方ないか。ちょい待ってろ、食堂で酒仕入れて来るから! そいつでリラックスしちまおうぜ!」
ばたばた、と走り去る足音。
……いい奴だ、ホントに。
ちなみに帝国では飲酒可能年齢は12歳からとなっている。
ドワーフは驚異の10歳。
大丈夫かこの国。
「うううう、マジかよ……!」
だが、そんなマルクの思いやりも今の俺には届かない。
その理由は、先程発表された俺の上司である。
名前を思い出すだけで、絶望感が襲い掛かってくるのだ。
『リタ=フェルノー』
彼女の名前は、『原作にある』
つまり、やがて来る地獄のプロローグを生き抜く存在である。
いや……原作にある、どころではない。
彼女は原作における人気キャラの一人であり、後年には作者直々に外伝シリーズが書き下ろされたほどだ。
……心を落ち着けるために、もう一度整理しておこう。
リタ=フェルノーは教官殿が言ったように、エルフの女性である。
本編に出た時の年齢は50代とされているが、エルフにとって50代とは人間の20代みたいなもんだ。
とにかく、そんな彼女は……本編においてはこのように呼称されている。
――『死神フェルノー』、と。
……この名の由来は、彼女が物凄く強い騎手だからではない。
ああいや、強いことは強い。
原作最強キャラランキングをやれば、20位以内には入るだろう。
しかし、この『死神』はそういう意味ではない。
本編に登場した時点で、彼女の所属する部隊は……『彼女以外』全滅している。
それも……『2回』
よって、彼女は特に悪くないのに周囲から『死神』と呼ばれ、不吉だと忌避されている……というかわいそうなキャラだった。
キャラクターとしては好きな部類だ。
彼女が人気キャラになるのも頷けるほど、その人生は波乱に満ちている。
満ちているが……今の俺は『読者』側ではなく『当事者』側なのだ。
「……俺死ぬじゃん……! 年代的に考えたら一回目の全滅要員じゃん……! プロローグ以前に大規模な戦いって存在しないから必然的にそうじゃん……!」
よって、俺の心は絶望に支配されているのだ。
まさか……絶望の上に絶望が乗っかって来るとは想像もしなかった……!!
どん底だと思ったらさらに底があるとは思わなかった……!!
転生してほぼ初めて知ってる原作キャラ、それも人気キャラに出会えるというのに……こんなのってないじゃねえかよ!
畜生! この世界に神様がいるってんならソイツは最悪のクソ野郎だ!!
転生経験者だから神様みたいな存在はいるって思うけど! だからソイツはクソ野郎だ!!
「……いや、逆にチャンスか?」
しばらく悶々とし、枕に顔をうずめたまま呟く。
リタ=フェルノーは原作でも最終巻まで生き残る実力者だ。
なんならその後の人生も『外伝』として語られている。
騎手としては、早々お目にかかることのない超上級の実力者だ。
『死神』は彼女が悪いわけじゃない。
彼女がその稀有な実力で生き残り続けただけで、結果的にそうなっただけだ。
ならば、その彼女の部下となることは俺にとってもプラスではないだろうか。
約束された実力者である彼女に師事できるのだから、当然指導もしてもらえる。
……強くなるにはもってこいの環境ではないか?
「……いずれにしても、原作をぶっ壊すしかない俺にとって、これ以上ない師匠枠……か」
来る運命の日までに、鍛えて鍛えて鍛えまくるしかない。
生存が確約されている強者の元で、そうする!
どうせ今泣いても喚いても、上等騎手の変更なんざ俺からできやしねえんだ、ペーペーの一兵卒未満だもん、速攻で首になるわ。
こうなったら、この状況をとことん有効活用するしか……ねえ!!
「……初めて役立った原作知識なのになあ……!」
だが、それはそれとして心はお辛いのであった。
「おーい酒! 酒持って来たぞ~! 準騎手の祝いだって食堂のおばちゃんがさ! 葡萄酒を2本も!」
「――酒ッ! 飲まずにはいられない!!」
嬉しそうなマルクの声に、ベッドから跳ね起きる!
この世界で葡萄酒はそれなりの貴重品だ! 俺達下っ端が飲める酒なんか、基本的に発酵の甘い薄いエールだからな!
ウジウジしても始まらん、まずは酒だ酒だ!!
「現金な奴だな~? ま、いいか! それじゃあ乾杯だ! ロイド!」
「おう! 酒と聞いたからもうすっかり元気だ!」
机と椅子を移動して、お互いに酒瓶を持つ。
コップ? そんなもんいらん! やっぱり男は瓶で一気飲みよ!
ツマミは干したジャガイモみたいな芋だ! 塩味がキツイ!
「それじゃ、お互いの栄達を願って~……」
「カンパァイ!!」
分厚いガラス製の瓶を、笑いながらガツンと打ち合わせた。
とりあえず、飲むぞ! 飲むったら飲むぞ!!
・・☆・・
「そういや、食堂のおばちゃんが言ってたな~、ロイドの上役、すんごい美人なんだって! 羨ましいぜ~!!」
「……そうなのか? でも、まずは強くならないとどうにもならないよ……給金のこともあるしさ。そんなん考えてる暇ないや」
ぐびり、と手酌で酒瓶を煽る。
ああ、知ってるよ……美人だってのはな。
加えて巨乳だってのもな! 挿絵でもアニメでも見たしな! アニメ版の声優は第一線級だったし!
それはいい、いいんだが……色気にうつつを抜かしている暇はなんだよ、本当に。
巨乳に鼻の下を伸ばしてたら死にました、とか……家族に顔向けできねえ。
あの世でそんなに覚えてない親父殿にもう一回殺されそう。
「あ、そういえばマルクの上役は誰だっけ?」
ふと気になったので聞くと、マルクは酒で赤くなった顔でふにゃりと微笑んだ。
「なんだよ~、覚えとけよな~? 『ラァバ=ミドンナ』上等騎手だってば!」
「……は???」
「お、知ってんの? なんかこっちも綺麗なヒトなんだってね~? 精々羨ましがってくれよ~?」
ぐぐぐ、視界がぼやける。
鼻が、鼻がツンとする……!
「……羨ましいなあ、すごく、羨ましいなあ……オロロ、オロロロロン……」
「な、なんだよ気持ち悪い声で泣くなよ……本当に今日はどうしたんだよ、お前……笑ったり泣いたり、情緒滅茶苦茶だぞ?」
……原作最終巻まで生き残る、虎っぽい獣人の女騎手じゃん。
そういえば、彼女も辺境の生き残りって設定だったな……!
しかも、彼女の異名は……『守護神ミドンナ』
仲間を生還させることに定評のある、豪快で裏表のない性格の……美女だ。
身長2メートル、そしてナイスバディの超美人だ。
裏設定としては、酔うとすぐ脱いでキス魔になる。
……どうやら我が同期で同室の友人は、凄まじい強運の持ち主らしい。
でも本編に出てこないんだよなあ、コイツ。
そんなことを考えながら、グビリと酒を飲むのだった。
なんか苦いような気がするなあ、この葡萄酒……




