序章 新人騎手見習い転生者、あがく。
「起動準備! ……始めッ!!」
「了解!」
聞こえてきた声に答え、両腕に力を込める。
ぎちり、と握った両手に……筋力ではない力……『魔力』が通い始める。
それは、手の内に握り込んだ球を通して外へ流れていく……
ぶん、という音が背後で響き……俺の周囲が淡い青色で照らされる。
静かな脈動が、革製のシートから背中に伝わってきた。
「魔力循環! 開始!!」
肉体ではなく、精神的な少しの疲れを抱えながら叫ぶ。
「確認! 循環経過、良! 準備動作――両拳!」
「了解!」
握り込んだ球を意識しつつ、イメージする。
俺のモノではない、少し離れた場所の……大きく、重厚な拳を……握るように!
――ぎぎぎ。
外から、硬質的な音と振動を感じる。
……できた! と思う!
「準備動作、確認! 続けて両足首!」
「了解!」
叫び、またイメージ。
球を通して、大きな両足を動かすように!
――がつ、ぎし。
革製シート全体が、より大きな振動を伝えてくる。
……こっちも、できた!
「両足首、確認! よぉし、候補生! いよいよ本番だ!」
「はいっ!」
外からの声が幾分か興奮している。
ここまでは、なんとか成績優秀のようだ。
「――鎧騎兵を起動させろ! 総体、起こーせーッ!!」
「了解! 総体、起こします!!」
今までより強く、球に『魔力』を流す。
体の奥から、重い水のようなモノが両腕を伝って流れ出していく。
……イメージだ、イメージ!
俺が乗っている、この大きな物体を……動かす!
両足を引き、上半身を動かしながら……両腕で地面を、押す!
――ごうん、ごうん。
背後由来の光がより一層強くなり、俺の体勢が変わっていく。
寝そべった状態から……徐々に、斜め上へ。
ゆっくりと、確実に動いていく。
「いいぞ候補生! そのまま、そのままァ!」
激励してくれる声に合わせ、イメージを崩さないように慎重に続ける。
体勢が、頭を上に持ち上げていく。
「その角度だ! 『鐙』を強く踏め!!」
「了解!」
足元にある鐙……フットペダルめいたそれを踏む。
合わせて、イメージを変化させる……このペダルは、俺にとっての地面だ!
これを踏みしめて、立ち上がるんだ!!
……よぉし! 完全に、頭が上に向いた!
普通に椅子に座った状態になったぞ!
「よぉーし! いいぞ候補生! 最後だ! 『目を開けろ』ォ!!」
「了解ッ!」
興奮しながら、頭に左手をやる。
被っているヘルメットのバイザーを……下ろす!
途端に真っ暗になる視界に……魔力を、流す!
目を開ける……目を、開ける!
何度か青いノイズが走り……バイザーの内側に映像が投射されていく。
始めはぼやけていたそれが、次第に像を結び……ピントが合った。
コンクリートのような床、太い柱、広い空間。
そして地面に立ち、5メートルほど上の『俺の顔』を見上げて笑う男……『教官殿』が見える。
他にも、遠巻きにこっちを見る人影が!
あるものは嬉しそうに、あるものは悔しそうに……こっちを見ている!
「確認したァ! 目も大丈夫だな!」
教官が腕を振り上げ、俺に拳を向けた。
「――ベルク候補生! よくやった! おめでとう!!」
「ありがとうございます! 教官殿!!」
俺は、万感の思いを込めてそう返した。
視界の先に、磨き上げられた金属の壁が見える。
歪んだ鏡面には俺が今しがた立ち上がらせた、全長5メートルの鎧を着た……ヒト型ロボットが映った。
横に一本のスリットが入った丸い兜に、これまた丸い、全身鎧。
どこかずんぐりむっくりで、頼もしさもあるが少しだけ可愛らしさを感じる。
「……鎧騎兵、大地に立つ……か」
外から聞こえる、拍手と歓声。
それを聞きながら……そう、小声で呟いた。
・・☆・・
『帝歴1002 鎧騎兵、走る』という作品を知っているだろうか?
1970年代にとある出版社から発表された、ロボットを主軸に据えた小説だ。
当時としては珍しい、ファンタジー世界を舞台にしたロボットものである。
目新しい設定、それだけではない大河ドラマめいた重厚なストーリー、そしてそれを彩る多くの魅力的なキャラクター達による群像劇。
それは、瞬く間にマニア達を虜にした。
版元の出版社としてはとても珍しいことに、小説の1巻は重版に次ぐ重版となる。
結局、その出版社は売り上げでビルを新しくした……っていう都市伝説ができるほどに。
そして小説は続刊を出し続け、10年間の月日を経て全20巻で完結。
勢いは止まらず、作者による外伝作品も続く。
さらに、漫画化、アニメ化とメディアミックスも続いた。
特に1980年代に放映されたアニメ版の人気は、この作品の知名度をさらに引き上げた。
視聴率は平均で20%を超え、当時としても珍しい地上波において全120話を放送。
80年代後半には映画版として、加筆修正を加えた総集編4部作も公開され……まだ指定席制度の無かった映画館が立ち見すら不可能になるなど、一種の社会現象となった。
90年代に入っても動きは止まらず、外伝のアニメ化、映画化もされていく。
そちらも高視聴率、観客動員数の記録を作った。
『俺が生きていた』令和の時代でも大人気だった。
アニメ映画の観客動員数は、未だにトップ3を作品群が独占していたからな。
……他に比べてちょっと評判は悪かったが、最終的にはハリウッドで実写映画にさえなったんだ。
そして俺は……令和も2桁になった頃に死んだ、と思う。
何故そう思うのかと言えば……記憶はそこで一旦途切れ、ここに『いる』からだ。
その、『帝歴1002』の世界に。
名前を思い出せない前世の俺としてではなく……『ロイド=ベルク』という名の、14歳の少年として。
・・☆・・
「……ふぅ」
重たい体を動かして、部屋に戻る。
部屋の左右に2つのベッドの他、机と衣装箪笥しかない殺風景なそこには……先客がいた。
「よ、お疲れロイド! いやあ、先越されちゃったな~」
ベッドに腰かけて、手を上げる男。
綺麗な金髪を短く刈り上げた、何処か人のよさそうな雰囲気のある奴だ。
少年らしく、頬にはニキビの痕がある。
「まだまだ、立たせただけだよ……マルク」
「それが難しいんだって! 同期じゃあお前が一番なんだからさ! 自信持てよ~」
こいつの名前は『マルク=ヘルツォーン』
同い年の、『騎手』候補生だ。
騎手と言っても、前世みたいにサラブレッドに乗るわけじゃない。
今日俺が立たせることに成功した、あの5メートルのヒト型兵器。
『鎧騎兵』のパイロットを称して、この世界では『騎手』と呼ぶのだ。
ちなみに、現場では大体『ガイキヘイ』とは言わずにただ『ヨロイ』と呼んでいる。
「俺も続くぜ~! せめて上位に入らんと、仕送り止められるかもしれんからな!」
「真面目にやれば大丈夫だと思うよ、マルクならきっとできるさ」
そう返しながら、ベッドに座って上半身を横たえる。
スプリングもクソもない硬質な感触だが、清潔なシーツがあるだけマシだ。
「これでロイドも騎士爵内定だな! 死んだ親父さんも喜んでるんじゃないか?」
「どうだろうね……そうだったら嬉しいけど」
ぎしり、とベッドが軋む。
ああ、予想以上に疲れたな……『原作知識』があっても、実際に体験したわけじゃないからな……
魔力なんてなかったもんな、前世。
この感覚を掴むために苦労したよ、ほんと。
「でもさ、マルクの方が羨ましいよ。ある程度働いたら自分の領地に行けるもんな」
「はは、兄貴の下で働くから厳密には自分のじゃないけどね~。ま、食うに困ったら来いよ、一緒に働こうぜ!」
マルクは、ヘルツォーン伯爵家の7男だ。
長子継承が普通なこの世界において、彼が伯爵家を継ぐことはない。
だけど、ここ……『第2騎手訓練校』を出て実務経験を積めば、家を継いだ兄の下で働けるだろう。
『鎧騎兵』乗りは引く手数多の職業だからだ。
「いいね、それ。出世したら考えようかな……」
「来い来い! 辺境で鍛えた騎手なら大歓迎されるからさ!」
嬉しそうなマルクの声に、目を閉じながら答える。
だが、内心では別の思いがあった。
……その時まで無事に『生きてたら』な。
ずん、と一気に重くなる気分。
その気持ちを抱えたまま、じわりとやってきた眠気に身をゆだねる。
……嗚呼、畜生。
心から大好きな作品世界らしきものに転生したってのに……何故こうなるんだ! 畜生!!
・・☆・・
「……眠れん」
真っ暗闇の中で呟く。
訓練後の昼寝をしすぎたのか、全く眠れる気がしない。
反対側のベッドでは、マルクが大いびきをかいて夢の中だ。
腹が丸出しじゃないか、冷えても知らんぞ。
「……はぁ」
『前の俺』が何故死んだのか、そもそも名前は何だったのかは未だに思い出せないが、俺には前世で読んで、見た、この世界の記憶が確かにある。
中学生時代に初めて読んだ小説は、装丁がボロボロになるまで読み返し……後に出た新装版に買い替えた。
アニメだって、DVDもブルーレイもBOXを買って何周も見まくった。
設定資料集も、何種類もの漫画版も買ったし、ゲーム版だってやり込んだ。
評判のよろしくないハリウッド版も、封切初日に見に行った。
プラモデルも何体も組んだし、綺麗に塗って。
寝食を忘れてのめり込む程、この作品群が大好きだったのは間違いない。
――なら何故、こうまで陰鬱な気分になるのか。
原作知識、つまりは未来の知識だ。
これを使えばこの世界を上手に生きていくこともできるだろう。
実際、5歳の誕生日に転生したことを突如『思い出した』時には狂喜乱舞したもんだ。
喜び過ぎて知恵熱を出し、おふくろを随分と心配させたことを思い出す。
――だけど、それも翌日までだった。
転生したことに興奮した俺はとんでもない現実にぶち当たった。
転生場所は、原作の舞台である『ラギアギア帝国』の帝都『ゼロムガルド』……それはいい。
物語の中心地であり、原作主人公が生まれる場所だ。
『今は帝歴何年なの?』と聞くと……子持ちとは思えないほど美人なおふくろは、笑ってこう言ったのだ。
『なーに? 変な子ねえ、帝歴990年じゃないの』……と。
帝歴990年、つまりは本編開始前の時間軸だ。
それもいい、本編が開始する時に俺は17歳になる。
何をするにも、丁度いい年代だ。
原作知識を生かして本編のキャラクターと交流してもいいし、いわゆる『勝ち馬』に乗ってもいい。
だが、ヤバいのは次の話だった。
『あと10年もすれば……ロイドもお父さんの後を継いで、立派な『騎手の騎士』様になるのかしら?』
俺には父親がいなかった。
その日まではノーマルな5歳児だったので、そのことに疑問を持つこともなかった。
だって、おふくろからは以前に『俺が4つの時に死んだ』って言われたからな。
だからその話を聞いてすぐは、『そっか、俺の父親って騎手だったんだな……それに貴族だったんだ』と、素直に思った。
思って、しばらく黙って……足から力が抜けて床に崩れ落ちた。
気付いてしまったんだ、『その先の歴史』に。
この世界では、貴族は長子継承が普通。
だけどそれは原則『男爵』から。
『騎士爵』ってのは……一代限りなんだ、大体。
たしか、地球でもそうだったと思う。
しかし、おふくろの言った『騎手の騎士』という単語が問題をややこしくする。
『鎧騎兵』に乗る『騎手の騎士』は、特例として長子継承が認められる。
騎手として国に貢献した場合、長男、もしくは長女が親の騎士爵を引き継げるのだ。
もっとも、騎手としての才能があれば……だが。
そして……そしてだ。
騎手になるための訓練校は、帝都にはない。
帝国にある東西南北4つの『辺境領』にしか訓練校はないのだ。
どこに振り分けられるかは、ランダム……では、ない!
原作によれば、『騎手の騎士』のカテゴリーになる人間は、決まって『西方辺境領』に振り分けられることが決まっている。
この、時間軸では。
それを知って、俺は崩れ落ちたのだ。
心配するおふくろを尻目に、俺の脳内では原作知識がグルグルと回っていた。
何故『西方辺境領』では駄目なのか。
それは……俺が何度も読み返した、原作の描写にある。
描写というか、プロローグ、序章の部分だ。
そこには、こういう記述がある。
『――『大氾濫』と呼ばれる未曽有の災禍により、西方辺境領は滅んだ。その翌年から、この物語は始まる』
……と。
つまり、この時間軸において……俺がやがて赴くであろう西方辺境領は、本編開始前に滅ぶのが確定しているのである。
俺が、16歳の時に、完膚なきまでに滅んでしまうのである。
どうりで原作において、『ロイド』というキャラの名前を見聞きしたことがないわけだ。
だって、本編が始まる前に死んでるのだから。
……と、いうわけで俺は5歳にして人生の絶頂とそれからの急降下を同時に味わったのだった。
「……やるしかない、生き残るしかない」
闇に慣れた目で天井を見上げ、再確認のつもりで呟く。
結局、俺は騎手になるために『西方辺境領』に来てしまった。
いや、来ざるを得なかった。
何故か。
それは、亡き親父殿の『遺族年金』のためである。
騎手として国に殉じた親父殿には、その貢献に応じた遺族年金が家族に支給されている。
そして、それは長男である俺が成人すると支給が停止されるのだ。
ラギアギア帝国における成人年齢は、人間であるならば15歳だ。
しかし、俺が騎手訓練校に通い、学んでいれば……延長され、訓練課程を修了するまで支給は続く。
その後、俺が正式な『騎手の騎士』になった時に停止される。
……原作では、これから帝国を、否、世界を巻き込んだ戦乱が吹き荒れる。
だが、最後まで……最終巻まで帝国は残る。
正確に言えば、『帝都は』残る。
『騎手の騎士』になれば、遺族年金は停止されても騎手としての給料が出る。
それは成人すぐの俺が稼げる額としては、他のどんな職業に比べても高い。
それに……俺が騎手になり、親父殿の騎士爵を引き継げば……家族は、帝都にある家に住み続けられる。
そこは、皇帝陛下がおわす区画に近い『貴族区画』と呼ばれる場所だ。
つまりはこの国で一番安全な場所の近所なのだ。
貴族としては最底辺の騎士であっても、貴族は貴族。
一般市民が住むことができない安全レベルの高い区画に、住めるのだ。
例え俺が……最悪、騎手になってすぐ原作準拠でおっ死んだとしても、それは逃げたわけでも国を裏切ったわけでもない。
騎手歴一年である俺の遺族年金は妹が成人するまで支給されるし、家にも住み続けられる。
今世の家族とは仲がいい。
おふくろの料理は大好きだし、もちろん本人も優しくって大好きだ。
4つ下の妹なんか、俺が西方辺境領に出発する時に泣いて泣いて高熱を出すほどだった。
いくらこの先の展開がわかっているとはいえ、そんな家族を放り出して俺だけ逃げることはできない。
「……やるしかないんだ」
天井を睨みつけて、再び呟く。
西方辺境領が滅ぶのはどうしようもできないとしても……俺は生き残る。
本編には『西方の生き残り』枠で何人ものキャラクターが出てくるからな。
騎手が全員死ぬわけではないのだ。
……本編中の記述には『騎手の8割が死亡、もしくは行方不明』という恐ろしいものがあるけども。
ともかく、プロローグで死んでたまるか……!
俺には唸る程の原作知識があるんだ! 折角……折角この世界に来れたのに、原作の1ページ目で死んでたまるか!
俺はなんとしてもこの地獄になる環境から生き残ってやるんだ!!
「――原作知識を活用したいのに、原作が始まらないなんて許さねえからな!!」
「うはひゃ!? な、なんだ敵襲かァ!?」
ヤバい、思わず叫んだらマルクが起きちまった。
すまんがこのまま寝よう、なんか頭使いすぎて疲れてきたしな……
「……気のせいか……ふわぁあ……」
マルクが布団を被る音を聞きながら、目を閉じる。
眠気が襲い掛かってきて、ようやく瞼が重くなってきた……
・・☆・・
――帝歴999年、1月。西方辺境領、騎手訓練校第652期生。
ロイド=ベルク、14歳。
プロローグまであと2年……本編開始まで、あと3年。




